シヴァリー 第十二話

炎の一族イメージ4

   ◆◆◆

  炎の一族

   ◆◆◆

 瀕死の重症を負ったアランが意識を取り戻したのは一週間後のことであった。
「アラン様、やっとお目覚めになりましたか。心配致しましたぞ」

 目を覚ましたアランに第一声を掛けたのはクラウスであった。その隣にはディーノの姿もあった。

「済まない。気苦労をかけた」

 アランは起き上がろうとしたが、クラウスに制止された。

「体を起こしてはなりません。アラン様は頭にとてもひどい怪我をされていて、動ける状態では無いのですから」

 クラウスはアランの体を支えながらゆっくりと横に寝かしつけた。
 ベッドの上で、アランは顔だけをディーノのほうに向け、声をかけた。

「久しぶりだなディーノ、元気にしてたか?」
「死に掛けた奴に『元気か?』なんて聞かれるのはすげえ妙な気持ちになるな。……まあ、そんなことはさておき、本当に久しぶりだな。一年ぶりくらいか?」
「……あれからもうそんなに経つのか。こっちでの生活はどうだ?」
「んー……、まあ、悪かねえな」

 相変わらず適当な返事だなとアランは思ったが、その懐かしさが嬉しかった。

「そういえば、あれから戦いはどうなった? 今の状況はどうなっているんだ?」
「……大丈夫に決まってるだろ。この俺がここを守ってんだから」

 相変わらず嘘が下手だな、とアランは思ったが口には出さず、ただ「そうか」と返した。

 アランが気を失っている間、この城は一度攻撃されていた。敵の中にリックがいなかった為なんとか守りきることができたものの、城はかなりの被害を受けていた。

「……話はこれくらいにしておこう。体に障(さわ)る。後のことは何も心配せず休んでろ」

 そう言ってディーノは強引に話を終わらせ、部屋から出て行った。

 クラウスもディーノの後ろに続き、

「後で食事を持ってきます。それまでゆっくり休んでいて下さい」

 と言ってから、部屋を出て行った。

 一人部屋に残されたアランはベッドから降り、部屋を見回した。
 安静にしていろと言われたが、今のアランにはどうしても確認したいことがあった。
 テーブルの上に置かれた刀を見つけたアランは、それを手に取り鞘から引き抜いた。
 そしてアランはあのときと同じように、柄の底に右手を押し当て、意識を集中した。
 すると間も無く刀身が薄く光り始めた。
 アランは光魔法を我が物としていた。あの時光魔法を使えたのは偶然やまぐれではなかった、それを確認したアランの心は喜びに満ち溢れていた。
 しばらくそうしたあと、アランは戦いの最中に見たあの「夢」のことを考え始めた。

(あれはなんだったのだろう――)

 これに答えが出ないことはアラン自身が一番よくわかっていた。あの夢はただの「神秘」であって、それ以上でも以下でも無いのだと。
 しかし夢に出てきた人物がソフィアであったことがその神秘性を強くしていた。アランは死後の世界のことなど全く信じてはいなかったが、今は「あの世というものがあってもいい」と思うようになっていた。
 だが結局のところその真実はアランにとってはどうでもいいことで、大切なのは「光の剣」を使えるようになったことだけであった。それを祝福してくれる者は誰もいなかったが。

 いや、たった一人だけアランを祝福している者がいたかもしれない。
 人智の及ばぬ遠いところからアランを見守っているソフィアだけは、彼のことを祝福していたであろう。

   ◆◆◆

 その日の深夜――
 クリスは暗い私室の中で机に向かい、一人思い悩んでいた。
 空を厚い雲が覆っているためか、月明かりすら届かないその室内はほとんどが闇に覆われていた。机の上に置かれた一本の蝋燭だけがぼんやりとクリスの疲れた顔を照らし出していた。

苦悩するクリス

 その時、一人の足音がこの部屋に近づいてきたが、クリスはそちらに顔も向けず黙っていた。
 そして聞こえるか聞こえないかぐらいの控えめなノックのあと、静かにドアが開き、臣下が部屋に入ってきた。

「主君、そろそろお休みになられたほうがよろしいかと」
「ああ……」

 臣下の言葉にクリスは生返事だけを返した。

 臣下はすぐには立ち去らなかった。暫しの静寂のあと、クリスは再び口を開いた。

「ハンス、私はもう挫けそうなのだ……」

 ハンスと呼ばれた臣下は何も答えなかった。

「私は父に何一つ及ばない。魔法も、軍を指揮する能力も。父は私に全てを教える前に逝ってしまわれた」

 この発言は父への八つ当たりのようなものであった。クリスは抱えている苦しみを何かにぶつけ、吐き出そうとしているだけであった。

「いつまでこんな苦しい状況が続くのだ……」

 しかし愚痴をこぼしたとて状況が改善しないことはクリス自身が一番良くわかっている。それを言葉に出すということ、それはクリスの精神が限界を迎えつつある証拠であった。

「……あなたのお父上も昔同じことを言っておられました」

 ここでようやく臣下であるハンスが口を開いた。

「……クリス様、あなたのお父上も同じような苦境に何度も立たされたのです。そしてあなたのお父上は苦しい時、いつも同じ言葉を皆に告げていました。クリス様も何度も聞かされているでしょう」

 その言葉をクリスは良く知っていた。

「『恥を知り、耐え忍べ』、か」

 クリスは父の姿を心に浮かべながらその言葉を反芻した。

「ハンス、私にはわからない。耐えてどうなるというのだ。私は今すぐにでもこの重圧から逃げだしてしまいたいのだ」

 これにハンスはゆっくりと、諭すように口を開いた。

「逃げることは悪いことではありませぬ。時には必要でしょう。ですが、我等『炎の一族の二番手』には容易に逃げられない理由があるのです」

 少し長い話になるのであろう、ハンスは一息ついてから再び口を開いた

「我ら『炎の一族の二番手』は先祖代々この地の守りを任されております。この北の地は常に激戦区であり、戦火に晒され続けてきたため今やこの城以外何も残っておりませぬ。

 しかし我々には『炎の一族』の長であるカルロ様のような強大な力はありませぬ。勝てないから逃げる、それは簡単でしょう。ですが逃げたところで我らの立場は悪くなるだけでございます。

 この地はかつてこの城を中心に煌びやかな街が広がっていたそうです。しかし逃げて名を汚せば、その栄華は二度と取り戻せなくなるでしょう。

 この地を任されることを誇りとし、ただ耐える。我等にはそれしか無いのでございます」

 ハンスのこの言葉に、クリスは沈黙だけを返した。

「……クリス様、我らはただあなた様を支えるのみでございます。あなたが死ねとおっしゃるなら、この命喜んで差し出しましょう」

 そう言ってハンスは主君に対し静かに頭を下げた。

 彼らが抱いていたのは脅迫観念に近いものかもしれない。彼らは病んでいると言えた。
 しかし彼らが抱くこの「恥」と「忍耐」という観念は、彼らの心を一つに結び付けていた。

 クリス達、彼ら「炎の一族の二番手」がこのような感性を持つように至ったのは環境と先祖からの教育によるところが大きい。
 赤の他人からすれば残酷な教育であると言えた。共感できない人間からすれば非常に愚かしい考え方と言えるだろう。
 しかし耐え忍ぶ彼らの生き様は独特の美しさを備えていた。

 彼ら炎の一族は不器用な人間が多い。理に適っていない考え方をするときもある。その血に受け継いだ何かが彼らをそうさせるのであろう。
 彼らの根底には「利」よりも重い何かがあった。そしてそれは時に「命」の価値すら凌駕するのであった。

   ◆◆◆

 しかし現実は首を真綿で絞めるようにゆっくりとクリス達を追い詰めていった。
 救援が来るまでなんとか持ちこたえなければならなかった。なんとかして時間を稼ぐ必要があった。
 そして開かれた作戦会議でクリスの臣下の一人が夜襲を提案し、それは実行に移された。
 しかしその臣下はそのまま帰ってこなかった。臣下はサイラスによって配置されていた伏兵の餌食となっていた。

「同じ状況に立たされたら私でもそうする」

 夜襲を返り討ちにしたサイラスはそう言った。このようなありふれた手がサイラスに通じるはずもなかったのだ。

   ◆◆◆

 数日後、クリスの城は再びサイラス軍の攻撃に遭った。
 サイラス軍にはリックが復帰していた。負傷した腕が完治していないためか、リックは片腕で戦っていたが、それでもその攻撃は苛烈を極めた。
 クリスの城はこの猛攻をかろうじて耐え凌ぐことができた。
 しかし城の防備は限界を迎えていた。次の攻撃を防ぐことはできないことが誰の目にも明らかであった。
 そしてこの間、アランが何をしていたかと言うと――

   ◆◆◆

「ではアラン様、これが今日の分です。いつものように朝食後にお飲み下さい」

 そう言ってクラウスは朝食が置かれたテーブルの上に薬を置いた。

「飲まないと駄目なのか? 確かにまだ頭が痛むが……」

 アランのこの問いにクラウスは首を振った。

「アラン様、飲んでもらわねば皆が困りますので」

 上手い言い回しであった。嘘はついていないからだ。

「すまない、皆を困らせようなどとは思っていない。ただ、最近、薬を飲んだ後に強烈な睡魔に襲われるようになったんだ。それが妙に不安で……薬が変わったのか?」
「私は医者では無いので詳しいことは……どうしても気になるのであれば、聞いてまいりますが」
「いや、そこまでしてもらうほどじゃない。気にしないでくれ。薬はちゃんと飲んでおくよ」
「ではアラン様、私はこれで失礼致します」

 そう言ってクラウスはアランに一礼し、部屋から出て行った。

   ◆◆◆

 部屋を出たクラウスは廊下で待機していたフリッツに声を掛けた。

「では、今日もアラン様がちゃんと薬を飲んで眠るよう見張っておいてくれ」

 皆が戦っている間、アランは眠らされていた。こうでもしなければアランを戦いから遠ざけることはできないと考えてのことであった。

「それと、後で倉庫から捕虜用の拘束具を取ってきておいてくれぬか?」
「それは構いませぬが、そんなもの何に?」
「次の攻撃でこの城は落ちる。アラン様がその事を知れば、意地でもここに残って戦おうとするだろう。そこでだフリッツ、おぬしに頼みがある。次の戦いが始まったらアラン様を連れてここから逃げて欲しい。捕虜用の拘束具はそのためだ」

 クラウスのこの考えに異論は無かったが、ふと浮かんだ疑問をフリッツは口にした。

「……クラウス殿はどうなさるおつもりで?」

 これにクラウスは即答した。

「部隊の全員が逃げれば、それはアラン様の名を汚すことになる。ここで私が残ればいくらかは名分が立つだろう」

 この返答にうろたえるフリッツに対し、クラウスは続けて口を開いた。

「アラン様には次の時代を担う人間になって欲しいと思っている。ここで死なせるわけにはいかん。フリッツ、アラン様のことを頼んだぞ」

 それだけ言ってクラウスはその場を去ろうとしたが、突如廊下の角から姿を現したディーノの姿に足を止めた。

「……俺の主であるクリス様もそうなんだがよ、武家の人間っていうのはそういう面倒な生き方しかできない奴ばっかりなのか?」

 どうやらディーノは先の会話を盗み聞きしていたようであった。クラウスはディーノのこの問いに対し、逆に質問を返した。

「ディーノ殿は何故逃げないのです?」

「……俺は逃げられねえよ。ここで逃げたらまた奴隷に逆戻りだ」

「私が逃げない理由も似たようなものです。たった一度の不名誉によって全てを失うかもしれない、そしてその不名誉の誹(そし)りを受けるのは自分だけでは済まないかもしれない、そんな考えが心の片隅にあるのです」

 名誉を重んじるあまりそれに縛られている、口には出さなかったが二人ともそれに気づいていた。

   ◆◆◆

 アランは次の日も、その次の日も眠り続けた。
 しかし今日の眠りはどこか違っていた。何故だか体にいつもと違う感覚がある。

 ――それはアランが兵士に担がれて運ばれているからだ。

 それと何か耳障りな雑音が聞こえてくる。

 ――それは周りの兵士達が叫んでいるからだ。

 アランのまぶたは僅かに開いたが、アランの重く沈んだ脳はその景色から何が起きているのかを理解できなかった。

(駄目だ……眠い)

 アランは睡魔に敗れ、再びまぶたを閉じた。

   ◆◆◆

 アランの意識が覚醒したのは城の外に出てからであった。
 目を覚ましたアランが最初に見たのは青空であった。この目覚めは先とは異なり、アランの脳は考える力をある程度取り戻していた。

(何が起きている!?)

 アランは何が起きているのかを確認しようとした。自分は仰向けに何かの上に乗せられて運ばれているようであった。

(ここは外? 俺は運ばれているのか!?)

 アランは体を動かそうとしたが、体に着けられた拘束具がそれを許さなかった。

(体が動かせない! 縛られている!?)

 アランはどうするべきか考えたが、その思考はまとまらなかった。アランの認識能力は完全に回復してはいなかった。

(くそ、頭がぼうっとする! 上手く考えられない!)

 アランは口内を強く噛み切った。その痛みは脳に活をいれるには十分であった。

「お前達、何をしている! 止まれ! この拘束具を外せ!」

 真っ赤な口内を外気に晒しながら、アランは自分を運んでいる兵士に命令した。その兵士は何も答えなかったが、傍にいた別の者、フリッツが口を開いた。

「申し訳ありませんがアラン様、それはできません。私達はクラウス殿の命令でアラン様を避難させているのです。この地から離れるまでは我慢してください」
「クラウスの命令!? そのクラウス本人はどうした!?」

 アランは周囲をざっと見回したが、クラウスの姿は目に入らなかった。

「……クラウス殿は城に残りました」

 これを聞いたアランは激しく暴れながら口を開いた。

「降ろせ! 降ろしてくれ! クラウスとディーノを残して一人で逃げるなんてできるか!」
「アラン様、ここは堪えてください! 罰なら後でいくらでも受けますので!」

 アランは唯一自由の利く首を動かし、クリスの城のほうに顔を向けた。
 クリスの城は燃えていた。アランは少しずつ遠ざかるその景色を、涙を流しながら見つめていた。
 アランは悔しかった。自分の弱さがただただ不甲斐なかった。

   ◆◆◆

 アランを運ぶフリッツ達はそのまま戦場を離れ、南西に続く森へと入っていった。
 森の道は決して良いものではなく、フリッツ達の行軍は遅くなったが、谷間の道が塞がれてしまっている以上、他に選択肢は無かった。
 諦めたのか、森に入ってからアランは静かになった。それでも拘束はしばらく解かれなかったが、

「降ろしてくれ……自分の足で歩くから」

 諦めの表情を浮かべるアランがそう言うと、フリッツはようやく拘束を外した。

 しばらくして、部隊はアランを先頭に再び歩き始めた。
 それは静かな行進であった。部隊の誰一人として口を開かず、兵士達は淡々と足を動かした。
 部隊に感情が再び戻るのは森を抜ける頃であった。
 そこにはアランにとって意外な人物が待っていたのである。

   ◆◆◆

 森を抜けた直後、アラン達は反射的に身構えた。なぜならアラン達の目の前に突然兵士達が現れたからである。
 しかしその兵士達が構えもせず整列しているだけなのを見たアラン達は、胸をなでおろして警戒を解いた。

(ここで出会うということはクリス将軍への援軍だろうか? 一体誰の兵だ?)

 その誰かはすぐにアランの前に姿を現した。これにアランは違う意味で身構えることになった。

「父上!?」

 そう、その者はアランの父、カルロだった。

「無事だったか、アラン」

 子を案ずる父の気持ちを知ってか知らずか、アランはカルロに質問を浴びせた。

「平原奪還の任に就いていたのではないのですか?」
「クラウスがよこした伝令兵から、お前がクリス将軍の救援に向かったことを聞いたのだ。平原のほうはアンナに任せてある」

 これにアランは何も言えなかった。感謝の念を示すべきなのだが、アランの中にあるなんとも言えぬ感情がそれを邪魔していた。

 ここに来る前、クラウスは自分に「覚悟」しろと言った。死ぬかもしれないという恐怖は乗り越えていたつもりであった。しかし、クラウスが言っていた「覚悟」とは、自分が思っていたものとは違うものであったということに、アランはこの時気付いた。

 クラウスは理解し、見通していたのだ。アランが立ち向かおうとしているものの大きさ、そして子を想うカルロの心、そしてそれらに気付いていないアランの甘さを。
 クラウスは「死ぬ覚悟」を持てと言っていたのでは無く、「自分の弱さ甘さを受け入れる覚悟」を持てと言っていたのだろう。

 アランはただただ情けなかった。そしてアランは何も言わずカルロの前に跪いた。フリッツ達もこれにならった。

「ところでそのクラウスはどうした? 姿が見当たらないが」

 カルロのこの問いにアランは心が抉られるかのようであった。意を決したアランが口を開こうとした瞬間、傍にいたフリッツが先に口を開いた。

「クラウス殿は一人クリス将軍の城に残りました。ですが、アラン様に非は何一つありません! 私が強引に連れ出してきたのです!」
「余計な口を挟むな、フリッツ! 父上、責任は全て私にあります!」

 アランはフリッツを手で制しながら言葉を続けた。

「父上、繰り返しますが、全責任は私にあるのです。
 私は自分の我侭のために勝手に出陣いたしました。そして私は敵に敗れ、こうしておめおめと逃げ帰ってきたのです。
 クラウスは私を逃がすために城に残りました。父上、どうかこの無能な私に罰をお与えください」

 頭を下げる息子を前に、カルロは少し考える素振りを見せたあと口を開いた。

「……事情はわかった。ならばぐずぐずしてはおれんな。出発するぞ」
「!?」

 これにアランは面食らった。

「何を呆けた顔をしている。クラウスとクリスを助けに行くと言っておるのだ。アラン、お前が先頭に立て。道案内は任せる」
「は、はい!」

 アランはすぐさま立ち上がり、先ほど出てきたばかりの森のほうに足を向けた。

   ◆◆◆

 父と合流したアランはクラウスとクリス将軍を救出するために森の道を引き返して行った。
 森に入ってすぐ、糸のように細い雨が降り始めたが、アラン達は歩みを止めなかった。天候は一向に良くならず、森は霧に包まれたようになっていた。
 そして中程に差し掛かった頃、部隊は足を止めた。
 正面から足音が聞こえてきたのである。しかしその数は少なく、ゆえにアラン達は警戒こそしていたが、身構えてはいなかった。
 しばらくして霧の向こうから現れたその者達の姿に、アランは思わず声を上げ、駆け寄った。

「クラウス! ディーノ! それにクリス将軍も! 良かった、無事で!」

 喜びをあらわにするアランに対し、クラウス達の反応は薄かった。
 クラウス達は疲弊し切っていた。アランに返事をする余裕すら無いほどに。血と泥に塗れた格好で武器を杖代わりにして歩くその様は、まるで亡霊のようであった。

 それでもクラウスはアランに対し薄い笑みを浮かべたあと、

「どうやら私は悪運だけは強いようです」

 彼にしては珍しい軽口を返した。

 安堵が彼らの体から力を抜いたのか、クラウス達はその場に座り込んだ。カルロが彼らの前に姿を現してもそれは変わらなかった。
 あのカルロを目の前にしているのは皆わかっていた。しかし今の彼らにはカルロに敬意を払う余裕すら残っていなかったのだ。
 そんな中、クリスだけは歩み出てカルロの前に跪いた。
 クリスは何も言わなかった。対するカルロもまた頭を垂れるクリスを見つめたまま黙っていた。
 静寂と緊張が支配する中、第一声を開いたのは意外にもディーノであった。

「あー、その、クリス様をあまり責めないでやってもらえませんか」

 声を上げながら立ち上がるディーノは皆の視線を集めた。ディーノはそれに一瞬とまどったように見えたが、そのまま言葉を続けた。

「俺は学が無いから上手く言えないんですが、その、強い奴と戦って負けるのは当たり前だと思うんです」

 周りの目を気にしながら喋っているためか、ディーノの口調はたどたどしかった。

「でも、武家の人達はみんな、同じ負けるにしてもどう負けるかにこだわりがあるように見えるんです。俺は奴隷からの成り上がりだから、そういうのはよくわかんないんですが。
 そんな俺が言っても信じてくれるかわからないんですが、ここにいる連中は全員、ぎりぎりまで気張ったんです。だからどうしたと言われればそれまでなんですが……」

 ディーノは自分の気持ちを上手く言葉にできないことにやきもきしていた。段々と弱くなる口調にそれが現れていた。

「すいません、でしゃばったわりに、結局自分でも何が言いたいのかよくわからない、です」

 謝るディーノを責める人間は誰もいなかった。この場にいる全員が、ディーノが何を言いたいのかわかっていたからだ。
 ディーノがその場に座り直した後、場には再び静寂と緊張が漂った。
 しばらくして、クリスがカルロに対し口を開いた。

「……敵の攻撃によって城は陥落しました。主である私はまんまと生き延び、こうして生き恥を晒しております」

 自虐的な発言であった。憔悴のあまり自棄的になっているように見えた。
 対するカルロはそんなクリスの発言を無視するかのように尋ねた。

「……少ないな、他の者達はどうした?」

 これにクリスは僅かに間を置いたあと答えた。

「これだけです。生き残ったのはこれで全員です」

 クリスの声は震えていた。

「カルロ将軍、一族の長としてこの無能な者に罰をお与えください」

 クリスは奇しくもアランと同じことを言った。
 頭をたれたまま静かに震えるクリスに対し、カルロは静かに歩み寄った。そして膝をついてその肩に手を置き、優しくしかし力強い口調で語り掛けた。

「……兄上は息子を強く育てたのだな。顔を上げよ。今のお前たちの姿を兄上はきっと誇りに思っているだろう」

 カルロはクリスに手を貸して立ち上がらせ、さらに言葉を続けた。

「今のお前達を罰するなぞどうしてできようか。そんなことをすれば、私は兄上に怒鳴られるであろう」

 そしてカルロは振りかえり、兵士たちに向かって声を上げた。

「荷負い馬から荷物を下ろせ! この者達を馬に乗せよ!」

 命ぜられた兵士達はすぐさま馬から荷を下ろした。下ろされた荷物は周囲の兵士達が分配して持ち合った。
 そしてクリス達は兵士達の先導に従い荷馬にまたがった。全員が馬に乗ったのを確認したカルロは部隊に向けて号令を発した。

「これより我等は敵に奪われた城の奪還に向かう! 全軍前進!」

 頼もしいその声に呼応するかのように、力強い軍靴の音が森に鳴り響き始めた。

   ◆◆◆

 一方その頃、クリスの城では略奪が行われていた。

「武具と食料、金目のものを一度ここに集めろ。あとで分配する」

 サイラスは兵士達にそう指示していたが、この命令は厳守されてはいなかった。この状況で高価な金品を目の前にして欲を抑えられる人間はそういない。
 そんな中、サイラスは城にある書庫を一人うろついていた。
 サイラスは適当な本を手に取り、ぱらぱらと流し読みしていた。そして気に入った本を見つけては麻袋に詰め込んでいった。
 サイラスとて金目のものに興味が無いわけではない。「金」が持つ力は十分に理解している。しかし今の彼には「金」よりも「知」を漁るほうが重要であった。
 そんなサイラスの静かな至福の時間は騒がしい呼び声によって妨げられた。

「大将! サイラスの大将!」
「騒々しいなフレディ、何があった」
「やっぱりここにいやしたか! 偵察兵が森のほうからこちらに向かってくる敵部隊を確認したようです!」
「誰の部隊だ? 数は?」
「霧のせいで視界が悪くてそこまでは……足音から予想するに5千くらいではないかと。それと先頭に立っていたのはアランのようです」

(遅れてきたクリス将軍への増援部隊か? それをアランが率いている?)

 サイラスはそう考えたが、何かが引っ掛かった。

(五千?……アランはこちらの戦力を知っているはずだ。なのにそれだけの数でこうも早く戻ってくるのは妙だ)

「どうします?」

 長く黙ったまま考え込むサイラスの姿に不安になったのか、フレディは急かすように尋ねた。どう戦うか? サイラスはそれを考えている最中であった。

(普通に考えれば奪ったこの城を使って戦うべきだ。……だが、アラン達が戻ってきたこの早さに『自信』を感じる。城を盾にする我々を正面から倒すことができるという『自信』を。 
 ……今は霧が出ていて視界が悪い。動きが見えないのは相手も同じだろうが、城の周りを囲まれると厄介だ。得体が知れない相手と戦うなら、攻撃や防御だけでなく、迅速な逃走も視野にいれるべきか)

 ようやく考えが形になったサイラスは、フレディに作戦を告げた。

「全軍に通達しろ。近づいてくる敵に対し、我々はこの城に篭らずに逆に打って出ると」

   ◆◆◆

 出陣したサイラス軍は城を背に、少し離れたところに布陣した。
 陣形は総大将であるサイラスを中央に、主力であるリックとジェイクを左右に置いた一列の形であったが、戦力の集中よりも機動力を重視するため、部隊の間隔はいつもより広くとられていた。
 周囲を覆っていた霧はますます濃くなっていた。その濃さは隣の部隊が見えなくなるほどであった。
 サイラスの作戦はシンプルであった。敵を目視したら主力であるリックとジェイクをぶつける。敵の戦力がこちらを凌駕するようであれば、城を放棄して即撤退するというものであった。
 布陣して間もなくして、霧の向こうから大勢の足音が響いてきた。
 霧がなければとうに目視できている距離だ。サイラス軍に緊張が広がっていった。
 その緊張を最初に破ったのはリックであった。

「見えたぞ! 迎撃しろ!」

 リックの眼前には霧の中にうっすらと浮かぶ人影が並んでいた。リックは声を上げながら大盾兵と並んで自ら前に出た。
 しかしその直後、突如目の前から迫ってきた炎に、リックは思わず後方に飛びのいた。炎を避けられなかった大盾兵達はなすすべもなく飲み込まれた。
 リックは反射的に声を上げた。確かめるまでもない。自分はこの凄まじい炎を既に知っている。

「カルロだ! すぐにサイラス将軍に伝えろ! 敵はあのカルロだ!」

 リックの言うことが本当であることはすぐに明らかになった。先の炎が霧を払ったからだ。
 この情報は動揺とともにすぐに広がっていった。これを聞いたサイラスは即座に号令を出した。

「何の準備もなく戦える相手では無い! 全軍撤退だ!」

 サイラスがそう言うと同時に、撤退の合図が戦場に鳴り響いた。
 皆が我先に逃げる中、リックはカルロの方に向いたまま動かなかった。

「私がカルロを食い止めている間に撤退しろ!」

 そう言ってリックは後退するどころか、逆に前に歩み出た。

「ほう、たった一人で、しかも片腕で私と戦う気か」

 その姿を見てどこか感心したような言葉を発するカルロに対し、傍にいたアランが口を開いた。

「父上、あの者は足で魔法を使います! お気をつけ下さい!」
「案ずるなアラン。あの者のことなら知っている。……全員後ろに下がっていろ。あの者の相手は私がする」
「?! ですが父上、協力したほうが……」

 アランは前に歩み出るカルロに付いていこうとした。ディーノもこれに続こうとしたが、二人の足はクラウスによって止められた。

「いけませんアラン様、ディーノ殿。下手に前に出ては巻き添えを食らいますぞ」

 カルロでは無く、アランとディーノの身を案じるその言葉に、二人は大人しく従った。

 対峙するカルロとリック、先に仕掛けたのはリックであった。
 リックはカルロに正面から仕掛けず、旋回するような動きを取った。
 リックの狙いは後ろにいるアラン達であった。乱戦に持ち込んでカルロの火力を封じる算段であった。
 これに対し、カルロはリックの足元に目掛けて炎を放った。
 リックは軌道修正して直撃を避けたが、地面に激突したカルロの炎は爆発したかのように周囲に拡散した。
 広がる熱波に押されたのか、リックの足は止まった。
 カルロの狙いはこれであった。カルロは動きを止めたリックに向かって連続で炎を放った。
 放たれた炎はリックの周辺に次々と着弾し、辺りはあっという間に火の海となった。
 足元がおぼつかない状態であってもリックは懸命にカルロの炎を避け続けたが、炎の中を飛び跳ねるその様はまるで炎にお手玉されているかのようであった。
 この時点で勝負はほぼ決していた。機動力を封じられたリックに成す術は無く、後はただなぶられるだけであった。
 しかしこのまま終わるリックでは無かった。意を決したリックは足に魔力を込め、カルロに向かって大きく跳躍した。
 炎の壁を乗り越えるほどに高く跳躍したリックは、そのまま勢いを乗せた光る蹴りをカルロに見舞うつもりであった。
 しかしこれを読んでいたカルロは既に迎撃の態勢を整えていた。
 カルロは上から襲い掛かってくるリックを十分に引き付けてから、魔力を込めた右腕を振り上げた。するとカルロの目の前に巨大な炎の柱が吹き上がった。

噴きあがる炎4

 リックは咄嗟に足に込めた魔力で防御魔法を展開してこれを受けたが、カルロの生んだ火柱はその防御を突破しリックの体を飲み込んだ。
 火柱はリックの体を焼きながら空高く押し上げた。火の粉を撒き散らしながら空を舞うリックの姿はどこか美しくすらあった。

「……すげえ」

 その様を見たディーノは少し呆けたような表情をしながらそうつぶやいた。
 しかしカルロの攻撃はこれで終わりではなかった。カルロはリックの墜落地点を読み、リックの体が地面に激突する瞬間を狙って炎を放った。
 いくら足で魔法を使えるリックとはいえ、空中で急な速度制御をすることはできない。高所からの墜落による衝撃とカルロの炎、リックはその両方をほぼ同時に受けることを迫られた。
 しかし今回は幸運の女神がリックに微笑んだ。地面への衝突と炎の直撃はほぼ同時であったが、リックの体が地面に到達するほうが僅かに早かった。
 リックはまず魔力を込めた両足で地面に接地した。しかし踏ん張ろうとはせず、そのまま膝を折り曲げ、落下の衝撃を吸収させた。
 しかしこれだけでは落下の衝撃を殺しきることはできなかった。そこでリックは体を捻り、地面に寝転がることで衝撃を体の各所に分散させた。
 直後、カルロの炎がリックを襲ったが、炎が迫る方向に足を向けていたことが幸いした。リックはすかさず足で防御魔法を展開してこれを受けた。
 受身を取るために脱力していたためか、リックの体はカルロの炎に押され、勢いよく真横に吹き飛んだ。
 リックの防御魔法はあっという間に突破され、その体は炎に包まれた。しかしリックは火だるまになりながらも目を見開いていた。
 リックは見開いた目で地面との距離を測っていた。そのままだと頭から地面に激突してしまうところであったが、リックは直前に地面に手をつき、そのまま前転して受身をとった。

(殺し損ねたか。今の攻撃は炎ではなく、光魔法にすべきだったか。しかしあれで死なないとは、敵ながらやる)

 受身をとるリックを見て、カルロは心の中でそう呟いた。
 体勢を立て直したリックは、カルロのほうに向き直ることはせず、そのまま一目散に逃げ出した。リックの体にはもう戦う力は残っていなかったからだ。

 カルロとリック、二人の戦いはカルロの勝利に終わった。
 振り返ってみれば、この戦いは一分ほどしか掛かっていなかった。精鋭魔道士であるリックといえど、一人ではカルロの力に及ぶはずもなかったのだ。

 リックを退けたカルロは突撃の号令を出し、サイラス達を追撃した。
 しかし霧が立ち込める中、城を放棄して全力で逃げるサイラス軍を捕まえることはできなかった。日が沈み始める頃には霧も晴れたが、これ以上の深追いは危険だと判断したカルロは追撃を中止した。

   ◆◆◆

 次の日、城を取り返したカルロはまず初めに死者を弔うことを命じた。
 それは腐敗による疫病の蔓延を防ぐことだけが理由では無かった。
 カルロは今回の戦いの死者達に最大限の敬意を払うことを命じた。

「お前たちが今こうして生きていられるのは、城に残って敵を食い止めてくれたこの者達のおかげなのだ。彼らのことをしっかりと胸に刻んでおけ」

 死者は火葬に付された。それはカルロ、クリス、アラン、三人の炎魔法によって行われた。

弔い

 クリスは燃える死者達を前に涙していた。カルロはその隣に並び、アランは一歩引いたところから二人の背中を見つめていた。
 そんな二人の姿に、アランは強く心を打たれていた。耐え忍ぶクリスとそれを理解し寄り添うカルロ、二人のその美しい姿に。

 アランは父の背を以前よりも大きく感じていた。
 強者とはかくあるべきだ、カルロのその姿を見てアランはそう思っていた。

   ◆◆◆

 その夜、アランとディーノは城の中庭に並んで腰を下ろしていた。
 二人とも黙っていた。つい先ほどまでは荒らされた城の有様を見て「ひどくやられたなあ」「これを元通りにするのは骨が折れそうだな」などと、適当に思いついたことを喋っていたのだが、話の種が尽きたあとはただ黙って座っているだけであった。
 そんな微妙な静寂を破ったのはディーノであった。

「……あれは、勝てねえなあ」
「え?」

 不意を突かれたアランは、ディーノが何の話をしているのかわからなかった。

「お前の親父さんのことだよ。昔二人で馬鹿な目標を立てたことがあったろ? 『カルロをぶっ倒そうぜ』って」

 アランは一瞬首を捻ったが、ディーノとそんなことを冗談まじりに話したあの日のことをすぐに思い出した。

「ああ、そういえばそんな事を言ったような気がするな」

 思えばあれが全ての始まりであったような気がした。

「あれに勝つのは無理だろ……」
「ああ、無理だな……」

 カルロの戦いを目にしたのは二人ともあれが初めてであった。そして理解したのだ。絶対に届かぬものがあるということに。あのような力を自分が手にいれることはありえないということに。
 ディーノは軽いため息をつきながらその場に仰向けに寝転がった。星空を仰ぎながらディーノは口を開いた。

「でもやっぱり憧れちまうな」

 独り言のように話すディーノに、アランは「ああ、そうだな」とだけ返した。
 ディーノは星空を見つめたまま言葉を続けた。

「上手く言えねえんだが……俺が魔法を使えるようになることはありえないって諦めがついてるんだ。でも、強くなれなくとも、ああいう風になれねえかなあって思っちまう」
「ディーノが言いたいことは何となくわかるよ。父上はただ強いだけじゃない、そう思う」
「そうだな、お前の親父さんはただ強いだけじゃねえ。でも俺にはそれが何なのか上手く言葉にできねえんだ。あれが貴族の気品ってやつなのか?」
「気品とは違うと思う……俺にもよくわからないが、クラウスもその何かを持っているような気がする。父上とクラウスはどこか似ていると感じるんだ」
「クラウスのおっさんがか? 俺はあの人と付き合いが浅いからよくわかんねえが……お前が言うならそうなのかもな」

 二人が尋ねるその何かとは「他者への理解」であった。
 カルロが城を奪われたクリスに対して示した情がこもった態度、あれはクリスがどんな状況に置かれ、どんな苦しみを抱えているかを知っていたからこそできたのである。その「理解」が「情」という形で表面にでてきたに過ぎないのだ。
 そして時に無茶な行動を取るアランを支えるクラウス、彼はアランへの「理解」が「忠誠」という形で現れており、長くクラウスと行動を共にしているアランはそれを感じ取っていた。
 この「他者を理解する力」とそれに伴う「品性」や「風格」を身につけるには、「経験」と、それにふさわしい「外聞」が必要である。今のアランとディーノがそれをすぐに得ようというのは無理があった。

 二人はこのわからない何かについて考え込んだが、しばらくしてあきらめたディーノが口を開いた。

「話は変わるんだけどよ、クリス様が俺を拾ってくれた理由がやっとわかったぜ」

 これを聞いたアランは、ディーノがどうしてそんなことを疑問に思っていたのかがわからなかった。

「? それは単純にお前が強いからじゃないのか?」

 理解を得られなかったディーノであったが、さして気にしていない様子でこう答えた。

「……今のお前にはわかんねえかもな。魔法使いが奴隷の力をあてにするなんてのは普通のことじゃねえんだよ」

 この言葉にアランは少しだけディーノとの間に壁を感じ、押し黙った。何も言葉を返さないアランを置いて、ディーノは再び口を開いた。

「余裕がねえんだ、クリス様には。奴隷を近くに置くことをなんとも思わなくなるくらいに」

 そう言ってディーノはそのまま言葉を続けた。

「クリス様だけじゃねえ。ここで戦っているやつらはみんなそうだ。いつも生きるか死ぬかだから、魔法使いだとか奴隷だとか、そんなもんを気にしてる余裕なんかねえんだ」

 そう言った後、ディーノは辺りを見渡すようなしぐさをしながら言葉を続けた。

「この城のまわりを見てみろよ。荒れた土地と廃墟しかねえ。昔はたくさん人が住んでたみてえだが、こんな激戦区じゃ逃げるのも無理ねえよ。ここの生活はそう悪くないって言ったけど、ありゃ嘘だ。たぶんお前の下にくっついてたほうがマシだったと思うぜ」

 ディーノのこの言葉に、ひとつ引っかかるものがあったアランは尋ねた。

「俺の下にって、それはどういうことだ?」

 これにディーノは少し気まずそうにしながら答えた。

「そのまんまの意味だよ。……今だから言えるんだがな、俺はお前を上手く利用しようって思ってたんだよ。貴族であるお前と一緒にいれば何かおいしい思いができるんじゃねえかなってな。戦いでお前を守ってればそれが評価されるんじゃないか、とかよく考えてたぜ」

 ディーノのこの告白にアランは別段驚きもせずこう答えた。

「逆の立場だったら俺も同じことを考えただろうな。ディーノは意外と現実を見ていたんだな、少し感心した」
「……幻滅されるよりもこたえたぞ。お前、俺のことをどう思ってたんだよ」

 アランは「何も考えずに戦ってるものだと思っていた」と言いそうになったが、なんとかこれを堪え黙っていた。

「しかし、それが今じゃクリス様に拾われて戦いの毎日だ。人生ってのはどうなるかわからねえもんだな」
「ああ、そうだな」

 人生はどうなるかわからない、この言葉にアランは素直に同意した。
 ここで会話は途切れ、二人の間に再び静寂が訪れた。もう話すことは無いだろうと判断したアランは口を開いた。

「……そろそろ寝よう。明日から城の修復作業が始まる。早めに体を休めておいたほうがいいだろう」

「そうだな」と言いながら立ち上がったディーノは、僅かな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「明日から土木作業かあ……俺、力仕事とか苦手なんだよなあ。特に石切りとか」
「お前が苦手なんだったら、この世に力仕事が得意だと言えるやつは存在しないと思うぞ」

 アランとディーノは冗談を飛ばしながらその場を去った。

 ディーノはカルロを指して「ああいう風になりたい」と言った。そしてそれはアランもまた同じであった。
 二人の道は再び交わったように見えた。しかし二人の道は似ていたが違うものであった。
 ディーノの歩もうとしている道は何も変わっていない。「武」を持って切り開き、「名誉」とともに歩む道である。
 ではアランは? アラン本人はディーノと同じ「武」と「名誉」の道を歩んでいるつもりであったが、その本質は違っていた。そしてそうさせているのはクラウスと偉大なる大魔道士の影響によるものであった。
 アランにとって「武」はこの戦乱の世を生き抜くための「杖」であった。彼が共に歩むもの、それは「名誉」ではなく人の道、後に「義」と呼ばれるものであった。

   ◆◆◆

 一方、そのカルロはクラウスを部屋に呼び出していた。

「クラウス、ずっと傍についていた御主に聞きたい。今のアランをどう思う? 正直に聞かせてくれ」

 カルロの前に跪いているクラウスは、頭を垂れたまま答えた。

「勇気があり、強い意志を持っております。ですが、まだ知らないことが多い上に、魔法使いとしては弱者、それらの欠点にこれからも苦しめられるでしょう。
 ですが、そんなことは大きな問題では無いと私は思っております。私が思うに、アラン様の最も良きところは、その勇気と意志を支える『精神』にあると見ております」

 クラウスのこの言葉に、カルロは笑みを浮かべながら口を開いた。

「ほう、『精神』とな」

 クラウスは小さな礼をしながらその意を述べた。

「大げさな言葉を用いたことをお許しください。確かにアラン様は歴史に名を残している賢者とは比べられるものではありませぬ。ですが、私はアラン様が持つ『精神』に可能性を感じております。
 優しく、気骨がある、それが私のアラン様に対しての印象でございます」

 そして、クラウスは深く一礼した後、部屋を出て行った。


 カルロは一人になってしばらく後、

「『精神』、か……」

 と、ぽつりと呟いた。

   ◆◆◆

 その後、クリスの城にはつかの間の平穏が訪れた。それはカルロがそのまま城に滞在したからであった。
 しかしこの間にも周辺の戦況は変化していった。カルロの元にはひっきりなしに使者が訪れ、そのほとんどは救援の要請であった。
 クリスとアランの事はとても気にかかる。しかし、いつまでもじっとしていることは出来なかった。
 そして、出発を明日に控えたカルロは、突然アランに稽古(けいこ)をつけると言い出したのであった。

   ◆◆◆

 城にある訓練場、そこでカルロとアランは対峙した。
 周辺には、二人を大きく囲むように人の輪が出来ていた。
 皆、この勝負を見物しに来た者達であった。

「アラン! しっかりやれ!」

 見物人の一人であるディーノがよくわからない声援を送る。アランは余裕が無いのか、これに何の反応も示さなかった。
 そして、見物人達の中にはクラウスの姿もあった。
 クラウスはこの戦いの結末の行方について思慮を重ねていた。
 これは戦いにはならない。だが一つだけ、たった一つだけアラン様に勝機がある。
 はたして、アラン様がそれに気づくことが出来るか――クラウスは固唾を呑んで戦いの様子を見守ることにした。
 対峙する二人は動かなかった。油断無く丸型の大盾と刀を構えるアランに対し、カルロはただ立っていただけであった。
 しばらくして、カルロの口からぽつりと漏れ出した、

「いつでもいいぞ」

 という台詞が、開始の合図となった。
 アランの足が地を蹴る。アランは大盾を正面に構えながら、真っ直ぐにカルロに突っ込んでいった。
 だが、カルロまで後数歩というところで、アランの体は大きく真後ろに吹き飛ばされた。

「立てアラン! とにかくなんとかして親父さんにくっつけ!」

 再びのディーノの声援。
 アランは声に反応するかのように立ち上がり、身構えた。
 そう、なんとかして接近しなくてはならない。遠距離戦で勝ち目は無い。だが、また正面から突っ込んでも同じ結果になるだけだろう。
 それではあの時と、以前|稽古《けいこ》をつけられたあの時と同じではないか。
 それじゃあ駄目だ。あの時とは違う、それを父に見せなくては。
 そう思ったアランは、カルロの周りを回るように、旋回移動を始めた。
 走りながら、カルロの側面、そして背後を狙って炎の鞭を次々と放つ。
 それらをカルロは防御魔法で受けるのでは無く、全て光弾で相殺した。
 そして、アランは幾度目かになる炎の鞭を放ったと同時に、カルロに向かって突進を開始した。
 アランの前を走る炎の鞭が光弾に撃墜される。炎は空中に散り、双方の視界を遮った。
 ここまでは予想通り。問題はこの次。このまま父の虚を突けるかどうか。
 両者の視界を遮っていた炎が晴れる。アランはカルロの目を見た。
 無情にもカルロの目ははっきりとアランを捉えていた。
 カルロがアランに向かって手をかざす。

「!」

 アランは咄嗟に体を右に傾けた。右に進路を変える、傍目にはそう見えた。
 カルロはアランの移動先を予測し、アランから見て右手前に光弾を放った。
 その直後、アランは右に傾いていた体勢を元に戻した。
 アランの真横を光弾が通り抜ける。体の動きを利用した騙し技であった。

「上手い!」

 ディーノが声を上げながら拳を握り締める。
 行け! と、アランの背中を押すように心の中で叫ぶ。もうアランはカルロを剣の間合いに捕らえている。
 アランが刀を一閃する。その狙いは足。
 この時アランは、このまま父の足を斬っていいのだろうか? 寸止めすればいいか、などと考えていた。
 その考えが甘すぎたことは次の瞬間に明らかになった。
 ぱん、という乾いた音と共に、刀を握るアランの手に激痛が走る。その痛みと衝撃にアランは手を止めた。
 アランの手を止めたものの正体は、カルロが放った小さな光弾であった。
 完全に読まれていた。剣士が魔法使いの虚を突いて足を狙うのはお約束のようなものであった。

(ならば、胴を――)

 狙いを変え、手首を返し、刀を振りぬく――
 だがその瞬間、刀を握るアランの手に、ぱん、と、またも光弾が炸裂した。
 だが、それはやはりそれほど威力のある光弾では無く、乾いた音を立てながらアランの手を弾いただけにとどまった。

(袈裟斬(けさぎ)り――)

 狙いを変えてもう一度。刀を振り上げ――

 ぱん。

(逆水平――)

 ぱん。

 何度やっても同じだった。カルロはアランの攻撃の出掛かりを的確に潰していた。しかもアランの指が折れないように手加減をして。

「マジかよ! アランの手筋を完全に読み切ってやがる!」

 ディーノは驚きを隠せなかった。甘かった。接近さえ出来れば勝機が見えるかもしれない、魔法使いだから剣には慣れていないだろう、そんな考えはあまりに甘すぎた。
 直後、これまでのものより強い光弾がアランの腹に叩き込まれた。

「……っ!」

 何かを口からぶちまけそうな感覚を堪えながら数歩後ろによろめく。
 そこに、とどめと言わんばかりの光弾がアランの胸板に炸裂した。
 後ろに吹き飛び、仰向けに倒れる。
 そして、アランは動かなくなった。

(これで終わりか。……少しは腕を磨いたようだが、所詮(しょせん)はこの程度か)

 カルロはがっかりした表情を浮かべながら、踵(きびす)を返した。


 アランは少しずつ遠ざかる父の足音を耳にしながら、あがいていた。

(息が出来ない――)

 立ち上がらなくては。父が行ってしまう。
 これに理性が反撃する。
 立ってどうなる? 勝ち目なんて全く見えない。
 ……でも、それでも、立たなくてはいけない、そんな気がする。
 この言葉に、理性は押し黙った。

 自分は全部を出し切ったのだろうか?
 いや、まだあるじゃないか。一つだけ。
 これを見せる前に、終わっていいのだろうか?

 目を見開く。

(否! 断じて、否!)

 心の中で叫んだと同時に、アランの体は飛び起きていた。

(そうです! アラン様! それが正解!)

 その姿を見て、クラウスも心の中で叫んだ。
 そう、唯一の勝機、それはカルロが油断したその瞬間――


 父の背中に向かって走り出す。

「!」

 足音に父が振り返る。

「雄々々々っ(おおおおっ)!」

 肺に残った最後の空気を吐き出しながら裂帛(れっぱく)の気合を体に宿す。もう満足に呼吸が出来ていない、どちらにしろこれが最後の一撃になる。
 盾を固定している右腕のベルトを刀で斬り、投げ捨てる。今から放つ一撃にこれは邪魔だ。
 柄(つか)の底に右手を押し当て、魔力を込める。
 発光する刀身。同じく、カルロも右手を発光させる。
 そしてアランは刀を、カルロは右手を突き出した。
 カルロの放った光弾とアランの光る剣がぶつかり合う。

「!」

 この時、カルロは間違いなく驚きを顔に表した。
 光る剣は光弾を切り裂いた。カルロの目からはそう見えた。
 そして、光弾を突破した刀の切っ先がカルロの手に触れ――

 次の瞬間、アランの体は真後ろに吹き飛んでいた。
 光弾を切り裂いたとはいえ威力を完全に殺したわけでは無い。アランの体を飛ばすくらいならば衝撃の余波だけで十分であった。

「アラン!」

 ディーノが駆け寄る。もう明らかに決着はついた。

「しっかりしろ! アラン!」

 ディーノがアランの体を揺さぶる。アランは気絶しているらしく、反応は無かった。
 アランの周りに人が集まる。カルロはそれを一瞥した後、その場から去っていった。

   ◆◆◆

「カルロ様、御手当てを」

 カルロの後を追ってきたクラウスは、開口一番にそう言った。
 対し、カルロは自身の右手の平を見つめながらこう言った。

「いや、このままでいい。しばらくはこのままにしておきたい」

 その手には赤い線が一筋走っていた。

「クラウス、あいつは私に傷をつけたぞ」
「はい」
「大した力を持っていない弱いあいつがだ……ふふ、はは、はははははははっ!」

 カルロは大きく笑った後、言葉を続けた。

「初めてだ……あいつが私に傷をつけたのは。アンナでもまだだというのに……」

 カルロは再び笑みを顔に貼り付け、口を開いた。

「こんなに嬉しいことは滅多に無い。あいつは確かに武人になっていた、武人の『精神』を宿していたぞ、クラウス」
「ええ、私もしかとこの目で拝見させていただきました」
「これから祝杯を挙げるぞ。付き合え、クラウス」
「はい。私もそうしたい気分でした」

 子の成長を喜ぶ父親の祝宴は、その後ひっそりと行われた。

   ◆◆◆

 その夜、アランはカルロに呼び出された。
 父がいる客室の前に立つ。
 少し緊張した面持ちのアランは、意を決しそのドアをノックしようとした。
 その時、アランが今まさにその手を振ろうとした瞬間、ドアの向こうから聞こえてきた父の声がアランの手を止めた。

「アランか? 入れ」

 足音で気付かれていたのだろう、アランは出鼻を挫(くじ)かれたような気持ちでドアを開けた。

「そこに座れ」

 言われたとおり腰を下ろしたアランに、妙な質問が浴びせられた。

「アラン、歳は幾つになった?」
「二十二になりました」
「……貴族ならば既に結婚していてもおかしくない歳だな」

 結婚、その言葉にアランは身を強張らせた。

「……実は、王から縁談の話が来ている。実の娘の一人をお前と結婚させたいそうだ」
「……」

 黙ったままの息子に対し、カルロは静かに口を開いた。

「……アラン、お前のその我侭を力ずくで止めようとは今は思っておらぬ。だが、一つ約束せよ。」

 これにアランが頷くのを見てから、カルロは言葉を続けた。

「もし私かアンナ、どちらかの身に何かあったら、お前はすぐに城に帰り子を作るのだ」

 これにアランは頷きを返さなかった。アランは黙って父の次の言葉を待った。

「はっきり言えば、現在の戦況は不利だ。しかも敵の戦力はいまだ底が見えぬ。そして私とアンナは前線から離れることはできん。アンナは確かに強いが、どこか危うい。いつ命を落とすとも限らぬ」

 アランは父の言葉を真剣に聞いていた。語る父の目はこれまで見たこと無いものだったからだ。力強く厳しいが、どこか優しい、そんな目であった。

「我が一族の血を絶やしてはならぬ。誰かが子を残さねばならんのだ」

 カルロはアランの目をじっと見つめながら口を開いた。

「よいな、アラン?」

 念を押してくる父に、アランは礼をしながら返事を返した。

   ◆◆◆

 次の日、カルロは僅かな兵だけを連れて城をあとにし、救援の要請があった場所へ向かった。
 クリスの城を意識しているためか、カルロはあまり遠くに出ることは無かったが、それでも城中の者達はカルロがいない間どのように敵の攻撃を凌(しの)ぐかと悩み、怯えていた。
 幸いにもカルロが留守の間、この城が攻撃されることは無かった。敵がカルロのことを警戒しすぎていたのもあるが、理由はそれだけでは無かった。
 まず負傷したリックが治療のために帰還したこと、そしてなによりも大きいのはサイラスがその場を離れたことであった。
 サイラスはジェイクに自身の兵と指揮権を預け、

「今後のことを上層部に相談しに行く」

 と、言い残して戦場から立ち去っていた。

 残されたジェイクはクリスの城を攻撃するか悩んだが、カルロを警戒し、結局動くことは無かった。
 そんな悩むジェイクに対しサイラスの方はと言うと、ジェイクが何をしようと正直どうでも良いと考えていた。

 サイラスは既にこの戦いに興味を無くしていた。その目はまったく別のところを、未来を見つめていた。

   第十三話 苦しむ者と飼われる者 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:稲田 新太郎
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