末世の拳士 第九話

   ◆◆◆

  戦士の目覚め

   ◆◆◆

 一ヵ月後――

 レオは街の中を走っていた。
 その手には使いの品が握られていた。
 急いでくれ、使いを任される時にルーカスから言われたその言葉がレオを走らせていた。
 最近はこの使い走りの仕事が特に多くなっていた。
 一体どういう用件なのか、使いの内容をレオは知らない。気にはなるが、手にある品の封を勝手に開けることは許されない。
 妙な考えを振り払うように足を速める。しかし、レオの心の中には言いようの無い不安が漂っていたのであった。
 
   ◆◆◆

 一方、ロイもまたレオと同じことをしていた。
 父に頼まれた使いをすませるため、街の中をひた進む。
 その時――
 ふと感じた違和感に、ロイは足を止めた。
 それはロイだけでは無かった。往来を行く街の人々も同じように足を止めていた。

(なんだ……?)

 違和感の正体を探る。
 耳に何かを感じる。
 それは地鳴りのようであった。
 小さな音であった。が、それは不気味であった。
 耳をすます。
 その音は少しずつ大きくなっているようであった。

(これは……足音?)

 一つや二つの足音では無い。かなりの数だ。
 なんなのか、それを考えるよりも早く、ロイは走り出していた。

   ◆◆◆

「ルーカス様!」

 私室にて書類に目を通していたルーカスは、女召使いイライザの突然の訪問に、息を詰まらせた。

「なんだイライザ、どうした?」

 イライザが慌てている理由は、彼女の傍にいる兵士を見て分かった。

「氷族が攻めてきたのか!?」
 ルーカスが席を勢いよく立ちながらそう尋ねると、兵士は即座に答えた。

「状況はもっと悪い。やつらはもうすぐそこまで迫っている」

 この答えに、ルーカスは焦りと怒りを滲ませながら再び尋ねた。

「国境を守っていた軍はどうした!?」
「そいつらならもう全滅した!」

 兵士のその剣幕に不思議と理性を取り戻したルーカスは、すぐさま正しい行動を選択した。

「ならぐずぐずしてはいられん! 住民達をすぐに避難させなくては!」

   ◆◆◆

 その頃、ロイは地鳴りのする方向に向かって足を走らせていた。
 その足は街外れ、貧民区のほうに向いていた。
 足を前に進ませるにつれ、新しい音が増えていった。
 それは主に悲鳴であった。
 ロイの中で緊張が高まっていく。
 貧民区は近い。この薄暗い路地の先にある大通りに出れば視界に入る。
 さらに音が増える。何か硬いものを砕いたような、そんな炸裂音がロイの耳に入る。
 今の音は? たぶん魔法が民家の壁か何かを破壊した音だ。それはつまり、既に街中で戦闘が行われているということ。
 ロイは足を速め、日光が射す大通りに飛び込んだ。

 ――眩しい。

 思わず目を細める。
 だが、それは一瞬のことであった。ロイはすぐに目を見開いた。
 目はまだ日光に慣れていない。だがそれでも開かずにはいられなかった。
 ロイの目の前で繰り広げられている光景、それは凄惨なものであった。
 皮の鎧に身を包んだ見慣れぬ者たちが住人を襲っている。
 それは戦闘では無く、一方的な虐殺であった。
 老若男女の区別など一切無い。目に付いたものを片っ端から攻撃しているという感じであった。
 どさり、と、すぐとなりで何かが倒れる音。
 見ると、ロイの足元には一人の女性が突っ伏していた。
 目と目が合う。
「助けて」と懇願するような眼差し。
 何から? 顔を上げる。
 するとそこには、倒れているその女性に向かって魔法を放とうとしている男の姿があった。
 やめろ! という思いが言葉になるよりも早く、ロイは女性を庇うように前に飛び出した。
 同時に男が光弾を放つ。
 女性の背に向かって放たれたその光弾を、ロイは盾のように広げた魔力の壁、いわゆる防御魔法で受け止めた。

「!」

 驚きと敵意を含んだ男の視線がロイに向けられる。この瞬間、男の攻撃目標はロイに切り替わった。
 そして、ロイに目標を定めたのはその男一人だけでは無かった。前に飛び出してきたロイに対し、無数の視線が向けられていた。
 まずい。狙われている。ロイの本能が警鐘を鳴らした直後、無数の光弾がロイに襲い掛かった。
 先と同じように魔力の盾で受け止める。
 炸裂音が連続して鳴り響き、閃光がロイの体を包む。
 視界が白く染まる。だが痛みは無い。ゆえに恐れも無い。魔力の盾はびくともせず自身の手にある。見えなくともそれが分かる。
 こいつらの攻撃は大したことない。それは分かった。だが、このままではよくない。なんとかして反撃しなくては。

「……」

 手に伝わる衝撃から、敵の数と方向を予測する。
 恐らく五人、真正面に二、左手側に二、右手側に一。
 頭の中で反撃の筋書きを描く。

「……」

 その筋書きをもう一度見直した後、ロイは行動に移した。
 地を蹴り、真左に跳ぶ。
 元いた場所を敵の光弾が通過していく。それを確認するよりも早く、ロイは防御魔法を解除し、反撃の光弾を放った。
 狙いも定めずに適当に撃ったただの牽制である。恐らく外れるだろう。だが、敵の攻撃を緩めることができる。
 数秒でも十分。その僅(わず)かな間に、通ってきた薄暗い路地に飛び込む。
 あとはこのまま一旦来た道を引き返して――
 しかし、ロイは路地に入ってすぐのところで足を止めた。
 ロイの正面、路地の奥から敵が姿を現したのだ。しかも一人や二人では無い。行列を成している。

(まずい、このままだと挟み撃ちにされる)

 大通りに戻らなくては。ロイはすぐさま振り返った。
 しかしそこには既に先の五人が立ちふさがっていた。
 五人がロイに光弾を放とうと、手をかざす。
 どうする? どうしたらいい? 分からない。だが、このまま足を止めていてはいけないということだけは分かる。
 焦りと緊張が一気に頂点に達する。その感情に突き動かされるまま、ロイは声を上げた。

「おおお!」

 己を鼓舞するための雄たけびとも、恐怖から来る悲鳴とも取れる声を発しながら、ロイは五人に向かって突っ込んだ。
 五人の顔に驚きの色を顔に浮かぶ。が、それは一瞬のことで、五人はたじろぎもせずに光弾を放った。
 これに対し、ロイの対応はやはり直感的なものであった。ロイは防御魔法を展開しながら五人に向かって突っ込んだ。
 光弾が次々と炸裂する。
 だが、やはりロイの防御魔法はびくともしない。そのまま五人に体当たりをぶちかます。

「ぐお!」

 五人を吹き飛ばしながら、ロイは再び大通りに飛び出した。
 防御魔法を解除し、周囲を警戒する。瞬間、ロイの眼前を光弾が横切った。
 思わず上半身を反らしつつ、光弾が飛んできた方向に反撃を放つ。
 反撃が有効であったかを確認するよりも早く、周囲を見回す。
 そこら中に敵の姿。完全に囲まれている!? いや、視線はこちらに集中していない。敵の行動に秩序は感じられず、目に付いたものを片っ端に攻撃しているだけに見える。
 直後、数人の意識がこちらに向いた感覚。
 ほぼ同時に、数発の光弾が襲い掛かる。
 防御魔法でそれらを受け止めながら、足を街の中心の方に向ける。
 ここで立ち止まっていてはまずい。とにかくこの包囲を脱出しなければ。
 進行方向に何名か、いや何十名かの敵兵の姿が見える。
 だが、そのうちの誰一人としてこちらを認識していない。
 適当に光弾を撃ちながら足を進める。
 時々振り返り、後方からの攻撃を防御する。
 左にいる敵に気づかれた。放たれた光弾を避けつつ反撃する。
 進行方向からも光弾が飛んできた。咄嗟に回避する。
 忙しい。気を緩める暇が無い。
 だが、恐怖は薄い。
 なぜだ?
 光弾が来る。避ける。防御する。
 容易い。緩い。敵の攻撃は、はっきり言って弱い。
 反撃を行う。
 自分が放った光弾は敵の防御魔法を突き破り、炸裂した。
 軽々と吹き飛ぶ敵。
 その様を見て、ロイの中に疑問の答えが浮かび上がる。
 もしかして、これは、敵が弱いのでは無く――

 自分が強いのでは?

 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、ロイの戦意は爆発した。
 声にはならない。だが音無き気勢が、ロイの口から熱い吐息となって漏れ出す。
 手を出す。とにかく攻撃だ。たぎる戦意に突き動かされるままに体を動かす。
 目に付く敵に対し、片っ端から光弾を連射する。
 次々と吹き飛び、動かなくなる敵兵達。
 快感であった。
 そしてこの時、ロイは自分の魔力が敵を圧倒していることを、自分は魔法使いとして強者であることをはっきりと自覚した。
 その自覚は姿勢に現れた。
 自分を大きく見せるように背を伸ばす。
 目立ち始めたせいか、自分に飛来する光弾の数が増える。
 だがやはり問題にはならない。適当に防御し、苛烈に反撃する。
 自分の存在感が増していくのがわかる。敵の視線がどんどん集まってきているのがわかる。
 そして、傍若無人に振舞っていた敵の動きが徐々に大人しくなり始める。
 敵の士気は明らかに下がっている。
 その証拠に、敵は少しずつ後退し始めている。
 自分が一人で敵を、軍隊を押し返しているのか、そんな慢心を心に抱いた瞬間――
 その者は現れた。
 一人の男がこちらに歩いてきている。
 まだ距離がある。だが、ロイはその男から目を離せなかった。
 その身に纏う雰囲気、ただ異様としか言いようがない。
 何が違う? その辺のやつらとの違いはなんだ? わからない。
 そんなことをロイが考えているうちに、その男がどんどん前に出てくる。
 そして、その男はロイと対峙している、最前列に立っている兵士の背中を押しのけ――

「!?」

 直後、ロイの顔は驚愕に染まった。
 その男は、兵士を押しのけるのでは無く、後頭部に光弾を撃ち込んだのだ。
 兵士は割れた頭から血を撒き散らしながら前のめりに倒れた。

(味方を? なぜ?)

 男は痙攣する兵士を見下ろしながら、口を開いた。

「雷族相手に臆し、後退するなど、恥を知れ」

 男は吐き捨てるようにそう言った後、ロイの方に向き直りながら言葉を続けた。

「軟弱者共は下がっていろ。私がこの者の相手をする」

 そう宣言した男は、そのまま悠然とロイの前に歩み出た。

(こいつはやばい)

 自信溢れる男の言動からロイはそう感じた。
 ロイはゆっくりと、用心深く身構えた。雑魚を相手にしていた時には無かった緊張感があった。
 既に射程内。だが、ロイは手を出そうとしなかった。
 うかつな行動は避けたほうがいい、ロイはそう考えていたが、これはただの建前だった。単純にどうしたらいいか分からないだけであった。
 だから待った。敵が動くのを。敵が先に手札を明かしてくれるのを待った。
 そしてロイの期待通り、敵は動いた。
 ロイと同じくらいの緩慢な動作。
 だが、それはやはり異様であった。
 握り締めた右手を脇の下に引き、開いた左手を前に出す。
 そして足も同様に、左を前に出す。
 これは、まるで――

(構えた?)

 男が取った姿勢は、レオがロイとの訓練で編み出した「構え」に似ていた。
 魔法使いがあのように構える? なぜ? 弾を撃つのと盾を張るだけならば、あんな構えを取る必要は無い。
 あれは殴り合いのための構えだ。そう見える。

(いや、そんな、まさか――)

 ロイが考えているうちに、男は行動を開始した。
 地を蹴り、真っ直ぐに突っ込んでくる。
 ロイの瞳の中で男の像がみるみる大きくなる。
 その勢いに気圧されたロイは、思わず後ずさりながら光弾を放った。
 これを相手はどう対処する? 回避するのか、それとも魔力の盾で防ぐのか。ロイは相手の出方をうかがった。
 男の左手が発光する。
 防御魔法か、ロイはそう思った。
 だが、それは間違いであった。
 なんと、男は叩き払うように魔力を込めた左手を光弾にぶつけたのだ。

「!」

 瞬間、ロイの顔は驚愕の色に染まった。
 白い火花を散らしながらロイの放った光弾が掻き消える。生じた衝撃波は周囲に広がり、びりびりと空気を揺らした。
 そして、顔に驚きを浮かべていたのは男のほうも同じであった。男はその場に足を止め、左手をかばうように右手で押さえていた。

(重いな。侮れん魔力だ)

 痺れる左手をさすりながらロイを睨みつける。

(だが、恐ろしいというほどでは無い)

 そして、男は止めていた足に再び力を込めた。
 再び男がロイに迫る。
 もう目の前。ロイは反射的に防御魔法を展開した。
 対し、男は脇の下に引いていた右拳をさらに引き絞った。

「!」

 直後、ロイの顔に再び驚きが浮かんだ。
 まさに一閃。男の右手が一筋の閃光となってロイ顔面へ奔(はし)った。
 男はロイが想像したその「まさか」を、正拳突きを放ったのだ。
 ロイの防御魔法と男の光る拳がぶつかり合う。

「っ!」

 接点から激しい火花が散り、ロイの口から息が漏れる。
 防御魔法を展開している右手から体へ衝撃が伝わる。
 だが痛みは無い。派手な一撃だったが、自身の防御魔法の強固さのほうが上だ。
 ロイの心に安堵の色が浮かぶ。これならば盾を張っている限り正面から突破されることは無いだろう。
 そう判断したロイは僅かに余裕の表情を浮かべながら、その場に足を止めた。
 対する男が再び動く。
 放たれたのは左拳。
 手先が霞んで見えるほどの速さ。だが、やはりロイの防御魔法を破るには至らない。
 男の攻撃は一撃では終わらなかった。左拳を二度、三度と放つ。
 しかし、ロイの表情は揺るがなかった。
 いま男が放っている攻撃は鋭いが軽い。手首のしなりだけで打っているような感じだ。
 男の攻撃は止まらない。何度も何度も、左拳がロイの防御魔法に叩きつけられる。
 結果は同じ。ロイの守りは揺るがない。
 これなら何の問題も無い。そう、これなら――
 これなら――
 ……?
 ロイの心に疑問が浮かぶ。
 これなら、いや、これから、どうなる? どうする?
 防御魔法を展開している右手には疲労感がある。
 それは徐々に大きくなっている。だが、男の攻撃は止まる気配が無い。
 よく見ると、男は左手を出す瞬間だけ、その手に魔力を込めているようだ。
 つまり、それは休み休みに攻撃を放っているということ。対するこちらは魔力を消耗しっぱなしだ。
 このままだとどうなるかは考えるまでも無い。
 反撃しなくては。一旦距離を取って――
 後ろに飛び下がるように地を蹴る。

「!?」

 だが離れない。張り付いているかのように、ぴったりと追いかけてくる。

(こいつ、これだけ手を出しているにもかかわらず、こちらの足元をちゃんと見ているのか!?)

 ならば、と、ロイは防御魔法を展開している右手を前に突き出しながら、大きく踏み込んだ。
 防御魔法を相手に直接たたき付けて姿勢を崩す、そのつもりだった。
 だが届かない。相手はロイが踏み込んだ分だけ後退していた。

(避けられた!?)

 足運びが上手い。こいつに防御魔法を直接当てるには、なんとかして足を止めるか、虚を突くしか無いだろう。
 ロイの足が止まる。そこへ反撃が来る。
 防御魔法でそれを受け止める。

「っ!」

 手にかすかな痛みが走る。
 明らかに防御魔法が弱くなっている。
 少しずつ追い詰められている。その事実が恐怖となってロイの心を侵していく。
 萎縮した心は自然とロイの足を後ろに下がらせた。
 だが双方の間合いはやはり離れない。男はロイが下がった分だけ足を前に出している。
 瞬間、男の顔に僅かに笑みのようなものが浮かんだ。
 男は察したのだ。ロイが焦っているのを、恐怖しているのを。
 そして、男は再び左手を出した。
 防御魔法で受け止める。
 しかし、今度は左だけでは終わらなかった。
 続けて右。
 さらに左、右、左、右――
 凄まじい連打。ここにきて、男はこれまで見せなかった猛攻を開始した。
 連打から生まれる衝撃と火花に、ロイの意識が釘付けになる。
 反撃しなければならないという意識はどこかへ消え、恐怖だけが残る。
 防御魔法が削られていく感覚。もう長くはもたない。
 だが、この時ロイが取った選択肢は愚かにも「祈り」であった。敵もそろそろ疲れてきているのではないか、そろそろ手を止めるのではないか、などという適わぬ願いを見えない何かに対して祈った。
 対し、男はロイの防御魔法に光る拳を叩き込みながら、手ごたえをうかがっていた。

(かなり弱ってきたな。頃合か)

 そして、男はロイが望んだとおり手を止めた。
 しかし、ロイの中に湧き上がってきたのは安堵では無く、より強い恐怖であった。
 男は己が体を弓に見立てるように、左手を前に出し、右拳を後ろに引き絞ったのだ。
 その構えが何を意味しているのかは簡単にわかる。いま男の右拳には筋肉による強い張力が働いている。
 弱った自分の防御魔法であの構えから放たれる一撃を止められるのか? その答えが出るよりも早く、男は体に込めた力を解放した。
 そして一閃。これまでのどれよりも速く、重い一撃がロイに向かって奔(はし)る。
 その狙いは右手。防御魔法を展開しているその手に、男の拳が真っ直ぐに突き刺さった。

「!?」

 これまでに無い感覚。裂けるような、砕けるような感覚がロイの右手に走る。
 一瞬遅れて衝突音。鋭い音の波がロイの鼓膜を強く打つ。
 さらに一瞬遅れてロイの右手にある痛覚が声を上げる。
 受け止めた右手の平が「みしり」と、ひしゃげるような感触。

「っ! 痛ぅ……!」

 ロイは手から背中に走った鋭い痛みに呻きながら、体勢を崩した。
 それを見た男が再び身構える。
 追撃が来る。それよりも速く、もう一度防御魔法を――
 右手に魔力を込める。
 だが出来ない。魔力が伝わる感覚がわからない。あるのは痛みだけだ。
 右手は駄目だ。ならば――
 咄嗟に左手を出す。
 魔力の盾が生まれる。だが、それは見るからに弱弱しいものであった。
 男が放った追撃、光る拳がその盾に触れる。
 先のよりもはっきりとした、裂けるような感覚がロイの左手に走る。
 盾を貫かれた――その事実を自覚した瞬間、ロイの左手に衝撃と激痛が走った。
 思わずよろめく。見ると、左手の小指と薬指はありえない方向を向いていた。
 その有様(ありさま)に、ロイの戦意が掻き消える。
 そこへさらなる追撃。
 これに対し、ロイは両手を前に出した。
 その両手はかろうじて発光しており、薄い魔力の壁が広がっていた。
 だが、やはり弱弱しい。明らかに魔力が足りていない。
 男の追撃は当然のようにその薄い壁を突破し、ロイの肩に突き刺さった。

「~~っ!」

 ロイの顔が苦悶に歪む。
 さらに追撃。
 腹を狙った一撃。ロイはかばうように、腹の前に両手を添えたが――

「げぇっ!」

 男の拳はロイの両手を押し破り、深々と突き刺さった。
 嗚咽するロイにさらに追撃。
 ロイの防御魔法を突き破り、左胸に突き刺さる。
 さらに追撃。さらに、さらに――男の手は止まらない。
 ロイの体に生々しい傷が加速的に増えていく。
 額が割れる。骨にヒビが入る。内出血が増える。

(やばい、このままじゃあ死ぬ。殺される)

 死のイメージがロイの脳裏に浮かび上がる。
 直後、顔面に強烈な一撃。
 頬の骨が割れる音がロイの頭の中に響き渡る。
 視界が明滅し、暗くなっていく。
 意識が遠のいていく。
 この時、ロイの心に湧き上がったのは不思議なことに安堵感であった。
 痛みが無くなった。心地よい。この苦痛から開放されるなら、死も悪くないんじゃあないか。
 そんなことを考えながら、ロイは浮遊感に身をゆだねた。

   ◆◆◆

 そして、ロイの意識は夢の中へと移った。
 その夢は最近の記憶であった。レオと行った最後の訓練、その終盤の場面だ。

(なんだこりゃあ。人は死ぬときに夢を見るっていうが、これがそうなのか?)

 夢の中の俺がレオの足を踏みつける。
 そのまま勢いに任せて左拳を放つ。
 ここから先はよく覚えている。本当に驚かされたし、見事だった。
 俺の拳がレオの頬に触れる。
 直後、レオは素早く首を捻り、その一撃を受け流す。
 同時に、伸ばした俺の腕がレオの手に掴まれる。
 そして、レオはそのまま俺が腕を前に突き出した勢いを利用して、背負うような投げの動作に入る。
 本当に見事だ。……ここまでは。
 レオに引っ張られた俺の体が僅かに浮き上がる。
 後は振りぬくだけだ。それで俺の体は宙を舞う。
 しかし俺の方が早い。
 俺は即座に空いているほうの手で防御魔法を展開した。
 魔力の盾がレオを弾き飛ばす。

 ……

 ロイの夢はここで終わった。
 眼前には何もない。真っ暗な空間が広がっている。
 その暗黒の中、ロイは先の夢について考えた。

(遅いんだ。レオの投げの動作はあまりにも遅すぎた、だからああなった。
 魔法使いを掴んで投げるならもっと勢いよく、相手に防御魔法を展開させる暇を与えないくらいの速さでやらなくちゃあならない。
 だが悪いのはそこだけだ。投げの動作に入る直前までは本当に素晴らしかった)

 闇の中で顎に手を当てながら「うんうん」と頷き、自身の考えを自讃する。
 そんなことをしているうちに辺りの闇は薄まり、周囲が徐々に白み始めた。
 なんだ? 朝が来たのか? というよりも、俺は何をしていたんだっけ?

 何もわからぬまま、ロイの視界は白く、そして眩しく塗りつぶされていった。

   ◆◆◆

 ロイは見開くように、しかし静かに、「ぱちり」と目を覚ました。
 目の前で男が右拳を放とうとしている。
 はっきりと見える。ゆっくりと近づいてくる。
 しかし恐怖は無い。心はとても静かだ。
 迫る拳に顔を近づける。
 まだ遠い。もっと引き付けなくては。
 ロイの視界が男の拳骨で埋まる。
 ここだ。
 鋭く首をひねる。
 男の光る拳がロイの頬を掠(かす)める
 そして、伸びきったその腕を右手で掴みながら体重をかけ、男を手前に引き込む。

「!?」

 男の顔に驚きが浮かぶ。
 重要なのはここからだ。レオと同じことしては駄目だ。
 男は既に反応している。俺がレオにしたのと同じように、防御魔法を展開しようとしている。投げ飛ばすのは間に合わないだろう。
 だから、この場面での正解は――

(これだぁ!)

 気合と共に左拳を振り上げる。
 小指と薬指が折れた状態で放った拳。その握りは不完全であったが、

「がっ!?」

 男の顎を跳ね上げるくらいなら十分であった。
 そしてすぐさま、掴んでいた男の腕を後ろに放り投げる。
 投げるというよりは受け流しに近い動作。事実、この投げは男を軽く転がしただけに過ぎなかった。
 だが、この一連の鮮やかな動作を決めたことで、ロイの闘志は復活していた。
 戦える。拳を叩き込むことに成功した。
 今はっきりと理解した。あいつの戦い方は魔法使いのそれじゃ無い。これは格闘戦だ。
 ならばやれる。格闘戦は俺の得意とする領域なのだから。
 湧き上がる闘志が、自然とロイを動かす。
 折れた指を強引に折り曲げ、握り拳を作る。
 そしてその拳骨を顎(あご)に添えるように、両腕を折りたたみながら、ゆっくりと腰を下ろす。

「!」

 その構えを見た男の顔に驚きが浮かぶ。
 ロイは男のその表情を見ながら己を鼓舞した。

(よし、やるぞ。やってやる。もう一度あのいけ好かない顔にこの拳を叩き込んでやる)

 そこまで考えたところで、ロイはあるミスを犯していたことに気がついた。

(いや、待て。俺は馬鹿か。今のは殴るよりも、光弾を叩きこむべきだっただろう。光弾じゃなくてもいい、せめて拳に魔力を込めていれば――)

 その時、ロイにひらめきが生まれる。
 いや、ひらめきなどという大それたものでは無い。要はただの真似だ。
 ロイはその両手に魔力を込め、発光させた。
 それを見た男は、驚きの色をさらに濃くした。

(俺の真似をしているつもりか)

 だが、その驚きは一瞬のものだったらしく、男はすぐに表情を元に戻した。

(……所詮はただの思いつき。拳に魔力を込めて戦うのには慣れていないだろう)

 そう考えても、男はすぐには仕掛けようとしなかった。

(しかし先の技、まぐれとは思えない。侮るのは危険か)

 あんな受けの技術を見せられては慎重になるのが道理。男はゆっくりと、丁寧に構えを整えた。
 そして、二人はそのまま睨み合った。
 どちらも仕掛けようとしない。双方とも相手の出方をうかがっている。
 だが、この戦いがこのまま膠着することはありえない。なぜなら――

「!」

 どこからか放たれた光弾がロイに襲い掛かる。
 そう、ロイにとって敵は一人では無いのだ。
 顔面へ向かって飛んできたそれを、ロイは咄嗟に展開した防御魔法で受け止めた。
 光の粒子が拡散し、ロイの視界が白む。
 瞬間、ロイの中で緊張が高まった。
 絶対に仕掛けてくる。この機を敵が逃すはずは無い。
 視界が回復する。
 直後、ロイの目に映ったのは突っ込んでくる男の姿。

(やっぱりきたか!)

 鋭い踏み込みから男が光る右拳を放つ。
 ロイはそれを自身の光る左手で力任せに体の外側へ叩き払った。

「っ!」

 その衝撃に、男が顔をしかめる。
 ロイの魔力の強さは本物。同じ光る拳でも、単純なぶつかり合いならばロイの方に分があることが今証明された。
 そして、男の動きが一瞬止まったその隙を突き、ロイは反撃に出た。
 男の顔面に向けて光る右拳を奔(はし)らせる。

「!」

 男はすかさず防御の構えを取った。
 受け止めることは出来ない。流さなくては。
 男はその一撃を左手で体の外側に流そうとした。

「っ!?」

 だがロイの拳はその防御を逆に弾き返し、えぐるように男の左肩に突き刺さった。

(受けが通じない!?)

 左肩をかばうように手で押さえながら後ろによろめく。
 そこへ当然のようにロイが追撃を放つ。
 顔面を狙った左拳。男はこれを右手の甲で受け止めた。

(痛ぅっ!)

 甲の中心に小さな穴が開き、そこから激痛と共に周囲へ亀裂が広がるような感覚。
 続けてみぞおち狙いの右。
 重ねた両手の平でそれを受け止める。衝撃は左手を突き抜け、ヒビが入った右手をさらに破壊した。

「……っつぅ!」

 その痛みに思わず声が漏れる。
 打ち合いは分が悪い。そう判断した男は小細工に出た。
 ロイの顔面に向かって左手を伸ばす。
 対するロイは、それを先と同じように光る拳で叩き払おうとした。

(?!)

 突如ロイの脳内に走る違和感。
 よく見ると、迫る男の手は握られておらず、開いている。そしてその手の平の中には、丸く輝くものが生まれつつある。

(光弾!?)

 直後、顔面に向かって放たれた男の光弾を、ロイは光る手の平で握りつぶすように受け止めた。

「!」

 ロイの視界が再び白く染まる。

(糞、またか!)

 何も見えない。ここは一旦距離を――
 そう考えたロイが足を引いた瞬間、

「!?」

 突如浮遊感がその身を包んだ。

(足を払われた?!)

 石ころにつまずいたのかと錯覚するほどの軽い足払い。
 ロイの背が勢いよく地に落ちる。

「げほっ!」

 その衝撃にむせ返る。息を吸い込みたい衝動に駆られたが、ロイはそれよりも別の行動を取った。
 素早く真横に転がる。
 直後、直前までロイが寝ていた場所に男の光弾が炸裂した。
 それに遠巻きに見ていた兵士達が続く。
 次々と飛来する光弾。ロイは中腰の姿勢のまま両手で左右に防御魔法を展開し、それらを受けた。
 凄まじい衝突音が場に鳴り響く。だがロイの防御魔法は揺るがない。そして、放たれた光弾の多くは外れ、地面に着弾した。
 土がえぐれ、砂煙が舞い上がる。ロイはそれで自身の体を隠しながら防御魔法を解除し、素早く立ち上がった。
 敵の攻撃は止まる気配が無かった。だが、それらの攻撃は全てロイから外れていた。敵は砂煙に向かって当てずっぽうに光弾を撃っているだけのようであった。
 男が立っていた方向に視線を移す。
 当然、砂煙があるため相手の姿は見えない。だが、その時、砂煙の中で何かが「ちかり」と光った。

「!」

 直後、砂煙の中から光弾が姿を現した。
 だが、これを警戒していたロイは慌てた様子を見せず、光る拳で丁寧に叩き払った。
 続けて一発、さらに間を置かずにもう一発の光弾が土煙の中から姿を現す。
 二つとも先と同じように叩き払う。
 この時、ロイは確信のようなものを抱いた。この光弾はあの男が放ったものであると。
 直後、ロイは左手で防御魔法を展開しながら砂煙の中へ突っ込んだ。
 何も見えない中、光弾が飛んでくる方向に足を進める。
 そして、間も無く砂煙から脱したロイの瞳に映ったのは、今まさに次の光弾を撃とうとしている男の姿であった。

「!」

 男は顔に僅かな驚きを浮かべながら、光弾を発射した。
 防御魔法に炸裂。しかし揺るがない。ロイは砂煙を駆け抜けた勢いのまま、男に向かって突っ込んだ。

(体当たりか?!)

 そう判断した男は思わず防御の姿勢を取った。迫るロイの防御魔法を受け止めようと、光る両手を前に出す。
 ロイの防御魔法が迫る。もう目の前。
 しかし直後、衝突の直前、ロイは防御魔法を解除した。

「!?」

 男の顔に驚きがはっきりと表れる。
 刹那、一閃。
 ロイの右脇から放たれた一筋の閃光、光る右拳が男の顔面に深々と突き刺さった。

「ぁがっ!」

 ふらふらと、男の体がよろめく。

(寝かせやしねえ!)

 後ろに倒れそうになった男の腹に一撃。

「ごえっ!」

 その口から胃の中身があふれ出す。
 男は腹を押さえながら、ふらりと一歩後退した。
 逃げようとしている、弱々しく引けた男の腰と足運びから、ロイはそう判断した。

(逃がさん!)

 叩き付けるように左足を前に出し、男の片足を踏みつける。

「!」

 男の顔に驚きとは違う、新たな感情が色濃く表れる。
 それは間違い無く恐怖であった。
 ロイは右拳を振り上げ、

「おらぁっ!」

 真上から振り下ろすように、右拳を男の顔面に叩き込んだ。
 鼻が陥没した感触がロイの右手に伝わる。
 しかし、うめき声も悲鳴も無い。男は既に気を失っているのかもしれない。
 ロイは光る右拳を顔面にめりこませたまま、押し倒すように体重をかけ、男を地面に叩き付けた。
 男の頭蓋が地面にめり込む。いや、そう見えるだけだ。実際には頭蓋骨がひしゃげているのだ。
 男の頭を中心に、地面の上に赤い華が広がる。
 そして、男は数度痙攣した後、動かなくなった。
 拳を上げ、ゆっくりと離れる。
 男は死んだ。確認するまでも無い。
 ぴくりとも動かない男を見下ろしながら、ロイは胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。
 魔法使いとして強者であることを実感した時よりも熱い何か。
 その何かに突き動かされるように、ロイは口を開いた。

「ぅおぉーーーっ!」

 両の握り拳をさらに硬く握り締めながら、胸を張り、ロイは吼えた。それはまさしく勝利の雄叫びであった。

   第十話 二人の決心 に続く
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テーマ : オリジナル小説
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