末世の拳士 第十話

   ◆◆◆

  二人の決心

   ◆◆◆

 猛る心に吼えるロイ。
 しかしその興奮もつかの間、

「危ない!」

 突如、ロイの背中に警告が叩きつけられた。
 ほぼ同時に、視界の右隅に光源が映りこむ。
 視線をそちらに移すよりも早く、ロイはその方向に防御魔法を展開した。
 光弾が防御魔法に直撃する。閃光が一瞬場を包み、衝突音がロイの右耳を強く打った。
 だが、ロイはこれぐらいなんともないと言うような顔で、声がした方向に振り返った。
 そこにいたのは親しい者の姿。

「大丈夫か! ロイ!」
「父上!」

 そのそばには女召使いイライザの姿もあった。数十名ほどの兵士達の姿も見える。

「次が来るぞ! 前を見ろ、ロイ!」

 父からの再びの警告にロイが向き直ると、そこには目の前まで迫った複数の光弾があった。
 すかさず防御魔法を展開し、受け止める。
 先よりも眩い閃光が広がり、大きな衝突音に場が包まれる。

「ロイ!」

 ルーカスが思わず声を上げる。
 だがルーカスが抱いた不安は一瞬のことであった。ロイの防御魔法はびくともしなかったからだ。
 そしてロイはすぐに防御魔法を解除し、光弾による反撃を行った。
 ロイが放った光弾は敵の集団に突き刺さり、数人の兵士をなぎ倒した。

「続け! 攻撃しろ!」

 直後、ロイの後方から兵士らしき者の声が聞こえたかと思うと、大量の光弾が一斉に敵へ向かって飛んでいった。
 それに一息分遅れてルーカスとイライザも光弾を放つ。
 大量の光弾が敵に叩きつけられる。だが、敵に目立った損害は見られず、即座に反撃が来た。
 大量の光弾が飛び交う。防御と反撃のやり取りはその境界線が徐々に曖昧になり、ついには誰が防御し誰が攻撃しているのか、それすらよく分からないほどの応酬戦となった。
 しかし、そんな中でもロイだけは目立っていた。光弾の威力が違いすぎる。ロイが攻撃を行う度、敵の誰かが倒れていた。
 戦いはさらに激しさを増し、場は閃光と土煙に包まれた。
 そんな中、ルーカスはロイの傍に駆け寄り声を上げた。

「無事だったか……?! 酷い怪我をしているではないか、ロイ!」

 ロイは力強い眼差しを返しながら口を開いた。

「戦えないほどではありません! 父上はどうしてここに!?」

 この時ロイは「お前を探しに来たのだ」なんていう甘ったるい言葉を少しだけ期待していたが、父の答えはやはり違っていた。

「住民達を避難させている! 残っているのはこの区画だけだ!」

 父らしい答えであった。愚かな期待を抱いた自分を恥ずべきであろう。父はこの街を統べる者なのだ。
 そしてロイのそんな考えをよそに、ルーカスは場にいる兵士達に向かって声を上げた。

「ここで敵を食い止めろ! 住人達の避難が完了するまでの時間を稼ぐのだ!」

 それは兵士達も承知しているらしく、返事の代わりに光弾を敵に向けて放った。
 再び弾幕の応酬。
 どちらが有利なのかはっきりとは分からない。が、ロイはやはり着実に戦果を上げていた。
 ロイは順調だと思っていた。しかしその時、

「!」

 一つの光弾がロイに襲い掛かった。
 恐ろしく早い光弾。だが、ロイが防御魔法を展開するほうが僅かに早かった。

「っ!」

 しかし直後、ロイの体は吹き飛んでいた。その光弾はロイの防御魔法を突き破り、右手に炸裂していた。
 ロイの体が地に落ちる。

「ロイ!」

 同時に、その身を案じたルーカスが声を上げた。
 ロイはその声に応えようと勢いよく立ち上がった。
 が、その瞬間、ロイは自身の右腕に走った激痛に顔をしかめた。
 何事かと視線を向ける。
 見ると、ロイの右前腕部には関節が一つ増えていた。

「~~っ!」

 認識が痛みをさらに強める。ロイは思わず右腕を押さえた。

「ロイ!」

 父が自分の名を叫びながら駆け寄ってくる。
 が、その時、迫る一つの光源を認識したロイは声を上げた。

「危な……!」

 ロイの警告は最後まで言葉にならなかった。
 直後、場に響き渡る一つの炸裂音。
 ロイの瞳に吹き飛ぶ父の姿が映り込む。
 父はそのまま受身も取らず地に落ち、地面の上を一転した後、動かなくなった。

「父上ぇー!」

 自身の腕の痛みなど気にならないというような勢いでロイがルーカスの傍に駆け寄る。

「父上!」

 再び呼びかけるがやはり反応は無い。気を失っているようだ。
 どうすれば? そうだ、まずは傷を見なくては。光弾はどこに当たった?
 視線を顔から下に移すと、それはすぐに見つかった。
 その時、ロイは血の気が引くのを確かに感じた。
 父の左脇、胸に近い部分が真っ赤に染まっていたのだ。
 どうすればいい? そうだ、出血を止めないと。いや待て、迂闊に触っての大丈夫なのか? 多分骨は滅茶苦茶になっている。うかつに動かせば傷が深くなるだけではないのか。

(……)

 ロイの思考は停止した。
 しかしそれは長い時間では無かった。敵は待ってくれないのだ。
 あの光弾が再びロイに迫る。

「!」

 ロイはそれを間一髪で飛び避けた。
 避けた光弾はロイとルーカスの後ろにいた兵士を弾き飛ばし、地面に突き刺さった。
 爆発のような音と共に土砂が舞い上がり、地面に小さな穴が開く。
 なんて威力だ。ロイは無意識のうちに光弾が飛んできた方向に視線を向けた。
 そして、ロイはその者と目が合った。

強きもの

 それは大男であった。ロイと比べて一割強ほど背が高く、その体幅はロイより二回りは太かった。
 その大男はロイに向かってゆっくりと歩きながら、「すっ」と右手を前にかざした。

「!」

 直後、その手が発光したかと思うと、ロイの目の前に光弾が迫っていた。
 痛めるほどの勢いで首を傾け、直撃を回避する。

「っ!」

 瞬間、耳がもぎとられたかのような痛みが走る。
 反射的に手を当てて確認する。
 ……良かった。耳はまだある。
 だが安堵も束の間、次の光弾が迫る。
 胸を狙った攻撃。避けられない、そう判断したロイは左手で防御魔法を展開した。
 先と同じように受け止めれば今度は左腕の間接が増えるだけだ。だからロイは少し工夫した。
 ロイは防御魔法を斜めに傾けた。光弾を防御魔法の表面で滑らせ、流すことを狙ったのだ。
 そして直後、光弾が炸裂。
 ロイの手に衝撃が走り、その身が吹き飛ぶ。
 理想の結果では無い。が、先よりは遥かにマシであった。防御魔法が破壊されなかったし、なにより腕が折れなかったからだ。
 しかし際どい。一歩間違えれば先よりも酷い結果に、直撃に繋がる行為だ。
 ロイの背筋に冷たいものが流れる。
 同時に戦意も流れ落ちていくかのような感覚。
 この大男は強い。強すぎる。多分、三倍近い魔力差がある。自分が抱いた自信はなんだったのかと、馬鹿らしくなってくるほどの差だ。
 逃げ出したい、本当にそう思う。
 その時、ふと、倒れている父の事を思い出した。
 ちらりと一瞥する。やはり父は倒れたままだ。
 ……もし、いま自分が退いたら、倒れている父はどうなる?

「……っ」

 逃げられない。
 引けた腰と足を戻し、構えを整える。
 そして、ロイは再び発光を始めた大男の手を睨みつけた。
 来い、何発でも受け止めてやる。ロイがそう覚悟した瞬間、

「旦那様! ロイ様!」

 ロイの後方からイライザの声が、二人の間に割って入るように飛んできた。
 これに、ロイは反射的に声を上げた。 

「来ちゃ駄目だ!」

 ロイがそう警告した直後、目の前にいる大男は声が飛んできた方向に光弾を放った。
 凄まじい速度で真横を抜けていったそれを追うように、ロイは視線を後方に向けた。
 直後、ロイの耳に二つの音が、防御魔法が破壊された音と、光弾が人体に炸裂した音が届く。
 数瞬後、ロイの視線がようやく追いつく。そこには吹き飛ぶイライザの姿があった。

「イライザさん!」

 イライザの体が地に落ちる。ロイは思わず駆け寄りそうになったが、すぐに足を止めた。
 イライザの傷が致命傷では無いことが分かったからだ。倒れたイライザは右肩を押さえながら呻いていた。
 すぐに視線を戻す。すると、大男はロイでは無くイライザの方に照準を向けているのが目に入った。
 まずい。今追撃されたらイライザさんには為す術が無い。
 だからロイは、

「うおおお!」

 声を上げながら大男に向かって突っ込んだ。イライザを庇うという選択肢もあったが、ロイの直感はこちらを選択した。
 そして事はロイの思惑通りに動いた。大男は照準をロイの方に戻したのだ。
 大男の手が輝く。それに合わせてロイは右に飛んだ。
 直後、ロイの真左を凄まじい光弾が通り抜けていった。
 掠った光弾が左腕に火傷のような痕を残す。
 ロイはその痛みが走る左腕を振り上げつつ、拳を握り締めた。

(いくら魔力が強かろうと、一撃さえ入れられれば!)

 接近戦なら勝機はある。足でかく乱して、生じた隙に一撃を入れればいい。そう思っていた。この時は。
 突進するロイに対し、大男が姿勢を変える。

(構えた!?)

 それはロイが倒した男と同じものであった。
 ロイの本能が警鐘を鳴らす。しかし、ロイは止まることが出来なかった。
 勢いのまま、光る左拳を突き出す。
 これを大男は光る右拳で軽く叩き払った。

「っ!」

 払われた左拳に激痛が走る。その衝撃に、ロイは大きく体勢を崩した。
 軽く払われただけでこれか。折れている小指と薬指が悲鳴を上げている。
 だが今は痛みなどに構ってはいられない。反撃が来る。
 体勢を整えようとする。が、間に合わない。それよりも大男の方が早い。
 迫る大男の右拳。眩しい。そのせいか大きく見え、距離感がはっきりと掴めない。
 ゆえにロイはすぐに回避行動を取った。背を丸めながら、逃げ出すような姿勢で真左に飛ぶ。
 その背中を男の右拳が掠める。
 熱いものが触れたような感覚に、ロイは思わず丸めていた背を反らした。
 急な姿勢変化に足がもつれ、転びそうになる。
 とても不恰好な回避であった。だがそれでも構わない。とにかく当たらなければなんでもいい。
 地に足裏を叩きつけ、倒れることを阻止する。
 直後、視界の隅に映りこむ大男の姿。
 もう次の攻撃が迫っている。ロイは距離を取るように下がりながら、男の方に顔を向けた。

(! 低い!)

 ロイの瞳に映ったのは低姿勢で突っ込んでくる大男の姿。
 体当たりか? それとも、拳を振り上げる?
 分からない。だからロイは両方に対応できる行動を取った。
 身を反らしながら真右に地を蹴る。
 大男の行動は後者の方であった。
 大男の左拳が唸り音と共に舞い上がる。

(速い!)

 懸命に身を反らす。
 大男の拳はロイの目の前を通り抜けた。
 生じた拳風がロイの肌を撫で上げる。
 避けた。が、際どい。とても危なっかしい。
 そして、大男は振り上げた左腕を戻しつつ、右拳をロイの顔面に向けて放った。
 身を低くしながら頭を下げてそれをやり過ごす。大男の光る拳はロイの髪に触れ、何本かさらっていった。
 続けて左拳。弧を描きながら右肩へ飛んできたそれを、背を反らして避ける。
 大男は止まらない。さらに右、左、右と攻撃が続く。
 光る丸太と形容できる攻撃が次々と飛んでくる。それら全てを、ロイはぎりぎりで回避し続けた。
 ロイの背と額に流れる汗が増す。どれか一発でも直撃すれば死は免れない。

(正面に立っていては駄目だ!)

 その言葉が頭の中で形を成すよりも早く、ロイは地を蹴った。
 大男の拳が初めて大きく空振る。大男が拳を手前に引く頃には、ロイは左手側に回りこんでいた。
 鋭い回り込みであったが、大男はロイを見失ってはいなかった。大男はロイの方に向き直りつつ、再び拳を振るった。
 弧を描く一撃。しかしそれも大きな空振りに終わった。ロイは大男の動きに合わせて再び回りこみ、側面に張り付き続けていた。
 大男の背中がちらりとロイの目に映る。
 大男の動きよりも自分の回り込みのほうが速い。これなら背後を取れる。
 そう思ったロイが強く地を蹴った瞬間――

「?!」

 大男はロイに背中を見せるように、ロイの回り込みとは逆方向に体を回転させた。
 直後、ロイの視界に黒く大きな影が映り込む。

「!」

 これは後ろ回し蹴り?
 そう気づいた時には既にロイの顎は跳ね上げられていた。
 頭の中に稲妻が走るような感覚。
 目がチカチカする。視界が揺れている。いや、俺自身が揺れているのか。わからない。何もかもがぐにゃぐにゃだ。
 目の前にいる大男の姿も揺れている。濃い陽炎に覆われているかのようだ。
 揺れる大男が動き出す。引き絞った右拳を前に突き出そうとしているように見える。
 当たったら死ぬ。避けないと。
 足に力を込める。が、全く動く気配が無い。
 拳が迫る。
 まずい、直撃す――

「っ!」

 直後、ロイの体に衝撃が走った。
 しかしそれは、大男の拳によるものでは無かった。ロイは真横から体当たりを食らっていた。
 突き飛ばされたロイの体が地に落ちる。
 助かった。しかし誰が? そう思ったロイが顔を上げると、そこには――

「アレックス!?」

 久しぶりに見る友人の顔があった。
 アレックスはロイの声に応えず、手にある弓を大男の眉間に向けて引き絞った。

「……」

 が、アレックスは撃たなかった。弓を引いたままの姿勢で固まっていた。
 アレックスは理解していた。この状況がどういうものなのかを。
 理想は逃げ延びること、次点で相打ち、アレックスはそう考えていた。
 先に仕掛けるのは愚手だ。この距離でも恐らく防がれる。そこら中で派手にやっている兵士達が使っているあの盾のような魔法を、この大男も使えると考えるべきだ。
 この矢を放つとしたら、それは後の先を狙う時のみ。それもほぼ同時に近い後の先だ。相手が光弾を放つのに合わせて矢を放つ、それしかない。
 だが問題は、光弾と防御魔法の発動はどちらも似ているため、判別がつかないことだ。
 しかし光弾であるのを確認してから矢を放ったのでは間に合わないだろう。

「……」

 弓を握るアレックスの手に汗がにじむ。
 これは賭けだ。恐ろしく分の悪い賭けなのだ。
 じり、と、アレックスの足が僅かに後ろに下がる。
 出来ればこのまま睨み合いを維持したまま逃げ延びたい。
 だが、そう上手く事が運ぶ確立はかなり低い。相手は自身が有利なのを分かっているはずだ。すんなりと逃がしてはくれないだろう。
 そして、大男はアレックスのその嫌な予想通りの行動を取った。
 大男の手が発光を始める。
 それを見たアレックスの手に自然と力が篭る。
 どっちだ? 盾か、光弾か?
 大男の手の輝きが増す。
 高まるアレックスの緊張。それが最大になった瞬間、

「うおお!」

 聞き覚えのある声が二人の間に割り込む。アレックスと大男は同時にその方向へ振り向いた。
 そこには、脇腹から血を散らしながら、大男に向かって突っ込むルーカスの姿があった。
 無茶だ。そう思ったアレックスが制止の声を上げるよりも早く、

「やめろ!」

 息子の声が父に叩きつけられた。
 だがルーカスは止まらなかった。
 その右手が発光し、光球が生まれる。
 これに大男は反応し、意識をアレックスから光球へ向けた。

(今だ!)

 好機。アレックスは弦に込めた力を解き放った。
 矢が大男の眉間に迫る。
 しかし直後、矢は大男が展開した防御魔法によって弾き返された。
 だが、アレックスはその結果を見ていなかった。アレックスは既に大男に対し背を向けており、ロイに向かって手を伸ばしていた。

「逃げるぞ!」

 アレックスは矢が防がれることを分かっていた。ほんの僅か、一瞬でも気をルーカスから逸らせれば十分だと考えていた。この時点で、アレックスはこの後の展開はどうなるのかを、ルーカスが何をするつもりなのかをはっきりと理解していた。
 ロイの肩に手を回して強引に立ち上がらせようとする。
 しかしロイの反応は鈍かった。アレックスのことなど全く見ていない。ロイの目はルーカスの方に釘付けになっていた。
 この時、ルーカスは既に大男の目の前。ルーカスは右手の中にある光弾を直接叩き付けるように、大男に向かって腕を振るった。
 だが、ルーカスのその一撃は大男の左手によってあっさりと叩き払われた。
 右腕を強く体の外側に向かって払われたため、ルーカスの右胸がガラ空きになる。
 大男はその無防備な的に向かって右拳を突き出した。
 場に「ずぶり」という生々しい肉の音が響き渡る。

「……っ!」

 その光景にロイは言葉を詰まらせた。
 父の背中に真っ赤な手が生えている。
 そして、事態を理解したロイは、大きく口を開けながら声を上げた。

「父上ぇーっ!」

   ◆◆◆

「!」

 その時、兵士の誘導を受けながら街の外へ避難している途中であったレオは、ふと足を止めた。

(今、何か……)

 立ち止まったレオの背中に兵士がぶつかる。

「貴様、何をしている! 足を止めるな!」

 兵士のその剣幕に対し、レオは申し訳なさそうに小さく頭を下げた後、再び足を走らせ始めた。

   ◆◆◆

「駄目だ! ロイ!」
「放してくれ、アレックス!」

 ロイは父をところに行くことが出来なかった。アレックスに後ろから羽交い絞めにされたからだ。
 もがきながら声を上げるロイの方に、大男の視線が向けられる。
 その目は「次はお前の番だ」とでも言っているかのようであった。
 そして、大男は血に染まった腕をルーカスから引き抜こうとした。

「――?」

 だが、大男の腕は動かなかった。
 見ると、大男の腕はルーカスに掴まれていた。

(放せ)

 荒々しく腕を揺らす。
 しかし、ルーカスは大男の腕に爪を立てたままびくともしない。
 大男の心に焦りが僅かに湧き上がる。
 しかしそれはすぐに掻き消えた。

(この男、既に死んで――)

 大男を見つめるルーカスの目からは光が失われていた。

(ならば、吹き飛ばしてやる)

 そう考えた大男は、左手の中に光弾を作り出し、ルーカスの顔面に照準を定めた。
 それを見たロイは声を上げた。

「父上!」

 アレックスを振りほどこうと、これまでに無い勢いで体を振り回す。

「あきらめろロイ! 親父さんはもう死んでる!」

 その言葉にロイは固まったが、すぐにまた暴れ始めた。
 だが、アレックスが突きつけたその現実は、ロイの体から力を奪っていた。
 ロイの体がずるずると後ろに引き摺られていく。
 大男の手の輝きが増す。
 そして、ロイの目の前で、ルーカスの頭は光に包まれた。

   ◆◆◆

 数時間後――

 街を遠く離れたレオは、同じく逃げてきた町民達と一緒に地べたに腰を下ろし、足を休めていた。
 いや、町民と呼ぶのは間違いであった。もう帰る街は無いのだ。難民と呼ぶのが正解だろう。
 場には多くの声が飛び交っていた。
 それは誰かが誰かの名を呼ぶ声であった。
 その数は耳に痛いほどであったが、レオはなんとなくその声に耳を傾けていた。
 そしてその声を聞いているうち、ある大事な事を思い出したレオは、すっと立ち上がった。
 そうだ、ロイは、領主様はどこにいるんだ?
 自分と同じように無事に逃げ延びていると、何故か思いこんでいた。そんな保障はどこにも無いのに。
 その心に焦りが生まれるよりも早く、レオは走り出していた。

   ◆◆◆

 レオは難民の群れの中を縫うように走りながら、ロイとルーカスの姿を探した。
 しかし、いくら走れどもその姿は見つからなかった。
 もう足が棒のようだ。今日はほとんど走りっぱなしなのだから無理も無い。
 たまらずレオは立ち止まり、息を整えた。
 しかしその間もレオは周囲を見回し、ロイとルーカスを探した。
 やはり見当たらない。ここにはいないのでは? 逃げた方向が違うのではないだろうか?
 レオがそんなことを考えた直後、

「もしかして、レオちゃんかい?」

 突然背後から聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に、レオは反射的に振り返った。
 そこには、以前レオが使いに行った、勲章が中央にあるらしいという情報を教えてくれた夫人の姿があった。

「奇遇だねえ。あんたもこっちに逃げてきたのかい」

 あんなことがあったばかりだというのに、夫人はいつも通りのように見えた。
 レオはそんな夫人に尋ねた。

「ベラ様、領主様の姿を見ませんでしたか?」

 これに夫人は申し訳なさそうな顔で答えた。

「すまないけど、あたしは見てないねえ。違う方に逃げたんじゃないかい?」
「……そうですか」

 本当に残念そうな顔を見せるレオの事が気の毒になったのか、ベラ夫人は違う話をすることにした。

「……そういえば、レオちゃんはこれからどうするつもりなんだい?」
「え?」

 意味が分からない、というような顔をするレオに、夫人は口を開いた。

「ここでずっとじってしているわけにもいかないでしょ? 行く当てがある連中はもう動き始めてるよ」

 もし、このまま領主様とロイが見つからなかったら、その時はどうするのか。それは意識して考えないようにしていたことであった。
 黙ったまま考え込むレオ。そんなレオに対し、夫人は言葉を続けた。

「あたしらは近くの町にいる親戚を訪ねようと思ってるんだけど、レオちゃんは何か当てがあるのかい?」

 当て。困ったときに頼れる誰か。レオにはルーカスとロイ以外に、そんな人はいない。

「……」

 やはり黙ったままのレオに対し、夫人は困った顔で口を開いた。

「……まあ、よく考えて決めることだね。……じゃあ、おばさんはもう行くよ。元気でね」

 そう言って、夫人は逃げるようにレオの前から去って行った。

「……」

 残されたレオはしばらくしてその場に腰を下ろした。
 これからどうする? こんな形で街の外に一人で放り出されることになろうとは、思いもしなかった。
 このままロイと領主様を探し続けるべきだろうか? 正直、闇雲に探しても見つかるとは到底思えない。
 夫人は親戚を訪ねると言った。羨ましい。こういう時、血の繋がりというものは本当に頼りになるものだ。
 自分にはそんなものは――
 その時、レオはある言葉を思い出した。

『うちに物を卸してくれている人が言うにはね、大陸の中央で見たってさ』

 それは以前夫人から教えられた情報であった。
 大陸の中央であれを――五芒星の勲章を見たという。
 そして、夫人のその言葉はある記憶を呼び起こした。

『これはね、あなたのお父さんが手に入れたものよ。レオはお父さんの事、覚えてる?』

 あの日、永遠の別れとなる前の夜に母から言われた言葉。
 父の記憶――たった一つだけ残っている。
 懐かしい情景。広い庭に生えた一本の大きな木。
 そして、その傍にほうきを持ってたたずむ父の姿。

「……」

 中央――自分の生まれ故郷かもしれない場所。頼りなくおぼろげだが、唯一『当て』があると言えそうな場所。
 レオの中で何かが固まりつつあった。レオはその何かをより強固なものにするために、今の思いを口にした。

「……中央を目指してみるか」

 言葉にしたその瞬間、レオの中で一つの決心が出来上がっていた。

   ◆◆◆

 数日後――

 ロイは見知らぬ部屋にあるベッドの上で目を覚ました。

「お気づきになりましたか」

 傍には女召使イライザの姿があった。

「……ここは?」

 ふと浮かんだ疑問をロイが口にすると、イライザは答えた。

「ここはルーカス様に親戚にあたる方のお屋敷です」

 その言葉に出てきたルーカスの名に、ロイは強く反応した。

「そうだ、父は! 父上はどうした!?」

 イライザは少し間を置いた後、答えた。

「……どうなったかは、ロイ様が一番よくご存知でしょう」
「……」

 イライザの答えにロイは何の反応も示さなかった。
 何も言わぬロイと、何も言えぬイライザ。沈黙が場の空気を重くするのにさほど時間はかからなかった。
 暫し後、その空気を払うようにイライザが口を開いた。

「そうだ、ロイ様、お腹が空いていらっしゃるでしょう? 何か食べ物をいただいてきますね」

 正直、物を食べられる気分では無かったのだが、ロイは黙って頷いた。
 それを見たイライザは笑みを浮かべながら口を開いた。

「少し待っていてください。すぐに戻ってきますので」

 そう言って、イライザは部屋を出て行った。
 ロイはその背を見送った後、

「……そうか、あれは、やっぱり夢じゃなかったんだな」

 と、ポツリと独り言を漏らした。

   ◆◆◆

 その夜――

「……」

 眠れぬロイはずっと天井を眺めていた。
 こんな気持ちになったのは、初めて魔法使いにやられたあの日以来だ。
 いや、今のほうがあの日よりもひどい。
 胸がひどく苦しい。が、それと同じくらい熱い何かが自分の中にある。
 この感情が何のかは分かっている。あの日も感じたものだ。

 そう、あの日、俺はこう思ったんだ。「強くなりたい」と。

 そうだ、俺は強くなる。強くなって――

 その先は何故か言葉に出来なかった。

   第十一話 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
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