虎さんと猫さん 最終回

虎さん

三年後――

蒸し暑い夏の夜、ある公園にたくさんの小さな獣の姿があった。

それは猫の群れであった。
二つの群れが対峙していた。

虎(……)

虎はその様子を物陰からうかがっていた。

双方の群れから、リーダーらしき猫が一匹ずつ前に出る。

これから始まろうとしていたのは、あの時と同じ決闘であった。

だが、場に出ているのは猫君では無く、その息子であった。

相手は変わらずあのデブ猫。しかし、その顔には老いが見える。

間を置かずして決闘は始まった。

ぶつかりあう二つの小さな生き物。

虎(……!)

瞬間、虎は驚きを抱いた。

猫君の息子は強かった。

戦いは一方的であった。老いからか、デブ猫の動きは精彩を欠いている。しかし、それを考慮しても猫君の息子の力は圧倒的だ。おそらく、父である猫君の全盛期と比べても評価は変わらないだろう。

そして、しばらくして戦いは猫君の息子の勝利に終わった。

猫君の息子はなんと無傷であった。

圧倒的勝利に場が沸き立つ。

耳に痛いほどの歓声であったが、虎の野生は背後に迫る何者かの気配を察知した。

振り返ると――

虎「……やっと来たか。もう終わってしもたで」

そこには、元気そうな猫君の姿があった。

猫「見るまでも無いですよ。勝つのは分かっていましたから」

生意気なことを言うようになったな、虎はそう思いながら笑みを浮かべた。

虎「でも猫君、ほんまにええんか? 会わなくて」

猫は首を振った。

猫「妻には知らせてあります。時期を見て子に伝えるでしょう」

虎「せやけど……」

猫「虎さんだって、同じ立場ならきっとこうしますよ。群れの新しいリーダーは決まったんです。そこに昔のリーダーが顔を見せたら、話がややこしくなるだけでしょう」

虎「……」

虎は何も言わなかったが、その通りだと感じていた。一つの群れに二匹のリーダーがいること、それは不和の種にしかならない。

猫は勝利に沸く群れの様子をしばらく眺めた後、

猫「……帰りましょう、虎さん」

と、ぽつりとつぶやいた。

虎「……」

虎は短い沈黙を返した後、

虎「……そうやな、帰るか」

笑みを見せながらそう言った。

そして、二匹はどちらからともなく踵を返し、あの場所へ、二匹で馬鹿をやっていたあの懐かしい場所へと、歩き始めた。

しばらくして、虎が口を開いた。

虎「……実はこの前、猫君を干支に推薦してみたんやけど、ダメやったわ。すまん」

これに猫は笑みを浮かべた。

猫「そんなのもういいんですよ。とっくに諦めてますから。社会に出て思い知りましたよ。自分には分不相応な、子供じみた夢だったんだと」

そう言って、猫はチラリと後ろを、息子の方へ振り返った。

猫「上には上がいることを知りましたから。……親馬鹿みたいに聞こえるかもしれませんけど、干支に選ばれるなら僕よりもあの子の方がふさわしい」

猫は笑いながらそう言った後、表情を少し曇らせながら言葉を続けた。

猫「でも世の中は広い。息子よりも干支にふさわしい猫がきっと、いや、間違いなくいると思います」

その言葉に嘘は無かった。猫は世の広さを知り、自身が井の中の蛙であったことを知ったのだ。

これに虎は小さく「そうか」と反応した後、笑顔を見せながら言葉を続けた。

虎「……ほな、なんか旨いもんでも食いにいくか! 息子さんの戦勝祝いや!」

猫「いいっすね! おごってくれるんですか!?」

虎「残念やけど割り勘や! 今月マジで厳しいから!」

――

こうして、二匹の関係は元に戻り、馬鹿であるが平和な日常が再び始まった。

しかし、ただ一つだけ変わったことがあった。

猫が干支になりたいと言わなくなったことだ。

おしまい
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虎さんと猫さん9

虎さん

決闘から数日後――

虎は同じ干支である辰のもとを訪ねていた。

虎「……やっぱり、ダメなんか?」

虎の質問に対し、辰は渋い顔で首を振った。

虎「なんとかならんのか? 一匹くらい干支を増やしても――」

虎は最後まで言葉にすることが出来なかった。辰が鋭く「無理だ」と言い放ったからだ。

辰「わかってくれ。何度言われても、無理なものは無理なんだ」

虎「……」

   ◆◆◆

辰の元を離れた虎は、苦い顔で街の中をぶらついた。

虎(どうすっか。そういえば腹が減ったな。とりあえずメシでも――)

♪タイガー、タイガー、タイガァ~。タイガァ~マ~ス~ク~♪

その時、虎の携帯が鳴った。

虎「はい、もしもし」

知り合いからの電話であった。
何故かはわからないが、知り合いは慌てているような様子であった。

虎「ちょっと落ち着け。何を言ってるんかさっぱり分からへんぞ」

相手の声に耳を傾ける虎。

虎「……え? ……なんやて?!」

その内容に虎の表情は一変した。

虎「場所は? 分かった、すぐ行く! ……おい! そこのタクシー! 止まれ!」

携帯を乱暴に切りながら、虎はタクシーに向かって手を振り上げた。

   ◆◆◆

虎が向かった先、それは病院であった。

そしてある病室に、虎が信じたくない光景があった。

彼が――猫君が白いベッドの上に寝ていた。

全身に巻かれた包帯、ベッドの周りにあるドラマでしか見たことないような精密機器が、猫君の容態の悪さを物語っていた。

虎「……どういうことや、何があったんや。こんな酷い怪我、どうしたんや」

虎は先に来ていた知り合い、犬に事情の説明を求めた。

犬「……あのデブ猫との決闘の後、別の勢力が襲撃してきたんや。猫君はそいつらにやられたんや……」

三つ巴の勢力争いだったのか。
ここにきて、虎はようやく事態を理解した。

おそらく、あのデブ猫は自分一匹の力だけで他を全て制圧できると踏んでいたのだろう。

しかしその考えを猫君が覆した。

辛くも、見事な勝利だった。だが、そこをつけこまれた。
デブ猫との戦いで猫君はかなりの傷を負っていた。連戦なんて出来るはずがない。

虎「……っ」

腹立たしい。しかしそれを声に出すことは虎には出来なかった。

漁夫の利――悔しいが、悪くない手だ。
同じ立場なら、自分が猫君の敵であったならば、同じことをしていただろう。
偽術、詐術、横取り――そのような普段ならば忌み嫌われる戦法であっても、状況によっては許され、時には賞賛されるものなのだ。
どんな手段もその正当性を決めるのは時と場合なのだ。

だから声に出せない。虎は戦いというものの本質を、自然の掟の高潔さと残酷さを知っているからだ。

虎「……」

しかしやはり胸糞悪い。
思考が上手くまとまらない。

だから虎は祈った。
一日も早い猫君の回復を。

続く

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虎さんと猫さん8

虎さん

間を置かずして決闘は始まった。

ぶつかりあう二つの小さな生き物。

虎(……)

大型獣である虎にとってはそれは少々退屈なものであったが――

しかし激しい。小さくとも、これは命をかけたせめぎ合いなのだ。

そして、戦いは少しずつ太った猫の方に傾いていった。

虎(……なにしとんねん、猫君。さっさと、こう、がつんと決めんかい!)

気をもまれる虎。
声に出せないことが虎をさらに苛立たせる。

この窮地を救ってやりたい。自分の力をもってすれば簡単に出来る。

しかしそうは出来ない。
これは「彼」が自身の力だけで乗り越えなければならないことなのだ。

だが、そんな虎の思いに反し、「彼」は徐々に追い詰められていった。

虎(あー、もう!)

限界だ。居ても立っても居られなくなった虎が物陰から身を乗り出そうとしたその瞬間、

虎「!」

戦況は一転した。
「彼」は起死回生の一撃を決めたのだ。

虎(よっしゃぁ!)

虎がガッツポーズを決める。
思わず声に出るところだった。
それほどまでに見事な逆転劇。

決闘は「彼」の勝利に終わった。

この勝利を共に祝おう。虎は姿を見せようとしたが、寸でのところでその足は止まった。

虎「……」

虎の視界に入ったあるものがそうさせた。
それは「彼」の妻と子供達の存在であった。

妻と子供達は父のそばに駆け寄り、彼は愛する家族達を抱きしめた。

虎「……ワイはただのお邪魔虫やったか。……なんや、来た意味、無かったな」

この場に、部外者は不要。
そう考えた虎は何もせずにその場を去った。

猫「……」

そして、虎の存在に途中から気付いていた彼は、
その背を黙って見送ったのであった。

続く

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虎さんと猫さん7

虎さん

蒸し暑い夏の夜――

ある公園に、たくさんの小さな獣の姿があった。

それは猫の群れであった。
二つの群れが対峙していた。

虎(……)

虎はその様子を物陰からうかがっていた。

双方の群れから、リーダーらしき猫が一匹ずつ前に出る。

これから始まろうとしていたのは決闘であった。
この公園の支配権を決めるための勝負であった。

睨み合う二匹の猫。

両雄の体格差は歴然であった。

片方はよく肥えた猫。
良い餌をよく食べているのが風貌からわかる。

だが、人間から愛されるほど器量が良い猫では無かった。
どちらかというとブサイクだ。

しかし威圧感がある。
その鋭い目が何かを惹きつけるのだろう。

そして、対峙するもう一方の猫、
それは間違いなく虎が探していた「彼」であった。

虎(……)

今声をかけることは出来ない。
虎は固唾を呑んで「彼」を見守ることにした。

続く

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