シヴァリー 第二十三話

   ◆◆◆

  神秘の体得

   ◆◆◆

 四ヵ月後――

 アラン達の方で、一つの変化があった。
 アンナが負傷したのだ。
 この報せは兄であるアランと、当の彼女に援軍を要請していたクリスを驚かせた。
 しかし幸いなことにアンナの怪我は軽傷であり、少し休めばまた戦場に出ることができる程度のものであった。

 アンナを負傷させた者は炎魔法の使い手であった。
 同じ炎魔法の使い手に敗れる、それは屈辱であったが、アンナの名を汚すことは無かった。
 アンナが敗れた主な原因は奇襲を受けたからであった。不意を突く、それは大昔から強者を倒すために使われてきた常套手段であり、アンナもまた同じようにその策に敗れたのであった。

 そしてアンナを負傷させたその炎魔法の使い手が次にどうしたのかというと――
 
   ◆◆◆

「上からの命により援軍としてこちらに参ったリーザです。以後お見知りおきを」

 炎の使い手、リーザはそう言いながら陣の総大将を務めるジェイクの前に跪いた。
 ジェイクは手をかざしてこれを制したが、リーザは跪くのをやめなかった。

「同じ精鋭魔道士なのだ。堅苦しい挨拶は必要ないぞ」

 そう言ってジェイクは笑った。ジェイクに悪意は全く無かったのだが、この笑みをリーザは悪い意味で受け取った。

 リーザの日頃の態度は精鋭魔道士にしては下手に出すぎていると言っていいものであった。人によっては謙虚では無く卑屈だと受け取るだろう。彼女をそうさせていたのはこれまでの人生で受けた謗りのせいであった。

 跪いたまま微動だにしないリーザに困ったジェイクは、適当な言葉でこの場をやり過ごすことにした。

「長旅で疲れているだろうし、長話はよそう。戦いに備えてゆっくり休んでおいてくれ。何かあればこちらから呼びに伺う」

 これを聞いたリーザは静かに立ち上がり、ジェイクに一礼した後、何も言わずその場から出て行った。
 リーザが去った後、場にはなんとも言えぬ空気が残った。
 ジェイクは傍に控える側近の方に顔を向けながら口を開いた。

「……なかなか気難しい性格のようだな」

 どう答えてよいかわからぬ側近は、困った顔をしながらただの頷きとも取れる小さな礼だけを返した。

   ◆◆◆

 数日後、ジェイクは陣の中央にある大きなテントに隊長格の人間を集めた。
 長机の上座に座るジェイクは、集まった者達の顔を見回しながら口を開いた。

「今日集まってもらったのは他でも無い。クリスの城をどう攻めるかについてだ。だがその前に……」

 そう言ってジェイクは視線を移し、リーザの顔を手で指し示しながら再び口を開いた。

「既に知っている者もいるかもしれないが、我々と共に戦うことになったリーザだ」

 紹介を受けたリーザは頭を下げた。

「バージルと同じ新参者だがれっきとした精鋭魔道士だ。皆くれぐれも失礼の無いようにな」

 ジェイクは皆の顔を見回しながら言葉を続けた。

「今この地には私を含めて三人の精鋭魔道士が集まっている。これだけの戦力が集うことは滅多に無い。我々にかけられている期待は大きく、早期の決着が望まれている」

 場に集まった者達はジェイクのこの言葉に何も返さなかったが、場に漂い始めた緊張感がそのまま答えとなった。
 ジェイクはバージルの方に視線を移し、声を掛けた。

「バージル、傷の具合はどうだ?」
「もう問題は無い」

 気持ちの良いその返事にジェイクは表情を緩め、口を開いた。

「兵士達の傷は癒え、戦力は十分。士気も高い。次の攻撃の機は熟したと考えていいだろう」

 ジェイクは視線を戻し、話を進めた。

「何もなければ、このまま攻撃の日取りを決めることにする。何かあれば今のうちに言ってくれ」

 これにリーザが小さく手を上げた。

「新参者ですが、口を出すことを許して頂けますか」
「もちろん構わない。何だ?」
「攻撃することに異論はありませんが、私は奇襲をしかけるべきだと思います」

 これにジェイクは訝しげな顔をしながら尋ねた。

「奇襲か。それはいいが、クリスは城から離れようとはせんぞ。具体的にどうする?」

 リーザは一息分間を置いた後、淡々とその策を話し始めた。

   ◆◆◆

 会議が終わり、テントを出たリーザは意外な人物に声を掛けられた。

「リーザ、少し構わないか?」

 それはバージルであった。彼の呼びかけにリーザは「何?」と淡白な返事を返した。

「何故また奇襲なのだ? お前がここに来る前の戦いでアンナを退けたことは聞いている。それも奇襲だったそうだな」
「それが悪いことだとでも言いたいの?」
「そうではない……リーザ、お前は確か炎の一族の者だったな。お前の家の事は聞いている。周囲から裏切り者の一族などとあらぬ謗りを受けている事もな」

 バージルの言葉に、リーザは警戒心をあらわにした。何かよからぬことを言われるのではないかと。

「お前は家を馬鹿にしていた奴らを見返してやりたいのだろう? ならば何故正面から堂々と戦わない?」
「……」
「精鋭試験でお前の力は見せてもらった。お前ほどの使い手ならば奇策に頼らずとも十分な戦果を挙げることができるはずだ。だが、奇襲ばかりではお前の魔法使いとしての実力はなかなか認められんぞ。戦果に対しての報酬は得られるだろうがな」

 リーザは気まずそうな顔で答えた。

「……お金が無いからよ。私の兵は百にも満たない。でもうちはたったそれだけの兵を雇うだけで精一杯。とにかく貧乏なのよ。いま彼らに死なれたら慰謝料もまともに払えないほどにね」

 これにバージルは驚きの表情を浮かべながら口を開いた。

「そんなに苦しいのか。かつてこの国の頂点に立ったこともある炎の一族がそんな有様とは、少し驚いたぞ。お前が奇襲を好むのは、被害を最小に抑えたいからなのか」

 バージルはここで一旦口を閉じ、小さく頭を下げた後、再び口を開いた。

「そんな理由があるとは知らず悪かった。もうお前の戦い方に口は挟まぬことにする」

 そう言ってバージルはリーザに対し背を向け、その場から去っていった。

 このやり取りでリーザがバージルに抱いた印象は悪いものでは無かった。
 彼はぶっきらぼうだが悪い人間では無い、リーザはそう感じていた。

 そしてバージルがリーザに声を掛けたのは親しみからであった。
 実力はあるのに馬鹿にされている、その似た境遇にジェイクは親近感を覚えているのであった。

   ◆◆◆

 ジェイク達が攻撃の準備を始めた頃、アンナは出発の準備をしていた。

「アンナ様、まだお休みになられていたほうが……」

 アンナの傍に控える女兵士は心配そうな顔でそう言った。
 これにアンナは首を振りながら答えた。

「救援の要請があったクリス様の所にあの炎の使い手が向かったという情報が確かである以上、もう休んでいる余裕はありません。すぐにここを発ちます」

 アンナは喋りながらてきぱきと服を着替えていった。その体にはあちこちに包帯が巻かれており、中には血が滲んでいる箇所もあった。
 そして着替え終わる頃、ノックの音が部屋に響いた。

「アンナ様、マリアです。今よろしいですか?」

 ドアの向こうから聞こえてきた親衛隊の声に、アンナはすぐ答えた。

「どうぞ」

 マリアと名乗った兵士はすぐに部屋に入ってきた。
 そして、彼女は主人であるアンナと目を合わせるよりも早く口を開いた。急いでいるわけでは無い。これはマリアの性分であった。

「依頼されていた探し物が届きました」

 そう言ってマリアは一本の剣をアンナに差し出した。
 それはアランのものとは鍔と鞘のこしらえが少し違っていたが、紛れも無く「刀」であった。
 手に取ったアンナはすぐに鞘から抜き、刀身に光を這わせた。

「……間違いありません。これが探していたものです」

 アンナはその手に伝わる感覚から、これが兄のものと同じものであることを確信した。

「しかしこれだけ探してたったの一本とは、相当な貴重品のようですね」

 これにマリアは頷きを返した。

「確かに貴重な品のようです。交易で生計を立てている者に尋ねましたが、次に手に入るのはいつになるかわからないと答えました」

 マリアは一息ついた後、言葉を続けた。

「ですが、数自体は国内にまだあるのを確認しました。しかしそれらは全て既に誰かの所有物になっており、持ち主達が手放そうとしないのです」
「その持ち主達はこちらの足元を見ているのですか?」
「いいえ、そうでは無く、いくら金を積まれても譲る気は無いと答えたようです」
「……そうですか。まあ、それなら仕方ないですね」

 そう言ってアンナは刀を鞘に納めた。
 用件が済んだと判断したマリアはさっさと部屋を出て行こうとしたが、その背をアンナは呼び止めた。

「それとマリア、これより救援要請のあったクリス様のところに向かいます。皆に出発の準備をするよう言ってきてください」

 これにマリアは先と同じ鋭い返事を返した後、部屋から出て行った。

   ◆◆◆

 一週間後――

 アンナは間に合わなかった。
 城を背に布陣したクリスは、眼前に広がる敵の陣容に唇を噛んだ。

(敵の数は前回と同等。大将格の面子も変わらずか。対するこちらはディーノがおらず、数でも劣る。これは……厳しいな)

 いないのはアンナだけでは無かった。まだ傷が言えていないディーノもこの戦闘に参加することはできなかった。
 そしてそんな主君の心を察したのか、傍に控える臣下ハンスは口を開いた。

「アンナ様が間に合っていれば、逆に敵を一網打尽にする良い機会だったのですが」

 これにクリスは少し間を置いた後、口を開いた。

「本来なら我々が引き付けた敵をアンナと挟撃する手筈だったからな……」

 この時クリスはハンスの方に視線すら向けなかったが、無念であるという同じ気持ちはしっかりと伝わっていた。
 だがアンナがいない以上、その作戦はあきらめるしかない。敵は待ってはくれないのだ。ハンスは気持ちを切り替え、目の前の戦いに集中することにした。

「こうなっては仕方ありませぬな。さてクリス様、あれとどう戦います?」

 クリスは既に決めていたらしく、これに即答した。

「ここで奴らを迎撃する。ただしそれは城を温存するためで、奴らの殲滅が目的ではない。前回と同じだ。我々は防御に徹する」

 それはこれまでに何度も使ってきた常套手段であった。

「つまり、時間稼ぎということですな」

 ここでクリスはようやくハンスの方に顔を向け、表情を和らげながら答えた。

「まあそういうことだ。策も何も無い今の我々にできるのはそれぐらいだからな」

 クリスは視線と表情を元に戻し、言葉を続けた。

「問題となるのは中央にいる敵総大将であるジェイクと、その傍でディーノと同じ武器を持って馬に跨っているあの男の二人だ」

 ハンスはクリスが言ったその二人に視線を移した後、口を開いた。

「強力な防御魔法を利用した騎馬突撃でこちらの隊列に穴を開け、そこにジェイクが乱戦を仕掛けてくる……厄介ですな」

 これにクリスは少し間を置いた後、口を開いた。

「……突撃のほうはまだ対処できる。本当に厄介なのは勢いがある上に隙の少ない戦い方をするジェイクのほうだ」

 そしてクリスは後ろを向き、整列している兵士達に向かって声を上げた。

「隊列を変更するぞ! 私が指示するとおりに移動しろ!」

   ◆◆◆

 対する総大将ジェイクは、クリスが隊列を変更するのを眺めた後、口を開いた。

「敵は隊列を変更したか。兵士達の間隔を広く取り、我が隊と対峙しているクリスの部隊に大盾兵を集めたようだな」

 これに傍に控えるバージルが付け加えた。

「兵士の間隔を広くしたのは動きやすくするためだろう……私の突撃を回避するためだろうな」
「どうする?」

 ジェイクが尋ねると、バージルはすぐに答えた。

「私は奴らの側面を突くことにする。クリスの部隊に大盾兵を集中させたせいで他の部隊はかなり壁が薄くなっているからな」

 そう言ってバージルは部隊の右翼側に馬の頭を向け、手綱を振り上げた。
 ジェイクは今まさに馬に活を入れようとしているバージルに、後ろから声を掛けた。

「バージル、それは悪くない手だと思うが、私の部隊からあまり離れられるといざという時に援護できんぞ」

 この言葉にバージルは手綱を握る手を止めた。それは傍目には固まったように見えた。
 ジェイクが言った「いざという時」という言葉は、バージルにある苦い記憶を思い起こさせていた。それは前回の戦いでディーノに追い詰められた記憶であった。
 バージルは暫し沈黙を返した後、首を捻り片目だけをジェイクと合わせ、口を開いた。

「……この戦いにディーノはいない。前のようなことにはならんから安心しろ」

 バージルはそう言って一方的に話を切り、馬を走らせた。

   ◆◆◆

 その後、両軍は暫くの間にらみ合った。

「仕掛けてきませんな」

 ハンスがそう呟くと、

「時間を稼げるのは嬉しいが、妙だな……嫌な予感がする」

 傍にいたクリスは不安をあらわにした。

   ◆◆◆

 クリスが抱いた嫌な予感、それは当たっていた。
 クリス達がいる戦場から見て、城を挟んだ反対側に広がる森、その中に暗躍する影の群れがあった。
 かつてアランも通った事があるその森の中を進む影達は、城を見渡せる位置で止まった。

「情報通り、こっちの方は手薄ね」

 それはやはりリーザの部隊であった。部隊の長を務めるリーザは欠けた城壁から覗く町並みを見ながらそう呟いた。

「わかっているわね、みんな? 私が『爆発魔法』で城壁に穴を開けるから、一気に突入して派手に暴れるのよ?」

 兵士達が頷きを返した後、リーザは少し間を置いてから声を上げた。

「それじゃあ仕掛けるわよ。みんな、ついてきなさい!」

   ◆◆◆

 クリスの不安から来る緊張が最大に達した時、それは起こった。
 突如、後方から警告を示す鐘の音が響いてきたのだ。

「何だ!?」

 クリスはそう叫んだが、何が起きたのかはわかっていた。異常を知らせるその鐘には、拍子の速さで意味を持たせてあるからだ。

「城に敵が接近しているようです!」

 臣下ハンスはその意味を声に出した。クリスは町の方を振り返りながら声を上げた。

「すぐに救援に―「敵がこちらに向かって突撃してきます!」

 だがその声は、より強い兵士の警告にかき消された。
 兵士の声にクリスが前を向くと、そこには土煙を上げながら突っ込んでくる敵軍の姿があった。
 クリスは一瞬どうすべきか迷ったが、今は目の前の敵に対処することが先決であると判断し、声を上げた。

「……全隊構えろ! 敵を迎え撃て!」

   ◆◆◆

 一方、鐘の音を聞いたアランもまた同様に声を上げていた。

「俺は半分の兵を率いて城の防衛に回る! クラウスはこの場に残って奴らを迎撃してくれ!」

 アランの行動は迅速であった。救援隊の選出と編成は敵との激突前に完了した。

「ここの指揮はクラウスに任せる! 頼んだぞ!」

 アランはクラウスにそう指示した後、返事を聞くよりも早く、城に向かって走り出した。

   ◆◆◆

 その頃、城内は喧騒に包まれていた。

「敵襲だ!」
「どこから侵入された!?」
「城壁だ! やつら、壁に穴をあけやがった!」

 兵士達の怒声を耳にしながら、ディーノは戦いの準備をしていた。
 靴を履き、皮の鎧を身につけ、馴染んだ獲物に手を伸ばす。
 勢いよく槍斧を担ぐ。瞬間、胸から走った鋭い痛みに、ディーノは身を強張らせた。

「……っ!」

 こんな状態で戦えるのか? そんな考えが一瞬よぎったが、いかなければならない、という強迫観念じみた責任感がディーノを突き動かしていた。

   ◆◆◆

 ディーノが兵舎を飛び出す頃には、城は既に悲鳴に包まれていた。

「すまない、どいてくれ!」

 奥から逃げてくる従者達を掻き分けながら、ディーノは戦闘音のする方へと進んでいった。
 火を放たれたのか、城内には数多くの煙が立ち上っていた。
 走りながらディーノはいつもとは違う緊張感を抱いていた。それは戦闘音の中にあまり聞きなれない音が混じっていたからだ。
 その音は投石器が投げた岩が城壁に着弾した時の音に少し似ていた。

(あんな音を立てる攻撃をする奴がいるってのか……これはまじでやべえかもしれねえ)

 そんな事を頭で考えながら、ディーノの足はすくむどころか、ますます速くなるのであった。

   ◆◆◆

 同時刻、クラウス達はバージルと戦闘を開始していた。

「来るぞ!」

 馬で突っ込んでくるバージルを前に、クラウスは声を上げた。

「先と同じだ! 奴の動きをよく見て進路を読め!」

 クラウスに言われるよりも早く、兵士達は身構えた。

「まだ撃つな! 今撃っても無駄だ!」

 それも兵士達は承知であったが、クラウスは兵士達を鼓舞するために声を出していた。
 バージルはクラウス達の目の前まで迫った後、光の壁を展開すると同時に反転するかのように進路を変えた。

「回避しろ!」

 クラウスのその声に弾かれたかのように、兵士達は大きく回避行動を取った。バージルの突撃の軌道上から兵士達がさっと引くその様は、まるで道を開けているかのようであった。
 バージルは回避し損ねた兵士を吹き飛ばしながらクラウスの部隊の中を浅く旋回した。
 駆け抜けたバージルが背中を晒しながら自部隊の方に帰還する。だが、その背中をクラウス達が黙って見送るはずが無かった。

「今だ、撃て!」

 バージルの背に向かって一斉に光弾を放つ。
 同時に、バージルの兵士達も隊長の帰還を援護するべく一斉に光弾を放った。
 大量の光弾が双方の間を飛び交う。バージルは後方に光の壁を展開してこれを凌ぎ、対するクラウス達は前面に配した大盾兵と防御魔法でこれを防いだ。
 クラウス達の攻撃は無駄に終わったかのように見えたが、そうでは無かった。光の壁を二度展開したバージルの魔力は相当量消費されており、再度突撃するには魔力を充填する時間を置く必要があった。
 そして、それがわかっているクラウスはすぐさま声を上げた。

「すぐに反撃に転じよ! 接近しつつ敵に光弾を撃ち込め!」

 クラウスが号令を発すると、部隊は気勢を上げながら突撃を開始した。
 しかし両者がぶつかり合う事は無かった。クラウス達が前進した分、相手が引いたからだ。

(敵は引き撃ちに徹する気か)

 敵の戦い方は良くも悪くもバージルを中心とした戦法であった。バージルの兵士達はバージルを援護するためだけにいると言ってもいいほどであった。
 クラウス達は接近することを諦め、双方は一定の距離を開けたまま撃ち合いを続けた。
 だがその距離は遠く、互いに有効な効果は得られなかった。
 この間、バージルは光弾が飛び交う様を眺めていただけであったが、自身の体に十分な魔力が満ちるのを感じた瞬間、馬に活を入れた。

「また突撃が来るぞ! 全員防御!」

 クラウスが声を上げる。兵士達はぴたりと攻撃を止め、先と同じようにバージルを警戒する姿勢をとった。
 後何回この応酬を繰り返すのであろうか。両部隊の攻防は長くなりそうな気配を漂わせていた。

   ◆◆◆

 バージルと一進一退の戦いを繰り広げるクラウスに対し、ディーノは厳しい状況にあった。

 戦場は広間。ディーノは肩で息をしながら、柱の影に身を隠していた。

「うかつに飛び出すな! 正面は警戒されているぞ!」

 どこかにいる仲間が発した警告が場に響く。直後、その声がした方に敵の凄まじい集中攻撃が浴びせられた。
 炎が走る音、光弾が炸裂する音が暫く続いた後、兵士の悲鳴を最後に音は止んだ。
 警告を発したせいで位置がばれたのだろう。今の状況は些細な物音を立てることすら危険であった。
 久しぶりの城内戦であったが、このような慎重さを求められる戦闘は初めてのことであった。

(炎をばら撒いているやつを倒さねえと……そいつはどこにいる?)

 敵の中に一人、文字通り凄まじい火力を持つ炎の使い手がいるのだ。ディーノはその者の位置を確認するため、影から「ちらり」と顔を覗かせた。
 そこには十数名の魔法使いらしき者達がいた。ディーノの目はその中のある一人に釘付けになった。

(女?)

 その顔立ちは明らかに女性のものであった。そして彼女の出で立ちは明らかに一般兵とは違う大将格のものであった。
 そして、ディーノはその者と目が合った。
 その女、リーザがディーノに向かって手の平を前に突き出す。これを見たディーノは飛び退くようにその場から離脱した。
 柱から離れた直後、ディーノは真後ろで炎が走る音を耳にし、その背に熱を感じた。

(間違いねえ! あの女が炎をばら撒いてるやつだ!)

 別の物影に身を隠したディーノは、リーザが倒すべき目標であることを確信し、再び角から顔を覗かせた。
 リーザはディーノが離れたことを知らず、まだ先ほどの柱を炎で攻撃していた。
 その炎は独特であった。アンナほどの激しさは無い。が、凄まじく速く、そして鋭かった。揺らぎが少なく、まっすぐであった。

(炎が速い。ありゃあうかつに近づくことはできねえな)

 遮蔽物無しに回避できる攻撃では無い。リーザの前に堂々と立つのは自殺行為であるように思えた。

(どうする? 盾を構えて突撃してみるか? いいや、この距離じゃ駄目だ。俺が先に焼け死ぬのがオチだ)

 ディーノは周囲を見回しながら考えを巡らせた。

(敵の数自体は多くねえ。何とか回り込んで不意をつけば――)

 ディーノの考えがまとまりつつあったその時、突如後方から多数の足音と、気勢の声が聞こえてきた。

「援軍か、助かる!」

 ディーノが様子を伺おうと角から顔を覗かせると、目の前を兵士達が走り抜けていった。
 その兵士達は隊列を組みながら前進し、正面にいるリーザに向かって攻撃を仕掛けた。
 しかし、直後場に響いたのはリーザの断末魔ではなく、兵士達が上げた叫喚の声であった。
 その炎の凄まじさに兵士達が怯む。隊列が乱れが生じ始めたと同時に、一人の男が声を上げた。

「強力な炎の使い手だ! 遮蔽物に身を隠せ!」

 その声の主はアランであった。兵士達はアランの指示に即座に従い、蜘蛛の子を散らすように周辺にある物影に身を隠した。
 しかし遮蔽物の数はアランの部隊全員を隠せるほど多くは無かった。身を隠す場所の無い兵士達は各自の判断で隊列を組み戦い始めたが、あの炎の使い手の前では無駄死にするだけであることは明らかであった。
 アランは無防備な姿を晒す彼らに向かって声を上げた。

「身を隠す場所を確保できないものは一旦距離を取れ! 炎から身を守ることだけを考えろ!」

 後続の兵士達は隊列を維持したまま後退を開始した。アラン達は物陰から飛び道具を撃ち、これを援護した。
 対し、リーザは後退する兵士達を追おうとはしなかった。リーザは周りの部下に対し、手で何か合図した。
 直後、リーザの前に大盾兵達が並んだ。そしてリーザはそれまでとは違う構えを取った。
 何かを抱え込むように、向かい合わせた両手の平を胸の前に置くその構えは、明らかに力を溜めるためのものであった。

「気をつけろアラン! 何か仕掛けてくるぞ!」

 ディーノが思わず警告を発する。直後、リーザの両手の中に集まった魔力が一つの形を成した。
 それは一見普通の光弾のようであったが、よく見ると弾の中で何かが激しく揺らめいていた。
 顔を覗かせてそれを見ていたアランは、咄嗟に遮蔽物に身を隠しつつ、その場に伏せた。
 直後、リーザはアランの方に向かって両手を突き出し、その光弾を放った。
 アランのもとに高速で飛来した光弾は、アランを守る遮蔽物に衝突する直前に、空中で文字通り『弾けた』。
 破裂音と共に弾の中から炎が溢れ出す。それは爆炎となり、炎に押された空気は衝撃波となって周囲に広がった。
 このような規模の爆発を目の当たりにするのは皆初めてのことであった。この魔法はリーザの切り札であり、炎の伝播速度が凄まじく速い彼女だからこそできる芸当であった。
 衝撃波は遮蔽物をなぎ払い、身を隠していたアラン達ごと吹き飛ばした。

「アラン!」

 ディーノがアランのもとに走り出す。
 リーザの目に遮蔽物を失い無防備となったアランの姿が映り込む。リーザはすかさずアランに向かって追撃の炎を放った。

(避けてくれ!)

 走りながらディーノはそう願った。
 しかしそれは適わなかった。アラン達はリーザが放った炎に包まれた。
 炎の中から悲鳴が上がる。その地獄の中で、兵士達は地面の上をのたうちまわっていた。
 ディーノはその地獄の中に飛び込んだ。アランの正面に立ち、丸型の大盾でリーザが放つ炎を受け止めた。
 ディーノの大盾は炎の進行を止めたが、伝わる熱は容赦なくディーノの身を焼いた。
 それは直撃するよりはマシという程度であった。盾の取っ手はあっという間に握っていられないほど熱くなり、高熱に晒されたディーノの体にはあちこちに火傷が浮かび上がり始めた。
 そんな地獄の中、ディーノは振り返りアランの様子をうかがった。
 アランも当然のように火傷だらけであったが、何よりもディーノを危惧させたのは、うずくまるアランが自身の目を押さえていることであった。

「どうしたアラン? 目をやられたのか?!」

 アランはうずくまったまま何も答えなかった。
 この場から何とか離脱しなくてはならない、ディーノはそう思ったがここで問題が発生した。
 盾は限界を迎えていた。高熱に長時間晒された盾はひしゃげ、その縁は歪に形を変え初めていた。
 このままでは焼け死ぬ。ディーノの脳裏に隠れていた死のイメージが顔を覗かせる。
 なんとかアランだけでも――、ディーノがそう覚悟を決めた瞬間、

「ディーノ殿!」

 力強い声と共に一人の男が前に飛び出した。
 男が大盾と防御魔法で炎を食い止める。

「アラン様を連れて、御早く!」

 それはフリッツだった。
 ディーノはすぐにアランを抱え、その場から離脱した。フリッツも防御魔法を展開したまま後退し、それに続いた。

   ◆◆◆

 揺れるディーノの腕の中で、アランはこれまでに無い体験をしていた。
 それは夢か現かと問われると、はっきりとは答えられない奇妙な感覚であった。
 意識はある。記憶は繋がっている。自分は炎に飲まれた後、ディーノにこうして助けられた。
 しかし奇妙なのは、自分はそれからずっと目を閉じていたはずなのに、誰がどう動いたか、どこで何が起きたのかをはっきりと理解していることであった。
 それはまるで自分自身をとても高いところから眺めているかのような感覚であった。戦場の動きが手に取るようで、それはまるで自分の目を空に置いてきたかのようであった。
 そして不思議なのは、自身の体の感覚もはっきりしていることであった。アランはディーノに抱えられていることはもちろん、僅かな空気の揺れすら感じ取っていた。
 似たような感覚は前にもあった。ただそれとは明らかに違う。このような自分を遠くに感じる感覚はあの時には無かった。
 自分の視界は依然暗黒のままだ。目を閉じているから当たり前だが。
 ではこれはやはり夢なのか。ディーノの腕から伝わる振動と火傷の痛みをはっきりと自覚しながら、アランはそんなことを考えていた。

   ◆◆◆

 一方、クリスの部隊は徐々に押し込まれていた。
 懸命に防御を続けていたクリス達であったが、ジェイクの勢いは止まらなかった。

「来るぞ!」

 ハンスが警告を発したのと同時に、ジェイクの手から閃光が奔る。
 前衛の大盾兵達が吹き飛ぶ。ハンスは続けて声を上げた。

「負傷者を下げろ! すぐに隊列を立て直して反撃するのだ!」

 ハンスは口早に指示を出しし、兵士達を急かした。
 そして、先ほどから部隊に指示を出しているのがハンスばかりなのは、クリスの指揮能力が精彩を欠いているからであった。
 クリスは焦っていた。それは先ほどからずっと鳴り止まない鐘の音のせいであった。

「クリス様、このままでは押し切られます! 一旦奴の閃光魔法の射程外まで後退し、陣形を建て直しましょう!」

 ハンスがそう声を上げた直後、鐘の音に変化が起きた。拍子が早くなり、音もより大きくなった。
 それが示すもの、それは救援要請であり、敵奇襲部隊の戦力が城の警備を凌駕しているのは明らかであった。
 これにクリスは声を上げた。

「今すぐ城へ救援に――」

 クリスがそこまで口に出したところで、ハンスがより大きな声で割り込んだ。

「クリス様、それはなりませぬ! ここはどうか御堪え下さい! 我々がここを離れれば、残された部隊が包囲挟撃されることになります!」

 クリスは何も言い返すことができなかった。それが事実であることをわかっていたからだ。

「森側には警戒網を張っておりました! それを潜り抜けたということは、奇襲部隊の人数は決して多くないはず! 既に救援に向かったアラン様達を信じましょう!」

 直後、意外なところから声が飛んできた。

「勘がいい部下を持ったなクリス!」

 その声の主はジェイクであった。

「その者の言うとおりだ! 奇襲部隊の数は多くはない!」

 奴の言葉に耳を傾けるべきではない、そうわかっていても、クリスはジェイクと目を合わせてしまった。

「だがその部隊の長は私と同じ精鋭魔道士だ! この意味がわかるな?」

 これはただの挑発だ、聞いてはいけない。

「私はどちらでもいいぞクリス! ここで私に倒されるか、他の部隊が全滅するのを覚悟で城に向かうか、好きな方を選べ!」
「……っ!」

 クリスの焦りは頂点に達した。そして次に怒りが彼の頭を埋め尽くした。何か言葉にして吐き出したい、そんな気持ちが息を呑む動作として現れた。
 しかしクリスはそれでも理性を失わなかった。これまでの困難な現実が彼を強くしていた。
 クリスは僅かにその唇を震わせながら声を上げた。

「……一旦後退し、体勢を立て直すぞ! 攻撃しつつ敵から距離を取る! そして、ハンス! お前は五百の兵を連れて救援に向かえ! 城にある兵糧はなんとしても守らねばならん!」

 五百。際どいが悪くない数であった。いなくなってもこの場の戦列はなんとか維持できるであろう。そんな、際どいが良い数であった。
 ハンスは思わず声を上げる。

「皆の者、聞いたな! すぐに行動を開始せよ!」

 この反応はジェイクにとって少し残念であったが、揺ぎ無い優位は彼の口を再び開かせた。

「少ない戦力で私と戦う道を選んだか、クリス! その勇気だけは認めてやろう!」

 そう言いながらジェイクはその右手に魔力を込め、

「だが勇気だけでは戦力差は埋まらん!」

 突き出したその右手から閃光を奔らせた――

   ◆◆◆

 クリス達の動きが慌しくなる中、バージルと対峙しているクラウス達は、ほぼ互角と言ってよい戦いをいまだに繰り広げていた。
 バージルが突撃する、クラウス達がそれを回避し、反撃する、その攻防はいまだ続いていた。

(埒があかんな)

 もう何度目になるかわからない突撃を回避されたバージルは、この繰り返しを打破するべく思案した。

(馬を下りて白兵戦を仕掛けてみるか? ……いや、もっといい手があるな)

 そして、ある手を思いついたバージルは兵士達に向かって声を上げた。

「全員よく聞け! これより戦い方を変更する!」

 バージルの声に、兵士達は攻撃の手を止めた。

「全員突撃だ! 体ごとぶつかって相手の動きを止めろ!」

 バージルの声がこだまする。しかし、兵士達は戸惑いの表情を浮かべるだけで、動き出そうとはしなかった。

 バージルの兵士達の錬度はとても低かった。ゆえにあらかじめ指示、または訓練されていた戦い方しかできなかった。その戦い方も、バージルの援護をするだけという消極的なものであったため、士気もあまり高くなかった。
 さらに付け加えるなら、バージルの統率力自体が低い。バージルは優秀な戦士ではあったが、将の器では無かった。

 そして、バージルはとうとう苛立ちを露にした。

「何をしている! さっさと突撃しろ!」

 バージルは槍斧を振り下ろし、傍にいた一人の兵士の首筋にその刃を当てた。
 これがどういう意味なのかは馬鹿でもわかる。恐怖に背中を押された兵士達は、自棄的な気勢を上げながら走り始めた。
 全員が突撃を開始したのを確認したバージルは、自身も馬に活を入れた。
 それを見たクラウスは即座に声を上げた。

「突っ込んでくるぞ! 衝突に備えよ!」

 前面の大盾兵達が身構える。それと同時に傍にいた兵士が警告を発した。

「バージルが我々の側面に回り込もうとしています!」

 バージルは突撃する兵士達から少し離れて並走していた。その動きから、敵の狙いを読んだクラウスは声を上げた。

「まずい! 奴らの狙いは我々の動きを止めることだ! 後退しつつ――」

 しかしそれは遅かった。突っ込んできた敵の大盾兵達と味方の大盾兵達が激しくぶつかり合い、クラウスの声はその衝突音に掻き消された。
 敵を押し返そうと大盾兵達が足を踏ん張る。大盾兵達は敵の進行を押し止めたが、それは一瞬だけのことであった。
 追いついてきた敵の後続は次々と前にいる兵士の背にぶつかった。兵士達は数珠のように連なり、先頭の者を押し倒した。
 敵の突撃は滅茶苦茶であった。前後の連携は全く取れておらず、押し倒された先頭の集団は後続の兵士に踏み潰されていった。
 何も考えていないただの体当たりであったが、それでもバージルの目論見は成功していた。押し寄せた人の波はクラウス達を押し込み、その隊列を崩していた。

「奴の突撃が来るぞ!」

 クラウスは警告したが、打つ手は無かった。
 光の壁が迫る。兵士達は各自の判断で回避行動を取ったが、乱れた隊列の中では先ほどまでのような整然とした動きになるはずが無かった。
 兵士達の悲鳴が上がる。その声の数はバージルが隊列の中を押し進むほどに増え、これまでの比では無かった。
 掻き分け、押し破るように部隊の中を駆け抜けたバージルはすぐさま後方を警戒し、反撃に備えた。
 しかし反撃は来なかった。それはクラウス達にその余裕が無いということであった。
 上々の成果である。しかしバージルはまだ満足してはいなかった。バージルはすぐに手綱を握って旋回し、クラウス達の方に向き直った。
 魔力に余裕はある、ならばこのままもう一撃、バージルがそう考えた瞬間、彼の視界にあるものが映りこんだ。
 それはこちらに向かって突撃してくる騎馬隊であった。

(敵の増援か!)

 誰の部隊だ――、バージルはその者達が掲げる軍旗に目をやった。
 剣に纏わる炎をモチーフとした軍旗、それを見たバージルは思わず声を上げた。

「あれは炎の一族の軍旗! ということは……」

 バージルは考えるよりも早く、馬の頭をその騎馬隊の方に向けた。

「音に聞いたカルロの娘、アンナ! 相手に不足無し!」

 バージルはこれまでに無い大きな気勢を上げながら、馬に活を入れた。

   ◆◆◆

 こちらに向かってくる騎兵、バージルの姿を見たアンナは声を上げた。

「向かってくるあの男、身なりからして精鋭級でしょう! 私が相手をします! マリア達は下がっていて!」

 これにマリアと呼ばれた親衛隊は、

「承知しました! 御武運を!」

 と、声を上げ、後続の騎兵達を引き連れてアンナから離れた。
 それを確認したアンナは、バージルの方に馬の頭を向け、活を入れた。

   ◆◆◆

 向かい合う二つの騎兵。バージルとアンナ、双方の進路は重なり、一本の線となった。

「この私と正面からぶつかる気か! おもしろい!」

 興奮したバージルは身震いしながら声を上げた。
 双方の距離がみるみるうちに詰まる。もう互いの顔がはっきりと視認できる距離だ。
 バージルがその手に魔力を込める。対するアンナは右手にある刀に炎を纏わせた。
 そして衝突の直前、バージルは光の壁を展開し、アンナは左に進路を変えながら、右手にある刀を振り上げた。
 双方のシルエットが交差する。そして響き渡る強烈な衝突音。バージルとアンナ、光の壁と炎の剣のぶつかり合い、その勝負の行方は――

 ――その勝負の軍配はアンナに上がった。
 敗れたバージルの体は宙を舞っていた。振り上げられたアンナの刀から放たれた螺旋上の炎は、バージルの光の壁を押し破り、彼の体を馬ごと高く空に巻き上げていた。
 空高く舞い上げられながら、バージルは自分が負けた事をまだ信じられないでいた。
 我が一族の防御魔法は鉄壁、何物も通さぬ壁である、幼い頃に父から何度も言われた言葉がバージルの頭の中に浮かび上がっていた。
 バージルの体が地に落ちる。体に走った鈍く重い痛みは、バージルの頭を明瞭にした。
 父に何度も聞かされたあの言葉、それが嘘であることがたった今証明されてしまった。
 自分は負けたのだ。心の中でそう言葉にしながら、バージルは上半身を起こし、アンナを見た。
 アンナは既にジェイクの部隊に向かって突撃していた。
 バージルはまばたきもせずに、食い入るようにその背を見つめた。
 目を離してはいけない。恐らく、この後もっとすごいものを目にすることができる。バージルの胸には確信に近い予感があった。

   ◆◆◆

「こちらに来るぞ! 防御の陣を敷け!」

 向かってくるアンナに対し、ジェイクはそう声を上げた。
 ジェイクの前に大盾兵達が並び、三枚の壁が形成される。

「奴を近寄らせるな! 魔法使いは迎撃体勢を取れ!」

 次の指示に兵士達が反応する。三枚の壁の後ろに、大勢の魔法使い達が並んだ。
 素早く迎撃体勢を整えたジェイクであったが、その胸中は言い様の無い不安で埋まっていた。
 バージルの光の壁を打ち破った一撃、それをこの壁で受け止められるだろうか? そんな疑問がジェイクの脳裏に浮かんだ。
 もうすぐ魔法の射程に入る。ジェイク達の緊張は高まっていった。

 対し、アンナの心は驚くほど静かであった。
 正面から全力の攻撃を叩き込む、アンナの心にあったのはこれだけであった。
 アンナは静かに刀を構えた。その切っ先は先と同様に地に向けられていた。
 間も無く炎が刀を包み込む。炎の勢いは強くなり、地に達した。
 そして刀身が見えなくなるほど炎が大きくなった瞬間、アンナはその燃える刀を振り上げた。

 直後、それを見たジェイクは息を呑んだ。
 刀から放たれた炎の鞭は、これまでのものとは別物であった。
 単純に速度が速くなっているのもある。しかし何よりも違うのはその現象であった。
 以前のような炎が地上を走るものとは全く違う。それは例えるなら光る刃であった。
 アーチ状の形をしたそれは、揺らめく炎を纏ってはいなかった。しかし火の粉を撒き散らしていることから、炎魔法が含まれているのは明らかであった。
 炎はその走る光刃の少し後ろに遅れて追従していた。これは空気抵抗による速度減衰が光刃より大きいためであった。
 炎が光刃を追いかけるその様は、光刃が通った跡に火柱が上がっているようであった。
 その凄まじさにジェイクの目は釘付けとなり、頭は思考能力を失った。
 だが彼の本能は、無意識に閃光魔法の姿勢を取らせていた。
 そして、体が勝手に動いたのはジェイクだけでは無かった。迫る光刃に対し、魔法使い達は光弾を発射した。

 光刃に光弾が次々と着弾する。
 だが止まらない。勢いが弱まっているようにすら見えない。
 ここで、ジェイクの本能は別の案、迎撃では無く回避を提示した。
 しかしそれは遅かった。ジェイクは既に拳を前に突き出していた。
 大盾兵達の合間を閃光がすり抜ける。閃光は真っ直ぐに、突き出される槍のように奔った。
 そして、光る槍と光る刃、二つは交わった。

 直後、ジェイクが見たのは二つの光。
 一つは、自身の閃光魔法が光刃にぶつかった時に生じたもの。
 閃光は雷に打たれた木の様に、火花と光の粒子を散らしながら真っ二つに裂かれた。
 以前、どこかで似たものを見たことがある――ジェイクの脳がアランの刀に閃光魔法を切り裂かれた時の記憶を引き出すよりも早く、ジェイクの視界は光に包まれた。
 その光は、光刃が大盾兵達とぶつかった時に生じたものであった。
 何も見えない――ジェイクの視界にあるのは白と、僅かな赤。

 少しして、視界が戻る。
 目の前に広がったのは地獄のような光景。さっきまで人であったものの残骸が散らばっている。
 そして、ジェイクの身に残ったのは痛み。右肩から股間までを走る鋭い痛み。
 顔に何かが降り注ぐ。

(雨?)

 違う。水じゃない。真っ赤だ。これは血の雨だ。
 どさり、と、右で何かが倒れる音がする。
 そちらに目を向ける。
 直後、ジェイクの目に映ったもの、それは誰かの右半身であった。
 いや、誰かじゃない。見覚えがある。よく知っている。
 これは――自分の右半身だ。
 何が起きたのかをようやく理解する。
 と、同時に、視界が徐々に暗くなり始める。
 駆け足で死が近づいてきている。
 しかし、ジェイクの心は驚くほどに平静であった。
 あまりにも急で、あまりにも見事だったため、ジェイクは死を実感出来ていなかった。
 だがそれで良いのだろう。ジェイクの魂は一切の乱れも無いまま、天に還った。

   ◆◆◆

 一方、バージルは呆けたように立ち尽くしたまま、その惨状を眺めていた。
 バージルが追った負傷は決して軽く無い。骨があちこち折れており、本来ならば立っているのもつらいほどだ。だが、今の彼は痛みを凌駕するほどの興奮を抱いていた。

(凄まじい。それしか言う事が無い)

 バージルは不謹慎にも感動していた。

(いつか自分もあんな風に――あの強さに追いつきたい)

 バージルが抱いた感情、感動から生まれたそれは「憧れ」であった。
 バージルが「憧れ」を抱いたのはこれで初めてでは無い。最初に「憧れ」を抱いた対象はディーノである。
 だが本人はそれを自覚していない。何故ならバージルにとってディーノは姉兄を殺した仇だからだ。
 しかし、今回抱いた感情は純粋であった。その純粋さはバージルの心にはっきりとした向上心を芽生えさせていた。
 バージル、彼はこの時、曇り無き強者への道を見出したのだ。

 そして、バージルはその破壊の跡を目に焼き付けた後、戦場から離脱した。

   ◆◆◆

 クリス達の戦いに決着がついた頃、城では――

「ありがとうフリッツ、もう大丈夫だ。大分楽になったよ」

 フリッツから手当てを受けていたアランは、そう言って立ち上がった。

「どこに行くつもりなのです?」

 普通ならここから離脱すると答えるはずだ。しかしアランはそれとは真逆の答えを返した。

「ディーノを助けに行く」
「無茶です! 目が開けられないのに!」

 アランの目の火傷は軽度であったが、その瞼は硬く閉じられていた。
 そしてアランはこの正論に対し、訳の分からない返事を返した。

「大丈夫だ、目が開かなくてもなんとなく把握できる。それに、今行かないとディーノが多分死ぬ。俺にはそれがわかるんだ」
「……? アラン様、一体何をおっしゃって……?」

 当然であるが、フリッツにはアランが何を言っているのかわからなかった。

「フリッツ、この場の指揮を任せる。頼んだぞ」

 そう言って、アランは引き止めの声に耳を貸さないまま、その場から飛び出して行った。

   ◆◆◆

 一方、そのディーノは敵の背後に回りこんでいた。

(ここまでは順調……か?)

 ディーノは角から敵の背中を覗き込みながら、いつ仕掛けるべきか機をうかがっていた。
 しかしディーノは気付いていなかった。自身が取り囲まれ、追い詰められていることに。
 ディーノを包囲している輪は徐々に狭まっていた。無防備な背中を晒しているのは敵のほうでは無く、ディーノのほうであった。
 そして今、その背中に一人の敵兵士が手をかざし、照準を合わせていた。
 ディーノを狙う手の数は音も無く増えていった。この距離でこの数の一斉射撃、それは間違いなく致命の攻撃であった。
 手をかざしている兵士の一人が息を吸い込む。今まさに発せられんとする攻撃の合図に、周囲の兵士たちは身を固くした。

「撃――」

 しかしその合図は最後まで言葉にならなかった。何事か、そう思った隣の兵士が彼の方に目を向けた瞬間、兵士は自身の腹部に走った鋭い痛みに身を震わせた。

「――え?」

 それはどちらに対し発せられた言葉だったのか。目の前で首から血を流している仲間に対してか、それとも自身の腹部から流れている血に対してか。

「敵だ!」

 それを見ていた別の兵士が警告を発する。次の瞬間、視界に走った一筋の剣閃を最後に、彼の命は終わった。
 周囲の兵士達が一斉にその「敵」に照準を向ける。そして誰かが合図も無く放った光弾を切欠に、兵士達は一斉に攻撃を開始した。
 しかし当たらない。たった一発どころか、かすりすらしない。その「敵」は受けるまでも無いと言わんばかりに攻撃を避けながら、剣を振るった。
 そして手近な兵士を全て切り伏せたその「敵」は声を上げた。

「気をつけろディーノ! 囲まれているぞ!」
「アランなのか?!」

 ディーノは二つの意味で驚きの声を上げた。一つはアランがここに来た事、もう一つはアランのその戦いぶりであった。
 それは奇妙であった。兵士達はわざと攻撃を外しているかのようであった。
 アランは兵士が光弾を撃つよりも早く回避行動を取っていた。兵士達はアランが避けるのを見てから攻撃しているように見え、それはまるで下手な芝居のようであった。

 アランの戦いぶりを「下手な芝居のようである」と例えたディーノ。
 それはある意味で的を射ていた。
 アランの頭の中には「台本」のようなものがあった。
 それは不思議な台本であった。数手先、数秒先までの敵の動きが描かれている台本であった。

 ――右手前の敵が二秒後に光弾を発射する。左側に体を傾けつつ踏み込み、左手前にいる敵を斬る。
 さらに踏み込み、右手前の敵が次弾を発射する前に一閃。
 すると、奥にいる敵が攻撃態勢に入るから、まだ立っている右手前の死体を盾にする。

「台本」に沿って行動し、敵を切り伏せていく。
 敵の動きが分かっているのだから、先の先も、後の先も自由自在である。その動きが下手な芝居に見えるのは道理であった。

「ディーノ、下がるんだ! ここは俺が引き受ける!」

 流れるように敵を斬り伏せながら声を上げるアランに対し、

「それはありがたいが、お前は大丈夫なのかよ!?」

 ディーノは豪快に敵をなぎ払いながら声を上げた。
 ディーノの戦いぶりはとても負傷しているとは思えないものであった。もしかしたら助けに来なくても大丈夫だったのではないか、そんな考えがアランの中に浮かぶほどであった。
 しかし、そんな考えはこちらに近づいてくるある気配によって吹き飛ばされた。

「俺のことなら心配するな! それより早く下がるんだ! あの炎の使い手がこっちに向かって来てる!」

 これにディーノは即座に言葉を返した。

「それが本当なら、お前を一人でここに置いていけるわけないだろ!」

 まるで子供のやり取りである。しかしそれはアランとディーノらしいと言えた。
 そして、二人の息はぴったりであった。アランとディーノは互いの背中を庇い合いながら、少しずつ後退していった。
 しかし二人の移動はとてもゆっくりとしたものであった。

「やべえ、来ちまったぞ!」

 そして、あるものを見たディーノはそう声を上げた。それは、こちらに向ってくる炎の魔法使い、リーザの姿であった。
 どうしたらいいのか――アランは考えたが、アランの理性はすぐに残酷な結論を出した。

(あれは俺にはどうしようもない。多分、ディーノでもどうにもできない)

 炎から身を守る術は限られている。光の剣ではアランの技をもってしても炎はどうすることもできない。そして、この場にはあの女の炎から身を守るのに十分な遮蔽物は存在しない。

(できるとしたら、どちらかが囮になってもう一人を逃がすことくらいか――)

 アランは覚悟を決めた。そしてそれはディーノも同じであった。
 しかし二人の覚悟は無駄に終わるのであった。
 場に何かの合図の音が鳴り響く。それを聞いた敵は撤退を始めた。

「なんだ? 突然逃げ始めたぞ」

 不思議に思うディーノに、アランが答えた。

「……多分、アンナが来たからだ」
「妹さんが来てくれたのか! ……で、どこにいるんだ?」

 ディーノはアランが見ている方向に顔を向けたが、そこにあるのは燃える民家だけであった。

「まだ遠いから見えない。だけどもうすぐ姿を現すと思う」
「へ?」

 これにディーノは素っ頓狂な声を上げた。今のアランは何か変だ、ディーノはそう思った。
 違和感の正体はすぐにわかった。それはアランが目を閉じていることであった。思い返してみれば、さきほどの戦いでもアランはずっと目を閉じていたような気がした。
 火傷で痛むから目を細めているのだろう、ディーノはそう思うことにした。しかしそれでは先ほどの台詞の説明がつかないことは分かっていたが。

 ディーノがそんなことを考えているうちに、馬に乗ったその者が燃える民家の陰から姿を現した。

「お兄様!」

 アランが言った通りにアンナは登場した。アンナは兄の傍に駆け寄り、声を上げた。

「よかった、無事で……?!」

 兄の力強い立ち姿から、アンナはそう勘違いした。

「酷い怪我をしているではないですか! 誰か! 誰か来て!」

 アランの状態に気づいたアンナはすぐ周辺の者に助けを求めた。妹の叫び声は兄がベッドに横たわるまで続いたのであった。

   第二十四話 時間切れ に続く
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