シヴァリー 第十六話

炎と冷気6

   ◆◆◆

  炎と冷気

   ◆◆◆

 数ヵ月後――

 本格的に冬となったある夜、ディーノは兵舎から少し離れたところにある広場で素振りをしていた。
 もう何千になろうか。ディーノの体からは湯気が立ち昇っていた。

「ふう~っ。今日はこれくらいにしとくか」

 槍斧を下ろし、汗を拭う。
 冬の夜風はディーノの体から汗を引かせると同時に熱を攫っていった。
 心地よかった。だがそれは少しの間だけで、心地よさはすぐに震えと下腹部の嫌悪感に変わった。

「ああ、くそ。冷えたせいでもよおしてきちまった」

 どこか適当なところで済ませてしまおう――そう思ったディーノは都合の良い茂みを探した。
 その時、視界の隅で何かが光った。
 ディーノがそちらへ目を凝らすと、遠くの闇の中で光の線が走っているのが見えた。
 この光の正体を知っていたディーノは別段驚きもせずに呟いた。

「アランか……こんな時間まで光の剣の練習をしてんのか」

 近づいて声を掛けようか、ディーノはそう思ったが、その考えは突如下腹部に走った嫌悪感によってかき消された。

「まあいいや。とりあえず小便小便っと」

 興味よりも尿意が勝ったディーノはその足を再び草むらへと向けた。

 ディーノは一つ勘違いをしていた。
 そこで光の剣を振っていた者はアランでは無かったのだ。
 
   ◆◆◆

 数ヶ月の時間は、にらみ合いを続けていたクリス達とジェイク達の間に、再び戦いの兆しをもたらしていた。
 それはカルロがこの地を遠く離れたからであった。カルロは南にある平原へと向かっていた。
 平原奪取の任にはアンナとレオン将軍が当たっていたが、敵の戦力が平原に集中しているらしく、その戦況は芳しくなかった。
 平原の守りが安定しなければ、クリス将軍達が守る北の地への補給がままならない。カルロが派遣されるのは致し方ないことであった。
 そしてこの期をジェイクが見逃すはずも無かった。

   ◆◆◆

 翌週――

 押し寄せてきたジェイクの軍をクリス将軍は城の外で迎え撃った。

「お前の親父さんが離れた途端にこれかよ」

 ディーノはうんざりした表情でそう言った。
 傍にいたアランはある場所を指差しながら口を開いた。

「敵に今まで見たことが無い部隊がいるな」

 ディーノは遠くを見るように額に手を当て、アランが指差す方を眺めた。

「……ああ、確かにあの軍旗は見たことねえな」
「敵の増援部隊か」
「そうだろうな。まったく厄介だぜ。こっちはまだ城の修復が済んでねえってのに」
「今城になだれ込まれたらまずいな。守りようが無い」
「そうだな。まあ、こっちの方が数は上だし、何とかなるだろ」

 クリスの城はまだ城壁と門の修復が済んでいない。そして、城内にある兵糧を破壊されれば、この地に留まることすら難しくなる。

 そうしてしばらく敵と見合った後、中央にいるクリスは声を上げた。

「敵を城に近づけるな! 回りこまれないように陣形は広く取れ!」

 クリスは横に広い一列の陣形を取るように指示した。総大将であるクリスの部隊を中央に、右翼にはアランの部隊が、そして左翼にはディーノを含む部隊が配置された。

 この陣形を見たジェイクは誰に話しかけるでもなく口を開いた。

「敵は広く布陣したようだな。城を攻められるのを恐れてのことか」

 そしてジェイクは振り返り、兵士達を見渡しながら声を上げた。

「予想通りだな。全軍、ゆっくりと前進しろ!」

 予想通り、その言葉が示すとおりジェイク達はあることを狙っていた。

   ◆◆◆

 クリスとジェイク、両軍はゆっくりと前進していった。
 互いの陣容を見比べてみると、数はクリスのほうが圧倒的であった。少なく見積もっても、兵力差は二倍以上あった。
 これだけの戦力差があるにも拘らず、何かを仕掛けてくる素振りを見せないジェイク軍の動きをクリスは怪しんでいた。
 しばらくしてクリスは前進を止めた。これには何か理由があるわけではなく、ただの直感であった。
 クリスは背後にある城との距離を気にしていた。前進を止めたのは、これ以上城から離れるのはまずいと感じたからだ。
 その距離感は絶妙であった。どこから奇襲されても防衛が間に合う、そんな距離であった。
 対するジェイクは足を止めたクリス達を見て眉をひそめた。

(もう少し奴らを城から離したいが、動く気配が全く無いな)

 仕方ない、と考えたジェイクは全軍に号令を発した。

「全軍突撃だ! 中央にいる敵大将のクリスを狙うぞ!」

 ジェイクは自身を先頭とした突撃の陣形を組み、クリス目掛けて猛進していった。
 これを見たクリスは自身の部隊を少し後退させ、両翼にいるアランとディーノの部隊をジェイクに差し向けた。
 すさまじい勢いで突撃してくる敵を前にしてもクリスは冷静であった。これまでの激戦が彼の精神を強くしていた。
 そして間もなくアランとディーノ達は交戦を開始した。
 戦況は優勢であった。単純に数で圧倒しているのもあるが、アランとディーノ達が突撃してきたジェイクの軍を左右から挟みこんだことが功を奏していた。このまま何事もなければアランとディーノ達が敵を押しつぶし、それでこの戦いは終わるように思えた。
 しかし、このような有利な状況にも拘らず、クリスは自身の部隊をさらに後方に下げた。

(敵に退く気配が無い。だが、このまま押しつぶされるような愚かな相手とも思えない)

 クリスのこの判断が正しかったことはすぐに明らかになった。

「クリス様! 左方から敵の増援が!」

 言われるよりも早く、クリスの目はそれを捉えていた。
 敵の増援の数はジェイクの部隊よりも多かった。しかしクリスの目はその中のある一点のみを見つめていた。
 クリスが注視していたもの、それは増援部隊の先頭を走る一人の男の姿であった。
 地面の上を高速で滑空するように走るその姿、あんな走り方が出来る人間をクリスは一人しか知らない。

「増援部隊を率いているのはリックだ!」

 クリスは反射的に声を上げた。そしてその名を聞いた兵士達に緊張が走るのをクリスは確かに感じた。
 この時、クリスは一瞬だけ迷った。勝てるのか? その心はほんの僅かだけ萎縮したが、クリスはすぐに気を取り直し、声を上げた。

「奴等の狙いは城だ! これより我が隊は城の防衛に回る! あの敵増援に向かって突撃するぞ!」

 クリスはできる限り力強い声でそう言った。皆をではない、誰よりも自分を奮い立たせるために。

   ◆◆◆

「おい! やべえぞ、アラン!」

 リックに向かって突撃するクリスを見たディーノはそう叫んだ。
 クリスを守らなくてはならない、そう思ったのはディーノだけではなく、アランも同じあった。

「まずいな、早く救援に――」

 言いながらアランは走り出そうとしたが、ディーノがこれを制止した。

「俺のほうが速い! 俺が行く! お前はここの守りを頼む!」

 ディーノはそう言って走り出した。アランはこれに異を唱えなかった。アランよりもディーノのほうが俊足であるのは事実であったからだ。

   ◆◆◆

 間もなくしてクリス達はリックと戦闘を開始した。

「乱戦にもちこませるな!」

 クリスはそう声を上げ、リックの突撃を阻止しようと前面に大盾兵で壁を作った。しかしそれは何の意味も成さなかった。
 リックは一跳びでその壁を飛び越えた。
 地面に降り立つ。そこへ待っていたとばかりに光弾が次々と襲い掛かった。
 リックはそれらをひらりひらりと避け、時に光る拳で叩き払った。
 攻撃が止む。それは僅かな時間だったが、リックにはそれで十分だった。
 一気に接近する。対する兵士は防御魔法を展開したが、助走の乗ったリックの光る拳はこれを貫き、その手を打ち砕いた。
 よろめいたところにとどめの一撃。同時に視線を流し、周囲の確認を行う。
 地を蹴り、次の目標へ。飛んできた光弾を叩き払い、敵の背に回りこむ。
 振り返られる前に一撃。再び周囲の確認を行う。
 クリスの姿がリックの視界に入る。あと三人ほど抜けば辿り着くだろう。
 そして、この勢いに当てられたのか、クリスの傍にいた臣下ハンスが声を上げた。

「クリス様! ここは一旦城にお引き下さい!」

 クリスは怒鳴りつけるように言葉を返した。

「駄目だハンス! いま総大将であるこの私が引くことはできない! これ以上奴を調子付かせてはならぬ!」

 そう言ってクリスは戦闘態勢を取った。これを見たハンスも同様に覚悟を決めた。

(さすがクリス。やはり逃げないか)

 気迫を見せるクリスに対し、リックにはそんなことを考える余裕があった。
 リックがクリスに向かって突撃する。対するクリスは向かってくるクリスに対し炎の魔法を放った。
 クリスが放った炎はクリスの足元に着弾した。広がる炎の波に、リックは足を止めた。

(カルロと俺の戦いを見ていたのか。俺の足を封じる戦法を取る気のようだな)

 クリスは連続で炎を放った。それはリックの足元だけでなく、時にリックを直接狙ったものも含まれていた。
 これをリックは大きな動きで避けた。クリスだけでなく、他の魔法使い達からの攻撃もあったからだ。
 しかしそれでもリックにはまだ余裕があった。リックはクリスの放つ炎を見ながら、どう攻め込むかを考えていた。

(悪くない戦い方だ。しかしクリスよ、お前はひとつ大事なことを忘れている)

 旋回するような動きを取っていたリックは急停止した後、クリスに向かって真っ直ぐに突っ込んだ。
 これをクリスは両腕で放つ最大出力の炎で迎え撃った。
 リックはその炎を前にしながら、

(お前の炎はカルロには遠く及ばん!)

 そう心の中で叫びながら鋭く息を吸い込み、脇の下に引いた右手に魔力を込めた。
 リックはそのまま輝く右手を突き出した。その手の形は掌打。そしてリックは右手を前に出しながら手首をすばやく内側に捻り込んだ。
 結果、その掌打から放たれた光魔法には鋭い回転が加えられた。またその光魔法は光弾と呼べるような丸みをもったものでは無く、防御魔法に近い傘のような形状をしていた。
 回転する「光の傘」はクリスが放った炎を弾くのではなく、巻き込みながら引き裂いていった。
 これは偉大なる大魔道士の一族に伝わる「炎払い」という技であった。その名の通り、防御しづらい炎魔法を防ぐために編み出されたものである。リックの魔力ではカルロやアンナほどの規模の炎魔法には通じないが、クリス相手には十分であった。
 クリスが放った全力の炎はリックの技の前に霧散した。そしてリックは攻撃後の隙を晒すクリスに向かって突撃した。

(もらった!)

 リックは勝利を確信しながら拳に魔力を込めた。
 しかし直後、クリスは思いもよらぬ行動に出た。
 クリスは炎の魔力を込めた自身の右拳を振り下ろし、地面に叩きつけた。
 結果、クリスの右拳を中心に、火柱が舞い上がった。

「!」

 これに驚いたリックは反射的に距離を取った。その火柱は当然のごとくクリス自身を飲み込んでいた。
 そしてしばらくして炎が消えると、そこにはその身を焼かれながらも鋭い眼光で仁王立ちするクリスの姿があった。

「炎の一族をなめるな!」

 クリスはこれまでにない気迫とともにそう言い放った。風に翻るたびに火の粉を撒き散らすマントを背負ったその姿は幻想的であり、威圧感があった。
 直後、場の空気が変わるのを皆が感じた。それは冷たさを含んでいた。
 その空気の発生源はリックであった。
 リックがした事は動きを止め、構えを整えただけである。しかしその表情にはこれまでにない凄みがあった。

(非礼を詫びよう。お前をそのへんの雑魚と同じようにあしらおうとしたことを)

 クリスの気迫に触発されたリックは、敬意と必殺の覚悟を持って挑もうとしていた。

 じり、と、リックが間合いを詰める。

 つま先が地に食い込む。リックの上半身が前傾し、その影が鋭く前へ飛び出ようとした瞬間――

「!」

 耳に飛び込んできた風切音に、思わず足を止める。
 直後、リックが視線を移すよりも早く、彼の目の前に槍斧が突き立った。
 それが飛んできた方向に顔を向ける。そこには大盾を正面に構えながら突進してくるディーノの姿があった。
 迫るディーノに向かって身構える。リックは盾ごと打ち抜く算段であった。
 だが、ただの体当たりがリックに通じないことをディーノは百も承知していた。
 ディーノはリックの間合いに入った瞬間、リックの真横を通り抜けるように軌道を変えた。結果、リックが放った光る拳は空振りとなった。
 そして当然であるが、ディーノが何もせずリックの真横を通り抜けるはずがない。ディーノは走る勢いをそのままに、武器を持っていない空いた右手で真横にいるリックの顔を掴んだ。

「っ!?」

 首が抜けるような激痛にリックは声を漏らしたが、口を塞がれているためかそれは言葉にはなっていなかった。
 ディーノはリックの顔を掴んだ右手をそのまま真下に振り下ろし、その後頭部を地面に叩きつけようとした。
 しかしリックがそんなことを黙って許すはずが無かった。
 リックは自身の顔の前に防御魔法を展開した。盾のように広がった防御魔法はディーノの腕を弾き飛ばした。
 拘束を解いたリックはそのまま体の反りと勢いを利用してバク転し、体勢を立て直した。

(ああ、糞! こうなるだろうと覚悟はしてたが、すげえいてえ!)

 ディーノは痛みを表情に出しながら防御魔法を叩きつけられた右手の状態を確認した。握り締めた右手から伝わる力強さから、戦闘に支障は無いと思われた。
 すぐさま槍斧を拾い直す。そして、ディーノはクリスを庇う様にリックと対峙した。

(まあ、とりあえず危機は脱したか? 今回はクリス様もいるし何とかなるだろ)

 そんな調子のいいことを考えていたディーノであったが、ひとつ気がかりなことがあった。
 アランの方は大丈夫なのか、と――

   ◆◆◆

 一方、そのアランはクラウスと共にジェイクの部隊と交戦していた。
 アランは積極的に前へ出て戦っていた。
 クラウスとの訓練は功を奏していた。突出したアランは光弾による集中攻撃を受けていたが、アランはそれら全てを「光の剣」で切り捌いていた。
 剣一本で前線を支えるアランの姿に、敵は驚きの表情を見せていた。
 そして前線で盾として確かな結果を出している、その事実もまたアランには心地よかった。

「アラン様! お気をつけください! ジェイクがこちらに向かってきておりますぞ!」

 クラウスから警告が飛ぶ。
 だが言われるまでも無く、アランの意識は既にジェイクの方へと向いていた。
 そして、それはジェイクも同じであった。
 ジェイクは感心していた。細い棒一本で光弾を捌き続けているアランの姿に。

(妙なことをしているな。ひとつ試してやろう)

 ジェイクはアランに向かって手をかざした。
 光弾が発射される。その辺の魔法使いの光弾とは比べ物にならないくらい速いそれは、アランに向かって真っ直ぐに飛んでいった。
 これをアランは刀で受けた。
 刀身に光弾が直撃――いや違う、刃はしっかりと光弾を捕らえていた。

「!」

 その重さにアランの膝が沈む。アランは自身の体が倒される前に、刀を真上に振り上げた。
 軌道を上に逸らされた光弾は、そのまま空に吸い込まれるように消えていった。

(やはり速い! だが、捌けないほどじゃない!)

 この一発を凌いだことで、アランは確かな自信を得た。精鋭級の光弾であっても、捌くことができるという自信を。
 アランは刀を持つ手に力を込め直し、睨みつけるようにジェイクを見据えた。
 アランとジェイクの目が合う。睨みつけられているにも関わらず、ジェイクは気にしていないような様子であった。
 ジェイクは再び手に魔力を込め、アランに向かって光弾を発射した。
 一発、二発、三発と放たれたそれらを、アランは全て丁寧に受け流した。
 アランが再びジェイクを睨みつける。だが、ジェイクはやはり何とも思っていない様子であった。

(ほう、これは面白いな)

 ジェイクはそんなことを考えていた。ジェイクはアランの技を大道芸の一種として楽しんでいた。

「撃たせるな! ジェイクに攻撃を集中させろ!」

 クラウスの声が飛ぶ。兵士達は指示に従い、ジェイクに向かって一斉に光弾を放った。

(うっとうしい)

 ジェイクが面倒そうに防御魔法を展開する。それと同時に、彼の前に大盾兵達が並んだ。
 そこへ大量の光弾が着弾する。轟音が鳴り響き、ジェイク達の姿は巻き上げられた土煙の中に消えた。
 直後、場は不気味な静けさに包まれた。

(反撃が来ない……? いや、違う!)

 ジェイクの考えを読んだアランは声を上げた。

「仕掛けてくるぞ!」

 アランが叫んだ直後、土煙の中からそれは姿を現した。
 一斉に飛び出してきたのはやはり大盾兵達であった。それは横一列の壁を成し、大地を揺らしながら向かってきた。

「突破させるな! 受け止めよ!」

 クラウスがそう叫ぶよりも早く、味方の大盾兵達は動き出していた。彼らもこの展開を予想していたのだ。
 双方の大盾兵が激しくぶつかり合う。押し合いは互角であり、大盾兵達は押し合ったまま膠着した。
 この時、アランは自身の手がじっとりと濡れるのを感じていた。
 アランの本能は警鐘を鳴らしていた。そして、アランはその警鐘の正体が何なのかを理解していた。

(前と全く同じだ。奴は今、俺の近くにいる可能性が高い。この大盾兵達に紛れて前に出てきているはずだ)

 アランは前方で押し合う大盾兵達を注意深く見回しながら、油断なく身構えた。

(どこだ? どこから来る?)

 アランの緊張が高まる。そしてそれが頂点に達した瞬間――
 ちかり、と視界の隅で何かが光った。
 直後感じたのは激しい風圧。
 それが、自身の真横を閃光が通り抜けたことによるものだと、アランの頭が理解するのに一秒もかからなかった。
 これにアランの中にあった緊張は恐怖へと変わった。
 いまのはどこから撃たれたものだ? 発射点が見えないのでは対処の仕様が無い。いや、そもそもそれが分かったところで、どうにかなるものなのだろうか。

 逃げだしたい、そんな考えが一瞬よぎった直後、

(見えた!)

 ちらりと、大盾兵の隙間から覗いたジェイクの姿を、アランはしっかりと捉えた。
 アランが体の向きを変える。刀の切っ先がジェイクの方を指した瞬間、ジェイクの拳が輝いた。
 やはりそれはアランには見えなかった。だが、刀の切っ先をジェイクの拳に向けていたことが幸いした。
 ジェイクの拳から真っ直ぐに放たれた閃光は刀に直撃した。
 驚いたことに、このぶつかり合いは刀が勝った。刃に触れた閃光は、真っ二つに切り裂かれ、霧散した。
 だが、刀が勝ったからといって、その使い手が無事で済むとは限らない。ぶつかり合いによって生じた衝撃波はアランの体を吹き飛ばしていた。
 アランはすぐに立ち上がった。だがその膝は笑っていた。
 アランは脳震盪を起こしていた。刀で閃光を受けた時に生じた衝撃波は、顔面にも伝わっていた。
 当然であった。アランの構えは刀のすぐ後ろに顔があるのだから。以前クラウスが危惧したことが、今現実となってしまったのだ。
 その間に、ジェイクは悠々と歩いて距離を詰めてきていた。既に双方の距離はジェイクにとって必殺の間合いと呼べるほどに縮まっていた。

「アラン様を守るのだ!」

 クラウスの声に反応し、大盾兵達がアランの前に集まる。声を発したクラウス本人も、大盾を持ってアランの前に立った。
 アランの前に出来た壁に閃光が叩きつけられる。大盾兵達は密集することで耐久力を上げていたが、数人が吹き飛ばされた。
 続いて二発目。壁は完全に崩れ、残りはただ一人となった。
 最後の一人はクラウスであった。
 クラウスの大盾は発光していた。そのように見えた。
 目を凝らすと、盾の横から回された手から防御魔法が展開されているのが見て取れた。
 クラウスは大盾の上に防御魔法を重ねるように展開することで、閃光に耐えていたのだ。

「アラン様! 今のうちにお逃げ下さい!」

 クラウスが声を上げる。しかし反応は無かった。

「アラン様!?」

 クラウスが首を捻って後ろを窺(うかが)うと、そこには立ったまま微動だにしないアランの姿があった。
 焦点が合っていない濁った瞳。力なく垂れ下がった両腕。それらから、クラウスはアランの身に何が起きているのかを理解した。

「アラン様、まさか意識が?!」

 やはり、アランに反応は見られない。

「起きて下され! アランさ――」

 名を呼び終える直前、凄まじい衝撃がクラウスを襲った。
 甲高い金属音が場に響く。その音の大きさはクラウスが一時的に聴力を失うほどであった。
 クラウスの体がのけ反る。そのまま後ろに倒れそうになったが、寸でのところでクラウスは踏ん張った。
 耐えた、なんとか耐えることができた。だが――
 直撃の瞬間、クラウスは自身の防御魔法が紙のように突き破られているのを確かに感じていた。これではそう長くはもたないだろう。
 どうする? アラン様を抱えて逃げるか? いや、それは無理だ。自分にはディーノ殿のような体力は無い。亀のように遅くなったところを狙い撃ちされるだけだろう。
 どうする? どうすれば――
 その時、クラウスの脳裏にある考えが浮かんだ。

(……)

 クラウスは迷った。だが、それは一瞬のことであり、クラウスはすぐに行動に移した。
 クラウスはおもむろに大盾を持ち上げ、勢いよく振り下ろした。
 ざくり、と大盾が浅く地面に突き刺さる。
 そして、クラウスは身を低くし、地面に突き立てた大盾に寄りかかるように、前傾姿勢を取った。
 より踏ん張りが利くように体勢を変えただけか、それを見たジェイクはそう思った。
 しかしそれは間違いであった。クラウスが選んだのは「耐える」という選択肢では無かったのだ。
 直後、クラウスは思いもよらぬ行動に出た。クラウスはその姿勢のまま、突進を開始したのだ。
 この行動にジェイクは意表を突かれた。
 だがそれだけであった。意外ではあったが、驚きは少なかった。
 突っ込んでくるのであれば貫けばいい。ジェイクは閃光を放った。
 クラウスの大盾に閃光が突き刺さる。分厚い金属板が陥没し、亀裂が走った。
 そして、この時生じた轟音によってアランの意識は覚醒した。

「……クラウス?」

 気がついたアランの目に最初に映ったのは、ジェイクに向かって突進するクラウスの背中であった。

「クラウス!」

 アランは思わず、その名を呼びながら走り出していた。
 だが、アランの声にクラウスは気づかなかった。
 耳には届いていた。しかし、クラウスの聴覚はいまだ回復してはいなかった。クラウスの耳には先の轟音がまだ残っていた。
 そして、クラウスはジェイクまであと少しというところまで迫っていた。
 しかし、あと一発は閃光を受けなければならない距離であった。この大盾は耐えてくれるだろうか、クラウスはただ願うしかなかった。
 そしてその一発は放たれた。
 先と同じ轟音が鳴り響き、クラウスの手から弾き飛ばされた大盾が宙を舞う――
 いや違う、クラウスは手放したのだ。クラウスは着弾と同時に大盾を投げ捨てていた。
 ジェイクはもう目の前。クラウスは雄叫びを上げながら左手を振りかざし、光弾を放った。
 それは顔面を狙った攻撃であった。直撃すれば致命傷になりえる一発。
 だが、それはジェイクの右手から展開された防御魔法によってあっさりと止められてしまった。
 しかし、クラウスはこうなることは分かっていた。これは相手の意識を上に向けるための布石。本命は腰に携えている剣であった。
 光弾による目くらましが効いている間にジェイクの懐に飛び込む。そして、「剣に魔力を込めつつ」抜剣し――

 次の瞬間、クラウスの体は突き飛ばされていた。
 クラウスを突き飛ばしたものの正体はジェイクの防御魔法であった。ジェイクは光弾を防いだと同時に大きく踏み込み、防御魔法をクラウスに直接ぶつけたのだ。

(読まれていたか、無念だ)

 尻餅をつきながら、クラウスは死を覚悟した。
 だがその瞬間、クラウスはある事に気がついた。
 ジェイクの目がこちらを向いていないのだ。ジェイクの目線はクラウスの後ろに向けられていた。
 一体何を見て――クラウスが視線をそちらに向けようとした瞬間、一つの影がクラウスの真横を通り過ぎた。

(アラン様!?)

 それはアランであった。クラウスが伝授したあの構えで、体当たりするかのようにジェイクの懐(ふところ)に飛び込むアランの姿であった。
 ジェイクは突っ込んできたアランに対し、右手の防御魔法で迎え撃った。
 アランの刀が防御魔法に触れる。一瞬火花のような光の粒子が散った後、刀はジェイクの防御魔法を突破し、その右手を貫いた。
 そして、アランの前進はまだ止まらなかった。勢いのまま強引に刀をねじ込み、そのままジェイクの左肩まで串刺しにした。

「ぐっ!」

 ジェイクは苦悶の表情を浮かべながら声を漏らした。自由の利く左手でその刀身を握り締め、引き抜こうとしたが、片腕でアランを押し返せるはずが無かった。
 腕力では駄目だ――そう判断したジェイクはその左手に魔力を込めた。
 発光するジェイクの左手。それに気付いたアランは、刃を振り上げるように力を込めながら刀を引き抜いた。
 引き抜かれた刃は真上にアーチ状の軌跡を描いた。刃から滴(したたる)る血がその軌跡を描く様はどこか残酷な美しさがあった。
 串刺しが解けたジェイクは、真っ赤な右手を押さえながら後ずさった。
 よく見るとその手からは中指が無くなっていた。アランの刃が真上に引き抜かれる際に切り落とされたのだ。
 カルロとの戦い以来の重症であった。しかも、自身の体が欠損したという事実は、ジェイクの心にまで傷を負わせていた。
 ジェイクの心の中から何かが消え去っていた。その何かはジェイクの闘争心まで道連れにしていた。
 そして、ジェイクはアランの方に視線すら返さず、後退した。
 ジェイクの姿が敵兵達の中に消える。この時ようやく、アランは勝利を実感した。
 緊張を解き、屈んだままのクラウスに声をかける。

「大丈夫か、クラウス?」

 クラウスは「はい」と言って立ち上がろうとしたが、途中で膝を折った。
 見ると、クラウスの右太ももには大きな血の滲みがあった。決して浅くない傷だ。

「いつの間に。夢中で気がつきませんでした」

 それは、最後の閃光を受けたときに負った傷であった。

「ですが、これくらいなら問題ありませぬ」

 そう言って再び立ち上がろうとするクラウスを、アランは手で制した。

「駄目だクラウス。一度退いて手当てを受けてくるんだ。……誰か! 誰か来てくれ!」

 アランの声に、一人の兵士が駆けつけてきた。

「クラウスが足を負傷した! 肩を貸してやってくれ!」

 兵士はクラウスを肩で立ち上がらせ、部隊の後方へと連れて行った。
 クラウスが部隊の後方に消えた後、アランはほっと息をついた。
 アランは安堵していた。ジェイクは退けた。この戦いはじきに終わるだろう、そう考えていた。
 だが、アランのその期待は甘すぎるのであった。

    ◆◆◆

 ジェイク達が撤退を開始したのを遠目に見たリックは、その表情に驚きを隠せなかった。

(ジェイクが退いた……? アランがジェイクを倒したのか?!)

 リックはアランとジェイクの戦いを見ていたわけでは無い。しかしリックはそう思わずにはいられなかった。
 そして、リックの意識が僅かにそれたその瞬間を、ディーノは見逃さなかった。

「!」

 耳に届いた風切り音。リックは反射的に飛び退いた。

「っ!」

 直後、肩から胸にかけて走った鋭い痛みに、リックは思わず息を漏らした。
 ディーノの攻撃は直撃には至らなかった。槍斧の先端がリックの肩に触れただけであった。

(糞ったれ! この野郎、やっぱ速すぎる!)

 ディーノは思わず奥歯をかみ締めた。千載一遇の好機であったが、それすらもリックには届かなかった。
 しかしディーノは攻撃の手を休めなかった。振り切った槍斧をわざと地面に擦らせてその速度を殺しつつ、リックに向かって踏み込んだ。
 ディーノはその踏み込みの勢いを乗せながら、リックの股間目掛けて槍斧を振り上げた。
 地面を削りながら放たれたその豪快な一撃は派手に土煙を巻き上げた。しかしリック相手に土煙により目くらましなど通用するはずも無く、リックはそのディーノの一撃をあえてぎりぎりまで引き付け、寸前で僅かに後退して避けた。
 それは斧頭部分がリックの髪に触れるほどの際どい回避であった。
 リックがあえてこんな危険を冒したのは、できるだけ速い反撃を放つためであった。
 すかさず魔力を込めた右拳を放つ。
 対し、ディーノはこの反撃を読んでいた。ディーノは槍斧を振り上げると同時に体を回転させ、左手に持った大盾による裏拳でリックの光る拳を迎え撃った。

「「っ!」」

 光る拳と大盾がぶつかりあって生じた甲高い衝突音の後、両者は息を漏らしながら僅かに体勢を崩した。
 足に力を込め体勢を整える。先に次の攻撃動作に入ったのはディーノのほうであった。
 それを見たリックは足に魔力を込めた。その足が発光し始めたのと同時に、胴を狙った横一文字の一撃がリックに襲い掛かった。
 これに対しリックは足に込めた魔力を「回避」ではなく、「防御」に使うことを選択した。
 左手側から迫る斧頭目掛けて光る左足を振り上げる。リックの蹴りは槍斧を見事に跳ね上げた。

(!?)

 この一撃を返されたのは意外だったのか、ディーノは槍斧を真上に掲げたような姿勢で一瞬固まった。
 リックはこの隙に地に着いた右足で地面を蹴り、ディーノに向かって小さく跳躍した。
 リックは振り上げた左足を空中で折りたたみつつ体を回転させ、その勢いを乗せた左回し蹴りをディーノに向かって放った。

(危ねえ!)

 ディーノは大きく背を後ろに反らしてこれをなんとか回避したが、そのまま体勢を崩し数歩後ろによろめいた。
 追撃の好機。リックはディーノに向かって踏み込もうとしたが、自身に迫る光源を察知し、大きく後ろに飛びのいた。
 その直後、リックとディーノの間を炎が駆け抜けていった。

(クリスの炎か! 厄介な)

 ディーノから大きく距離を取ったリックは構えを維持していたが、戦意は無くなっていた。

(……ジェイク達が撤退を開始した以上、こいつらの相手を無理にする必要は無い。ここはジェイクの撤退を援護すべきだろう)

 そう考えたリックは自身の兵士達に向かって声を上げた。

「我が隊はこれより撤退する総大将の援護に回る!」

 号令を聞いたリックの兵士達は隊列を維持したまま後退を開始した。

「逃がすかよ!」

 ディーノが声を上げながら突進し、リックに向かって槍斧を振るう。
 リックはその一撃を後ろに大きく跳躍して回避した。

「悪いが、お前の相手だけをしていられる状況では無くなったのだ」

 距離を取ったリックは、そう言いながらディーノに対して光弾を放った。

「!」

 ディーノに襲い掛かった光弾は一つでは無かった。リックに続き、彼の兵士達も同様に光弾を放っていた。
 光弾の雨がディーノに叩きつけられる。これにはさすがのディーノも一度退かざるを得なかった。
 攻撃が止んだ後、ディーノは正面を睨み付けたが、リックの姿は既にそこには無かった。
   ◆◆◆

 一方、リックがジェイクの後退に気づいた頃、ある部隊も同時に動き始めていた。
 それは見知らぬ軍旗を掲げたあの部隊であった。

「総大将殿が危険だ! 援護に向かうぞ!」

 指揮官らしき壮年の男が声を上げる。
 この部隊はこれまで、後方から飛び道具でジェイクの部隊を援護しているだけであったが、ジェイクを守るために前へ出ようとしていた。
 そして、壮年の男が部隊を前進させ始めた直後、兵士達の中から一人の女が前に飛び出した。

「あまり前に出過ぎるな! イザベラ!」

 壮年の男がそのイザベラという女の軽率な行動を戒める。だが、イザベラは振り返ってこう言った。

イザベライメージ

「御父様、申し訳ありませんがその指示は聞けません! 私は母から受け継いだ技を試したい!」
「ならん! 戻れイザベラ! 光魔法を使えぬお前に何ができる!?」

 痛いところを突かれたのか、イザベラは少しだけ悔しそうな表情を見せた。
 しかし、それでもイザベラは引かなかった。

「御父様、私には今しか無いのです!」

 そう言ってイザベラは父に背を向け、走り出した。

「待て! イザベラ!」

 イザベラに止まる気配は無かった。

「……馬鹿娘がぁ! 全隊、突撃!」

 そして、愚かな父は娘を救うためだけに部隊を突撃させた。

   ◆◆◆

 緊張を解き、体を休めていたアランは、突如感じた迫る気配に身を強張らせた。
 そちらに視線を向ける。そこには突撃してくるあの部隊の姿があった。

(敵の突撃か!)

 そして、アランの目はある一点に釘付けになった。
 それは先頭を走る女の姿であった。
 それだけなら別にどうとも思わない。アランの目を惹いたのは、女の独特な武装であった。

(鎖?)

 女の両手にあるもの、それは間違いなく鎖であった。捕虜の拘束に使われるような太いものでは無かったが、先端に重量感のある分銅がつけられており、武器として携帯しているのは明らかであった。
 だが、今のアランには相手がどんな獲物を持っていようと、関係無かった。

(何だろうと構わない。向かってくるならば切り伏せるだけだ。後方に負傷したクラウスがいる以上、ここを抜かせるわけにはいかない!)

 アランは振り返り、後ろにいる兵士達に向かって声を上げた。

「敵が突撃してくるぞ! 迎え撃て!」

   ◆◆◆

 両軍は激しくぶつかり合い、場は大乱戦となった。それは戦法も何も無い、ただ目の前の敵を倒すだけの戦いであった。
 防御魔法をぶつけ合う音、大盾が光弾を受け止めた音、悲鳴、怒声、とにかく様々な音が戦場に飛び交っていた。
 そんな中、見合ったまま動かない者達がいた。
 アランとイザベラである。双方とも、相手の独特な構えを警戒して動けないでいた。
 二人は相手の隙を伺いながら、攻撃の機が訪れるのを待っていた。
 その時、アランの目の前をある物が横切っていった。
 それは流れ弾であった。乱戦においては珍しいものでは無い。
 だがこの時アランが抱いたのは、当たらなくてよかったという安堵では無く、緊張であった。
 一瞬であるが、視界が遮られたのだ。相手がこの機を見逃すはずが無い。
 そして次の瞬間、アランの目に映ったのは、自身の顔面に迫る分銅であった。
 アランはこれを光る刀で「斬り落とした」。

「!」

 これにイザベラは驚愕の表情を浮かべた。
 そして、アラン自身もこれに驚いていた。本当は切り払うだけのつもりだった。光を纏わせるだけでここまで斬れるようになるものなのか、と。
 もう一度言うが、それほど太い鎖では無い。金属部分の太さは子供の小指ほども無い。しかし、それでも武器である以上、ある程度の硬度がある鋼で作られているはずだ。それを斬り落とすとは。思い返せば、あの閃光の使い手の防御魔法を貫いたときも、さしたる抵抗は感じなかった。
 何であれ相手の攻撃を捌いたのだ。近づくなら今、そう思ったアランは前へ踏み込んだ。
 これをイザベラはもう片方の手にある鎖で迎え撃った。

「?」

 その攻撃はアランには失敗に見えた。イザベラの手から放たれた鎖は地面に向かっていたからだ。
 そしてそれは予想通りアランの足元に落ちた。
 だがその瞬間、イザベラは鎖を持つ手を勢いよく真上に振り上げた。
 力が伝わり分銅が僅かに浮き上がる。直後、イザベラは手首を返して鎖を真下に振り下ろした。
 鎖がしなり、分銅が鞭の先端のように真上に飛び上がる。

「っ!」

 アランは反射的に体を後ろに反らした。が、それは間に合わなかった。
 分銅はアランの顎に直撃した。
 アランの顎が真上に跳ね上がる。顎の骨が割れる音が脳内に響き渡り、視界が明滅した。
 なんという愚かさ。完全に油断していた。こんな特異な武器を使うものが、生半可な技量で戦場に出てくるはずが無いのだ。
 追撃が来る。すぐに体勢を整えなくては。
 アランは足に力を込めようとした、だが、出来なかった。正確に言えば、足に力が入っているのか分からなかった。
 意識がはっきりとしない。視界もゆれている。対峙している女が、何人もいるように見える。
 その女達が一斉に動きだす。女達は手から一斉に黒い線を延ばした。
 鎖が来る。迎撃しなくては。だが、アランの目には鎖が何本もあるように見えた。
 どれが本物だ、アランは直感だけを頼りに刀を振った。
 だがそれはむなしく空を切った。そして、鎖は刀を持つアランの左手首に巻きついた。
 直後、左腕が強く引っ張られる。アランは懸命に踏ん張り、引き倒されるのを耐えた。
 左手首が鎖に締め付けられる。血流を圧迫される痛みが――
 いや、違う、これは締め上げられている痛みじゃない!

(冷たい!?)

 見ると、アランの左手首には霜が降りていた。
 既に感覚は冷たいを通り越し、痛い――いやそれもたったいま通り過ぎた、今感じるのはうずくような感覚だけだ。
 アランは意を決し、左手に魔力を込めた。
 直後、刀を握るアランの左手は炎に包まれた。

(こいつ、冷凍魔法を使うのか!)(こいつ、炎の魔法まで使うの!?)

 奇しくもその時、にらみ合う両者は同じ事を考えていた。
 そして、アランの手にあった霜は炎の熱によりあっという間に消えた。
 だが今のアランは炎を放射しているのでは無く、手に纏わりつかせているのだ。それは自身の手を焼いているということである。
 冷却される痛みが焼ける痛みに変わる。このままでは自分の左手が燃え尽きてしまう。アランは直感的な行動に出た。
 アランは大きく前に踏み込んだ。双方の距離が一気に詰まり、鎖の拘束がわずかに緩まる。
 直後、アランは左腕を勢いよく振り下ろし、鎖の拘束を解除した。
 そして既に刀の間合い。一足で刃が届く距離。アランはその一歩を踏み出しつつ、刀を真上に振り上げた。
 刃はイザベラの正中線をなぞり、縦に真っ直ぐな赤い線を引いた。

(浅いか!)

 致命傷には遠い、そう思ったアランは次の攻撃に繋げた。
 上段の構えから斜め下に抜ける袈裟斬りを放つ。
 対し、イザベラは両手で左右に引っ張った鎖を、盾にするかのように正面に構えていた。
 そんなものでは防御になりえない。先に分銅を斬りおとした時にそれは証明されている。
 だが、イザベラが受け止めようとしているのは刃では無かった。
 イザベラは小さく一歩踏み出し、刀の柄の部分に鎖を押し当てた。
 鍔と鎖がぶつかり、きん、という金属音が鳴る。アランの一撃はそこで止まった。
 そして、双方はそのまま押し合う形になった。
 刀の鍔と鎖が激しく競り合う。
 この押し合いはアランの方に大きく分があった。単純に体重差があるだけでなく、背筋力と腕力も圧倒していたからだ。
 刀を握るアランの手に再び霜が降りる。鎖から魔力を送り込んでいるのだろう。だが、今のアランは自身の手が凍りつくよりも早く、相手を押し切る自身があった。
 圧力に屈し、イザベラの膝が曲がる。勝負は決したかに見えた。
 だが次の瞬間、アランの左肩に光弾が炸裂した。

(流れ弾!?)

 アランはそう思った。しかしそうでは無かった。

「イザベラ! 今のうちにその者から離れよ!」

 少し離れたところから指揮官らしき男の声が響く。
 だが、イザベラにはその指示を聞く耳は無かった。
 イザベラは鎖を左手に短く持ち直し、よろめくアランに向かって分銅を振り上げた。
 分銅は刀を持つアランの左手を下から強く打ち上げた。

「っ!」

 重く、鈍い痛みが走る。左手の骨が何本か折れた感覚。だがそれは大した問題では無かった。なによりも痛いのは、刀を上に弾き飛ばされたことであった。
 宙を舞う刀の軌跡を目で追う。あの軌道なら自分の少し後ろに落下するはずだ。
 だが今は取りに行けない。目の前の女は既に次の攻撃動作に入っている。
 イザベラは左手にある分銅つきの鎖を少し長く持ち直し、叩きつけるように水平に振るった。
 いや、叩きつけようとしているのでは無い、おそらく巻きつけようとしているのだろう。
 今拘束されるのはまずい。そう思ったアランは身を低くしつつ、イザベラに向かって踏み込んだ。
 同時に右腕を折りたたみ、頭部をかばう。イザベラが放った鎖はその右腕に直撃した。
 だが鎖そのものは当たっても大した被害は無い。凶器である分銅はアランの後方にあった。
 そして、鎖はアランの肩を支点として折れ曲がり、先端にある分銅はアランの背中に炸裂した。

「っ!」

 再び感じる鈍く重い痛み。だが、アランの背筋はこれに耐えた。
 お互いの距離が密着に近いまで詰まる。アランは右肩を前に突き出し、イザベラの胸にぶちかました。
 イザベラの上体がよろめく、が、押し倒すには至らない。イザベラはすぐに体勢を立て直し、右手を引き絞るように脇の下に引いた。
 脇の下に引かれたイザベラの右手は握られた拳では無く、開いた掌底打ちの形であった。
 掴みに来る、アランはそう判断した。
 その予想は当たっていた。イザベラはアランの首に目掛けて右手を伸ばした。
 アランは迫るイザベラの右手を、左手で受け止めた。
 恋人同士のように手のひらが合わさり、指がからまる。しかし、その手は炎に包まれていた。
 密着した二人の手の中で炎の魔法と冷凍魔法がせめぎ合う。二人の顔は苦痛にゆがんだ。
 そして先に動いたのはイザベラ。この我慢比べの状況を打破するために、イザベラはその右足を振り上げた。

(金的!?)

 アランの本能が最大級の警鐘を発する。アランは反射的に左足を振るい、イザベラの急所攻撃を蹴り払った。

(お返しだ!)

 アランは右手でイザベラの後頭部を掴み、その頭を自身の胸元に引き込みつつ、右膝を振り上げた。

「!」

 アランの膝がイザベラの顔面にめり込み、鼻骨が折れる感触が伝わる。イザベラは鼻血を撒き散らしながら大きく後ろにのけ反った。
 二人の手が離れ、間合いが僅かに開く。

(今だ!)

 刀を取りにいく好機。アランはイザベラに背を向け、走り出した。

(あった!)

 刀はすぐに見つかった。それはもう目の前――
 だがその時、アランは何かに右足首を掴まれた。

「?!」

 アランの体が勢いよく前に倒れる。アランは自分の足首を掴んだものの正体を見ようと、振り返った。
 それは鎖であった。
 直後、ずるりとアランの体が後ろに引き摺られた。
 地面に爪を突き立て、必死に踏ん張る。
 鎖が絡む足首が冷気に包まれる。それは瞬く間に痛みに変わったが、アランの目はただ前だけを見ていた。

(あと少し……!)

 アランの目は地面に落ちている刀に釘付けになっていた。アランは指に力を込め、前に這いずった。
 一歩一歩、少しずつ、ゆっくりと這いずる。その途中、指の爪が何枚か剥がれたが、その痛みは逆に気付けとして作用した。

(とどいてくれ!)

 そして、アランは願いながら左手を伸ばした。
 人差し指の先端が刀の柄に触れる。無情にも、そこでアランの手は止まってしまった。
 アランは刀を引き寄せようと、刀の柄をつま先で引っ掻いた。だがそれは刀を弾き飛ばしただけで、引き寄せるどころかますます遠くなってしまった。
 焦りが募る。ここにきて足首の痛みが鮮明になってきた。
 アランの額に汗が滲む。一瞬でも気を抜けば一気に後ろに持っていかれそうであった。

「あああ!」

 叫び声のような雄叫びを上げながら力を振り絞る。そしてアランは鋭く一歩前に出た。
 再び腕を伸ばす。次の瞬間、アランの左手にはしっかりと刀が握られていた。
 すぐさま振り返り、上半身を起こす。鎖を斬ると同時に、立ち上がる。

「うおお!」

 雄叫びを上げながらイザベラ目掛けて突進する。それは体当たりを仕掛けているかのような勢いであった。
 それはあながち間違いでは無かった。アランは体ごとぶつけてイザベラを斬る覚悟であった。
 これまでの戦いで、アランはイザベラが光魔法を使えないことを見抜いていた。体当たりを仕掛けても防御魔法で止められる心配は無い。
 イザベラが鎖を構えて防御の姿勢を取る。だが、それはこの豪快な一撃の前では何の意味も成さなかった。
 アランはイザベラを押しのけにように横を駆け抜けつつ、その胴を薙ぎ払った。
 二人の動きが止まり、静寂が訪れる。
 しばらくして、アランの後方から何かが地を叩く音が上がる。
 それはイザベラが膝をついた音であった。
 イザベラは斬られた腹を押さえながら、そのままうつ伏せに倒れた。

「イザベラァーーーっ!」

 直後、凄まじい怒声がアランの耳を襲った。

「貴様ぁ! よくも娘を!」

 振り向くと、そこには突撃してくる敵指揮官の姿があった。
 指揮官は前進しながら次々と光弾を放った。
 並みの魔法使いより少し強い程度の光弾。それは今のアランにとってなんら脅威では無かった。アランは丁寧に、全ての光弾を斬り捌いた。

「おのれ、こしゃくな!」

 さらに連射。しかし結果は同じであった。

「なぜだ! なぜ当たらん!」

 指揮官の中にある怒りが動揺に変わる。彼はこの時ようやく、アランの技が尋常ならざるものであることに気がついた。
 動揺が畏怖に変わる。指揮官はそこで足を止めたが、それは遅すぎた。
 アランが突進を開始する。対し、指揮官はじりじりと後ずさりを始めた。
 迫るアラン。焦った指揮官はまたも光弾を連射した。
 光弾はまたも全て斬り払われた。何度やっても無駄なのだ。ジェイクの光弾に比べればあまりにもぬるすぎる。
 指揮官の中に畏怖が強い恐怖へと姿を変える。

(ここは、一度逃げ――)

 撤退の文字が頭に浮かんだその瞬間、指揮官の背中は何かにぶつかった。
 それは他の者と交戦中の兵士の背中であった。
 指揮官の足が完全に止まる、そしてアランはもう目の前――
 直後、自身の体に走った鋭い痛みが、彼の最後の記憶となった。

   第十七話 荒れ狂う光 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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はじめまして

シヴァリーを読んでいたら面白くてやめられなくなりました。

勝手ながらリンクを張らせていただきました。

……お許しを得なかった非礼をお詫びします。

Re: はじめまして

> シヴァリーを読んでいたら面白くてやめられなくなりました。

ありがとうございます。とても嬉しいです。

> 勝手ながらリンクを張らせていただきました。
>
> ……お許しを得なかった非礼をお詫びします。

御気になさらず。
むしろありがたいです。これからよろしくお願いします。
プロフィール

稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
音楽好きな物書き。ゲームも好き

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