シヴァリー 第三十五話

第五章表紙

”アランの力は留まる事を知らず、全てを巻き込み、魅了していく”

   ◆◆◆

  悪魔の天秤

   ◆◆◆

 一ヵ月後――

 収容所でいつもの仕事をこなしていたリリィはある異変を感じ取った。

(……?)

 奇妙な静寂が収容所に漂っていた。作業音しか耳に入らない。
 ささやかな平穏と呼べるような静かさだ。
 その原因はすぐに分かった。

(……いつの間にか、兵士がいなくなっている?)

 いつもなら部屋の隅に立っているはずの兵士が見当たらない。
 それだけでは無い。今日は巡回の兵士も来ていない。

(何かあったのかしら?)

 リリィは手の動きはそのままに、目だけでその異変の原因を探ろうとした。
 
   ◆◆◆

 兵士達は収容所の門前に集まっていた。
 そして今、その門を一台の馬車が通り抜けている。
 馬車は整列する兵士達の前で止まった。
 馬車の戸が開く。
 中から最初に出てきたのは、兵士らしからぬ風貌をした人間だった。
 簡素だが清潔な衣服を纏ったその者は、収容所の管理人の前に立ち、口を開いた。

「指示通り彼をここまで運んで来たが、一つ注意がある」

 医者らしきその者は馬車の中を指差しながら言葉を続けた。

「彼はかなり弱っている。危険な状態は乗り越えたが、今は熱病に冒されており、意識不明の状態だ。長く生かしたいなら乱暴には扱うな」

 医者がそこまで言うと、馬車の中から二人の兵士が担架を持って出てきた。

 その担架に乗せられている者は、やはりアランであった。

   ◆◆◆

 その夜――

 ある牢屋の一室が、蝋燭の光でぼんやりと照らし出されていた。
 その光の中にはベッドの上に横たわるアランの姿と、傍に立つ二人の兵士の姿、そして小さなテーブルがある。
 そのテーブルの上には物騒なものが並んでいた。医者らしき男が言い残した「乱暴に扱うな」という忠告は何の効果も無かったかのように。
 二人の兵士は何かを話し合っていた。

「で、この後どうする?」

 一人が尋ねると、もう一人は面倒そうに答えた。

「知ってるだろう。受取人が決まるまでここに閉じ込めておくんだよ」

 これに尋ねたほうは少しイラついたような表情で口を開いた。

「違う。こいつが『種』にされることは知ってる。俺が聞きたいのは、女貴族が受け取りに来るまでの間どうするのか、ってことだよ。規則だと、逃走防止のために足の腱を断つことになってるが、今のこいつにそんなことしたら死んでしまうかもしれないだろう?」

 これにもう一方は、言われて気がついた、というような顔で口を開いた。

「ああ……確かにそうかもな。……じゃあ、縛っておくだけでいいんじゃないか?」

 この提案に一方は少し考える素振りを見せた後、答えた。

「それは……まずいんじゃないか? 足の腱を断つのは、女に渡した後も逃げられないようにするためだろう? 受け渡し後に何かあったら、俺達にお咎めがあったりするんじゃないのか?」

 自分の身は可愛いのか、もう一方の兵士は表情から怠慢の色を消し、口を開いた。

「それもそうだな……じゃあ、何か傷があまりつかないやり方を考えよう」

 そう言って兵士はテーブルの上に視線を移し、並び置かれた物騒な器具を注視した。

「……」

 が、兵士の頭の中に良い案は浮かばなかった。
 しかしもう一人はそうでは無かった。
 兵士はテーブルに手を伸ばし、棒を掴んだ。
 それは焼きごてであった。切断した傷口を焼くためのものだ。
 燃える木炭が入っている壷の中から抜き取られたばかりゆえに、その先端は赤く輝いている。
 兵士は火の粉が散るその先端を見ながら、口を開いた。

「これを使おう。これなら血が出ない」

 兵士はそう言った後、ゆっくりとアランの方に向き直った。

 この夜、アランの両目は視力を完全に失った。

   ◆◆◆

 その後、アランの意識は激しい浮き沈みを繰り返した。
 熱に冒された頭に生ずる鈍痛が思考を妨げ、両目から生まれる激痛が心をかき乱す。
 暗闇の中、アランは無意識のうちに両目へ手を伸ばそうとした。
 だが出来なかった。手も足も拘束されていた。
 アランはもがいた。
 びくともしないことから、腕力で解ける拘束では無いことは明らかだったが、アランの思考力はそんなことも分からないほどに低下していた。
 だからアランはもがき続けた。
 癒えつつあった体の傷が開き、さらなる痛みが生まれた。
 アランはベッドを赤く染めながら、身をよじり続けた。
 アランはその混沌の中での抵抗を数時間ほど続けた後、力尽きるように意識を落とした。

   ◆◆◆

 半日ほど経過してようやく、アランの意識は再び浮き上がった。
 完全に覚醒してはいない。その意識は今だ混沌の中。
 しかしアランの心は穏やかであった。
 心地よかったからだ。
 アランの体は優しく撫でられていた。
 それが冷たく気持ちが良い。包帯を換えてくれている感覚もある。
 誰かは分からない。が、なぜだか懐かしい感じがする。
 アランは自身の体が清潔にされているその感覚に身をゆだね、意識を再び落とそうした。
 その瞬間、

「ああアラン、どうしてあなたがこんな……」

 耳に飛び込んだその声は、アランの意識を覚醒させた。
 懐かしい声。もしかしたら死んでしまったのかもしれない、と思っていた人の声。
 アランはその愛しい人の名を声に出した。

「リリィ?! リリィなのか?!」

 アランは思わず身をよじった。
 直後、その身をひんやりとした手が優しく押さえ込んだ。

「動いては駄目よ、アラン」

 その優しく強い制止の声に、アランは素直に従った。
 リリィの手が包帯を換える作業に戻る。
 アランは体は動かさずに口だけを開いた。

「リリィ……どうして君が……」

 その口から出たのは同じ「どうして」であった。
 アランはさらに言葉を続けようとしたが、

「おい! 何を話している?! さっさと終わらせて仕事に戻れ!」

 牢屋に響いた兵士の声に、アランの声はねじ伏せられた。
 代わりにリリィが口を開く。

「待ってください、もう少し……!」

 そう言って、リリィは手を早めた。

「……」

 同時にアランの心が少し沈む。
 この邂逅の時が、終わりを迎えつつあることを察したからだ。
 それはすぐに来た。

「……」

 リリィの手が止まる。
 その顔には名残惜しさがあったが、

「終わったのなら、さっさと出ろ!」

 兵士はそれを許さなかった。

「……」

 リリィは口答えをせず静かに立ち上がった。
 アランはその衣擦れの音にすら愛しさを感じた。
 リリィの気配がアランの前から離れる。
 アランは立ち去る愛しい人のその足音を耳に焼き付けた。

   ◆◆◆

 幸いなことに、その後もアランとリリィの接触は続いた。
 リリィは一日に一度、包帯を換えるためアランの前に姿を見せた。
 時間は限られていたが、アランとリリィはその少ない時間の中で会話を積み重ねた。
 そして、アランはリリィがどうしてここにいるのかを、そしてここがどんな場所なのかを知った。
 その際、リリィは少し嘘をついた。ここの生活は窮屈だが自分は大丈夫、と言ったのだ。
 その嘘をアランはすぐに見抜いた。
 なぜなら、この収容所で何が起きているのかをアランは感じ取っていたからだ。
 そして、アランが感知していたものは暴力的な動きだけでは無かった。
 アランは収容所全体を満たしているものを感じ取っていた。
 それは重い何か。
 その何かが、黒い濁流となって自分の心に流れ込んできているような感覚がある。
 それがこの収容所に渦巻いている悪心と絶望であることをこの時のアランは理解していなかった。
 アランは人が発する感情も察知出来るようになりつつあった。感知が目の代わりになろうと変化し始めていた。目を失ってようやく、アランの神秘は次の段階に進んだのだ。
 しかし、その成長は今のアランにとって苦しいだけであった。
 こんな醜いものを感じたく無いと、心に流れ込んでくるこの黒い濁流のようなものを止めて欲しいと、アランは願った。
 が、アランの神秘は容赦無く黒い濁流を受け取り続けた。
 だからアランは別のものに救いを求めた。
 それは思考。
 別のことに意識を逸らそうと思ったのだ。
 しかし出来なかった。やはり、黒い濁流から気を逸らすことは出来なかった。
 それでもアランは考えることをやめなかった。
 そして浮かんだのは疑問。
 なぜ、ここは地獄なのか。
 どうして、兵士はあんなに乱暴なのか。
 そんなことを考えるうちに、アランはある事に気がついた。

(ここには、『強いか弱いか』しか無いんだ)

 強いものは弱いものに対して何をしてもいい、というような空気が満ちてしまっている。

(なぜだ。なぜ、ここはこんなにも残酷な場所になってしまったんだ) 

 アランは、この場所に何が足りないのかを考えた。
 そしてまず始めに浮かんだのは『法と規則』であった。
 やってはいけないことを決め示し、破ったものに罰を与えるもの。
 それが無いから、または機能していないからここはこんな事になってしまっているのではないかと、アランは思った。
 そして次に、アランはどんな法や規則が必要なのかを考えた。
 強者と弱者の関係はどうあるべきかを考え始めたのだ。
 その時、ふと、アランはある事に気がついた。
 強弱の関係ならばどこにでもあるではないかと。魔法使いと無能力者はどこにでもいる。自分の故郷にもだ。
 ここと似たようなものは貧民街でも見られた。強者から弱者への蔑視、そして弱者から強者に対しての妬みや憎しみなどは。
 しかし、それでもこの場所のような酷いものでは無かった。
 何が違う。
 アランは答えを求めた。
 そして、アランの脳裏に二人の姿が浮かび上がった。

カルロイメージ
ルイスイメージ3

 それは父とルイスの姿。
 なぜだか分からないが、父とあの神父がこの問いの答えを持っているような気がするのだ。
 そして、今度は一つの映像が浮かんだ。
 それは懐かしい記憶。
 初めて戦いに行く際に見た、酷く扱われる奴隷達の姿。
 そして、そのことを父に尋ねた際に返ってきた、「自分の考え方は他の魔法使い達と少し違う」という答え。
 少し違う。その少しとはなんなのか。アランは考え続けた。

 アランの人格は成長し始めていた。この地獄の中で。

   ◆◆◆

 一方、強大な二人の魔法使いが激突した平原である変化が起き始めていた。

 カルロを倒した魔法使い、ラルフはその変化をまさに今感じていた。

(少ないな……)

 それは食事の量であった。
 明らかに少ない。確実に空腹を覚える量だ。
 ラルフはそれを口に運びながら、今起きている異常について思考を巡らせた。

(後方で何か問題が起きているらしいが……)

 が、その思考は長くは続かなかった。
 情報がまったく無いからだ。問題の内容すら知らない。
 だからラルフは別のことに意識を逸らした。

(問題が片付くまでは、ここで足止めを食らうことになりそうだな)

 ラルフの傷は既に癒えている。なのに動かない理由はこれであった。
 そんな事を考えながら、ラルフが最後の一口を掬った瞬間、

「食事中のところ失礼します。ラルフ様、客人が見えておりますが、いかがいたしましょうか。食事が終わるまで待たせましょうか?」

 部屋に響いた兵士の声にラルフは手を止め、そして答えた。

「いえ、すぐに通して下さい。食事ならたった今終わりましたので」

 そう言ってラルフは食器を見えないところに片付け、椅子に座って客を待った。
 客はすぐにラルフの前に姿を見せた。
 それは知らない者であった。
 その者は丁寧なお辞儀をし、名乗った。

「お初にお目にかかる。私の名はサイラスと申します」

 部屋に残った匂いからラルフが何をしていたのかを察したサイラスは再び口を開いた。

「もしや、お邪魔でしたかな? 直前まで食事をされていたようですが……」

 これにラルフは首を振った。

「いえ、ちょうど終わったところですので、御気になさらず」

 その答えに対し、サイラスは胸の前で両手を重ね、機運への喜びを表しながら口を開いた。

「それは良かった……今日うかがったのは、折り入って話したいことがありましてね……少し長くなると思うのだが、座ってもよろしいかな?」

 言われて、ラルフは自分が客人に対してまだ椅子をすすめていないことに気付き、慌てて口を開いた。

「これは気付かず、失礼しました。どうぞおかけください」

 言われたサイラスはゆっくりと腰を下ろした。
 そして、サイラスの腰が背もたれに触れたか否かというところで、ラルフが口を開いた。

「それで、お話とは?」

 これにサイラスは視線を僅かに逸らしながら答えた。

「そうですね……どこから話したものか」

 サイラスは顎に手を当て、言葉を選ぶような様子を見せた。
 これはただの振りである。何を話すかはもちろん、手順まで大体決まっているのだから。
 そしてしばらくして、サイラスは口を開いた。

「実は……リリィという女性のことなのです」

 直後、サイラスはラルフと視線を合わせた。
 反応を見るためだ。

「……」

 ラルフは沈黙を返した。
 サイラスはラルフの目が一瞬僅かに見開いたことを、緊張と警戒を表したことを見逃さなかった。
 これだけでサイラスはラルフがこの手の会話や交渉に慣れていないことを察した。
 しかし、今のサイラスが知りたいことはそんなことでは無い。
 本当に知りたいことを知るには、まずラルフの緊張を少しでも解く必要がある。
 だからサイラスは続けて口を開いた。

「あなたのお父上であるヨハン様とは長い付き合いになるのですが、そのリリィという女性のことを時々話しておられました」

 長い付き合いになるというのは本当だが、後の部分は当然嘘である。ヨハンは公務と軍事についてはよく話していたが、他のことはあまり口に出さない人間だった。
 そして、これを聞いたラルフの反応は、

「……そうですか」

 素っ気ない答え。表情も変わらない。
 今の言葉を信じたかどうかは分からない。が、サイラスにとってそれはどちらでもよかった。
 サイラスは言葉を続けた。

「こちらに来る前、その女性に会いに行かれたようですね……不躾なことを聞くようで心苦しいのですが、ラルフ様、そのリリィという女性のことをどう思っておられるのですか?」

 知りたいことの一つをサイラスは直球で尋ねた。
 対するラルフの答えは、

「……」

 無言。
 しかしこれは予想通りであった。
 今は答えなくてもいい。後で逃げられない質問をぶつけるのだから。
 サイラスは口を開いた。

「ご心配なさらず。そのリリィという女性をどうこうしようなどとは考えておりません。これはただ、ヨハン様があなたのことを心配されている、というだけの話なのです」

 これにラルフはほんの少しだけ緊張を解いた。
 しかしまだ警戒は解いていない。ここに来た理由と目的を話していないのだから当たり前であろう。
 黙るラルフに対し、サイラスは言葉を続けた。

「ヨハン様はあなたとリリィ様の関係について憂慮されておりました。リリィ様は無能力者であるのに対し、あなたは将来王になるであろう御方。その差が、あなたに不幸を招くのではないかと」

 サイラスはこの時初めてリリィに「様」をつけた。無能力者であるリリィに対してである。
 直後にラルフのことを「王になる者」と表現したため、リリィを「将来の王妃」として扱うためというのが理由の一つだが、なによりラルフの気に障る可能性が高い台詞であることが最大の理由であった。
 そして直後、サイラスが危惧したとおり、ラルフの目つきに苛立ちの気が表れた。
 やはり触れて欲しくないことなのだろう。
 しかしこの話題は触れなければならない。
 そして、先の質問に対してはこれで答えたようなものである。が、もっと決定的な返事を引き出さなくては駄目だ。
 そんな事を考えながら、サイラスは次のように言葉を繋げた。

「だからヨハン様は付き合いの長い私に相談を持ちかけてきたのです。そして私はこう答えました。二人が互いのことを想っているのであれば、したいようにさせてあげたほうが良いでしょう、と」

 並べられた嘘八百である。
 しかし、ラルフの表情は変わった。幾分か穏やかになった。
 何かへの期待を滲ませるラルフに対し、サイラスが言葉を続ける。

「しかしそれには困難が付きまといます。王になったとしてもそれは変わりません。それをなんとかするには今の世を変えるしか無い。社会を変え民の価値観を変えることで、無能と魔法使いの関係を違うものにするしか、ラルフ様とリリィ様の関係を変える手は無いでしょう」

 サイラスはここで言葉を止め、ラルフの顔をうかがった。

「……」

 ラルフの表情に変化は無い。
 その反応をサイラスは残念に思ったが、サイラスの気の沈みはとても僅かなものであった。
 今は何の反応も示さなくてもいい。「世を変える」という言葉を意識の片隅に置いてくれるだけでいい。今は。
 一呼吸分ほど間を置いた後、サイラスは口を開いた。

「……それでここからが本題なのですが、そのリリィ様のことで少しマズいことが起きつつあるのです」

 これにラルフは即座に反応し、「なんですか、それは?」と尋ねた。
 サイラスが答える。

「……実は、反乱が起きつつある、いや、もしかしたら既に起きているかもしれないのです」

 そう言って、サイラスは丸められた紙を取り出し、ラルフに手渡した。
 受け取ったラルフが紙を開き、書かれている文面に目を通す。
 それは、ガストンを死に至らせるためにヨハンが書いたあの書状であった。
 その内容を一言で纏めると、「ガストンを突出させろ。誰も援護するな」であった。
 読みながらラルフは、父の字に似ているな、と思った。
 そしてラルフが尋ねるよりも早く、サイラスは事の次第の説明を始めた。

「……それはヨハン様が書いたと思われる書簡ですが、問題は内容よりも手に入れた経緯にあります」

 サイラスは言葉を続け、尋ねた。

「ラルフ様、最近兵糧の輸送に問題が起きていることはご存知ですか?」

 これにラルフが「はい」という返事を返すと、直後にサイラスは再び話し始めた。

「私はそれの調査を行っておりました。そして、問題を起こした人物の一人がその書を持っていたのです」

 不穏な内容に表情を硬くするラルフに対し、サイラスが話を続ける。

「書簡に書かれているガストンという者は、ある戦いで既に死亡しております。それがヨハン様が仕組んだことによる結果なのかどうかは、私には分かりません、しかし一つ確かなことは、兵糧の輸送を邪魔したものはその恨みから行動を起こしているということです」

 ここでサイラスは言葉を切った。
 間を置くことで台詞に深刻さを持たせるためだ。
 暫くしてサイラスは口を開いた。

「……私は事の重大さに気付きました。規模の大きさから組織立った行動なのは明らか。そして、恨みの対象がヨハン様であるならば、相手は教会を敵として行動している可能性が高いということ」

 ここまで聞いて、ラルフはようやくサイラスが何を言おうとしているのかを理解した。
 そしてサイラスはラルフが思ったとおりの言葉を口に出した。

「調査の末、我々はその考えが正解なのだと思える、ある事実を見つけてしまいました。各地で正体不明の軍隊が組織されていることが確認されたのです。……そして、その軍のいくつかは収容所の方に向かっています」

 サイラスは再び言葉を切り、暫し間を置いた後、口を開いた。

「彼らは間違いなく反乱を起こそうとしています。収容所を制圧して、奴隷達を味方につけるつもりなのでしょう。私はこれに対抗するための戦力を集めています。……実は、今日ここへうかがったのはそれが理由。ラルフ様、私にあなたの力を貸してはいただけないでしょうか?」

 サイラスはわざと「リリィを危険な目に遭わせない為に」などの言葉をつけなかった。
 その方が大義名分としては立派だからだ。
 そして奇妙でもある。最初はリリィについての話だったのに、最後は反乱軍に対抗するための助力要請になっている。これに「はい」と答えるということは、「リリィを守るために手を貸す」という返事になってしまう。
 サイラスが真に聞きたい返事は正にそれであった。女のために今の軍務を一旦放置するかどうかを尋ねているのだ。
 そして、サイラスは肝心なことをわざと何も話していない。現状の反乱軍と防衛軍の戦力差についてなどだ。これではラルフという最強戦力がわざわざ出向かねばならない事態なのかどうかが全く分からない。サイラスはラルフの感情にしか訴えていない。数字を全く出していないのだ。

「……」

 サイラスは黙ってラルフの返事を待った。
 次に彼の口から出る言葉が「いいえ」ならば、あきらめるしかない。
 自分が話していない肝心なことに対しての質問であるならば、希望は薄くなる。
 そしてラルフはその口を開けた。
 出てきた言葉は、

「わかりました。あなたに助力しましょう」

 であった。

 瞬間、サイラスは歓喜した。心の中で。
 その感情はサイラスの顔に滲み、薄い笑みとなった。

 口尻が僅かに釣り上がったその表情は、少し悪魔じみていた。

 そして同時に、サイラスはラルフに対する評価を改めた。
 それはかつてヨハンがカイルに対して述べた内容と同じ、「魔力は強いが、大した男では無い」というものであった。

   ◆◆◆

 その後、サイラスとラルフは同じ馬車で移動を開始した。
 馬車は数多くの兵士に守られながら進んだ。
 しかしそのほとんどがサイラスの兵であった。
 そして馬車の中はサイラスとラルフの二人のみ。
 ヨハンを殺した時と同じ状況。いつでも暗殺できる構えである。
 サイラスはまだラルフに聞きたいことがあった。そしてその返事次第では、ここで済ませるつもりであった。
 が、サイラスはそれをすぐに尋ねることはしなかった。
 サイラスはまず世間話から始めた。
 誰でも知りえる共通の話題から、趣味趣向についてなど、比較的どうでもいいことを話した後、神学校のこと、そしてヨハンの私生活の様子についてなど、私事に踏み込んだものに内容を切り替えていった。
 それはラルフに「よく喋る人だ」と思わせるためであった。本当に聞きたい事を尋ねた際に、「調子に乗って口を滑らせてしまった」と思わせるためだ。単純に親睦を深めることも理由の一つである。

 しばらくして、サイラスは遂にその内容に踏み込んだ。

「そういえば、今夜はこの先にある町に停泊することになっているのですが、そこの酒場の料理がなかなかどうして、悪くないのですよ」

 まずは共通の話題である夜食について切り出し、

「今夜はそこでちょっとした宴会をやろうと思っています。兵士達を景気付けるためですが、なにより体力をつけてもらわねばなりませんから。……兵糧の輸送が妨害されてるせいで、最近は碌なものを食べていなかったでしょうからね」

 兵糧の話に繋げ、

「あなたもそうなのでは? ラルフ様?」

 ラルフに同意を求めた。
 これに対しての返事はわかっている。当然、

「……はい」

 である。
 ここまでは良い。問題はこれからだ。
 サイラスは意識を集中させながら口を開いた。

「……それにしても、私には今回の騒動は起きるべくして起きた事なのではないかと、そう思えてなりません」

 教会を非難していると受け止められる言葉であり、サイラスは実際にそのつもりで語っていた。
 対するラルフはこれに緊張の色を浮かべた。が、サイラスはかまわず言葉を続けた。

「ラルフ様、今の教会を、いえ、あの収容所のことをどう思われますか? 善いものだと思われますか?」

 この質問にラルフは、

「……」

 暫し沈黙した後、

「……善いものではないですね」

 と答えた。
 これにサイラスは傍目にはわからないほどの小さな安堵の息を吐いた。

(……まずは一安心か。もう少しはっきりと感情を表して欲しかったが、今はとりあえずこれで良しとしよう)

 そしてサイラスは再び口を開いた。

「今の教会は恨みを買って当然のことをしています。ラルフ様、だから私は思うのです。この騒動をねじ伏せても無駄なのではないかと。今の教会をなんとかしない限り、いずれ第二第三の騒動が起きるだけなのではないかと」

 ここでサイラスは言葉を切った。
 次の言葉が強烈だからだ。
 サイラスは暫し間を置いた後、その言葉を吐いた。

「……結局、悪いのは教会のほうなのでしょう」

 これに対するラルフの反応は、

「……」

 沈黙であった。
 が、サイラスは残念だとは思わなかった。ラルフが教会のことをどう思っているかについては、既に返事を聞いているからだ。
 あとは収容所に対して感情を共有すればいい。思い出を共有すればいい。
 だからサイラスはとっておきの話題を口に出した。

「……幼い頃、私は収容所にいました。幸運にも、私はそこから出ることが出来ましたが、ふと、あのつらい日々を思い出すことがあります。……ラルフ様もそうではありませんか?」

 これを聞いたラルフは表情から緊張の色を消し、口を開いた。

「……おっしゃる通りです。そのせいで時々眠れないことがあります」

 この返事を聞いたサイラスは間を置かずに口を開いた。この話題に熱を持たせるためだ。

 そして二人は収容所での思い出を長く語り合った。

 その中で、サイラスはある人物から剣を学んだことを語った。
 この話にラルフは目を輝かせた。
 その人物が使っていたある技が、人外のものとしか思えなかったからだ。

 その話の中にはクラウスも登場した。
 クラウスは収容所の出身であり、サイラスと同じ師のもとで剣を学んでいたのだ。

 意外な繋がりを持つ二人。
 しかし二人の関係は収容所だけにとどまらない。もっと根が深い。

 そして、そのクラウスはどうしているのかというと――

   三十六話 選択と結末 に続く
スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
音楽好きな物書き。ゲームも好き

アクセスカウンター
(14/01/05設置 ユニーク数)
カテゴリ
最新記事
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
小説・文学
160位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
ファンタジー
3位
アクセスランキングを見る>>