鹿が好きな男

俺は子供の頃、鹿が好きだった。

山を走っては鹿を探し、追いかけた。当然、追いつけなかったが。

そして、大人になった今、俺は鹿に向けて弓を引いている。

矢を掴んでいた手を離す。

放たれた矢は狙い通りに飛んで行き、鹿の腹に突き刺さった。

――

俺は好きだった鹿を狩っている。

その理由は個人の生活のためだけでは無い。

鹿は俺の村をおびやかしている。

俺の村に平地は少ない。畑は山の中にある。

山には耕地に適した場所が少ない。ゆえに収穫は少ない。

その貴重な食料を、鹿は盗み食う。

それを許すことは出来ない。放っておけば、間違いなく村は滅ぶ。

――

いつからかは分からない。

だが、成長するにつれ、世の中の仕組みを知るにつれ、俺の中の価値観は変わって行った。

そして一つ、絶対のものがあることを俺は知った。

絶対たるもの、それは自然の掟だ。

何者も、どんな感情もこれの上に立つことは出来ない。

情も愛も怒りも悲しみも、全ては自然という大きな手のひらの上で生まれたものなのかもしれないと、俺は考えている。

自然は厳しい。人間はその厳しさから逃れるために、愛や情などの感情を使って子や仲間を作り、社会を生み出した。

感情は人間だけのものじゃない。他の動物達も普通に持っている。動物達だって大なり小なり社会を持っている。

そして、子供の頃、鹿を好きだった感情、それは愛なのかと問われれば、俺は「違う」と答える。
ただ、その見た目に惹かれていただけだ。

人間が作る社会は大きく、強固だ。だが、それでも自然のほうが強い。そう感じる。

だから他の生き物を愛するということは難しい。生きるということは戦いなのだから。

殺された鹿は俺を恨んでいるだろう。養っていた家族がいればなおのことだ。

だが俺はどうとも思っていない。生き残るためにやっているのだ。そこに後ろめたい感情など一切無い。

では、もし俺が逆に殺されたら、俺はどう思うだろうか。

こんな俺にも養っている家族がいる。俺がいなくなったら困るだろう。飢え死にしてしまうかもしれない。

……やっぱり、どう考えても俺は俺を殺した相手を恨むだろうな。そんな気がする。

でもそれ以上に恨むだろう相手がいる。

それはこの自然だ。

厳しすぎるんだよ、生きるってことは。くそったれだ。

もし、この世を作った神様っていうのが本当にいるなら、殴り倒してやりたいね。本当にそう思っているよ、俺は。
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