シヴァリー 第四話

   ◆◆◆

  父を倒した者達

   ◆◆◆

 一週間後、サイラスに敗れたアラン達は最寄りの味方陣地へと逃げのびていた。その地はアラン達が初めての実戦を経験したかの地、レオン将軍が守る陣地であった。

 季節は秋になっており、レオン将軍が守る広大な平原は黄金色に染まっていた。

 レオン将軍の陣は以前よりも防備が強化されていた。陣は高い石垣で囲われており、門もより強固なものになっていた。この守りを突破するには攻城兵器を使うか、かなり強力な魔法使いの力に頼らなければ難しいであろう。

 陣に着いたアランとケビン達はレオン将軍の元を訪ねた。

「久しぶりだな、アラン殿」
「申し訳ありません、レオン将軍。またお世話になります」
「うむ。ケビン殿もゆっくりしていってくれ」
「かたじけない。ご迷惑をおかけする」

 アランは自身がここに来た経緯を説明した。

「敗戦は武人の常、気にすることはない。総大将が突出しなければ結果は違っていただろう。この件に関して貴殿が責任を感じる必要はない。」
「そう言っていただけると助かります」
「敵は次にこの地を狙ってくるだろう。その時が来るまで体を休めておいてくれ」

 この地に戦力が集まってきている。次の戦いは少し派手なものになるかもしれない。レオンはそう思ったが、これは口に出さず黙っていた。

   ◆◆◆

 数日後、サイラス達もまた、この広大な平原の地に足を踏み入れた。
 サイラスはこの平原を奪取できるかどうかがこの戦争の鍵を握っていると考えていた。

(この平原の奥にカルロの城が、そしてさらにその先に奴らの王が住む首都がある)

 サイラスは平原を遠く眺めながら、この戦いの先を思案していた。

(この平原は兵站の要所、ここを制圧すれば物資の流通と兵士の展開を抑えることができる)

 この平原を守るレオンの陣地、それは既に砦と言える様相である。こちらは攻城戦の構えで挑むべきだろう。

(敵の守りは堅い。こちらも相応の準備が必要になる)

「フレディ、この書簡を届けてくれ。すぐにだ」
「へい、ただちに」

 アラン達もこの地にいるはずだ。敵は拠点に篭って守りに徹している。先の戦いのような策は通じないだろう。やつらと正面からぶつかれる戦力が必要になる。

   ◆◆◆

 一ヶ月後、サイラス達のもとに要請した増援部隊が到着した。

 増援部隊を引き連れていたのは一組の男女。

 女の名はカミラ。端整な顔立ちをしているが、顔にある酷い火傷のあとが痛々しかった。

 もう一人はダグラスといい、甲冑に身を包んだ大男であった。

「サイラス将軍、おひさしぶりです」

 カミラはサイラスに対し丁寧に頭を下げた後、顔を隠すために仮面をつけた。

盾のカミライメージ

「……」

 対照的に、ダグラスのほうは何も言わず立ったままだった。

猛進のダグラスイメージ

 この二人は姉弟であり、共に高い魔力を有する精鋭魔道士であった。

「我等の元に馳せ参じてくれたこと、心から感謝する。貴殿らが共に戦ってくれるなら心強い」

 口ではそう言っていたが、サイラスの心中は穏やかではなかった。

(よりによって送られてきた増援がこいつらだと? 無能な上層部どもめ……。書簡にはアンナが炎魔法の使い手であると、はっきり書いておいたというのに。この二人ではアンナと相性が悪い)

 送られてきた精鋭魔道士のことをサイラスはよく知っていた。なぜなら彼らはサイラスと共にカルロと戦った者達だからだ。
 カルロを襲撃する作戦を提案したのはサイラスである。サイラスはその作戦に参加した精鋭魔道士達の能力を正確に把握していた。
 我が軍の人材に余裕があまり無いことは理解している。戦闘が激化している中、この者達が送られてきただけでもありがたいと思うべきだ。頭ではそう思っていたのだが、サイラスは苛立ちを隠せなかった。

   ◆◆◆

 今はこれ以上の増援は期待できないと判断したサイラスは、皆を集めて作戦会議を行った。

「敵は堅牢な陣に篭っている。よってこちらは攻城戦の構えでのぞむ。投石器と破城槌で門を破壊し、内部に侵入して火を放つのが狙いだ」

 サイラスの説明に皆は黙って頷き、続きを促した。

「敵はこちらの攻城兵器の破壊を狙ってくるだろう。特にレオン率いる騎馬隊と、アンナという魔法使いに注意しろ」
「そのアンナというのは何者なのですか?」
「カルロの娘で強力な炎魔法の使い手だ。兄のアランと共に参戦している。二人の人相書きはあとで回しておく。各自よく覚えておいてくれ」

 カルロの娘という部分に反応したのか、場に不穏なざわめきが起こった。しかしサイラスはこれを諌めもせずそのまま説明を続けた。

「敵の騎馬隊はその機動力を活かして、こちらの守りが手薄なところを狙ってくるだろう。これに対し、こちらは攻城兵器を囲むようにして防御の陣形を敷き、敵の攻撃に対しては守りに徹する」
「それではこちらはいつ攻撃に転じるのですか?」
「まずはアンナの撃破を狙う。これにはカミラとダグラスであたってもらう」
「……」

 カミラとダグラスは何も言わなかったが、炎魔法の使い手との戦いは苦手であり、不利であることを察していた。
 それはサイラスも承知しており、一つの手を考えていた。

「アンナと戦うときは兄であるアランを利用しろ」
「それはどういうことですか?」
「二人は兄妹だ。だがアランの魔法力は弱い。アランを狙えばアンナが前に出てくるはずだ。アランを上手く盾にして戦え」

 サイラスのその言葉に対してカミラは黙って頷いた。

「アンナを撃破できたら城門に突撃を仕掛ける。皆のものよろしく頼むぞ」
 以上で会議は終わり、皆席を立った。

 サイラスはひとつ黙っていたことがある。ディーノのことだ。
 ディーノも決して無視できない相手だ。しかし我が軍にはもう有効な駒が無い。
 サイラスは自身でディーノの相手をしようと考えていた。

「……」

 厳しい戦いになるであろう。サイラスは覚悟を決めていた。

 普通に考えればこの戦力で正面から攻城戦を挑むのは愚手である。さらなる増援を待ち、周辺を包囲制圧して兵糧攻めにするのが常道である。しかしサイラスは焦っていた。

 サイラスを焦らせていたのはカルロの存在であった。カルロが戦線に復帰すれば戦況は一気に苦しくなる。それまでにこの平原を制圧できるかが重要であった。

   ◆◆◆

 次の日、レオンとサイラス率いる両軍は平原にて対峙した。

 サイラス軍は作戦通り防御重視の陣形を敷いていた。二列の陣形を敷いており、後列にある攻城兵器の周りには多くの大盾兵が配置されていた。

 対するレオン軍は一列に布陣しており、総大将であるレオン率いる騎馬隊が右端、アンナとディーノ含むアラン隊は左端に配置されていた。

 レオンの狙いは攻城兵器の破壊であった。主力を両端に配置し、敵軍を両端から挟み込み押しつぶす作戦であった。

 レオン将軍は楽器を鳴らし、全軍に号令を発した。

「全軍突撃! 狙いはあの攻城兵器のみ! あれを破壊すれば我が軍の勝ちだ!」

 レオン軍が動き出したのを見て、サイラスもまた楽器を鳴らし、号令を発した。

「全軍前進! 作戦通り、カミラとダグラスはアンナを狙え! それ以外の者は防御に徹しろ!」

 ゆっくりと前進するサイラス軍に対し、レオン軍は猛進した。
 機動力のあるレオンの騎馬隊は敵の前列に先制の魔法をおみまいした。対するサイラス軍は騎馬隊の方向に盾を向け、防御に徹した。

(守りが堅いな。しかし大した反撃も来ない。防御に徹しながら前進を続ける気か)

 それならばと、レオンは騎馬隊に号令を発した。

「これより我が隊は相手の裏に回りこむ! 機動力で相手を翻弄して、敵の防御の綻びを突け!」

 レオンの騎馬隊は魔法を撃ちながら敵軍の周りを旋回した。
 サイラス軍は柔軟に大盾兵を運用してこれを受け止めたが、騎馬隊の激しい攻勢の前に、味方の盾持ちは一人、また一人と倒れていった。
 サイラスは徐々に味方が削られていくさまに焦りを覚えながら、アラン隊を目指して前進していった。
 そして、レオンの騎馬隊よりやや遅れて、アラン達もまた敵軍と接触し交戦を開始した。
 そのアラン達の前には、不気味な威圧感を放つ二人が立ちふさがっていた。

「アラン様! あの二人はかなりの使い手です! お気をつけ下さい!」

 それを見たアランの部下、クラウスはそう声を上げた。クラウスはあの二人のことを知っているようであった。

「皆のもの、今のクラウスの言葉を聞いたな! あの二人に攻撃を集中させろ!」

 言いながら炎の魔法を放つ。クラウスや他の魔法使い達もこれにつづき、次々と光弾を見舞った。
 対する二人はこれを避ける素振りを見せなかった。
 女のほうが「すっ」と、両手を前にかざす。
 そして着弾の瞬間、女の手がまばゆく輝き、その場に光の壁があらわれた。
 アラン達が放った魔法は次々とその壁にぶつかった。すさまじい轟音が鳴り響いたが、光の壁はびくともせず健在であった。

(これは……防御魔法か!?)

 光の壁――そう形容した魔法の正体はアランの推測どおりただの防御魔法であった。
 しかしこれだけ大きな防御魔法はこれまで見たことが無い。あの女の魔力が相当なものであることは想像に難くなかった。
 この女は「盾のカミラ」の異名をとる精鋭魔道士の一人であった。その名が示すとおり、カミラは強力な防御魔法の使い手であった。

「攻撃の手を休めるな! 皆のもの魔法を撃ち続けろ!」

 これほどの防御魔法を扱えるのだ、攻撃魔法の威力も相当なものだろう。アランは相手に反撃の隙を与えまいとした。
 アラン達の攻撃はやはり光の壁を崩すには至らず、それどころか相手は光の壁を展開したままこちらに前進してきていた。

(相手の足も止められないのか!?)

 敵の攻撃魔法の射程はわからないが、相手との距離は徐々に詰まってきていた。
 アランが敵の反撃を受けることを覚悟したとき、アランのものとは段違いの威力の炎魔法が光の壁に叩きつけられた。

「その者達、かなりの使い手のようですね。私に任せてください」

 その炎を放ったのはやはりアンナであった。そのすさまじい炎は光の壁を押し返していった。
 対するカミラは、アンナの炎の威力に驚愕していた。

(なるほど、サイラスがあれだけ警戒するのも納得できる。カルロほどではないが、これほどの使い手もそうはいない)

 光の壁は炎の進行を完全に止めていたが、壁を抜けて伝わる炎の熱が、カミラの身をじりじりと焼いていた。

「大丈夫ですか?! 姉上!」

 傍にいる普段無口な弟、ダグラスが姉の身を案じた。

「これくらいなら大丈夫よ。それより、あれが目標のアンナよ。わかっているわね?」

 カミラの顔はわずかに苦悶の表情を浮かべていたが、ダグラスはあえて何も言わず黙って頷いた。

「なら……作戦どおりにやれるわね?」

 ダグラスは再び頷き、腰を低くして身構えた。
 ぎしり、と、ダグラスの鎧が軋みを上げる。
 ダグラスの体がほんの少し膨張したように見えた。筋肉の隆起が鎧を押し破らんとしているのだ。

「では、行きなさい!」

 カミラの凛とした声に弾かれたように、ダグラスは勢いよく前に飛び出した。
 ダグラスは一直線に猛進した。ある一点を目指して。

「まずい! アラン様をお守りしろ!」

 狙いを察したクラウスは、すかさず大盾兵達をアランの前に並べ、自身もそれに加わり盾を構えた。

 そしてクラウスの声に反応したアンナもまた、

「お兄様に手出しはさせません!」

 と声を上げながらダグラスに向かって炎を放った。

 その炎はダグラスを飲み込むかと思われたが、突如アンナの正面に現れた光の壁によって遮られた。

 それはやはりカミラであった。カミラはアンナの狙いが弟に切り替わったのを素早く察知し、すかさずアンナの前に飛び出していた。

 そして、カミラは先と同様、光の壁を「自身の目の前に」展開してアンナの炎を受け止めていた。

 この時、アンナはあることに気がついた。

 いかに防御魔法が強固でも、炎を目の前で受け止めていては、伝わる熱が容赦なくその身を焼いているはずだ。過去に父の炎を同じように受け止めたことがあるからわかる。
 防御魔法、いわゆる魔力で作った壁は炎の進行は止められても、熱の伝播は止めることができない。ゆえに炎魔法は正面で受け止めては駄目なのだ。
 事実、カミラの身はその熱に焼かれていた。炎魔法から身を守るには、炎が自分の眼前に迫る前に、遠距離から魔法を撃ちこんで相殺するのが正しい防御法である。

 ではなぜ彼女はそうしないのか?

(もしかして、この人は魔力を飛ばせないのでは――)

 アンナのこの推測は当たっていた。カミラは強大な魔力を持っているが、その魔力を飛ばすことができない、言い換えれば射程が全く無いという大きな欠点を抱えていた。

「あいつをこれ以上隊長に近づけるな! 撃て!」

 アンナに続き、他の魔法使い達も次々とダグラスに向かって魔法を撃ち込んだ。しかしこれはまたしても現れた光の壁によって阻まれた。

「こいつも同じ魔法を使うのか!」

 この光の壁はダグラスの手から生み出されていた。彼もまた姉と同じく強力な防御魔法の使い手であった。

 しかし彼の異名は姉と異なり、「盾」ではない。

 ダグラスは正面に光の壁を展開しながら突進した。眼前にはクラウスと大盾兵達が立ちはだかっていたが、ダグラスはそれを障害とは見ていなかった。
 ダグラスの突進は容易に盾の壁を突きやぶった。光の壁に触れたクラウスと大盾兵達はふんばることもできず、軽々と弾き飛ばされていた。

 彼は「猛進のダグラス」の異名をとる精鋭魔道士であった。姉とは異なり、その戦いぶりがそのまま異名となっていた。

「クラウス!」

 大丈夫か、と部下の身を案じる暇もなく、光の壁はもうアランの目の前にまで迫っていた。

 アランは咄嗟に盾を構えたが、

(受けては駄目だ! 避けろ!)

 という直感に従い、大きく真横に飛んだ。しかし僅かに迷ったのが仇となり、光の壁はアランの足に触れた。

 足に激痛を感じたのと同時にアランの視界は回転した。

 アランは自分の体勢がどうなっているのかわからないまま宙を舞い、満足な受身も取れないまま地面に激突した。
 その際に頭を強く打ったのか、アランの意識はほんの僅かな時間混濁したが、気がつくとアランは立ち上り盾を構えていた。

 ディーノとの訓練のおかげであろう、アランの体は反射的に動き、無意識のうちに戦闘態勢を取っていた。

「アラン様、右です!」

 咄嗟に耳に入った、クラウスのものと思われる声に反応し、アランは右を向いた。そこには再びこちらに迫ってくる光の壁があった。
 アランは避けようと足に力を込めたが、激痛がアランの足に走った。アランの足はまるで力が入らず、立っているだけで精一杯の状態であった。
 やむを得ず、アランは盾を構え長剣を持つ手に力を込めた。アランは無駄とわかっていながらも、長剣の一撃を光の壁に叩き込もうと考えていた。

 しかし、意外なことに敵はアランの目の前で光の壁を解除した。

(どういうことだ?)

 アランは敵のその行動に疑念を抱きつつも、長剣を振り下ろした。
 長剣による一撃は甲高い金属特有の衝突音とともに弾き返された。アランの長剣を弾いたのは、やはりダグラスの防御魔法であったが、それは光の壁ほどの規模のものではなかった。
 アランの一撃を弾き返したにも拘らず、ダグラスは反撃の素振りを見せなかった。アランは後退しながら次々と攻撃を繰り出したが、全てダグラスの防御魔法に弾かれていた。
 アランが何度も長剣を敵に打ち込むその様は、傍から見ればアランが敵を押さえ込んでいるように見えたかもしれないが、ここにいる全ての者がそうは見ていなかった。ダグラスは光の壁を使えばいつでもアランを倒せるはずである。
 ではなぜそうしないのか。敵に何かの狙いがあるのは明らかだったが、その答えは未だ見えなかった。

 そして、周囲の味方は魔法でアランを援護しようとしていたが、アランに当たる可能性を恐れ、手をあぐねていた。

 そんな中、一人の男が声を上げた。

「皆のもの剣を抜け! 勇を持って隊長をお救いするのだ!」

 その声を発したのはクラウスだった。彼は自ら剣を構えダグラスに突撃していった。
 飛び道具を撃てないのであれば近接戦を仕掛ければよい。クラウスのその考えと勇気に周りの者も応え、皆一斉に剣を抜いてクラウスに追従した。

 ダグラスは片手でアランの攻撃を防ぎつつ、もう片方の手でクラウス達の相手をした。クラウス達は何度も吹き飛ばされたが、その度に立ち上がり、ダグラスに向かっていった。

 ダグラスは四方八方からの攻撃を捌ききれず、その甲冑には徐々に傷がつけられていった。

 アラン達の心に、このままいけば倒せる、という希望が湧いていた。

 しかし彼らは忘れていた。ダグラスの真の狙いのことを。

 アランはクラウス達と共に懸命に剣を振るっていたが、ふとその背中に熱を感じた。
 その熱はアンナが放っていた炎によるものだった。アンナはカミラの相手をしており、こちらに気がついていないようであった。

(いつの間にかアンナがこんなに近くに……?!)

 アランは少しずつアンナのほうに誘導されていた。そして今、ダグラス、アラン、アンナの三人は一直線上に立っていた。

 このときアランはようやく敵の狙いに気が付いた。

「アンナ!」

 アランは咄嗟に叫んだが、直後その身にダグラスの光の壁が叩き込まれた。
 そして、自分を呼ぶ声に振り返ったアンナの目に映ったのは、こちらに向かって吹き飛ばされてくる兄の姿であった。

(! 兄様?!)

 避けるか、受けるか。しかし飛んできているのが兄であるため、防御魔法で受け止めるわけにはいかない。
 迷ったアンナは結局満足な防御体勢もとれぬまま兄と激突した。
 二人は折り重なるように地面に倒れた。兄の下敷きになったアンナは、その重さから逃れようともがいた。
 しかしアンナは満足に動くことができなかった。突然兄に抱きしめられたからだ。兄の片手はアンナの肩に回され、もう片方の手はアンナの頭を守るように回されていた。

 アンナは兄が自分を庇ってくれていることを察した。

 庇う? 何から?

 先に体を起こそうとしたアランの目にはそれが映っていた。

 それはダグラスの光の壁。アランを弾き飛ばしたダグラスは、そのまま勢いをつけてこちらに突撃してきていた。
 体を起こす暇も無かった。二人は地に伏した体勢のまま、光の壁に飲み込まれた。
 重いものがぶつかる嫌な音とともに、二人の体は光の壁と地面に挟み込まれた。
 光の壁は二人を地面に押し付け、そのまま引きずっていった。地面と肉がしばらく削りあった後、二人は光の壁の外に弾き出された。
 開放された二人の体は地面を転がり、そのまま糸の切れた人形のように動かなくなった。

「隊長! アンナ様!」

 その様を見ていたクラウスの脳裏には最悪なイメージが浮かんでいた。クラウスは真っ先に二人のもとに駆け寄り容態を確認した。
 二人とも全身傷だらけで血まみれであった。それでもアランはゆっくりと自力で立ち上がろうとしていたが、アンナのほうはぴくりとも動かず、胸にはひどい出血が見られた。

「アンナ様、失礼!」

 そう言ってクラウスはアンナの胸元に手をかけ着衣を脱がした。アンナの傷を確認したクラウスは一瞬驚きに目を大きく見開き、すぐさま声を上げた。

「誰か! 誰か来てくれ!」

 声を聞いて集まった者達にクラウスは即座に指示を出した。

「お二人を陣まで運んでくれ! 特にアンナ様は胸にひどい怪我をされている! 丁重に扱え!」

 兵士達はクラウスの指示に従い、アンナの傷口にきれいな布を当てて簡単な止血処理を施し、軍旗を使って作った担架に二人を乗せ、すぐさま陣へと運びだした。

「隊長とアンナ様の撤退を援護するぞ! 敵を近づけるな!」

 しかし敵がそれをみすみす見逃してはくれるはずがない。カミラとダグラス達は既にこちらに迫ってきていた。

「あの二人に正面からの攻撃は通じん! 乱戦に持ち込んで背後をつけ! 全員突撃しろ!」

 クラウス達は雄叫びをあげながらカミラ達に向かって突撃していった。

   ◆◆◆

 一方その頃、ディーノもまた苦しい状況に立たされていた。
 ディーノはアランから少し離れたところで戦っていた。親友が光の壁に蹂躙される様を遠目に見たディーノは思わず声を上げた。

「アラン!」

 その瞬間の隙を突き、大槍の矛先がディーノの胸をめがけて飛んできた。
 ディーノは寸でのところで身を反らしたが、大槍の矛先は僅かに触れ、ディーノの胸板を削っていった。

「余所見をする余裕があるとはなめられたものだ」

 大槍の使い手はディーノが何に気を取られ焦っているのかを知りつつ、そう言った。
 ディーノは今すぐにでも親友の窮地を助けに行きたかったが、先ほどからずっとここで足止めを食らっていた。
 ディーノの前に立ちはだかっていたのは二人。一人はサイラス、そしてもう一人は初陣のディーノを圧倒した大槍を使うあの大男であった。
 サイラスにとってこの大槍使いの存在は予期せぬ幸運であった。大槍使いはディーノの攻撃を正面から受け止める技量と体力を有していた。
 負傷したアランとアンナが撤退し始めたのを見たサイラスはすかさず号令を発した。

「敵の主力が崩れたぞ! 一気に押し込め! 後列の投石器部隊も追従せよ!」

 クラウス達は敵の進軍を懸命に食い止めていたが、突破されるのは時間の問題に見えた。

(くそ、これ以上ここで足止めを食らうわけにはいかねえな)

 ディーノの中に焦る気持ちばかりが積もっていたが、目の前にいる二人は実際厄介であった。
 大槍使いを狙えばサイラスの電撃魔法が襲いかかって来る。逆にサイラスを狙えば大槍が、というように敵はお互いをカバーしながら後の先に徹していた。

(楽に抜ける相手じゃねえ、覚悟を決めるか)

 安全策で突破できる相手ではない。ディーノは賭けに出た。
 ディーノは盾を正面に構え、サイラスに向かって突撃した。それを見たサイラスと大槍使いの二人は同時に迎撃体勢を取った。
 ディーノはサイラスの電撃魔法の初動を見てから、サイラスに向かって盾を投げつけた。
 ディーノの手から離れた直後、盾は閃光に包まれた。
 ここまではディーノの予想通り、問題はこの次であった。
 あの男の大槍も既にこちらに向かって突き出されているはずだ。視線をそちらに向ける余裕は無い。ディーノは自身の直感だけを頼りに、回避行動をとった。

 幸運の女神はディーノに味方した。身を反らしたディーノは自身の腹に熱いものが走る感覚を覚えたが、串刺しは回避できた。
 そして、回避行動と同時に槍斧を両手持ちに切り替えていたディーノは、双腕による全力の一撃を大槍使いに向かって振り下ろした。
 大槍使いはそれを盾で受けたが、ディーノの一撃は大槍使いの体を盾ごと両断した。

 真っ二つになった体から大きな赤い華が咲き、血の雨が周囲に降り注ぐ。

 その圧倒的な一撃は周囲の者を動揺させるに十分であった。

「なんという……!」

 サイラスはその光景に絶句した。魔法が人を吹き飛ばす様は何度も見たことがあるが、腕力で人を縦に割るなどというものを見たのはこれが初めてであった。

 そんな周囲の動揺をよそに、ディーノは大槍使いの亡骸を一瞥し、心の中でその強さに敬意を表した。

(強い男だった。きっと名のある者だったのだろう)

 しかし悲しいことに、彼の強さに敬意を表した者はディーノが初めてであった。この大槍使いは今までに数多くの功績をあげているが、それが国に評価されたことは一度も無かったのである。剛の者であったが、彼はただの奴隷兵であった。

   ◆◆◆

 ディーノがクラウス達のもとに到着する頃には、部隊はダグラスに蹂躙されほぼ壊滅寸前の様相であった。

「クラウスのおっさん、助けに来たぞ!」
「おおディーノ殿!」
「ここは俺が引き受けた! おっさんは負傷者を下げて、後方で体勢を整えてくれ!」
「お一人であの二人を相手なさるおつもりか?!」
「適当に時間を稼ぐだけだ、無茶はしない!」
「承知した! 御武運を!」

 クラウスとディーノは味方を援護しながら徐々に後退した。
 結果、アラン隊が支えていた左翼の戦列は崩壊した。敵軍は戦列を押し上げ、投石器部隊が門に攻撃を開始した。
 間もなく門は破壊され、それを見た総大将のレオンは味方に指示を出した。

「入り口の防御を固めろ! 敵を陣に侵入させるな!」
 
 門を破壊した敵の投石器部隊は続けて外壁に攻撃を開始した。
 レオンは自身の騎馬隊も門前の防衛に回るべきか悩んだが、

「我が騎馬隊は外壁を攻撃している投石器の破壊に向かう! 行くぞ!」

 おそらく門前は大乱戦となる、そこでは騎馬隊の機動力を生かせないだろうとレオンは判断した。

   ◆◆◆

 レオンの予想通り、門前の戦いは激しい乱戦となった。ディーノとクラウス達はその激戦の只中にあった。

「でやあ!」

 ディーノは積極的に敵中に飛び込み槍斧を振るっていた。

「ディーノ殿、危ない!」

 危機を察知したクラウスが声を上げる。しかしディーノはクラウスの声を聞くよりも早く、後方に跳躍していた。
 直後、ディーノの目の前をダグラスが横切った。そしてディーノは跳躍で突撃を回避しながらもダグラスに向けて槍斧を振るった。
 その一撃の狙いは今目の前を通り過ぎようとしているダグラスの背中であった。光の壁がいくら強固であっても、その守りは全身に及んでいるわけではない。
 直後、槍斧を握るその手に確かな手ごたえが伝わったが、ディーノは心の中で軽く舌打ちした。ディーノの一撃はカミラの光の壁に阻まれていた。

(この女、勘がいいな。厄介だ)

 カミラは常にダグラスの背を守るように立ち回っていた。

(二人を引き離すのは難しい。なら問題はどちらを狙うかだ。でかいほうは馬鹿の一つ覚えのように突っ込んでくるだけで、女のほうはそれを守っているという感じだが……)

 ディーノはカミラを先に倒さない限りダグラスを討ち取るのは難しいと判断した。

(しかしあの女はそう簡単に背中を見せてはくれないだろうな)

 いくらディーノでもあの光の壁を正面から破る自信は無かった。

(だが正面からは倒せないまでも、足を止めるか注意を引くくらいならできるか)

 そう考えたディーノはクラウスに目配せをした。
 視線が合ったクラウスは、ディーノが何かを狙っており、協力を請うていることを即座に理解した。
 そして、クラウスは注意して見ていないとわからないほどの小さな頷きをディーノに返した。
 それを見たディーノはカミラに突撃した。ディーノは正面からカミラに向かって行き、槍斧による一撃を放った。
 当然その一撃はカミラの光の壁に止められた。しかしディーノは攻撃の手を緩めず、槍斧を何度も光の壁に叩き付けた。
 ディーノはこれまで見たことが無い速度の連続攻撃を繰り出したが、それでもカミラの光の壁を突破するには至らなかった。
 途中、ダグラスがディーノに突撃してきたが、それを軽く回避したディーノはダグラスのことなど眼中に無いとでも言うように、カミラへの攻撃を再開した。
 ディーノの連続攻撃はカミラに威圧感を与えていた。一瞬でも光の壁を解除すれば自身の命が無くなる、その恐怖がカミラの足を止めていた。
 そして、ほぼ無呼吸で連続攻撃を行っていたディーノであったが、突然攻撃の手を止めた。
 鋭くかつ大きく息を吸い込む。肺に送り込んだ空気を体の力としながら、ディーノは構えを変更した。
 それは槍斧を真上に掲げた上段の構え。大槍の使い手を両断したときの構えであった。
 対するカミラはこの一瞬の間にただならぬ気配を感じ、ディーノの全力の攻撃が来ることを悟った。ディーノの攻撃を受け止める自信はあったが、カミラの直感はこれまでにない大きな警告を発していた。
 直後、耳を潰すかのような大きな衝突音が発生し、光の壁を支えていたカミラは自身の周りの空気が揺れるのを感じた。
 空気の揺らぎが鎮まる。カミラは自身の光の壁がいまだ健在であることに安堵した。
 だが次の瞬間、カミラはその胸に激痛を感じた。
 視線を下にやると、そこには自分の胸から突き出た血まみれの剣先があった。

「あ……」

 自身の身に何が起こったのか理解したカミラは声をあげようとしたが、胸を貫かれているためか息を吸い込むこともできなかった。
 そして、カミラはその口から声ではなく血を盛大に吐き散らし、弟に向かって手を伸ばしながらゆっくりと地に伏した。

「姉上ー!」

 それを見たダグラスは叫び声を上げながらディーノに向かって突撃した。
 ダグラスの突撃はかつてない鬼迫と勢いを持っていたが、多少勢いが増した程度ではディーノに通用するはずが無かった。ディーノはダグラスの突撃を先と同じように最小限の移動で回避し、すれ違いざまにダグラスの背中に向けて槍斧を一閃した。
 ダグラスの背を守るものはもういない。ディーノの刃はダグラスの甲冑を突き破り、深々とその背に食い込んだ。
 明らかに致命傷であった。が、ダグラスは倒れず、背中から血しぶきを上げながら再びディーノに向かって突撃を開始した。
 地面に赤い線を作りながら走る様は皆を戦慄させたが、その勢いはそう長くは続かなかった。ダグラスの光の壁は徐々に力強さが無くなり、遂には霧散するように掻き消えた。
 そして足もまた走る力を失い、ダグラスの体は前のめりに倒れた。

 一つの決着を示す静寂が場を支配する。
 ディーノはその静寂の中、武器を高らかに掲げ、声を上げた。

「敵将討ち取った!」

   ◆◆◆

 二人の精鋭魔道士が倒されたのを知ったサイラスは焦りと怒りに身を震わせた。

(おのれディーノ! やってくれる!)

 ダグラスの突破力が無ければ、門前の守りを抜けるのは難しい。サイラスはすぐさま号令を発した。

「門に固執するな! 壁を崩して侵入路を作れ! 投石器部隊を援護しろ!」

 後方の投石器部隊は既に外壁に攻撃を行っていたが、レオンが指揮する騎馬隊によって一機、また一機と破壊されその数を徐々に減らしていた。

「投石器部隊に兵を回せ! これ以上破壊させるな!」

 号令を発したサイラス自身もまた投石器の防衛に回った。しかしレオンの騎馬隊の勢いは精強で、投石器は次々と破壊されていった。
 いよいよ投石器の数が残り一機となった時、その最後の投石器が放った岩が外壁を崩すことに成功した。
 人がなんとか乗り越えられる程度には破壊できているのを確認したサイラスは、全軍に号令を発した。

「侵入路ができたぞ! 投石器の防衛はもういい! 全軍敵陣目指して突撃しろ!」

 号令を聞いた部隊は投石器を放棄し、崩れた外壁に向かって突撃を開始した。

   第五話 光る剣 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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稲田 新太郎

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