シヴァリー 第十話

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  野望の鍵

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 一方、教会の裏にある施設に連れてこられたリリィは独房に入れられていた。
 独房、この部屋を言葉にするとしたらそれが一番適切な表現であった。
 粗末なベッド、粗く塗られた壁、おそらく用を足すために置かれていると思われる汚い桶、奴隷の部屋のほうがまだ清潔感があった。
 そしてなによりも、部屋の質素さに不釣合いな重く頑丈そうな鉄の扉と窓に取り付けられた鉄格子が、この場所が囚人のための部屋であると感じさせた。

「リリィ、出ろ」

 その時、扉の施錠が解除される音とともに、無骨な命令の声が暗い室内に響いた。
 声に従い、外に出たリリィを待っていたのは魔法使いのような格好をした老人だった。
 その風貌はルイスが着ていたものに似ていた。

「私はこの棟を管理しているデズモンドというものだ。今から施設を案内する。ついてこい」
 リリィは老人に従い、その後ろについていった。
 リリィはデズモンドに施設を案内されながら、ここで暮らす人々の様子を伺った。
 皆暗い表情を浮かべていた。ここの生活は相当過酷なのであろう、皆絶望しているように見えた。
 デズモンドの説明によると、ここは「収容所」と呼ばれており、魔法能力の訓練を行うための施設であった。魔法の訓練以外にも、労働等もやらされるようであった。
 施設を簡単にまわった後、二人は再びあの独房の前に戻ってきた。

「説明は以上だ。質問は受け付けていない。明日から皆と同じように生活してもらう。今日はもう部屋で休んでいろ」

 リリィはデズモンドに促されるまま再び独房に入った。鉄の扉が施錠される音の後、扉越しにデズモンドの声が独房に響いた。

「本来ならばお前のような無能力者は相部屋になるのが決まりだが、ヨハン様の特別な計らいでこの個室を使うことを許可している。感謝することだな」

 これが特別? では他の者は一体どんな扱いを受けているというのか。ただ不安のみが、リリィの心を支配していた。

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 翌日からリリィの収容所での生活が始まった。
 魔法の訓練、労働、そして教育、ここでの生活はそれらの繰り返しであった。
 リリィにとって魔法の訓練はただただ苦痛なだけであった。
 無能力者とそうでない者とでは当然のように訓練内容は異なるのだが、無能力者がやらされる内容はおおよそ訓練と呼べるような代物では無かった。
 それはただの慣習だった。まず体の決められた箇所に太い針を刺す。これには激痛を伴う上、一本や二本などという数では無い。
 その後、針を体に刺したまま目標に向かって杖を構えるのだ。無能力者の魔法訓練はたったこれだけであった。
 ……はっきり言って体を穴だらけにするこの行為に意味は無い。魔法能力を開花させるなどという効果など全くありはしなかった。これは迷信やまじないの類であり、古くから行われているというただそれだけの意味しかない儀式だった。
 この時代では魔法能力の開花の仕組みは謎に包まれていた。ある日突然、ふとしたことで使えるようになるのがほとんどであり、開花を促す方法は全くわかっていなかった。
 魔法の訓練と労働には常に監視がつき、失敗や規則違反には厳しい体罰が加えられた。ここにいる人間にとって安らげる時間は食事休憩と睡眠くらいであった。

 食事のときは皆で食堂に集まるのだが、リリィは人の輪に入れず孤独であった。
 それは馴染めないとかそういうことが理由では無く、言葉が通じないからであった。食事中はある程度の私語も許されていたが、食堂で飛び交う言葉は異国のものであった。
 よく聞いてみると、その言葉はラルフの発音とよく似ていた。

 その後は教育の時間なのだが、これは語学の授業が主らしく、既に言葉が喋れる人間は除外された。よってリリィは一日の時間のほとんどを労働に割くことになった。
 そんな過酷な一日を終えたリリィは、質素なベッドの中で酷使した体を休めながら漠然と未来のことを考えていた。
 これからどうなるのか、どうすればよいのか、何もわからないままリリィは眠りについた。

   ◆◆◆

 一方その頃、サイラスは苛立ちを表情に出しながらフレディの報告を聞いていた。

「すいやせん大将、作戦は失敗です。ヨハンの部隊に先を越されやした。こっちに来る途中で攻撃を仕掛けてみましたが、相手はかなりの手だれ揃いで歯が立ちやせんでした」

「そうか……糞っ!」

 フレディの報告にサイラスは珍しく感情をあらわにした。ラルフとリリィを拉致し連行していた部隊を襲撃したのはフレディ達であった。
 サイラスはフレディにラルフのことを探させていた。その目的もまたヨハンと同じくラルフの確保であった。

「あの糞爺の手に渡ることだけは避けたかったが……ラルフは今どうしてる?」
「ラルフは教会の近くにあるヨハンの別荘に連れていかれました。警備が厳しいんで、中で何やってるかはわかりやせん」
「それは大体予想がつく……しかしこれは厄介なことになった」

 そう言いながらサイラスは額に手を当て、考え事を始めた。
 まだラルフがサイラスの障害になると決まったわけではない。しかし何かしらの手を打つ必要があると、サイラスは考えていた。

   ◆◆◆

 一ヵ月後、サイラスは公務の為、海沿いにある教会を訪れた。
 教会にはサイラス以外にも多くの人が集まっていた。サイラス達は入り口を抜けた先にある広間に集まり、壇上にいる神父の言葉に耳を傾けていた。

「魔法は神の力であり、神からの授かりものであり、神の愛である――」

 神父が語るその内容は魔法信仰の教典の序文であったが、サイラスはこれを睡魔と闘いながら聞いていた。
 サイラスの隣にはヨハンの姿があった。広間を見渡してみると、今この場所に集まっている人間は兵士など、戦いに関わりのある者がほとんどであった。
 何故なら、このあと行われる行事は軍事に関することだからだ。

「今年も神の寵愛を受けし者が我等の前に現れんことを」

 そして神父のその言葉を最後に、退屈な時間はようやく終わった。

   ◆◆◆

 開会式を終えたあとサイラス達は場所を移動し、教会の裏にある収容所を訪れていた。
 収容所にある広場では試合が行われていた。サイラス達は広場を囲む壇上の席に座り、その戦いを見下ろしていた。
 広場では二人の男が対峙していた。一方は煌びやかな甲冑に身を包んでいたが、もう一方は革製の簡素な装備であった。
 二人はしばらく見合っていたが、革を纏った男が甲冑の男に対し先手の光弾を放った。
 甲冑の男はそれを軽く身を反らせて回避した。防御魔法で受けるのではなく、あえて体捌きによる回避という危険な選択肢を選んだことから甲冑の男に余裕があることが見て取れた。
 甲冑の男は少し間を置いたあと、反撃の光弾を放った。
 対する男は防御魔法でそれを受けたが、甲冑の男が放った光弾はあっさりとその壁を突き破った。
 光弾を受けた男は吹き飛び、そのまま動かなくなった。
 そして、それを見た審判らしき者が旗を揚げながら口を開いた。

「次の挑戦者、前へ!」

 その声に後押しされるかのように、同じような革の装備を纏った男が広場の中央へと進んだ。
 挑戦者、その者達はそう呼ばれていた。

「どうかなサイラス将軍、今年の挑戦者達の質は?」

 壇上で試合を眺めていたヨハンは隣に座っていたサイラスに話しかけた。

「……対戦相手に彼を選んだのは失敗ですな。彼が強すぎるせいで判断が難しくなってしまっております」

 対戦相手が強すぎる、その言葉に満足したのかヨハンは笑みを浮かべた。

「そうだのう……確かに彼を選んだのは失敗だったかもしれぬ。彼に勝てる可能性があったのは『逃げ出したあの青年』くらいであろう」

 ヨハンが言った『逃げ出した青年』という部分にサイラスの心は反応したが、それを表に出すことは無かった。
 ヨハンとサイラスがそんなことを話している間に、甲冑の男は試合をひとつ終わらせていた。
 甲冑の男は面倒になったのか積極的に先手を仕掛けるようになった。甲冑の男が放つ光弾を受け止められる挑戦者は誰もおらず、甲冑の男は流れ作業のように次々と挑戦者達を倒していった。

(まったく戦いになっていない)

 その様を見ていたサイラスはそんな感想を抱いていた。
 そして、試合展開が単調になってきた頃、ヨハンは声を上げた。

「よいぞ! しかしそれでは品評会にならぬ。もう少し手加減してやれ!」

 今広場で戦っている甲冑の男はヨハンの親衛隊の一人であった。
 そしてヨハンが品評会と言ったとおり、この試合は収容所にいる者の実力を見るためのものであった。ここで実力を認められたものは将軍に拾い上げられ、直属の兵士という地位が与えられるのである。この品評会はこの収容所にいる者達が自由を獲得するための数少ない手段の一つであった。

   ◆◆◆

 今年の品評会は挑戦者達の審査ではなく、ヨハンの親衛隊の力を見せ付けただけの茶番であった。
 そんな品評会が終わった後、サイラスは収容所の様子を見て回っていた。
 そしてサイラスはある場所で足を止めた。サイラスの視線の先には訓練を行う男達の姿があった。
 ある者は剣を振り、またある者は槍を突き出し、それぞれが各々のやり方で武を磨いていた。
 彼らはリリィと同じ魔法能力にいまだ目覚めていない者達であった。無能力者である彼らはただひたすらに体を酷使させられていた。
 同じ無能力者でも男達の扱いは女達よりも酷いものであった。ここにいる間は鍛錬と肉体労働に従事させられるだけだが、もし魔法使いとして見込みなしと判断されれば、奴隷市場に送られるか盾として最前線に立たされるかのどちらかであった。
 奴隷兵と同様、戦争における彼らの生存率は低い。彼らはそれに抗うため、少しでも己を強くしようとしていた。
 過酷な環境なためか、逃げ出そうとする者は少なくなかった。しかし収容所を取り囲む厚く高い壁がそれを許さなかった。
 何も知らない者がこの壁を見たら、その強固さは少し大げさだと思うかもしれない。しかし突如強力な魔法能力に目覚める者が「少なくない」この収容所では、彼らの逃亡を防ぐためにはこれほどの壁が必要であった。
 強力な魔法能力に目覚める者が少なくない、その理由はこの収容所での魔法訓練が特別だからというわけでは無い。むしろ特別なのはここに連れてこられる人間のほうであった。
 サイラスは視線を壁のとある場所に移した。そこには最近修復されたばかりの形跡があり、その跡は大人一人が通れるほどの大きさがあった。

(もしこれをやったのが本当にラルフ一人であるならば、ラルフの力はカルロすら凌駕していることになる)

 そんなことを考えながらサイラスが無意識に視線を男達のほうに戻すと、その中に見知った顔を見つけた。
 その者は若い青年であった。体は傷だらけであり、その顔は痛みと絶望に歪んでいた。

(見覚えがある顔だ。以前何かの宴席で少し話した覚えがあるな)

 その青年はかつて貴族の身分であった。しかし今ではこの収容所で奴隷と大差無い生活を送っていた。
 この収容所にいる人間は外界から誘拐されてきた者がほとんどであったが、一部例外もいた。
 その例外とはいわゆるディーノのような没落貴族の連中であった。サイラスの国では貴族の生まれにも拘らず魔法能力が皆無、または弱い者は皆この収容所に預けられる決まりであった。
 サイラスはこの収容所で暮らしていた時期があった。若かりし頃のサイラスもまた、さきほど戦っている挑戦者達と同じように品評会に出場した。
 そして、品評会で結果を残したサイラスはヨハンに拾われることになった。
 サイラスはヨハンに忠誠を示し公務に励んだ。そしてそれが評価されたサイラスは遂に将軍の地位を得るまでに至った。
 しかしサイラスの忠誠はかりそめのものであった。サイラスの心の中にはヨハンに対する「忠心」などかけらも無かったのだ。

 サイラスは青年に同情と哀れみの念を抱いたあと、何も言わずその場を立ち去っていった。

   ◆◆◆

 ヨハンは品評会が終わった後、海岸沿いにある別荘へと向かった。
 到着したヨハンは主人を迎える従者達の礼に生返事だけを返し、すぐに別荘の裏にある海岸へと足を運んだ。
 そこではラルフが魔法の訓練を行っているはずであった。ヨハンがラルフをこの別荘に連れてきたのは、誰にも邪魔されずにラルフを育てるためであった。
 そして海岸に辿り着いたヨハンは我が目を疑った。ヨハンは一瞬、場所を間違えたのかと錯覚した。
 海岸の地形は完全に変わってしまっていた。波打ち際に立つラルフと老いた魔法使いの存在から、ここが訓練場所として指定した海岸であることがわかった。
 訓練の首尾を老魔法使いに尋ねるまでも無かった。目の前に広がっている光景だけで十分であった。
 ヨハンの存在に気づいた老魔法使いは、ラルフに訓練の続きを促した。

「さあラルフ、もう一度」

 師範の言葉を受けたラルフは構え、海に向かって光弾を放った。
 いや、光弾という表現は正確では無かった。ラルフが放ったその光魔法はこれまでヨハンが目にしたことが無いものであった。
 轟音と閃光と共に放たれたラルフの光魔法は、流れ星のように尾を引きながら水平線に向かって飛んでいった。
 ……しかしラルフの放った光魔法の軌道は狙いから大きくそれ、海面に激突した。
 海が裂けるかのような水しぶきが立ち上がった後、余波は小さな津波となって返り、ラルフと老魔法使いの足を濡らした。
 老魔法使いは濡れた足もそのままに、ヨハンのほうへ向き直り口を開いた。

「まだ碌に制御できておりませぬが……ヨハン様、この者は間違いなく王になるでしょう」

 老魔法使いのこの言葉にヨハンは薄い笑みを浮かべた。

 ラルフ、彼はこの時代において最強の魔法使いであった。そして彼はヨハンとサイラスにとって野望の鍵となる存在であった。

   第十一話 偉大なる者の末裔 に続く
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テーマ : オリジナル小説
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