シヴァリー 第十一話

偉大なる者の末裔4

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  偉大なる者の末裔

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 リリィの母、ソフィアが死んでから二月の時間が流れた。
 昼下がりの訓練場、そこにアランとクラウスの姿があった。
 アランは魔法制御の訓練を行っていた。傍にいるクラウスはそれを見守っているだけであった。
 アランがいま行っている訓練は、かつて父であるカルロから教えられた訓練法であった。
 アランは意識を左手の人差し指に集中し、その指先から炎を噴出させた。
 そしてアランは自身の左手に走る魔力に意識を向け、指先にある炎を徐々に細く、そして小さくしていった。
 炎は蝋燭の火ほどの大きさからそれ以上小さくならなくなった。今のアランではここまでが精一杯であった。
 炎はアランの指先で揺れ、激しく明滅を繰りかした。
 蝋燭ほどの大きさの炎が明滅している――それはアランの指先から放出されている魔法が炎魔法と光魔法の混ざりものである証拠であった。
 傍にいるクラウスはその先を――アランの指先から放出される魔法が光魔法に固定されることを期待しながら見守っていた。
 しかししばらくして、アランの指先の炎は突然消滅してしまった。これは風が吹いたからとかではなく、アランが魔力の制御を誤っただけであった。

「くそっ」

 小さく悪態を吐いたアランは、クラウスから「もう一度」と催促されるよりも早く、訓練の続きを始めた。
 このような訓練を行いながら、アランは自身の才能の無さを自覚していた。
 この訓練をやるようになってからどれほどの時間が経っただろうか? こうも覚えが悪い人間はそういないだろう。
 そして、何度目かの失敗の後、アランは口を開いた。

「クラウス、俺みたいな半端者でも、いつの日か何かを手に入れることが出来るだろうか」

 突然の問い。クラウスは何も言うことはできなかった。

「俺の右手は指が自由に動かせなくなっただけでなく、魔力が走る感覚もわからなくなった」

 アランは自身の右手を恨めしそうに見つめながら言葉を続けた。

「そして、愛した人も俺の前からいなくなった」

 アランは視線をクラウスの方に戻した。その目は間違いなくクラウスを見ていたが、どこか遠いところを見ているようであった。

「クラウス、そんな情けない俺でも、何かを掴める日は来るのだろうか」

 再びの問い。他人が答えを出せるものでは無い。しかし、クラウスは次のように答えた。

「アラン様、それは多くの者が持っている悩みです。才能や幸運を持たざる者が持つ悩みです。その悩みを振り払うため、結果を残すために、皆努力します」

 それは当たり前のことだ。クラウスは言葉を続けた。

「ですが、何を努力すべきかというのは、誰にもわかりませぬ。そして、人が努力を始めるきっかけはとてもおぼろげなものばかりです。それが好きな者、その道で小さな成功を収めたことがある者、努力することを強制された者など様々ですが、それが正解であると言い切れる者はおりませぬ」

 ならばどうすればいいのか。クラウスはこう続けた。

「アラン様がそのような悩みを持つことは仕方の無いことです。そして、その悩みは深く考えすぎてはいけないものですが、捨ててもならないものです」

 クラウスはここで一息置き、力強い顔つきをしながら再び口を開いた。

「悩むとは、己と向き合うことに似ています。それは鏡のようですが像ははっきりとせず、おぼろげなものです。ですが、そのおぼろげなものが時に骨のような芯となって人を支えることがあるのです」

 そして、クラウスは次のように言葉を締めくくった。

「アラン様、努力することをやめてはなりませぬ。悩みながら、苦しみながら努力し続けるしか無いのです」

 答えが無い事が答えである。クラウスの言葉をアランはそう受け取った。

「……確かに、クラウスの言う通りかもしれない。今の俺には、訓練を続けるか、不貞腐れて寝るかの二つくらいしか選択肢が無い。それなら、俺は訓練を続けることを選びたい」

 アランの中にはっきりとしたものは生まれなかった。しかし、アランはそれが自然であると受け入れていた。

 アランは己の弱さ、才能の無さを呪っていた。
 しかし、アランが光魔法を習得するその時は着実に迫っていた。
 後は何かのきっかけさえあれば身につけることができる、アランの修練はその領域まで辿り着いていた。

   ◆◆◆

 その頃、戦場に向かったアンナは凄まじい活躍をしていた。
 アンナは父と共に平原を取り戻すために戦っていた。カルロの圧倒的な炎と比べれば地味と言えたが、アンナの戦い方には華があった。
 アンナは魔法剣で戦うようになっていた。それはアランと同じ「炎の鞭」であった。
 しかし、アンナの魔法剣を「鞭」と呼ぶのは適切では無かった。その炎の太さは木の幹ほどもあり、威力もアランのものとは比べ物にならなかった。
 欠点はあまり射程が無いことだ。炎の鞭は光魔法を軸に、炎魔法を纏わせたものであるが、アンナの剣は刀では無い為、剣から放出できる光魔法はそれほど強力なものでは無かった。ゆえに放たれる炎の斬撃は芯が弱く、すぐに霧散してしまっていた。
 だが、この欠点はアンナにはあまり問題にならなかった。遠距離においては普通に炎魔法だけで戦えたからだ。アンナは中距離戦でのみ魔法剣を使った。

 そうして、アンナはいつしか「炎の剣士」と呼ばれるようになっていた。

   ◆◆◆

 一方、敵将であるサイラスは戦場へ向かっていた。
 教会での用事を済ませたサイラスは、上層部からクリスが守る北の地の侵攻を命じられていた。
 そしてサイラスの隣には、並び歩く別の将の姿があった。

 まだ二十半ばに見える若い将。その者は目立っていた。
 サイラスの隣に並んでいるからでは無い。その者の格好は独特であった。
 魔法使いはゆったりとした服装を好む。動きを悟られづらくするためだ。だが、彼の格好は真逆であった。
 動きやすさのみを重視した服装。余裕の無いぴっちりとした襟に、それを支える腰帯。胸元からは鎖帷子が覗いている。
 そして何よりも目を引くのがその体躯。巨漢では無く、体の線は太いとは言えない。だが、彼の体は引き絞った針金のようであり、その鍛え上げられた筋肉は服装の上からでも見て取ることができた。

 その将に、サイラスは声を掛けた。
「どうしたリック将軍? 緊張しているのか?」

 リックと呼ばれた男は、頷きを返した。

「恥ずかしながら、その通りです。久しぶりの戦いなので、上手く動けるかどうか……心配しております」

 これにサイラスは薄い笑みを浮かべながら口を開いた。

「そんなに力む必要は無い。今度の戦いは敵に大きな援軍でも来ない限り、こちらが負けることはまずないからな」

 次の戦いは楽勝であるというサイラスに、リックは尋ねた。

「ですが、我等の相手となるクリスとやらは、あのジェイク将軍の攻撃を耐え続けていると聞いています。クリスはかなり有能な将なのでは?」

 リックの問いに、サイラスは頷きを返しながら答えた。

「クリスは確かに有能だ。だが、ジェイクが手こずっているのは、南からクリスへの援軍が頻繁に送られて来ているせいだ。苦戦しているわけでは無い」

 相手は数の優位を生かして粘っているだけ、サイラスの言葉は真実であったが、リックがまだ緊張した様子であったため、もう一度声を掛けた。
 
「リック将軍、貴殿は初陣でカルロの兄を倒し、続いて参加したカルロ討伐作戦においては相打ちという結果を残したのだ。これは自信を持って当然と言える成果だ。だから胸を張れ。将がそんなに固くなっていては、兵達も緊張してしまうぞ」

 サイラスの励ましにリックは口元を緩めたが、結局緊張を解くことは無かった。

   ◆◆◆

 ジェイクと合流したサイラスは、早速クリスと一戦交えた。
 それはサイラスの圧勝であった。サイラスが何か奇策を用いたわけではない。サイラスは正面からクリス達を押し切った。
 ジェイク一人でも問題無かったというのに、そこにリックという精鋭が追加されたのである。当然と言える結果であった。
 クリスはディーノをリックにぶつけたが、その勝負はディーノの敗北に終わっていた。リックの戦い方は常識外れであり、ディーノであってもその戦い方に即座に対応することはできなかった。
 クリスはやむを得ず城に立てこもった。亀の様に動かないクリスに対し、サイラスは城攻めの準備を進めた。
 そして、クリスとディーノ達が窮地に追い込まれているという情報は、アランの耳にも届いたのであった。

   ◆◆◆

 ディーノの危機を聞いたアランは迷っていた。
 親友が危険に晒されているのである、そこから生まれる感情に従うなら行くべきであろう。しかしアランの理性はそれに反対していた。
 アランの理性の言い分はこうだ。勝手な行動をするべきではない。弱い自分一人が行ったところで何になる? 運が悪ければ無駄死にするだけだ。軍を指揮する権限も無く、私兵と呼べるのはクラウスしかいない。
 アランは刀を置いた机に座り、その刀身を眺めながら考えにふけっていた。ここで友のために立つか否かという選択は、アランにとって武の道を捨てるか否かに等しかった。
 アランはこの時、ふと、ある言葉を思い出した。

「大切なのは何を考え、何を成すか……」

 その言葉は自然とアランの口をついて出た。
 アランは目の前に横たわる刀を見つめながら、自分が成したい事について考えを巡らせていった。

   ◆◆◆

 その日の夜――

 クラウスとの訓練を終えたアランは彼を呼び止め、こう言った。

「クラウス、俺は北に行こうと思う」
「北に、ですか? それはクリス将軍とディーノ殿の救援に向かうということでしょうか?」
「ああ」
「……善きお考えだと思いますが、正直なところ素直に賛成はできませぬ。
 クリス将軍が戦っている相手はかなりの猛者で御座います。いくらアラン様のご友人であるディーノ殿のためとはいえ、あまりにも危険すぎるように思えます」

 反対の意思を示すクラウスに対し、アランは理由を語り始めた。

「……俺が北に行きたいと思ったのはディーノを助けたいという理由だけじゃないんだ。それよりも強い気持ちと衝動が別にあるんだ」

 アランの口調はゆっくりとしたものであった。言葉を選びながら喋っているのが感じとれたが、アランの表情に嘘は見られなかった。

「俺はこれまでの人生で本当に欲しいと思ったものを手に入れたことは一つも無い。いくら欲しいと手を伸ばせども、それらは指の間からこぼれる水のように俺の手をすりぬけていった。
 リリィもその一つだ。リリィのことを父に話すことができなかったのは、単純に俺に勇気が無かったからだ。そしてその勇気を支える力も俺には無かった。俺に奴隷と貴族のしがらみを無視できる力があれば、もっと早くリリィをこの腕の中に抱いていれば、きっとこんなことにはならなかった」

 アランの口調は徐々に力強くなっていた。

「クラウス、俺は強い力が欲しいと思うようになった。単純な魔法力のことじゃない。それは俺が望んでもきっと手に入らない。俺は社会的な力が欲しくなった。名誉、地位、権力、なんでもいい。そしてそれを手に入れるには、父に頼っていては駄目だと思うようになった。
 俺が北に向かおうと思っているのはそこに試練があるからなんだ。友の危機を救うこと、強く名のある敵と戦うこと、それはきっとその行為自体に名誉がある、俺はそう思っている」

 そして最後にアランははっきりとした口調でこう言った。

「クラウス、俺は自立したいのだ。カルロの息子としてでは無く、一人の男として名を上げたいのだ」

 カルロの息子である時点で、アランはこの社会の強者であると言える。しかしアランはその加護を自ら捨てようとしていた。リリィを失い、精神的なよりどころを無くしたことが、アランをこのように変えていた。

「アラン様、とても良い考えだと思います」

 クラウスはアランに賞賛を送り、さらに言葉を続けた。

「アラン様が初めて戦におもむいたとき、私があなたの兵として同行したのは、カルロ様の悲しむ姿を見たくないという理由だけでした。
 失礼ですが、当時のアラン様はとても弱かった。誰かが守らねばすぐに死んでしまうであろうと思い、あなたの部隊に紛れ込んだのです。アラン様が武の世界から離れれば、私もあなたから離れるつもりでした」

 クラウスのこの告白はアランに悪印象を抱かせかねないものだ。こんなことを白状する必要性はどこにも無い。しかしこれがクラウスなりの「忠心」の示し方であった。不器用であると言えるかもしれない。

「今なら言うことができます。あなたにお仕えして良かったと」

 クラウスはもう一度アランに賞賛の言葉を送り、

「ですが、クリス将軍とディーノ殿が戦っている相手は、かなりの猛者で御座います。戦いというものはいつも非情なもの。いくら素晴らしい精神を持っていようとも、弱ければ死ぬ世界です。アラン様、覚悟だけはしておいて下さい」

 同時に覚悟を持つことを要求した。

 クラウスに「自立」という言葉を述べたアラン。しかしそれだけがアランを武の道に駆り立てているわけではなかった。
 アランは剣の道を諦め切れなかった。アランも人間である。剣の修行に費やした時間と思い入れを簡単に捨てることはできなかったのだ。

 この日を境にアランとクラウスの結束はより固いものとなった。クラウスがアランのことを真に主と認めたのはこの日からなのかもしれない。

   ◆◆◆

 次の日の朝、アランは城の門前でクラウスを待っていた。

(……遅いな)

 アランが待ちくたびれていると、兵舎の方から大勢の足音が近づいてくるのが聞こえた。
 アランがそちらに目を向けると、そこには兵士達を連れたクラウスの姿があった。

重装歩兵

「お待たせしました。アラン様」
「……その兵士達は一体どうしたんだ」
「アラン様があくまで武家の嫡男として振舞おうとするのであれば、その時はこの兵を自由に使って良いと、カルロ様から言いつけられております」

 その数は五百程であった。
 自分は父に見放されたわけでは無かった、そのことに気づいたアランの胸中は父への感謝の念で埋まっていた。

「ではアラン様、早速この部隊の長として命令をお出し下さい」
「……わかった、では――」

 アランは大きく息を吸い込み、部隊に号令を下した。

「それでは、これより我が隊は北の地にいるクリス将軍の救援に向かう!」

 これに兵士達は力強い気勢で答え、それを合図として部隊は前進を始めた。

 こうしてアランは「社会の強者」というサイラスと同じ目標を胸に抱き、戦いの待つ北の地へと出発した。
 サイラスとアラン、両者とも力を欲していたが、それを支えるものは全く違っていた。
 サイラスを支えているものが「野心」なのに対し、アランを支え動かしていたのは「自立の精神」であった。

   ◆◆◆

 出発してからほどなくして、クラウスがアランに話しかけてきた。

「アラン様、今のうちにこれから我らが戦う相手のことをお教えしておきます」

 頷くアランに、クラウスは言葉を続けた。

「クリス将軍とディーノ殿が戦っている敵将、その名をリックと申しますが、この者は皆が知っているあの『偉大なる大魔道士』の血を引く者なのです」

『偉大なる大魔道士』という部分にアランは強く反応した。

「この一族はかつてその強大な力で世に君臨していましたが、最近は血が弱くなったのか、戦いには姿を見せなくなっておりました。
 久しぶりに戦いに姿を見せた一族の者、リックは魔法力こそ決して強いとは言えませんが、『偉大なる大魔道士』が有していたある特徴をしっかりと受け継いでおります」

「特徴? それはなんだ?」

 興味深そうに尋ねるアランに、クラウスはその『特徴』をゆっくりと話し始めた――

   ◆◆◆

 アランが出発してからおよそ二週間後、サイラスは隊長格の人間を集めて軍議を開いた。
 軍議と言っても、次の行動は暗黙の了解のように決まっていたらしく、結論はすぐに出た。
 それはクリス将軍に降伏を勧める使者を送るというものだった。
 しかしこれに若き将、リックが反発した。

「サイラス将軍、何故降伏勧告なのですか? 我々は敵を圧倒しています。何故戦わないのですか?」

「……今この地を奪取しても、長い目で見ればそれほど意味は無いからだ」

 この回答にわからないという顔をするリックを見て、サイラスは言葉を続けた。

「……意味が無いと言った理由は、いずれはカルロによってこの地を奪われてしまうからだ」

 カルロの名が出たが、リックにはまだサイラスの言わんとしていることが掴みかねている様子であった。

「長く戦っている古参の人間なら皆知っていることだが、敵国はカルロ一人の力で戦線を支えているようなものなのだ」
「カルロ一人でとはどういうことなのですか?」
「言葉通りの意味だ。カルロがいなければこの戦争はとうの昔に我等の勝利で終わっていただろう。いい機会だ。今後のことも含めてこの戦争がどういうものなのか説明してやろう」

 サイラスのこの言葉にリックだけでなくジェイクも反応した。彼もまたリックと同様に若い将である。今の戦争がどういうものなのか興味があった。

「現在、平原の地はカルロによってほぼ制圧されたようだ。だが、おそらく平原の侵攻に当たっている我が軍はまともな戦闘など行っていない。せいぜい遠距離から適当に弓を撃つくらいだろう。
 正面からまともにカルロとぶつかっても勝ち目は薄い。それは奴と戦った貴殿自身がよく知っているはずだ」

 この言葉にリックは黙って頷いた。

「平原を制圧したカルロは次にこの北の地に来る。場所が変わったところで我々に何かできるわけではない。カルロを止めることはやはり難しく、この北の地も明け渡すことになるだろう」

 それではどうしようもないではないですか、とリックは口に出しそうになったが、続くサイラスの言葉がそれを遮った。

「しかし、カルロがこの北の地を攻めている間に、我々は平原を攻撃する。するとカルロが平原に戻ってくる。そしてこちらはまた北の地を攻める」

 ここまで言われてリックはようやく理解した。

「カルロは戦線を右往左往し、維持に奔走することになる。前の戦いで両国の戦線が膠着状態になっていたのはこのためだ」

 理解したと見えるリックの顔を見たサイラスは、彼に慰めの言葉をかけた。

「……リック将軍、貴殿の気持ちはよくわかる。戦いで功を立てることは武人の名誉だからな。だが血を流さずに城を奪えるならそうすべきなのだ」

 この言葉に少し残念そうな表情を浮かべたリックに対し、サイラスは助け舟を出した。

「……そう落ち込むなリック将軍。安心しろ、あのクリス将軍は降伏などしない。あれはそういう男だ。まず間違いなく戦いになる。使者を送るのはただの儀式のようなものだ」

 サイラスはここで一度言葉を切り、一呼吸置いた後、「それに――」と言葉を続けた。

「例えカルロが前線を押し上げたとしても、以前のような膠着状態にはならないと自分は予想している」
「それはどうしてですか?」
「単純に敵国が消耗しているからだ。前回の戦争で我等は敵を圧倒し、首都の目前まで迫ることに成功した。その過程で我々は多くの町や畑を破壊している。以前と同じようには戦えないだろう」

 サイラスのこの予想は当たっていた。
 読者の中にはアランの国が消耗しているという事実にピンとこない方もいるであろう。しかしそれは、この物語がディーノなどの一部の強者の活躍に焦点が置かれて描かれているからである。
 クリスのことを思い出して欲しい。前回も今回も窮地に立たされている。クリスのことを弱者だと思っている読者は多いであろう。しかし彼は良く戦っていると褒められるべき将なのである。

 そしてサイラスはリックから視線を外し、場に集まっている皆に対して声を上げた。

「使者が戻ってきたらすぐに出陣する。各自準備しておいてくれ」

 この言葉に皆は黙って頷きを返し、それぞれ席を立っていった。

   ◆◆◆

 翌日、サイラスが予言したとおり使者は突き帰された。
 サイラス達は進軍し、クリス達が篭る城の前に陣を張った。そしてサイラス達はクリス達にとって重要な補給線である谷間の道を塞ぎにかかった。
 当然これをクリスが黙って見過ごすはずが無い。両軍は再び戦うことになった。

 二週間後、クリス達とサイラス達は開けた場所でぶつかりあった。

(敗戦がこたえているようだな。クリス達の攻撃に勢いが無い)

 戦いが始まってすぐに、サイラスはクリス達の戦意の衰えを感じ取った。
 しかしそんな中、一人奮闘する男がいた。ディーノである。ディーノは槍斧と大盾を構えてリックと対峙していた。
 先に仕掛けたのはリックであった。リックは光弾をディーノの顔面に向かって放った。
 対するディーノはこの光弾を大盾で受けずに、体さばきだけで避けた。
 この光弾を受けてはならない。これは目くらまし目的の牽制、受けるべきは次の攻撃であることをディーノは理解していた。
 光弾を避けたディーノの眼前には既にリックの姿が迫っていた。リックの踏み込みの速度は普通の人間のそれを遥かに凌駕していた。
 一足でディーノの目の前まで接近したリックは、ディーノの顔面に向けて拳を突き出した。
 ただの拳ではない。その手は光魔法に包まれていた。リック、彼は光魔法と体術を組み合わせた独特の戦闘術を用いていた。
 しかしそれだけならディーノにとって特に脅威ではない。リックの真価は別のところにあり、またそれが「偉大なる大魔道士」の血を引く証明でもあった。
 ディーノは突き出されたリックの拳を大盾で受け止めた。瞬間、その攻撃の軽さにディーノの脳は警鐘を鳴らした。

(軽い! これも牽制! 本命は次か!)

 ディーノがリックの狙いを読んだのとほぼ同時に、目の前のリックはその場で旋回を始め、ディーノに背を向けた。
 背を向けた姿勢であってもリックの視線は肩越しにディーノのほうへ向けられていた。ディーノはその視線から次の攻撃を読んだ。 

(裏拳? いや、蹴りか!)

 回転の勢いを乗せた攻撃は脅威だが、動きが大きいため読まれやすい。事実、ディーノの読みは当たっていた。

回し蹴り

 リックが回転の勢いを乗せて放った「光る回し蹴り」をディーノは盾で受けず、後ろに下がりながら体をのけ反らせることで回避した。
 光る蹴り、その言葉が示すとおり、リックは足でも魔法を使える特殊能力者であった。かの「偉大なる大魔道士」もまた同様に、この特殊性を備えていたことが文献に記されており、先の異常な踏み込み速度もこの能力から生み出されたものであった。

(かわされたか。盾ごとその腕を砕いてやるつもりだったのだが、勘がいいな)

 本命を回避されたリックは、攻撃後の隙をディーノに晒しながらもそんなことを考える余裕があった。
 そしてこの機を反撃の好機と見たディーノは、槍斧を握り締め、豪快な一撃をリックに向かって放った。
 しかしその一撃は虚しく空を切った。リックはディーノに接近した時と同じ要領で素早く後退していた。
 ディーノにとってリックはやりづらい相手であった。ディーノの攻撃は速さ威力ともに申し分ないが、小回りが利かないため、リックのような機動力のある相手には容易に接近を許してしまっていた。

(まいったな、やはり俺一人でこいつの相手をするのは厳しい)

 珍しくディーノの思考は弱気な考えで埋まっていた。そしてその解決策を見出すことも出来ずにいた。
 以前はクリス将軍も協力してリックに当たってくれていたのだが、現在クリス将軍はジェイクの相手で精一杯という感じであった。
 そんなクリス将軍とディーノ達の戦いを高所から眺める者達がいた。アラン達である。
 ここに来るまでに谷間の道が敵に塞がれそうになっていることを聞いたアラン達は、谷間の道を通らずに谷を上り、そのまま山伝いに進軍して来ていた。
 そして今、アラン達は駆け下りることが出来そうな比較的なだらかな崖を前に、隊列を組んで整列していた。
 先頭に立っていたアランは刀を真上に掲げ部隊に号令を発した。

「これより我々は敵の側面を突く! 全員突撃!」

 号令を受けた部隊は気勢を上げながら崖を駆け下りていった。これに真っ先に気がついたのはサイラスであった。

「敵の増援か。……先頭に立っているのはアランか? 大した数では無いがこのままだと側面を突かれるな」

 サイラスは剣を掲げ味方に指示を出した。

「我が隊はこれより敵増援を迎え撃つ! 前列部隊の盾となるように防御陣形を組め!」

 後列にいたサイラス隊はアラン達の進軍を阻むように移動した。結果、サイラス隊は前列部隊の側面に並ぶことになり、湾曲した一列陣形のような隊形になった。
 サイラス隊は突撃してくるアラン達に向けて矢と光弾を浴びせたが、アラン達の勢いは止まらず、両隊は激しくぶつかりあった。
 サイラス隊の前衛に配置された大盾兵達はアラン達の体当たりとも言える突撃を受け止めたが、押し返すまでには至らなかった。
 先頭のアランは大盾兵を踏み越え、敵陣の奥に切り込んでいった。他の者もそれに続き、次々と大盾を踏み台にして突撃していった。
 これによってサイラスの部隊は分断され、前衛の大盾兵達と後列の部隊の間にアラン達が割り込む形となった。
 それを見たサイラスはすぐさま号令を発した。

「大盾兵は二人一組になってお互いの後ろを庇いあえ! 魔法使い隊は前に出ろ!」

 前衛の壁をあっさりと突破されたにも拘らず、サイラス隊が混乱に陥ることは無かった。
 そして総大将であるサイラスもまた自ら前に出た。アランの突撃に触発されたというわけでは無く、そのほうが大盾兵の指揮がやりやすいからだ。

「大盾兵は全員こちらに来い! 魔法使い隊はそれを援護しろ!」

 味方に忙(せわ)しなく指示を出すサイラスの元に一人の男が突撃していった。

「お前がこの戦の大将と見た! いざ勝負!」
「久しいなアラン! 相手になろう!」

 サイラスに勝負を挑んだ男はアランであった。
 この時のサイラスにはまだ余裕があった。大盾と剣を構えて突撃してくるアランの姿は以前と特に変わりないように見えたからだ。
 サイラスは以前戦った時と同じように電撃魔法で迎撃するつもりであった。しかし、対するアランはサイラスの電撃魔法の射程外から剣を振った。
 すると、燃えるアランの剣から炎が伸びるように放たれ、サイラスに襲い掛かった。

(何?!)

 サイラスは反射的に大きく横に飛び、間一髪でアランの攻撃を回避した。

(何だ今のは! 斬撃が炎となって飛んできたかのようだ!)

 命拾いしたサイラスは体勢を整え、今度は油断無くアランと対峙した。

(以前より成長しているようだな。腐ってもカルロの子か!)

 射程での不利を悟ったサイラスは、アランに向かって踏み込んだ。
 これに対しアランは先と同じ「炎の鞭」で迎撃を試みたが、これをサイラスは難なく回避した。

(剣筋さえ読めれば回避はそれほど難しくないな)

 サイラスは「炎の鞭」を見てから回避しているのでは無く、アランの体さばきと剣先の動きから攻撃箇所を予測していた。
 そして間合いを詰めたサイラスは、電撃魔法を放とうとした。
 しかしその時、ほぼ同時にアランもまたサイラスに向かって踏み込んでいた。手が届く距離まで接近したアランは、右腕にベルトで固定された大盾を裏拳の要領でサイラスに叩きつけた。
 アランとサイラス、両者の攻撃はほぼ同時にぶつかりあったように見えたが、アランの大盾による攻撃のほうがサイラスの電撃魔法の発動よりも僅かに速かった。サイラスが大きく体勢を崩したことで、電撃魔法は見当違いの方向に発動した。
 そして、体勢を崩したサイラスに対し、アランは追撃の炎の鞭を放った。
 しかしアランのこの攻撃は突如目の前に現れた大盾兵によって阻まれた。
 部下に命を救われたサイラスは、すかさず部隊に指示を出した。

「魔法使い達は到着した大盾兵の真後ろにぴったりと張り付け! 合流が遅れている大盾兵を援護しろ!」

 隊列が回復し始めたのを確認したサイラスは、無理をせず後方に引いて行った。

(くそ、逃がしたか)

 それを見たアランは心の中で舌打ちをした。
 アランは敵の裏側に回り込むことを試みたが、柔軟なサイラスの用兵はそれを許さなかった。
 諦めたアランは、ディーノの部隊と合流することにした。だが既にディーノ達の戦列は崩壊しかけており、部隊は徐々に後退を始めていた。
 そんな中、一人突出するような形になったディーノは敵の猛攻に晒されていた。
 ディーノの体は痣だらけであった。いくらディーノとはいえ、リックを含む敵の猛襲を全て捌ききることはできなかった。

「大丈夫か、ディーノ!」

 その時耳に届いた懐かしい声に、ディーノは思わず振り返りそうになったが、ぐっと堪え、その声の主に対し喜びではなく警告を発した。

「来るなアラン! こいつの相手は俺がする! お前は後ろに下がってろ!」

 しかしディーノの警告は手遅れだった。

(新手か。後方から魔法で援護されると厄介だな。ディーノよりも増援部隊のほうを先に叩くとするか)

 そう考えたリックは攻撃目標をアラン達のほうに切り替え、突撃した。
 前衛に立つ兵士達はこの突進を光弾で迎え撃ったが、リックの足を止めることはできなかった。リックは持ち前の機動力で光弾を器用に避けながら前進していった。
 リックに目の前まで接近された兵士は思わず正面に防御魔法を展開した。
 しかしその瞬間、兵士の目の前からリックの姿が消えた。兵士の目には少なくともそう見えた。
 リックが兵士に何かしたわけでは無い。リックは高速で兵士の背後に回りこんだだけであった。
 接近戦に慣れている魔法使いは少ない。この兵士はリックの動きを目で追えていなかった。
 直後、兵士の背中にリックの光る拳が叩き込まれた。兵士は背骨の砕ける嫌な音を聞きながら前のめりに倒れた。
 リックはそのまま止まらずに兵士達の間を走り抜けながら、次々と打ち倒していった。
 そして、周囲の仲間達が倒れていく様に焦った兵士達は、反射的に光弾を放った。
 しかし兵士達の攻撃はリックには当たらず、射線上にいた別の味方に当たってしまった。このような兵士達の同士討ちが次々と発生した。

「何をやっている! 撃つ方向をちゃんと確認しろ!」

 誰かが放ったこの言葉は戒めとしては機能しなかった。当たり前である。兵士達は駆け回るリックを目で追うだけで精一杯であり、誤射を確認する余裕などあるはずも無かった。しかしこの言葉をきっかけに兵士達は攻撃を躊躇するようになった。
 兵士達の戦意の萎縮と動揺は波のように部隊に広がっていき、アラン隊の兵士達は防戦一方になっていった。
 しかしそんな中、冷静さを保っている者が僅かにいた。その一人であるアランはリックの移動先を正確に読み、狙いすました炎の鞭を放った。
 リックはこれを直感で察知し、その場に急停止することで回避した。
 自分の動きを追えている者がいる――これを脅威と見たリックはアランに狙いを定め、突進した。
 対するアランは接近してくるリックに向かって再び炎の鞭を放った。
 リックは迫る炎の鞭を、指をそろえて伸ばした右手、いわゆる手刀で迎え撃った。アランが放った炎の鞭は魔力を込めたリックの右手刀に打ち負け、霧散して消えた。

(切り払われた?!)

 受け止められた、ではなく切り払われた、アランにはそう見えた。
 アランは返す刃で再び炎の鞭を放ったが、これをリックは魔力を込めた左手の裏拳で叩き払った。
 同時にリックは手刀から握り拳に変えた右手を脇の下まで引き、攻撃態勢を取った。これを見たアランは反射的に大盾を正面に構えた。
 直後、アランが構える大盾に強い衝撃が走る。重いものがぶつかったような大きな音が鳴り響き、アランは数歩後ろによろめいた。
 リックの攻撃は一撃では終わらなかった。リックはアランに密着し、凄まじい連打を大盾に叩き込んだ。
 連打に押されたアランは大盾を支えているだけで精一杯の状態になった。リックの猛攻に大盾はいびつに変形していき、遂には大きな亀裂が金属板に走った。

(まずい、盾が持たない!)

 亀裂から生じた悲鳴にも似た音を聴いたアランは、盾が限界を迎えつつあることを悟った。
 しかしその時、アランが危機感を覚えたのとほぼ同時に、リックの猛攻はぴたりと止んだ。
 突然訪れたその静けさにアランは強い恐怖を抱いた。

(回り込まれた!?)

 アランはリックの動きを掴んでいたわけではない。これはただの直感であった。
 大盾は広い範囲を守ってくれる優秀な防具であるが、同時に視界が遮られるという欠点を抱えていた。リックのような高い機動力をもって近接戦を仕掛けてくる相手にはそれが仇となっていた。
 リックの姿を見失ったアランは咄嗟に自身の後ろを確認しようとしたが、一人の男の声がこの窮地を救った。

「アラン様、上です!」

 上?! にわかには信じられないような言葉だったが、その声の主がクラウスであったため、アランはその言葉に素直に従うことができた。
 アランはすかさず大盾を上方に構えたが、これにアランの本能は警鐘を鳴らした。
 上からの攻撃、それをこの傷んだ盾で受けられるのだろうか? ふと浮かんだこの疑問に対し考えるよりも早く、アランの足は回避行動を取った。
 アランのこの判断は正しかった。上空にいるリックは全体重と魔力を乗せたかかと落しをアランに見舞おうとしていた。アランが大盾を上に構えたことにリックは少し驚いていたが、その防御を貫く自信もまたリックにはあった。
 アランが地面を蹴り、後方に下がり始めたのと、リックが足を振り下ろしたのはほぼ同時であった。
 大盾が完全に破壊される音が場に鳴り響く。右腕がもぎ取られたかのような感覚とともに、アランは仰向けに倒れた。
 アランは素早く立ち上がり、自身の状態を確認した。幸いなことに失われたのは大盾だけで右腕は健在であった。

「逃げろ、アラン!」

 直後、少し離れたところから聞こえたその声はディーノのものであった。しかしリックは既にアランの目の前に迫り、追撃の姿勢を取っていた。
 今のアランにはリックの攻撃を受ける術が無かった。そしてそれはアラン自身が一番理解していた。
 アランはすかさず回避行動を取った。直撃は避けたが、リックの放った一撃はアランの右こめかみの少し上をえぐっていった。
 何かを削るような音を最後に、アランの意識は闇に沈んだ。

   ◆◆◆

 ふと気がつくと、アランは懐かしい場所にいた。
 そこはディーノと共に過ごした貧民街の外れにあるあの広場だった。

(俺は何をしていたんだっけ……)

 雲の上にいるような浮遊感の中、周囲を見渡したアランの目に座り心地の良さそうな石が映った。

(疲れた……頭も痛むし、あそこに腰掛けて休もう)

 そう思ったアランが石に向かって歩き出そうとした瞬間、突然制止の声が耳に入ってきた。

「駄目よ、アラン。座ってはダメ」

 アランがその声に振り返ると、そこにはソフィアが立っていた。

アランが見た世界

「いま力を抜いたら、二度と立ち上がれなくなるわ」

 アランにはソフィアが何を言っているのかわかっていなかったが、何となくその言葉に従うことにした。

「……アラン、どうして右手を使わないの?」

 ソフィアからの突然の質問にアランは戸惑ったが、その理由はすぐに思い出すことができた。

「……使いたくても使えないのです」

 悲しそうな顔をするアランの右手をソフィアは両手でやさしく包み込みながらこう言った。

「アラン、あなたの右手は死んだわけではないわ」

 ソフィアは力強い眼差しでアランを見つめながら言葉を続けた。

「よく聞いてアラン、その右手を使わなければいけない時がもう目の前まで迫っているの。その右手でなければ成し得ないことがあるの」

 突然、アランの周りの景色が現実感を失い始めた。

「勇気を出してアラン。その右手に魔力を込めるの。大丈夫、あなたならできるわ」

 世界が徐々に色を失っていくにつれ、アランは自分が何をしていたのか思い出していった。

(そうだ俺は戦っていたんだ。早く目を覚まさなくては)

 夢の世界が完全に崩壊する直前、ソフィアは――

「アラン、リリィのことを――」

   ◆◆◆

 意識を取り戻したアランが最初に見たのは、目の前でリックに倒されるクラウスとディーノの姿であった。どうやら自分は立ったまま意識を失っていたらしく、二人はその間自分の盾になってくれていたようであった。
 そして今、二人を倒したリックがアランに向かって突進してきていた。再び窮地に立たされたアランであったが、その心は驚くほど静かであった。
 それは右半身を赤く染めるほどの出血による意識低下が原因であった。しかしそれが逆に功を奏していた。
 アランの視界からは色が消え失せ、灰色の世界が広がっていた。音も聞こえない静かな世界であった。
 時が止まったかのような静寂の中、対するリックがアランに向かって光る拳を突き出してきた。
 対するアランもまた同じように右手を突き出した。指をまともに動かせないせいか、その形は握り拳ではなく指を開いた掌打となっていた。
 灰色の世界で対峙する二人の動きは非常にゆっくりとしたものだった。アランはそんな世界の中で、突き出す右手に魔力を込めた。
 ……右手に魔力が流れる感覚はやはり感じられなかったが、全てが麻痺したかのようなこの灰色の世界ではそれが自然のように思えた。今のアランにはただ信じて右手を突き出すしかなかった。
 そしてゆっくりと前に進むアランの右手は徐々に発光し始め、その輝きはリックの拳とぶつかる瞬間に頂点に達した。
 衝突する二人の拳。その様は傍目にはリックの光る拳をアランが光る掌で受け止めたかのように見えた。

(!?)

 これにリックは驚いたが、脅威だとは感じなかった。
 同じ光る拳と言えど、込められた魔力の差は歴然であった。リックの拳はアランの拳を打ち破った。
 右手を強く弾かれ、大きく体勢を崩したアランはふらつきながら後退した。
 この瞬間、アランの視界は色を取り戻し、同時に右手に激痛が走った。それがリックの拳を受け止めたことによるものなのか、痛んだ神経に無理に魔力を流したせいなのか、アランには判断がつかなかった。
 なんとか倒れることを避けたアランは、すぐに体勢を立て直し、構えた。
 無意識に近いアランが取った姿勢は、以前クラウスに教えられたあの構えであった。ひとつ違っていたのは、柄の底に右手の掌を押し付けていることだった。
 今のアランにはこの窮地を切り抜ける手段は一つしか思いつかなかった。できるのか? 自分の右手をもう一度信じて良いのだろうか? そんな考えが一瞬だけ浮かんだが、今のアランに頼れるものはこれしかなかった。
 このアランの独特の構えを見たリックはほんの僅かの間だけ躊躇した。
 その瞬間に攻守が入れ替わったという事実をリックは受け入れることができなかった。リックの本能は警鐘を鳴らしていたが、圧倒的優勢に立っているという油断が彼の判断を鈍らせた。
 アランとリック、両者は同時に動き出した。二人は同じ足で踏み込み、リックは右手に、アランは刀に魔力を流し込んだ。
 そしてアランとリック、両者から放たれた二つの光の線が再び交差した。

交差する閃光

 衝突点から金属音が響き渡り、光の粒子が華やかに拡散する。光の拳と光の剣、その勝負の行方は――

 ――まばゆい閃光のあと、立っていたのはリックのほうであった。
 たたずむリックの拳から、ぽたぽたと、血が滴り落ちる。拳は血に塗れていた。
 だがそれはアランの血では無かった。
 見ると、リックの右手首と肘の間、右前腕部には、大きな刀傷がつけられていた。
 出血は激しかった。焼け付くような痛みに、リックは傷口を押さえた。
 だが手で圧迫しただけでは出血は止まらなかった。すぐに手当てをしなければまずい傷であった。
 リックは地に寝そべるアランを一瞥したあと、その場を去っていった。

 その後、ディーノ含むアラン隊とリック隊は互いに撤退した。
 そしてしばらくしてこの戦いはサイラス軍の勝利に終わった。クリス達はジェイク達相手に善戦したものの、戦力と士気の絶対的な差を覆すことはできなかった。
 そんな中、リックは戦場を去りながら先のアランとの戦いのことを考えていた。

(自分の魔力は奴を凌駕していたはずだ。なのにあの男が最後に放った一撃は自分の光魔法の壁を突破した)

 もしあの一撃が自分の胸に届いていたら、その想像はリックの背筋を冷たくした。

 アランの放った光る剣はリックの心に強い印象を与えていた。それは恐怖が大部分を占めていたが、その影には僅かに畏敬の念が込められていた。
 リックが恐怖を覚えたのはこれが二度目、カルロとの戦い以来であった。
 今日の出会いと戦いは二人にとって忘れられないものとなった。アランにとって今日という日は光の剣を初めて使った記念すべき日であり、リックにとっては得体の知れない強い何かとの出会いであった。

  第十二話 炎の一族 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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稲田 新太郎

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