シヴァリー 第三十七話

   ◆◆◆

   炎の槍

   ◆◆◆

 翌日――

 街は緊張に包まれていた。
 が、そのぴりぴりとした空気の発生源は市民では無く兵士だった。
 民家の中に人の気配は無い。住民達は街の奥に避難させられていた。
 兵士達はその無人になった家の陰に身を隠しながら、眼前に広がるリーザの部隊を睨みつけていた。
 その兵士達の中にはクラウスの姿があった。
 クラウスは一兵士としてこの戦闘に駆り出されていた。
 あの日からクラウスは一日たりとも休んでいない。数日前までは暴動の鎮圧に走り回り、ここ二日はリーザ迎撃のための準備を行っていた。
 どこを振り返ってみても、ただの兵士として扱われているとしか思えない。
 捕虜としてはかなりおおざっぱな扱いだ。逃げようと思えばいつでも逃げられる。
 だがクラウスは当然そうしない。主人であるアランの身をおびやかすようなことはしない。
 サイラスはそれを分かっている。だからこのように扱っているのだ。クラウスがいなくなってもどうでもいいと考えている節もある。

「……」

 クラウスは黙ってリーザの部隊を見つめていた。
 その傍に仲間らしき者の姿は無かった。周囲には数多くの兵士達がいるが、みな明らかにクラウスから距離を取っていた。
 クラウスはこれまでほとんど単独行動のような扱いを受けていた。
 それはこの戦いでもそうなのだろうと、クラウスが考えていたその時、

「おや? 貴殿は……」

 背後から掛けられた声に、クラウスは振り返った。
するとそこには見知った顔があった。
 クラウスはその名を思い出すことが出来なかったが、幸いにも相手の方が続けて口を開いてくれた。

「貴殿はもしや、クラウス殿では?」

 相手は自分のことを知っているようであったが、やはり思い出すことが出来なかったクラウスは尋ねた。

「そうですが……貴方は?」

 名を問われた男は胸に手を当てながら答えた。

「私はケビン。あなたが私のことを覚えていないのは無理も無い。戦場で数度共闘しただけですから。ですが、私は貴殿とアラン殿があの『救出作戦』に参加してくれたことについて今でも感謝している」

『救出作戦』、その言葉がかつて孤立したクリス達を救うために行われたものを指していることに気付いたクラウスは、すぐにそれを声に出した。

「思い出しました。確か、あの作戦では奇襲部隊の隊長を務めておられましたな」

 これにケビンは頷きを返しながら口を開いた。

「ええ。あれから四年、またこうして共に戦うことになるとは、まことに奇妙なめぐり合わせですな」

 これにはクラウスも頷きを返した。
 そう、あれからもう四年経つ。
 その間ケビンはどうしていたのか。
 クラウスはその疑問を声に出した。

「しかし……あなたはどうしてここに?」

 間を置きながらクラウスは慎重に尋ねた。なぜなら今のケビンは捕虜には見えないからだ。
 ということは、我々を裏切って敵の軍門に下った可能性があるということ。
 だから慎重になったのだ。

「……」

 そしてケビンはクラウスの警戒心を察した。
 が、ケビンはかまわず口を開いた。

「ええ、実は――」

 ケビンはここに至った経緯を少し軽い調子で語り始めた。軽い気持ちで話せる内容では無いのだが、クラウスの警戒心を消すためにあえてそうした。
 
   ◆◆◆

 一方――

 リーザもまたクラウス達と同じように、正面を睨みつけるように見つめていた。

「……」

 しかしその顔には迷いと疑惑の色が浮かんでいた。
 なぜなら、

(聞いた話と状況が違いすぎるわね……)

 からだ。

(情報ではヨハン様の部隊が抗戦しているはずだったんだけど……そんな気配は全く感じられない)

 リーザは眉間に浅くしわを寄せながら思考を重ねた。

(精鋭に匹敵するといわれているヨハンの私兵部隊が負けるとは思えないのだけれど……)

 しかし街はどう見ても占領されている。
 その事実からリーザは状況を予想した。

(もし、街を守っていたヨハン様の部隊が負けたのだとすれば、反乱軍は相当に強力であるということになる。……もしくは、何らかの理由でヨハン様の部隊が街を離れ、その隙を突かれた? ……ありえそうだけれど、本当のところはわからないわね)

 正解は後者なのだが、今のリーザにはその考えを選ぶ根拠となる情報が無い。
 だからリーザは無難な選択肢を選んだ。

(……手持ちの兵糧も少なくなってきているから、この街で補給しないとすぐに厳しくなる。とりあえず、今はこの街を反乱軍から取り戻すことだけを考えたほうが良さそうね。軽く攻撃してみて、勝ち目が無さそうだったらすぐに離脱する、この作戦でいきましょう)

 方針が決まったリーザは振り返り、兵士達に向かって声を上げた。

   ◆◆◆

 リーザ達はゆっくりと前進を開始した。
 対し、反乱軍は慌しく動き始めた。
 中でも目立つほど激しく動き始めたのは弓兵達。
 少数にまとめられ各所に配置されていた弓兵部隊たちは、それぞれがある共通点を含んだ場所へ走った。
 それは屋根が高い民家。または長い射線が確保出来る屋根。
 それらの家の壁にはハシゴがかけられている。
 そのハシゴを支えている兵士の一人が向かってくる弓兵達に向かって声を上げた。

「速く登れ! ただし慌てるな! 決して前にいる奴を急かすんじゃないぞ!」

 これに弓兵達は期待されていた通りの動きを見せた。
 間隔を維持したまま、一定の速度を保って登っていく。
 一切の乱れ無くこんな動きが出来るのは、この二日間訓練していたからだ。
 そして屋根に上がった者から順番に、事前に決められていた配置についていった。
 屋根の淵には防御用の大盾が固定設置されている。
 傍には拳大ほどの大きさがある石が詰め込まれた籠もあった。
 接近されたら弓からこれに切り替える。この高さからならば、下に向かって投げるだけで下手な光弾を凌駕する威力を出せるからだ。
 そして、最後に登った弓小隊の隊長が部下の配置に間違いが無いこと確認しつつ、周囲を見回した。
 屋根には厚みのある板や横倒しにしたハシゴで橋がかけられおり、別の屋根に移動することが出来るようになっていた。
 敵の進軍経路に応じて攻撃陣地を柔軟に切り替えるためであるが、脱出手段を確保する目的もあった。
 リーザが強力な炎の使い手であることは周知されていた。家ごと焼き払われた場合の対処手段であった。
 そして、弓小隊の隊長は見回しながらあることに気付いた。

(……しかし、よく出来た街だ)

 よく出来ているというのは、街の構造に対しての評価だ。
 街は明らかに戦闘を意識した設計がされていた。
 まず不自然に高い建物が多い。三階以上の家屋が珍しくないのだ。道幅が広い大通り沿いではその傾向が特に顕著で、ほぼ全てが高層物件だ。
 そして複数ある大通りの先には必ず広場があるのだが、これも露骨だ。
 広場と大通りの間には区切りとなる溝があるが、これが妙に深く、一足では飛び越えられない幅を持っているのだ。
 溝の底には水が流れているが、とりあえず流しているだけという感じで、景観を美化するために作られたようには見えない。この広場と溝は向かってくる敵を迎撃するための陣地として用意されたものだろう。
 そして我々はそのように使っている。広場には大勢の大盾兵と魔法使いが配置されている。

(……ん?)

 その中にいたある男に、隊長は目をとめた。
 その男が周りから浮いていたからだ。
 大盾兵達の列に並んでいるが、その手にあるのは大盾ではなく剣だ。

(……? まあ、いいか)

 気になるが今はそれどころでは無い、そう思った隊長は、近づいてくるリーザ達のほうに視線を戻した。
 リーザ達はもう街の前まで迫っていた。
 あと一分もしないうちに弓の射程に入る距離。

「……」

 隊長の顔に緊張の色が宿る。
 それを察した弓兵達は弓を構えた。

「……」

 静かに攻撃の合図を待つ。
 その時、ある音が弓兵達の耳に入った。
 それは誰かがハシゴを登る音。
 今頃誰が? 気になった弓兵達は構えを維持したまま、意識をハシゴの方に向けた。
 そして間も無く、一人の男が屋根の下から姿を現した。
 それはフレディ。
 フレディは登って来た勢いのままするりと隣の屋根に移動した後、隊長がしたのと同じように周囲を見回した。
 そしてあるものを見つけたフレディはそれに注目した。
 それは先ほど隊長が目に留めた剣を持つ男、クラウス。
 フレディはあごに手を当て、感心した様子でクラウスを見つめた。

(逃げずにちゃんと働くつもりみてえだな。……律儀だねえ)

 それだけ考えた後、フレディはクラウスから視線を外した。
 目的はクラウスの監視では無いからだ。
 フレディはちらりとリーザの方を見た後、再び周囲を見回した。
 リーザとの距離と、もしもの場合の逃走経路を再確認したのだ。
 フレディはここに戦いに来たわけでは無い。目的は戦況の観察。そしてその伝達だ。
 伝える相手はもちろんサイラス。送った情報はラルフを焦らせ、そして引っ張り出すために使われる。
 そして、周辺の確認を終えたフレディは広場の方に視線を戻した。
 クラウスは先と同じ姿勢のまま立っている。
 フレディはその手にある剣を見つめながら、リーザとクラウスがぶつかったらどうなるかについて想像した。

(炎使い相手に剣でどうにかなるとは思えねえが……)

 フレディの頭は至極一般的な予想を描いたが、その直後に「もしかしたら」という考えが浮かんだ。

(……アランみたいな動きが出来るなら、勝ち目があるかもしれねえな。……まあ、死なない程度に頑張ってくれればそれでいいさ)

 そんな事を考えた後、フレディは視線をリーザの方に戻した。

 フレディはクラウスではリーザを止められないと思っている。リーザを正面から撃退出来るのはラルフしかいないと思っている。剣で炎をなんとかすることは出来ないと、サイラスも思っている。
 しかしそれは間違いであることをクラウスは証明する。クラウスはこの戦いで剣の新たな可能性を示すのだ。この戦いに関しては、サイラスの考えは全くと言っていいほどに当たらないのだ。

   ◆◆◆

「撃て!」

 戦いは弓小隊の隊長が放った一声から始まった。
 屋根の上から大量の矢が飛び出し、降り注ぐ。
 これをリーザ達は真上に展開した防御魔法で受けた。
 矢雨を光る傘で受け止めながら前進。
 リーザ達は広場を目指して大通りを進んでいた。
 隊形は縦隊。数多くの小部隊を縦一列の数珠繋ぎにした形。横に大きく広がれないのでこの形しか選択肢が無い。
 先頭部隊の指揮官を務めるのは最大戦力であるリーザ。
 リーザは防御魔法を頭上に展開したまま、空いている片方の手で反撃の光弾を放った。
 一瞬遅れて周囲の兵士達もそれに習う。
 地に水平に放たれた光弾群は、次々と弓兵がいる民家に炸裂した。
 壁が崩れ、家全体が振動する。
 弓兵達はその衝撃を足に感じながら矢を撃ち返した。
 大量の光弾と矢が飛び交う。
 その応酬は双方の悲鳴無く淡々と続いたが、しばらくして矢雨がぴたりと止んだ。
 屋根が激しく揺れ始めたからだ。
 崩壊する、弓兵の誰かがそう思った瞬間、弓小隊の隊長が口を開いた。

「移動しろ!」

 その鋭い声に、弓兵達は弾かれたかのように動き始めた。
 橋の上を我先に走り抜けていく。
 橋と言ってもただの板切れ。手すりなど無い上に揺れている。
 ちょっとした軽業だ。ゆえに、

「っ!?」

 足を踏み外す者もいる。
 一人の弓兵の姿が軒下へと吸い込まれていった。
 肉が叩き付けられる音が細い路地に響き渡る。
 その嫌な音を耳にしながら、最後の弓兵が橋の上に足を乗せた。
 しかし直後、別の音が最後の弓兵の耳に飛び込んできた。
 それが柱の折れる音だと気付いた瞬間、弓兵の体は浮遊感に包まれた。

「! うわぁ!」

 弓兵は悲鳴を上げたが、その声は民家が崩落する音にかき消された。
 地面に叩き付けられる音も聞こえない。瓦礫の中に飲み込まれたからだ。
 悲惨な光景に生き残った弓兵達が息を呑む。
 士気が消沈するその気配を察した隊長は、部下達に向かって声を上げた。

「攻撃を再開しろ!」

 これに弓兵達は慌てて弓を構え、攻撃を開始した。
 再び始まる光弾と矢の応酬。
 隊長も部下の隣に座って弓を構える。
 弓を引き絞りながら、隊長はある疑問を抱いた。
 それとまったく同じ疑問を他の者達も抱いていた。
 広場にいるクラウスもだ。
 その共通の疑問をクラウスの隣にいるケビンが声に出した。

「……どうやら、敵の総大将は炎を使うことに抵抗があるようですね。街に大きな被害を出したくないのでしょう」

 これにクラウスは頷きを返しながら、口を開いた。

「そのようですな。……だとすれば、ここで全員で待ち受けるよりも別の手を打ったほうがいいでしょうな」

 同意見であったケビンは、「別の手」について口を開いた。

「燃やされないのであれば、上からだけでなく真横からの攻めも加えるべきでしょうね。……家の中に潜伏し、前を通りがかったところを奇襲する、なんてのは良さそうですな」

 ケビンがそう言った直後、広場の後方が騒がしくなった。
 ケビンとクラウスが振り返ると、最後列の部隊が移動を始めているのが目に入った。
 この広場を仕切っている指揮官が小隊長に指示を出しているのも見える。
 何をするつもりなのか――移動を始めた小部隊が左右にある細い路地へと向かっていることに気付いたケビンは口を開いた。

「どうやらここの指揮官殿も同じ考えのようですな」

 細い路地を進めば大通り沿いにある建物に裏口から侵入することが出来る。ケビンが言った奇襲を実行させるつもりなのだろう。
 クラウスは移動する兵士達を眺めながら口を開いた。

「……ケビン殿、我々も動きませぬか?」

 控えめな進言。しかしその顔には力が篭っていた。
 何か良い手を思いついたのだろう。そう思ったケビンはその意を尋ねた。

「何か考えでもあるのですか? 策があるならどうぞおっしゃってください。私から指揮官に上申してみますよ」

 ケビンがそううながすと、クラウスは考えを述べ始めた。

「横からの奇襲と同時に、もう一つ仕掛けてみてはどうかと」
「もう一つ、ですか?」

 尋ねるケビンに、クラウスはその内容を答え始めた。

   ◆◆◆

(あの男も動いた……!)

 それを見たリーザは緊張に顔をこわばらせた。
「それ」とはもちろん広場にいる兵士達の移動である。
 が、リーザはその中の一人だけに、クラウスだけに注目していた。

「……っ」

 クラウスを見つめながらリーザは思わず歯軋りしていた。
 右手は自然と胸を押さえている。
 手の下には心的外傷(トラウマ)の原因である傷跡がある。
 リーザはそれを人差し指でなぞりながら、傷をつけられた時のことを思い出した。

 リーザは以前クラウスに殺されかけたことがあった。アランがクリスの城を離れていた間の事である。
 その戦いでリーザは衝撃的な負け方をした。
 切り札である爆発魔法を剣で真っ二つにされたのだ。
 そんな常識外れの芸当を成したのがクラウス。
 上段からの振り下ろしで爆発魔法を叩き割ったクラウスは、剣を下段に置いたまま踏み込み、勢いを乗せた切り上げでリーザの胸を切り裂いたのだ。
 その際、リーザは無抵抗であったわけでは無い。リーザは防御魔法でクラウスの光る切り上げを受けた。が、リーザの防御魔法は紙を裂くかのように容易く切り裂かれてしまった。

 その恐ろしいほどの切れ味をリーザは今もよく覚えていた。
 リーザにとってクラウスは恐怖の対象であった。
 あまりにも理不尽な、得体の知れない切れ味を有する剣。
 それが今、自分を奇襲するために動き始めたのだ。

(……っ)

 リーザは恐怖をかみ殺しながら迷った。
 何をか。それは炎を使うかどうか。
 間違いなく奇襲は横から来る。だが炎を使えば、周囲を火の海にすればそれを阻止することが出来る。
 上からの攻撃もそれで止めることが出来る。
 とても安全で強力な手だ。自分の身が可愛いならば迷う余地は無いほどの。
 だが、ヨハンが治める街を、教会の長が統べるこの街を燃やしてしまってもいいのか、という考えがリーザを迷わせていた。
 そして迷いの原因はそれだけでは無かった。

(でも、この魔法があれば炎を使わずとも……)

 リーザの中にはある攻撃魔法のイメージがあった。

(あの時は接近を許してしまったから斬られた。でも、これがあればどんな相手も押し返せるはず……!)

 リーザは努力していた。心的外傷を克服するために。
 そして編み出したのだ。ある魔法を。
 リーザはそれを頭の中でイメージしながら、いつでも放てるように身構えつつ声を上げた。

「奇襲に備えて左右に壁を展開! 正面が少し薄くなっても構わないから!」

 この指示を待っていたらしく、兵士達はすぐに反応した。
 左右に兵士が整列し始め、正面を守っていた一部の者達もそれに加わる。
 瞬く間に両側面に二枚の壁が完成。
 前が少し薄くなったが、こちらは視界が長く取れているので不安感は無い。正面から攻められてもリーザ自身が対応できるからだ。
 怖いのは奇襲から乱戦に持ち込まれること。誤射の可能性が高まり、ますます炎を使いづらくなってしまう。

「……」

 だからリーザ達はゆっくりと前進した。降り続ける矢雨を防ぎながら。
 弓兵達への反撃を行いながら、建物のドアと家屋の間にある細い路地に警戒を払う。
 そして、広場に居る敵兵達との距離が光弾が届くか届かないか、というところまで縮まった直後、リーザの目は遂にそれを捉えた。
 細い路地に兵士が溜まっているのが見える。
 リーザはすぐに声を上げた。

「来るわよ、迎撃して! ……?!」

 が、リーザの警戒心はすぐに疑問に変わった。
 路地にいる敵に動く気配が無いからだ。
 まるで何かを待っているかのようだ――リーザがそう思った瞬間、

「!」

 突如、リーザの視界が暗くなった。
 顔に影が差している。
 一体何の――影の正体を確認するために、リーザが見上げようとした瞬間、

「!?」

 ぐしゃり、という音がリーザの耳に入った。
 音の正体はすぐに分かった。目の前にある。
 上から降って来た敵兵に味方が踏み潰されたのだ。
 リーザの顔が再び影に覆われる。
 見上げると、そこには衝撃の光景があった。
 人の形をした影が中空にあった。
 一つや二つではない。数えるのが不可能なほどに屋根から次々と飛び出してきている。
 ぐしゃり、という音がそこら中で沸き始める。
 仲間が着地の踏み台にされているのだ。
 影は防御魔法と肉の踏み台で着地の衝撃を殺しながら、次々と部隊の中に舞い降りた。
 路地に居た敵はこれを待っていた? そんな考えがリーザの中に浮かび上がった直後、事態に気付いた兵士の一人が声を上げた。

「密集しろ! 背中をかばいあえ! 乱戦に持ち込ませるな!」

 しかしその警告に大した意味は無さそうであった。既に乱戦になっているからだ。
 だがこんな手を誰が予想できるというのか。まさか上から直接飛び込んでくるなんて!
 そして直後、追い討ちをかけるかのように路地に居た敵兵達が動き始めた。
 それを見たリーザは即座に声を上げた。

「左右から突撃が来る! 備えて!」

 言いながら、リーザは自身が放った指示が実行されることはありえないということを分かっていた。
 乱戦になったせいで隊列が機能を失いつつあったからだ。
 そしてリーザの予想は的中した。

「うわぁぁ!」

 兵士の一人が悲鳴を上げたのと同時に、壁は突破された。
 そして押し破った敵兵達はその勢いのまま、中央にいるリーザに向かって突撃を仕掛けてきた。
 それを見たリーザの側近の一人が声を上げた。

「総大将を守れ!」

 声に反応した兵士達がリーザの傍に駆け寄り、防御魔法を展開。
 瞬く間に一枚の光る壁が形成され、声を上げた側近の一人もそれに加わった。
 それとほぼ同時に、突っ込んで来る敵兵達も防御魔法を展開した。
 体当たりで強引に突破するつもりなのだろう。
 側近は声を上げた。

「踏ん張れ!」

 壁を形成する兵士達が衝突に備えて前傾姿勢を取る。
 直後、双方は激しくぶつかりあった。
 防御魔法同士の衝突音が場に響き渡り、壁がずるりと後方に押し込まれる。
 が、敵の突進は壁を一歩分押し込んだところで止まった。
 耳に入るのは防御魔法同士が削りあう音のみ。破られる気配は無い。
 完全に止めた、その事実に側近が安堵する間も無く、新たな警告が場に響いた。

「正面からも来ます!」

 前方左右の路地から突如現れた兵士達が、横一列になって迫って来ていた。
 しかしまだ少し距離がある。
 これだけ間合いが開いていれば気兼ね無くあれが使える、そう判断したリーザは声を上げた。

「吹き飛ばすわ! 援護して!」

 言いながら、リーザは向かい合わせた両手の平を胸の前に置いた。
 何かを胸の前で抱えたような構え。
 その何かは一呼吸せぬうちに両手の平の間に生まれた。
 薄赤い輝きを放つ光球だ。
 しかしただの光弾では無い。弾の中で赤いものが激しく揺らめいているのが透けて見える。
 これがリーザの切り札、爆発魔法。リーザを精鋭たらしめている攻撃魔法。
 城壁に穴を開ける威力を有するそれを、リーザは正面から迫る兵士達に向けて放った。

「!」

 対する敵兵達は反射的に防御を選択した。
 愚かな選択であった。城壁に穴を開ける代物を生身で受ければどうなるか、その答えはすぐに明らかになった。

「っ!!」

 悲鳴は上がらなかった。
 場に響いたのは凄まじい爆発音のみ。
 閃光と共に光球から溢れた衝撃波は周囲のものを全て吹き飛ばした。
 刹那送れて爆炎と砂煙が場を包み込む。
 この煙はすぐに晴れた。
 場は残酷に変貌していた。
 兵士達は文字通り四散し、周辺にばらまかれていた。
 まるで地獄の様相である。
 散らばった人間の部品がどれも燃えていることだけが唯一の救いであった。炎に隠されているおかげで生々しい断面がよく見えないからだ。

「……」

 それを見たリーザは構えを解いた。
 次弾の準備をする必要が無くなっていたからだ。正面の敵は一発で全て吹き飛んでいた。
 こんな大技を使う必要は無かった。炎だけでも散らせただろう。
 リーザの判断が鈍っているのは迷いと恐怖のせいだ。
 リーザが抱いている迷いの天秤は危ういものであった。
 ゆらゆらとしている。些細な切欠だけでも大きく傾いてしまいそうなほどに。
 そのゆらめきはリーザの行動に現れていた。
 リーザはすぐに振り返り、後方に警戒を払った。
 周囲をゆっくりと見回し、敵兵一人ひとりの顔を注意深く確認する。
 リーザはクラウスを探していた。
 あの男は絶対にここで仕掛けて来る、リーザにはそんな確信があった。
 左右では味方と敵の押し合いがまだ続いている。
 その中にあの男の姿は無い。
 ということは真後ろから来る? リーザがそう考えた瞬間、

「!」

 リーザの目はあるものを捉えた。
 それは地に水平に走った一筋の閃光。
 光弾の軌跡では無い。あまりにも細すぎる。
 その線を腹部に受けた大盾兵は固まっている。
 大盾兵の後ろにその線を描いた者がいるはずだが、盾の影になっているせいで顔は見えない。
 直後、「ずるり」と、大盾兵の上半身だけが真横にずれた。
 それを見たリーザは最大の警戒と共に身構えた。
 盾ごと兵士を両断する、そんな芸当が出来る剣はこの場に一つしか無いからだ。
 大盾兵の上半身が地に崩れ落ちる。
 盾が倒れ、その影に隠れていた者の顔が露になる。
 それはやはりクラウス。
 リーザとクラウス、二人の視線は自然と重なった。
 二人とも互いを探していたからだ。
 双方の体が前に出る。
 一瞬だが先に動き出したのは、意外にもリーザ。
 クラウスの狙いは前回と同じ。突進の勢いを乗せた斬撃をあびせることだ。
 ではリーザの狙いは?
 その手の中には光球がある。
 それを見たクラウスは足を止めた。
 リーザの手の中にあるものが、ただの光弾で無いことに気付いたからだ。
 その弾は薄赤く輝いている。
 爆発魔法? まさか、この距離で? そのような疑問がクラウスの脳裏を駆け巡った。
 直後、リーザはクラウスが思った「まさか」の行動を取った。
 手にある薄赤い光球をクラウスに向かって放ったのだ。
「放った」という表現は正確では無いかもしれない。
 なぜなら、光弾はリーザが手を突き出したのとほぼ同時に弾けたからだ。
 衝撃音と共にクラウスの体が後方に吹き飛ぶ。
 その顔に浮かんでいるのは苦悶では無く驚き。
 まさか、零距離と言っていいこの至近距離で本当に爆発させるとは思っていなかったからだ。
 苦痛に顔が歪まないのにはもう一つ理由がある。
 単純にそれほど痛くないからだ。
 間も無く、クラウスの背が地に着き、土の上を滑る。
 がりがりと地面を削る感触を背に感じながら、クラウスは自身の体がまだ戦える状態にあることを確認し、上体を起こした。
 すると、さらに驚くべきものがクラウスの瞳に映り込んだ。
 それは先と変わらぬ姿勢で立っているリーザの姿。
 なぜ? 自分と同じ爆発に巻き込まれたはずでは? という当然の疑問がクラウスの心に浮かび上がる。
 爆発魔法を放つと同時に防御魔法を展開して耐えたのだろうか? という至極普通の予想をクラウスの理性は訴えた。
 しかし直後、クラウスの本能がその予想に「待った」をかけた。
 妙なことがあるのだ。
 それは火の粉の散り方。
 かたよりがあるのだ。赤く輝く粉はこちらにばかり降ってきており、逆にリーザの周辺と後方は薄い。
 そしてかたよりは地面にも見受けられる。
 こちら側の地面は衝撃波の影響がはっきりと現れている。地表の塵芥がなぎ払われ、衝撃波が通ったことを現している。逆にリーザの方、特にリーザの後方にはその影響が薄くしか見受けられない。
 クラウスは「まさか」と思ったが、その先は言葉にならなかった。本能は何が起きたかを理解していたが、それを表現する言葉をクラウスの理性は知らなかった。

 クラウスが表現出来ないのは無理も無い。この世界ではまだあまり使われていない言葉だからだ。
 それは指向性。
 指向性とはある箇所から生じた光などのエネルギーの強度が方向によって異なる性質のことである。
 リーザは爆発魔法にこの指向性を持たせたのだ。生じる衝撃波を特定方向に集中させられるようにしたのだ。

 しかし今のリーザの指向性爆発は彼女が描く理想には程遠い。
 その証拠を直後のクラウスが動いて見せた。

 クラウスは上半身だけを起こした姿勢のまま、直撃を受けた胸部に手を押し当てた。
 鋼の胸当てがほんの少しへこんでいるように感じる以外には違和感は無い。
 痛みも無い。胸骨に異常が無いことを確認したクラウスは「すっ」と、勢いよく立ち上がった。
 それを見たリーザは、自身わかっていたことであったが、それでも唇をかみ締めた。

 そう、この程度の威力しかないのだ。強い突風程度の威力しかない。
 その理由もまたリーザはよくわかっていた。

 爆発とは急激な圧力の変化を起こし、それを開放することで発生する破壊現象のことだ。
 リーザの爆発魔法は光弾の内部で炎魔法を燃焼させて圧力を高め、外殻の破裂によってその圧力を一気に開放させるもの。カルロがラルフに対して使ったものも同じだ。
 カルロの爆発魔法がリーザほどの威力を有していない理由は以前述べた通り、カルロの炎の燃焼速度が遅いからである。圧力の増加速度は爆薬の燃焼速度に依存する。
 そして先にリーザが放った指向性爆発の原理は至極単純。外殻のある一点の厚みを薄くしただけだ。これによって圧力の開放箇所を一点に絞ろうとしたのだ。
「絞ろうとした」と表現した通り、現実にはそのようになっていない。
 確かに圧力の開放はその一点から始まる。が、噴出される炎とそれによって発生した衝撃波が穴を瞬時に押し広げ、圧力の放出は点から扇状に、そして瞬く間に球状に変化してしまうのだ。現状のリーザの指向性爆発魔法は、発生する衝撃波の威力に若干のかたよりがある、という程度である。
 察しの良い読者は気付いただろう。球状に変化すると述べた通り、リーザ自身も爆発の衝撃を受けている。
 なのにリーザが吹き飛ばない理由も単純。防御魔法を同時に展開しているからだ。しかしそれが指向性爆発魔法の威力を著しく減少させることに繋がってしまっている。
 人間が瞬時に扱える魔力量には個人差があるが限界がある。リーザは放出できる魔力の多くを防御にあてている。ゆえに爆発魔法の威力が下がっている。だが防御魔法を展開しないわけにはいかない。自爆してしまうからだ。結局のところ全ての原因は指向性が甘いからである。

「……」

 クラウスはリーザを見つめたまま考えていた。先の攻撃の正体を。
 しかしそれはやはりわからなかった。
 が、クラウスの本能はある言葉を理性に伝えた。
 そしてクラウスの心に浮かび上がったのは、

(……わからぬが、今の攻撃自体は脅威というほどのものではない)

 という、単純な結論。
 そう、脅威では無い。あくまでも先の攻撃「だけ」ならば。
 真に警戒すべきは――

「!」

 次の瞬間、その警戒すべきものがクラウスの目に映った。
 それはリーザが放った光弾。
 これに対しクラウスは体勢を整えながら防御魔法を展開。

「っ!」

 複数の炸裂音と盾を展開する左手に伝わる衝撃がクラウスの意識を揺らす。
 重い。これだけでわかる。直撃は危険。倒れたところに撃ち込まれるような事態だけは避けなければならない。
 そして、この数発だけで防御魔法が限界を迎えたことも察したクラウスは、防御魔法を消しながら地を蹴った。
 クラウスの体が鋭く右に流れ、真左を光弾が通り過ぎる。
 その動きをリーザの目が追う。
 二人の視線が交わる。と同時にリーザは再び光弾を放った。
 それはクラウスの移動先を狙った偏差射撃であったが――

「!」

 次の瞬間、クラウスの動きが止まった、ように見えた。
 違う、という言葉が心に浮かぶよりも早くリーザは狙いを修正した。
 逆方向に、左から右に反転しようとしている、そう思ったからだ。
 しかしその直後、

(!?)

 クラウスはまたも動きを変えた。
 今度こそ止まった「ように」見えた。
 違和感の正体はすぐにわかった。
 クラウスの像が少し大きくなったからだ。
 前に移動したのだ。姿勢をほとんど変化させずに、軸足の力だけで前に流れたのだ。
 リーザからはほとんど動いていないように見えるほどの姿勢制御。
 あまりにも見事すぎて距離感を失いそうになる。
 湧き上がる焦燥感と恐怖。その冷たく逆毛立つ感覚に突き動かされるまま、リーザは後ろに地を蹴りながら光弾を放った。
 速さを重視した真正面への射撃、であったが、クラウスはこれを小さな動きで回避。半歩分、身をそらしただけだ。
 楽に避けられた。しかしそれより問題なのはクラウスの像のさらに大きくなったこと。引き撃ちをしたにもかかわらずだ。
 次の踏み込みで捕まる、直感でそう判断したリーザはすかさず両手を前にかざした。
 重ねられたリーザの両手から瞬く間に薄赤く輝く光弾が生み出される。
 が、それを見てもクラウスは足を止めなかった。
 そろそろ使うだろうと思っていたからだ。とりあえずの対処も決めてある。
 クラウスは腰を落としながら刀を持つ右手を後ろに引き絞った。
 刃は顔の真横に置きつつ地に水平に。
 刃の先端には前に突き出された左手が添えられている。
 閃光魔法の構えに似た突進突きの姿勢。
 クラウスは左手を見せ付けるようかのように輝かせた。
 来る、その言葉がリーザの心に浮かんだ瞬間、「だん」という音が彼女の耳を打った。
 その音が勝負の合図となった。
 地を強く蹴ったクラウスの体が勢いよく前に飛び出す。
 対するリーザは手にある魔法を発動。
 赤い光弾が瞬く間にふくらみ、そして弾ける。
 生じた衝撃波が目の前にいるクラウスに襲い掛かる。
 が、衝撃波が最初にぶつかったのはクラウスの体では無かった。
 それはクラウスの左手から展開された防御魔法。
 轟音と共にクラウスの体が激しく揺れる。
 踏みとどまれる、そんな感覚がクラウスの中に芽生えかけた瞬間、

「!?」

 強風に煽られた傘のようにクラウスの防御魔法が「ぐにゃり」とゆがみ、そしてはじけ消えた。

「ぐっ!」

 衝撃波にクラウスの体が押し戻され、口から嗚咽が漏れる。
 しかし直後、

「!」

 顔色を変えたのはリーザの方であった。
 クラウスが倒れなかったからだ。大きく後ろにふらついたが、それだけにとどまった。
 リーザは最大の警戒と共に距離を取りながら手に魔力を込めなおしたが、

(……来ない?)

 クラウスはすぐに攻めてくる気配を見せなかった。
 クラウスは視線を細かく動かしながら、あるものを探していた。
 クラウスはリーザの弱点を見抜いていた。
 先の一合でわかったことは三つ。
 まず第一にリーザは防御魔法で爆発の衝撃を防御していること。
 第二に、リーザ本人ものけぞりながら少し後ろに押されていること。
 そして最後に、腰を深く落とし、少し上に向けて放っていること。
 そうしなければ、反動を地面の方に向ける工夫をしなければ、自分も吹き飛んでしまうのだろう。
 これら三つのことから、次の攻め方はすぐに決まった。
 相手の対応が同じならば次で決められるだろう、が、実行にはあれが必要。
 そんなことを考えながら視線を動かしていると、

(……あった。しかも都合の良い位置)

 勝機を見出したクラウスはそれに向かって地を蹴った。
 この時、一つの幸運がクラウスに訪れた。
 リーザがクラウスから視線を外したのだ。
 その理由はすぐにわかった。
 クラウスの瞳に映ったのはリーザに襲い掛かる複数の光弾。
 味方の攻撃か、ただの流れ弾か。どちらにしてもリーザは対処しなくてはならない。
 リーザがその光弾を防御魔法で受け止めている間に、クラウスは一気に目標物に接近。
 そして、クラウスは地面に落ちていたそれ――大盾を引き摺るように拾い上げた。
 リーザの視線がクラウスの方に戻る。同時にクラウスはリーザに向かって進路変更、そのまま突進。
 リーザの瞳に映った大盾の像がみるみるうちに大きくなる。
 迫る大盾。その表面は発光している。
 大盾の上に防御魔法をかぶせているのは明らか。
 リーザの心に危機感が湧き上がる。
 相手は重量と硬度を大きく増した。前と同じ威力の爆発で止められるのか?
 それが言葉になるよりも速く、リーザは爆発魔法の構えを取った。
 危機感を払拭する何かをひらめいたわけではない。恐れのような感覚から目をそらして、とりあえず構えただけだ。
 そして実のところ、リーザが真に恐れているのは別のところにある。
 対処する術が全く無いわけではない。単純な手がひとつあるが、それには代償が伴う。リーザが本当に恐れているのはそちらのほうだ。
 リーザの手の上に薄赤い光球が生まれる。
 クラウスはもう目の前。
 しかし危機感を払うひらめきはまだ生まれない。
 やむを得ない、そう思ったリーザは手にある光球に魔力を注ぎ足した。
 その直後、

「!?」

 クラウスの像が「すっ」と下に縮んだ。
 しかし距離感は変わらない。
 ならば答えはひとつ。

(下!?)

 視線を動かすよりも速く、リーザは両手を下に向けてかざした。
 刹那遅れてリーザの両眼が低姿勢突進をしかけてくるクラウスの像を中心にとらえる。
 そこでリーザの体が一瞬硬直。
 この体勢で、この魔法を下方に向けて発動すればどうなるか、そんな考えが浮かんだからだ。
 どうなるかなどわかりきっている。しかし使わねば――

(殺される?!)

 という恐怖と焦りが、リーザに魔法を発動させた。
 リーザの両手から閃光と爆音が生じ、自身の体が後方に吹き飛ぶ。

(っっつぅ!)

 ミシミシという悲鳴をあげるリーザの両手。そこから伝わる痛みにリーザは顔を歪めた。
 発動と同時に後ろに跳んだのだが、それでも手が砕けそうだ。
 リーザの視界が上に流れ、空を映したと同時に背中に衝撃。
 仰向けに落ちたリーザの体が地面の上を滑る。
 背中と地面が削りあう痛みを感じながら、リーザは再び爆発魔法の準備をした。
 きっとあの男は止まっていない、そんな気がしたからだ。
 背中の摩擦が止まったと同時に上体を起こす。
 するとそこには、やはり、とでも言うべき光景があった。
 前方にあるのは迫る盾。
 やはりこの男は止まっていなかった。
 すかさず両手を前にかざし、迎撃の姿勢を取る。
 が、次の瞬間、

「っ!!」

 リーザの右腕に強烈な痛みが走った。
 原因は矢。屋根から放たれたであろうそれが、二の腕を貫いたのだ。
 全身が硬直しそうなほどの痛み。
 しかしそれよりも問題なのは、

(光球が?!)

 一瞬であったが姿勢が崩れたことで、練り上げていた魔力が拡散してしまったこと。
 このままでは光球にならない。爆発魔法は完成しない。
 もう一度最初から魔力を練り直さなければならない。しかしそんな時間を目の前の男が与えてくれるはずがない。
 別の手段で迎撃しなくてはならない。のだが、

「……っ!」

 この期に及んでリーザの体は硬直してしまった。
 原因は二つ。恐怖と迷い。
 理由のほとんどは恐怖が占めており、迷いはその恐怖に押し流されかけている。
 強すぎる恐怖は時に人を激しく突き動かす。追い詰められた生物が突如激しい抵抗を行うように。
 リーザにとって今がその時。生死の選択が迫っている。あと少し、あと一押しでリーザの迷いは決壊する。
 次の瞬間、それは訪れた。
 目の前に迫る大盾が輝きを失う。
 それとほぼ同時に金属同士が摩擦した音が、抜刀音がリーザの耳に入った。
 そして盾の横から伸びるように白刃が姿を現す。
 このままだと体当たりと同時になで斬りにされる。
 その光景が過去の痛みとともに脳裏をよぎる。
 記憶の奥底に封印していたおぞましい感覚。それが背中を逆撫でながら胸元に登って来た瞬間、

「……ぅああぁぁっ!」

 リーザは叫び声を上げながら左手を突き出した。
 その手から生み出された色は白ではなく赤。
 高熱を持って現れたその赤は、瞬く間にクラウスの体を盾ごと飲み込んだ。

「っ!」

 身を焼かれる激痛に、クラウスは思わず後方に地を蹴った。
 強烈な熱波にクラウスの上体が揺らぎ、足がもつれる。
 熱量だけでなく押しの強さも強烈。
 クラウスを十分押し返したところで、リーザは炎を放つ左手を横に振るった。
 炎が地を這う蛇のような軌跡を描き、兵士達を次々となぎ払う。
 味方を巻き込んでいるが今のリーザに彼らのことを想う余裕は無い。
 そして瞬く間に眼前は赤一色に染まった。
 耳には悲鳴しか届かない。
 その騒がしさとは対照的にリーザの心は落ち着きを取り戻しつつあった。
 が、直後にリーザの目の前を一つの細い影が下によぎった。
 反射的にリーザは右手を上にかざし、真上に防御魔法を展開した。
 光の傘に矢雨が降り注ぐ。
 自分の周囲に誰もいなくなったから――誤射がありえない状況になったから、上から集中攻撃を受けるようになったのだ。理性では冷静にそう分析できていたが、リーザの心は波打った。
 右二の腕に突き刺さったままの矢から生まれる激痛がその波を大きくする。
 苛立つ心。その心に従うまま、リーザは左手を上に振るった。
 炎が家屋の軒下から屋根まで舐めるように這い、上にいた弓兵達までも飲み込む。
 赤に包まれる家屋。だが、これだけでは満足できないとでも言うかのように、赤色は隣の家屋に乗り移っていった。
 こんなことを繰り返せば、街全体があっという間に赤色に包まれるのは明らか。
 にもかかわらず、リーザは再び赤色を別の家屋に向かって放った。
 もうどうでもいい。ヨハンの街だからなど知ったことではない。言い訳なら後でいくらでもしてやる。罰も甘んじて受けよう。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、リーザは炎を再び放った。
 が、

「!?」

 その炎は目標に届かなかった。
 防御魔法に遮られたのだ。
 だがそれだけでリーザは驚いたりしない。目の前で起きたことが奇妙だったからだ。
 防御魔法にぶつかった炎が光の粒子になって拡散してしまったのだ。
 あの防御魔法は明らかに普通ではない。
 あれはなんなのか。リーザの理性は記憶の海の中から正答らしきある一文を引き出した。
 それは昔読んだ文献の一文。
 ある特殊な魔法について書かれた本。厚みは無いが内容はよく覚えている。
 なぜなら自分の、炎使いの天敵となる存在について書かれた本だったからだ。
 その魔法は対象から急激に熱を奪い、光など別のものに変えてしまう。名を、

(冷却魔法?!)

 と呼ぶ。
 その珍しい魔法の使い手が、防御魔法を解除して顔を見せた。
 使い手の正体はヨハンの側近「だった」男、カイルであった。
 なぜ彼はここにいるのか。なぜこの戦いに突如参戦したのか。
 その理由は彼の表情に表れていた。

(この戦いは本意では無い。……しかし、)

 目元は少し沈んだ気持ちを表している。が、

(この街のどこかに父と母が捕らわれている以上、焼かせるわけにはいかん)

 対照的に眉は力強く、十分な戦意を表していた。
 そしてカイルはその戦意を見せ付けるように、少し大げさな動きをつけて「身構えた」。
 右手は腰のあたりに引き、左手は防御魔法を張るために前に。そして両足は手と同じく左を前に出した半身の構え。
 暗器使いである彼が堂々と両手を晒して構えることは珍しい。
 それもそのはず。今の彼は鎖を所持していないからだ。それを隠す外套も纏っていない。
 彼の鎖は工房に預けられている。修理のためだ。
 修復は簡単で一日で終わるはずだった。しかし間が悪いことにそこへ反乱軍がやってきてしまった。
 武器を扱う工房は当然のように占拠された。もしかしたら、鎖はもう工房から無くなってしまっているかもしれない。
 そして、「この街のどこかに父と母が捕らわれている」という情報も確実性に欠けている。
 カイルは主が不在なのをいいことにヨハンの書斎を漁った。
 その際に父と母「らしき」二人の情報を見つけた。あくまでも「らしき」というだけだ。
 ヨハンは汚れ仕事をする際、取り扱う情報は全てぼかしていた。比喩や隠喩を使い回し、特定の人物にしか情報が伝わらないように配慮していた。だから父と母の名が直接記された書類などはどこにも無かった。
 だが、カイルの直感は「それらしき」書類を見つけだした。
 そこに書かれている二人の特徴と人質のような不自由で慎重な扱いから、直感的に「これだ」とカイルは思った。
 そしてなにより、大事なものは出来るだけ近くに置きたがるというヨハンの性質にも適っている。

「「……」」

 カイルとリーザ、双方の視線が交錯する。
 一呼吸分ほどのにらみ合いの後、カイルが動いた。
 するりと、地面の上を滑るようにカイルの像が前に流れる。

「!?」

 これにリーザは少し驚いた表情で後ずさった。
 それは先にクラウスが見せたものと同じ動きであった。
 上半身がまったく揺るがないすり足での歩行。
 距離感を失いそうになるほどの静かな前進。
 リーザと同じくその動きに驚いたのか、または突然の乱入者にまだ戸惑っているのか、カイルの後ろに追従する兵士の姿は無い。
 ゆえに、場は自然とリーザとカイルの一騎討ちのような形になった。
 そして気が付いてみれば双方の距離は既に半分ほどに詰まっている。
 カイルはまだ前進を止めない。
 これにリーザは焦ったかのように慌てて炎を放った。
 リーザの炎とカイルの防御魔法がぶつかりあう。
 結果は先と同じ。炎は光の粒子になって霧散してしまっている。
 しかしリーザは炎の放出を止めようとはしなかった。
 リーザは魔力のぶつけ合い、持久力での勝負を仕掛けようとしていた。
 が、カイルの方はそんな勝負に付き合うつもりなど一切無かった。
 直後、

「っ!?」

 右膝に走った激痛から、リーザは姿勢を崩した。
 真横からの攻撃だ。
 だから流れ弾かとリーザは思った。
 しかし直後、

「げほっ!?」

 今度はリーザの左わき腹に光弾がねじこまれた。
 肋骨が一本へし折れた感覚と共に、リーザの体が「くの字」の形に折れ曲がる。
 息苦しさと激痛が背中へと突き抜ける。
 まるで膝が崩れて上半身が下がるのを狙っていたかのような光弾。
 こみ上げてくる胃液をこらえながらリーザはなんとか倒れることなく踏みとどまり、これが流れ弾や第三者の援護射撃ではないことに気がついた。
 なぜなら、被弾した部分が冷たくなっているからだ。
 これは間違いなく目の前の男が放った弾。しかしどうやって。
 震える右膝に活を入れ、体勢を立て直そうとする。
 が、リーザが戦闘態勢を作るよりも早く、カイルが動いた。
 突き出されたカイルの右手から光弾が放たれる。
 複数の同時発射。五指を用いて一発の弾を四発に握り分けた散弾だ。
 広がりながら迫る散弾には圧迫感がある。が、

(この程度!)

 所詮は散弾。数は多くともひとつひとつは小さいため威力が無い。そう考えたリーザは防御魔法ではなく、炎でこれを迎え撃った。
 リーザの左手からほとばしった炎は散弾を飲み込み、そのままカイルの方へと伸びていく。
 カイルは既に防御魔法を展開して炎を待っている。
 このまま炎をぶつけてもう一度持久戦に――リーザがそう考えた瞬間、

(?!)

 視界の右隅にあるものが映った。
 それは二つの光弾。
 完全に射線を外した光弾。普段なら気にも留めない。
 なのに意識を奪われる。この二つが「何か」危険なことを引き起こしそうな気がする。
 そう直感で思ったリーザが視線をそちらに動かし始めた瞬間、それは起こった。

「!」

 二つの光弾が衝突。
 光弾の一つがリーザの右側頭部へと射線を変える。
 これをリーザは咄嗟に右腕で防御。

「ぐっ!」

 防御魔法ではない生身での、しかも矢が刺さった腕での防御。
 矢傷から生まれた傷みなのか、それとも軋みを上げる骨から生まれたものなのかわからないほどの激痛が右腕から走る。
 だが横からの攻撃の正体は見えた。跳弾だ。
 歯を食いしばりながら再び崩れた体勢を戻す。
 そこへ再び迫る散弾。
 両手で展開した防御魔法でこれを受ける。
 リーザの手に衝撃が伝わる。
 しかし軽い。これはきっとただのめくらまし。
 間を置かずにリーザは両腕を広げ、左右に防御魔法を展開した。

「っ!」

 左手に重い衝撃が伝わる。
 やはり横を狙ってきた。散弾に紛れているせいでまったく見えなかったが、防御魔法を広く展開すればなんとかなる。
 リーザがそう思った瞬間、

「!?」

 その考えは甘いことを、体に教えられた。
 痛みの発生源は背中。
 複数回の跳ね返りを利用して光弾を背後に回りこませたのだ。
 だがこの光弾の威力は低い。跳ね返らせる回数が増えるごとに威力が下がるからだ。光弾に冷却魔法を混ぜると反発係数が増すのだが、それでも弱い。
 後頭部に直撃させれば戦闘不能がありえる。しかしいかんせん精度が悪い。さすがのカイルでも複数回の跳弾では針の穴を通すような精密さは出せない。
 だから広い背中を狙った。倒せないにしても姿勢を崩せるし、なにより背後への警戒心を煽ることが出来る。
 リーザはそんなカイルの狙いをまったくわかっていない。
 ゆえに、まんまとカイルの思惑にはまることになる。
 背中への攻撃で前によろめいていたリーザは、そのままの勢いで地に膝をついた。
 倒れそうになったわけではない。リーザはその場にしゃがんだのだ。
 そして左右に広げた両手を輝かせて防御魔法を展開。
 生み出された光の幕は、小さくなったリーザの体をすっぽりと包み込んだ。
 隙間の無い全方位防御だ。

(……一、…二)

 それを見たカイルは心の中で時間を数え始めた。
 経験からカイルは知っていた。この防御体勢に入った相手が警戒心を解き始める時間を。
 対処不能な事態に陥った際、人が取る行動というものは大体決まっている。降伏するか、逃げるか、それとも閉じこもるかだ。
 カイルはいまリーザが行っている防御魔法の中に閉じこもるという行為を、戦いの中で何度も見てきた。
 人によって多少のばらつきがあるが、その時間はおよそ五秒。約五秒後以降に相手はなんらかの反撃に出ようとする。
 だがその五秒とはこちらが何もしなければの話。
 では、閉じこもっている相手にさらに攻撃を加えればどうなるか。

(……三、……四)

 きっちり四秒の時点で、カイルは輝く右手を鋭く前へ突き出した。
 放たれる光弾。散弾ではない単発。
 速度と威力を重視したその一発がリーザの防御魔法に叩き込まれた。
 場に響く衝突音。
 空気が震えるほどの強烈さ。
 しかしリーザの防御魔法は健在。

(硬いな)

 さすが精鋭だ、と、カイルはリーザを賞賛しながら、また時間を数え始めた。
 警戒中に攻撃を叩き込めばこのように再び警戒心が延長される。
 しかし何度でも延長出来るわけではない。ある理由から、どこかで相手は別行動を取らざるを得なくなる。
 その理由とは――

   ◆◆◆

「……このままいけば勝てそうですな」

 少し離れたところからカイルとリーザの戦いを眺めていたケビンは、ぽつりとそう漏らした。
 傍には火傷の手当てを受けるクラウスの姿がある。
 クラウスをリーザの炎の中から救い出したのはケビンである。
 クラウスを安全な場所まで運んだケビンは大盾兵達と共に、カイルとリーザの戦いを見守っていた。
 そしてケビンは先に述べた「理由」について理解していた。
 ケビンだけでは無い。ほとんどの者が気付いている。
 それはリーザが行っている全方位防御が愚手であるということ。
 消耗が激しすぎるのだ。そもそも、リーザは炎と冷却魔法をぶつけ合う持久戦を挑もうとしていたはずだ。なのにあんなことをしてはそのための魔力が無くなってしまう。
 だから出来るだけ早く防御を解除して反撃しなければならない。しかし今のリーザからはその気配が感じられない。
 カイルとリーザ、二人の対決はカイルが上手く勝負を運んでいるように見える。
 そして、さらにもっと大きな「理由」として、周辺の状況がある。
 リーザの味方は急速に数を減らし始めている。じきにリーザへの包囲が完成し、集中攻撃が始まるだろう。そのことにリーザは気付いていないように見える。

「……」

 クラウスはケビンの呟きに対して言葉を返さなかったが、

(……この勝負、既に決したか?)

 心の中ではケビンと同じことを考えていた。
 が、クラウスはケビン達が気付いていない「別の理由」を見抜いていた。
 それは間合い。
 あの男は明らかに爆発魔法を意識して距離を調整している。
 そして絶妙だ。間合い取りだけで爆発魔法を封じていると言っていい。爆発魔法の予備動作を見てからどうとでも対処が出来る。
 あの間合いならば、長い爆発魔法の予備動作を見てから先に光弾を撃ち込んで動作を潰すことが出来るだろう。または自分がやったように、一気に踏み込んで発動前に接近戦に持ち込むことも出来る。
 この間合い取りは自分には真似出来ない。ただの光弾で相手の姿勢を確実に崩せる精度と威力、またはあの跳弾のようなそれを成す技が無ければ。
 リーザが勝てる可能性が最も高かったのは立ち会った直後の時だけだ。距離がまだ大きく開いているうちに最大威力の爆発魔法を放つのが最善手だった。
 だからあの男はあのような動きで距離を詰めたのだ。出来るだけ速く慎重に、しかし近づいていることを気取られないように、すぐに警戒されないようにするために、あの動きを選んだのだ。
 一体何者なのだあの男は。精鋭と張り合える魔力を持つ冷却魔法の使い手、などという単純な評価ではおさまらない男だ。
 まず目を引くのは跳弾と異常な連射力。散弾の直後に跳弾用の別弾を高速連射している。……あの戦いで、武神の号令に飲まれて消えたフリッツと同等か、それ以上だ。
 加えてあの身のこなし。魔法使いのものには見えない。リックと同じ武家の血筋の動きに見える。
 そしてこの死合運びの上手さよ。命のやり取りに緊張している様子も無い。かなり実戦慣れしている。
 状況はあの男がリーザを圧倒している。なのに、

(なぜだ? 嫌な予感のような……妙な感じがする)

 胸騒ぎのような「何か」が収まらないのだ。だから心に浮かんだ勝利という言葉に疑問符がついた。
 とりあえず予感と言い表したが少し違う。中から、心の奥から湧いてきた感覚では無いように感じられる。
 まるで、音の無い雑音を聞かされているような――聞きたくないものを、考えたくないものを無理矢理頭の中に入れられているような――上手い表現が思いつかない。
 もどかしい、そう思った瞬間、クラウスはこれだと思える適切な表現を思いついた。

(そうだ、これはあれに似ている。味方の怒声や戦闘態勢の指示、そういうものを耳に入れた時のあの、『誰かに強く警告されている時の感覚』に――)

 奇妙な感覚は焦燥感に変わり、クラウスの口を開かせた。

「ケビン殿、我々も前に出ましょう。この戦いは早めに終わらせたほうがいい、そんな気がするのです」

   ◆◆◆

 クラウスが再び動き始めたのと同時に、

「!」

 ベッドの上に横たわっていたアランの目が力強く見開かれた。

「……うぅっ」

 しかし瞼の動きと比べると、上半身を起こす動作はあまりにも弱弱しい。
 全身を支配しているのは激痛であった。
 が、アランの意識は心の中にある奇妙な感覚に向けられていた。

(呼ばれている……?)

 声は聞こえない。だが、なぜかそう思えるのだ。
 アランは感知の力を使って街の状況を調べた。

(……戦闘が起きている? クラウスが戦っている?)

 自分を呼んでいる者の正体を理解した「つもり」になったアランは、ベッドから立ち上がった。

(行かなくては――クラウスが呼んで……?)

 しかし直後にアランの心を塗り潰したのは違和感。

(いや……? クラウスとは違う?)

 自分を呼ぶ者の気配はクラウスの近くから感じる――が、その者はすごく遠いところにいるような気がする。
 矛盾した感覚だ。しかし今はそんなことはどうでもいい。

「とにかく……クラウスのところに行かなくては……」

 ふらつく体に鞭打ちながら、アランは足を前に出した。

 不思議なことに、満身創痍の自分が戦場に赴いてなんの役に立つのか、などという考えはこの時のアランの頭の中には一切無かった。

   ◆◆◆

 アランが移動を開始した頃、リーザは決断を迫られていた。
 防御魔法を展開する両手が疲労で悲鳴を上げ始めたのだ。
 魔力の消耗も深刻。これ以上消耗すればただの光弾の撃ち合いすら不利になる。
 さらに、目の前の男以外からも攻撃を受け始めた。
 それは自分を守る兵士の数がかなり減っているということ。
 この状況を改善出来るであろう選択肢は二つ。
 一つは爆発魔法。目の前の男を倒せる手はこれしかないように思える。
 だがこれは選択肢として弱い。
 問題は距離が微妙なこと。全力の爆発魔法を準備するには近すぎる。そして引き撃ちが出来るほどの十分な空間は背後には無い。
 さらにその準備中、目の前の男がただ待ってくれるなんてことはありえない。確実に攻撃される。なので必然的に爆発魔法の準備は片手でということになる。もう片方の手で展開した防御魔法で男の攻撃を防ぎながらということだ。
 しかしこれは正直出来る気がしない。片手での準備は両手に比べてかなりの時間を要する上、成功率も高いとはいえない。そしてその間、あの跳弾を防ぎきる自身は全く無い。
 ゆえに、無難な選択肢は一つしかないということになる。
 視線を動かしてその候補となる場所を探す。

(……あった。あそこだ)

 それは右にあった。
 依然乱戦のままだが、そこは比較的敵の数が少なく、味方がそれなりに残っている。
 その場所へ強引に駆け込むのだ。
 すぐにでも実行出来る。

(……)

 が、リーザは決断を迷った。
 単純な選択のはずだ。要は逃げるか、やるか。そして天秤は「逃げ」のほうに大きく傾いている。
 迷いなど必要ない、はずなのに――

(……)

 数秒ほど思考。
 敵の攻撃で視界が激しく明滅する中で、リーザが出した答えは、

(ここは両方!)

 であった。
 左手で防御魔法を展開し、右手で爆発魔法の準備をしながら、地を蹴る。
 リーザの体が鋭く右に流れ始める。
 目標地点への到達時間はおよそ三秒。
 そう、たった三秒の勝負だ。まず止められはしない。
 リーザはそう思っていたのだが、

「!?」

 直後、リーザの視界を弾幕が覆った。
 カイルが放った散弾。それらは全てリーザの防御魔法に叩き込まれ、閃光を散らした。
 そのまばゆさと衝撃にリーザが眼を細めた瞬間、

「っっ?!」

 腹部に衝撃。
 折れていた肋骨の一本が肉を裂く感覚が伝わり、激痛が走る。

「……っっ!」

 息が詰まるほどの痛みに、リーザの足が止まる。
 これはなんだ? 全然見えなかった。 ――そんなことはわかりきっている。あの男が放った跳弾だ。そして今はそんなことを考えている場合じゃ無い。
 そうだ、爆発魔法は? ――なんとか無事だ。維持出来ている。それよりもあの男はどうして自分の動きにこんなに早く反応出来た?
 そのような簡単な疑問と答えが、リーザの脳裏に次々と浮かんでは消えていく。
 そして最後の疑問の答えも単純。カイルには見当がついていたのだ。
 先にも言ったが、追い詰められた際の人間の行動は大体決まっており、カイルはそれを経験でよく知っている。
 人は出来るだけ安全な場所に逃げようとする。命の危険が迫っていればいるほど、追い詰められていればいるほど、その傾向は強くなる。
 とてもわかりやすい。哀れに思えるほどに。
 だからカイルはリーザが動いたのと同時に撃てたのだ。
 そしてカイルの攻撃は一手だけでは無い。

「!」

 痛みに悶絶するリーザの目に次の光弾が映りこむ。
 進行方向から迫る光弾。
 左手の防御魔法でこれを受け止める。

「っぅあ!?」

 が、次の瞬間、今度は左肩に激痛が走った。
 真左からも同時に攻撃されている。
 しかしいま左方に防御魔法を向けることは出来ない。既に次の跳弾が目の前に迫っている。
 次弾がリーザの防御魔法に炸裂。場に再び閃光と衝撃音が広がる。
 それは一度では終わらなかった。
 間断無く、立て続けに何度も着弾。
 凄まじい跳弾の連打だ。
 止まっていたリーザの足が後ろに押し戻される。
 踏ん張らないと、と思った直後に再び左方から被弾。

「……っっ!」

 連続する激痛にもう声も出ない。
 視界が激しく揺れ、足元がふらつく。
 踏ん張らないと――というリーザの思いに反し、足が地の上を滑る。
 リーザの体勢が大きく傾く。それを見たカイルは、

(倒れるな)

 と考え、光弾の照準を下方に修正。
 地に伏せたところへの追撃を狙う。上手くいけば再び立ち上がらせることなく終わるだろう。
 カイルはそう思った。
 が、その直後、

「!」

 カイルの顔に驚きの色がにじんだ。
 リーザが左手を、展開している防御魔法を地面に叩きつけたからだ。
 その反動で倒れかけていた姿勢が元に戻り、足が再び走り始める。
 まずい、逃げられる。その言葉がカイルの脳裏に浮かび上がりかけた瞬間、

「ぁっぐ!」

 リーザが悲鳴を上げながらのけぞった。
 保険として放たれていた最後の跳弾に当たったのだ。
 その様子にカイルは安堵の色をにじませながら、

(……運が悪かったな)

 哀れみとともに光弾を放った。
 真っ直ぐに飛来する単発。これに対し、リーザはただの棒立ち。
 先の直撃のせいで反応出来ていない、そうカイルが思った直後、

(!?)

 カイルの意識は硬直した。
 なぜなら、光弾が外れた上に、一発撃ち返してきたからだ。
 しかしカイルが驚きの色を浮かべることは無かった。意識の硬直も一瞬。
 カイルは冷静に、飛んで来たリーザの「弱弱しい」反撃を、魔力を纏わせた左手で叩き払った。
 拍子抜けするほどに貧弱な反撃。
 そして先の回避行動も避けた、というよりもただ倒れかけただけに思える。
 以上のことからカイルは、

(逃げを諦めたにしては反撃が弱弱しい。……もしや、逃げられないのか?)

 と予想。
 この疑問の答えをリーザは心の中で叫んでいた。

(まずい、まずい、まずい!)

 最悪だ。足が動かない。それに爆発魔法の練成に失敗した。もう一度最初から練り直さなければならない。
 しかし次の爆発魔法を練る魔力が残っているかどうかも怪しい。とりあえず反撃してみたが、あのありさまだ。防御魔法は展開することすら困難だろう。
 絶望的、といっていい状態に追い込まれたリーザ。
 それを察したカイルは詰めに入った。
 両手で光弾を連射開始。
 散弾と単発を織り交ぜた高速弾幕がリーザに襲い掛かる。

「っっっ!」

 防御魔法を展開出来ない今のリーザには成す術が無い。
 回避不能の散弾で姿勢を崩されたところに高威力の単発が次々と襲い掛かる。
 まるで光る暴風雨。
 単発の直撃だけは避けようと光る雨の中を懸命にもがく。
 その動きはまるで糸の切れた人形のよう。避けているというより、弾幕にもてあそばれているように見える。
 それでもリーザはこの戦いの中で最も高い回避率を見せた。
 しかしそれは所詮まぐれに過ぎない。リーザは射線を全て見切っているわけでは無い。
 当たるのは、直撃は時間の問題。
 そしてその時はすぐに訪れた。

「!」

 顔面に来ると気付いたが最後、リーザの視界は白く染まり、そして暗黒に沈んだ。

   ◆◆◆

(……?)

 リーザの意識は暗黒の中で目覚めた。
 目の前に広がる黒一色の空間にリーザは一瞬戸惑ったが、感覚からこれが夢であると気がつくのにさほど時間はかからなかった。
 しかしこの夢が普通では無いことにも同時に気がついた。
 意識がはっきりしすぎているのだ。そも、夢の中でこれは夢だと自覚することすら珍しい。
 だからリーザは自分が戦っていたことをすぐに思い出せた。

「……」

 しかし早く目覚めなければとは思わなかった。
 リーザは生への挑戦をあきらめかけていた。
 このまま終わったほうがいい、そうすればこれ以上痛い目を見ることもない、そんな風に考えていた。

「?!」

 しかしそんなリーザの目の前で変化が起きた。
 暗黒から一転、瞬く間にリーザの周りに色鮮やかな世界が構成されたのだ。
 見た目は現実と変わらぬ、よく出来た世界。
 しかし自由が全くなかった。
 そして体は勝手に動いている。
 さらにどこかで見たことがある光景だ。
 だからこれが何なのかすぐに分かった。

(これは……記憶? もしかして、これが走馬灯ってやつなのかしら)

 じゃあやっぱり自分は死ぬのね、などと暗い未来を淡白に考えながらリーザは思い出に浸ろうとした。

 走馬灯とは記憶が脳裏に高速で流れる現象のことだ。決して死の直前に限られたものでは無い。
 そんな現象が起きる理由については諸説あるが、現状を変える、または打破するための情報を脳が探しており、それが断片的な映像として見えているから、などと考えられている。
 しかし炎の一族の血が見せる走馬灯は違う。掘り起こす記憶に明確な基準と傾向が存在する。
 その傾向とは、「忍耐」、「忍従」の類に属する記憶。
 炎の血はその時に感じた鬱屈、憤慨などの強い感情と共に記憶する。

「……」

 リーザの目の前で見たくも無い、思い出したくない光景が次々と流れていく。
 怒鳴り散らす母。それに晒される自分。影で怯える弟妹達。
「炎の一族の残りカス」などと罵倒してくる人達。当然のように行われる差別、そして理不尽。それらから弟妹達をかばい、黙って耐える自分。

「……」

 なぜ自分がこんな目に遭わなきゃならなかった、自分の人生とはなんだったのか、そんな「なぜ」という疑問が鬱屈した記憶の中から湧きあがってくる。
 なぜ、なんで、どうして――積みあがっていくそれらの疑問が怒りに変わる寸前、炎の血は答えを示した。
 瞬間、世界が一変。

「……?」

 が、示された映像にリーザは心当たりが無かった。
 場は式場。
 そして祭壇の上に男女が一組。
 男は端正な顔立ちをしている。結婚したい相手を顔だけで選べと問われれば、自分はこんな顔を想像しただろう。
 そして女のほうは――私だ。
 言うまでもないが自分は結婚していない。
 だから目の前の光景がなんなのかすぐに分かった。
 これは――本物の夢だ。もしかしたら自分にもこんな未来があったかもしれない、そんな甘い夢。
 しかしこれは甘すぎる。
 こんな甘い夢を抱いていたのは幼い頃だけだ。

(……そういえば、)

 こういう夢を「甘い」と考えるようになったのは、「ただの女」としての幸せをあきらめるようになったのは、たしか――

(!)

 直後、世界は再び一変。

別れの儀式

 今度は葬儀の一場面だ。
 そして示されたこの場面が、直前の疑問の答えであることにリーザはすぐに気付いた。

(……そうだ、この日からだ。父が死んだこの日から全てが変わり始めたんだ)

 この日から母が神経質になりはじめた。
 詳しくは知らないが、母は父から受け継いだ仕事を失敗したようだ。
 そのせいで我が家は庇ってくれていたわずかな味方すら失うことになった。
 そして世間からの風当たりが厳しくなった。
 世の仕組みを見知った今なら理解できる。彼らが我々に冷たい理由が。
 それは我々が教会から特別扱いされているからだ。
 どれだけ借金を重ねても我が家が潰されることは無かった。いつもぎりぎりのところで教会がなんとかしてくれた。炎の血とはそれほどまでに特別なのだろう。
 しかし教会への恩義はあまり感じない。生殺しにされているように思えるからだ。借金の肩代わりはいつも一部だけで、残される額も到底返済できないものだ。結局元に戻ってしまう。
 そして教会は対価を、軍隊への戦力という形で求めるようになった。
 だから私は「ただの女」としての幸せをあきらめることになった。

 リーザは知らない。ヨハンがリーザの家の借金を帳消しにしようと、炎の血を懐に抱え込もうと活動していたことを。それが「第三者」の圧力によって邪魔されていたことを。
 そしてリーザの母の失敗も同じ理由である。さらにリーザの家を軍事に参加させようと進言したのもやはりその「第三者」であり、「第三者」はリーザの戦死を期待している。

 さらに恐ろしいことに、世間からの風当たりの厳しさも「第三者」によって「作られたもの」なのだ。この世界には人間の感情を『ある程度操作出来る』怪物が存在するのだ!

 しかしこの事実を知る手段は今のリーザには無い。知るべき人間であるアランとサイラスにもだ。

 話を元に戻そう。

 リーザの目の前で世界が再び変化する。
 新たに示された場面は幼少時の記憶。
 幼い自分が爆発魔法を花火のようにして遊んでいる場面だ。
 この場面はよく覚えている。この後どうなるかもだ。

「……」

 しかしそれでも冷や冷やする場面だ。今だからよく分かるが、恐ろしく危険な遊びをしている。
 もしこのままこんな遊びを続けていたら、とりかえしのつかない事故が起きていただろう。
 しかしそうはならない。なぜなら、

「リーザ!」

 この危険な遊びに「待った」がはいるからだ。
 声の主は今は亡き我が父。
 その父がすごい形相で幼い自分に迫ってきている。

「……」

 父がこんな表情を見せたのはこの時だけだ。だからよく覚えている。
 父は家族にとても優しかった。
 しかし甘いというわけではない。叱るべきときはきちんと叱る。だが声を荒げたり、険しい形相を作ることは無かった。このとき以外は。
 今だから分かる。父がいたから我が家は穏やかだったのだ。父が世間の厳しさからみんなを庇っていてくれていたのだろう。
 そんな人間だったから、責任感が強く誠実すぎたから、早死にしてしまったのかもしれない。

「……」

 目頭が熱くなるのを感じたリーザは、その熱さを敬意に変え、そして祈った。

 リーザは気付いていない。炎の血がこの場面を示した本当の理由を。炎の血は父への想いに浸らせるためにこの場面を見せたわけでは無い。この場面に現状を打破する答えがあったのだ。
 しかし炎の血は深く考える時間を与えてくれない。
 なぜなら時間が無いからだ。外では――現実ではとどめを刺されるまでの時間制限が迫っているのだから。それに、この夢をリーザに見せること自体、脳にかなりの負担をかける危険な行為だ。

 だから炎の血は詰めに入った。

 世界が一転。
 場面は再びあの甘い夢。
 しかし一つ違うところがある。
 親族の席に父が座っているのだ。
 そしてその顔はこの甘い場面には似つかわしくない感情を湛えていた。
 うらめしそうな、未練を写したかのような顔だ。

「……」

 そして父は何も言わない。微動だにしない。
 ただまっすぐに、悲しげで未練にまみれた眼をリーザのほうに向けている。

「……」

 そんな眼差しと視線を交錯させているうち、リーザの中にもやもやとした感情が湧きあがってきた。
 それは入道雲のように大きく、表現出来ない感覚であったが、次第に赤く、苛立ちの色を纏うようになった。

「……」

 一体なんだというのだ。何が言いたいのだ。
 苛立ちの色が滲んだ眼差しを返すリーザ。しかし、

「……」

 父はやはり無言。
 そしていつの間にか、場には自分と父しかいない。
 その異常な一対一の空間と、父の痛々しい眼差しに気をあてられたのか、リーザは自分が責められているような感覚に陥った。

(……一体なんなの?! 私が悪いとでも言いたいの?!)

 リーザはそう叫ぼうとした。しかし声は出なかった。
 そして怒気を露にしたリーザの顔を見ても、父は表情を変えない。
 それが――尊敬する人物にそんな顔をされることが、リーザには耐えがたい苦痛だった。
 だからリーザはもう一度叫んだ。

(私は精一杯努力した! 少しでも状況を良くしようと! 弟達のために、家族のために体を張った!)

 叫びながら、リーザは泣いていた。

(でも分からない、分からないの。……何をしても、いくら頑張っても、何も変わらないの……)

 そう言って、リーザがその場に泣き崩れようとした瞬間、

「姉上、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 場に新しい声が響いた。
 振り返ると、そこには弟の姿。
 視線が交わったと同時に、弟は再び口を開いた。

「姉上はなぜ精鋭魔道士になろうと思われたのですか? 母上が常日頃口に出している『炎の一族』への復讐のためですか?」

 どこかで聞いたことのある台詞。
 リーザはすぐに思い出した。
 これは初めて戦場に行く前の――精鋭になったことを母に報告した日に聞かれたことだ。
 あの時は確か――こう答えたはずだ。

「まさか、そんなわけないじゃない。私にとっては『炎の一族』なんてどうでもいいわ」

 リーザは自分が言ったことを心の中で反芻しただけであったが、目の前にいる弟はこの心中での台詞に対して口を開いた。

「嘘ですね」

 あまりにも唐突で、そして意外な弟の指摘に、リーザは一瞬戸惑った。
 嘘なんてついていない。リーザの心に浮かんだその言葉が戸惑いを怒りに塗り替える。
 その怒りを正しい抗議としてリーザが口に出そうとした瞬間、

(!?)

 目の前の弟が突如消え、代わりに新たな人物が現れた。
 それはリック。
 リックはリーザの目をまっすぐに見つめながら口を開いた。

「……俺はただ、炎の一族に帰ってきて欲しいだけなんだ」

 瞬間、リーザの心は雷に打たれたかのように跳ねた。
 これはクリス達を倒し、その城を占領した時に言われた台詞だ。
 このリックの台詞を聞いた時、私は激しい怒りを、殺意を抱いた。『炎の一族』のことが本当にどうでもいいならそんな感情は抱かないはずだ。

「……」

 自分の言葉が嘘である証拠を突きつけられたリーザは返す言葉を失ってしまった。
 直後、世界がまたも一転。
 新たな舞台は実家の応接間。
 よく見知った部屋である。が、そのテーブルに着いている人物はありえないものであった。
 父と母、そしてカルロとアラン、アンナとクリスだ。
 そんなありえない面子が、一つのテーブルを囲んで談笑している。
 あまりの光景にリーザの目が泳ぐ。
 そしてふと、壁にある炎の一族の軍旗が目に入った。

炎の一族の紋章4

 剣に炎が纏わる様を描いた軍旗。
 なぜかリーザはその絵に釘付けになった。
 この旗のもとに集結せよ、そう言われているような気がしたからだ。

 鍛冶師に過ぎなかった古い祖先が、この絵を一族の象徴に選んだのは気まぐれでも偶然でも無い。血がそうさせたのだ。
 炎の血は知っているのだ。強い感情を力に転化させる手段を。炎のような激しい感情から、鋼のような輝く精神を生み出す技を。

 そしてリーザは気がついた。本当はこんな光景を望んでいたことを。だから、リックの言葉に衝撃を受けたのだ。
 自分が本当に望んでいることに気付ける人間はそう多くない。この瞬間、リーザの心は喜びに打ち震えた。
 憎しみが愛しさに転化する感覚。
 そして同時に湧き上がる、的外れな憎悪を抱いていたことに対する恥の感覚。
 それら全てが生への挑戦心と、希望となったことを察した炎の血は、戦いの準備を始めた。
 どくん、と強くリーザの心臓が脈打つ。
 力が、魔力が全身に漲る。
 その感覚がさらなる希望となってリーザの心を高鳴らせる。
 その力強い感覚は世界すら塗り替えた。
 幻の舞台が消え失せ、リーザの目の前に星空が広がる。
 目に痛いほどに煌く数え切れないほどの星々。その上に、天の川の上にリーザと父が立っている。
 そして、対峙する父が口を開いた。

「あきらめるのか?」

 これに、リーザはかつてのアランと同じ言葉を叫んだ。

“否! 断じて否!”

   ◆◆◆

「なんだ!?」

 それを感じた瞬間、アランは思わず声に出していた。

バージルの中に広がる夜空

 真昼なのに、星空が広がったような気がしたからだ。
 戦場で何かただならぬことが起きている。いや、起きつつある。そう思ったアランは足に活を入れた。

「急がなければ……!」

   ◆◆◆

「な?!」

 そしてそれを見たカイルもアランと同じように声を上げていた。
 倒れたリーザが即座に跳ね起きたからだ。
 カイルの心には恐怖の色が滲んでいた。
 頭部からの出血で真っ赤になったリーザの顔面と、獣のような眼光に気圧されたからでは無い。
 異様な、得体の知れぬ威圧感がある。この女は瀕死になったことで強くなった、そんな矛盾した感覚が恐怖となっている。
 その異常な感覚がカイルの心に一つの文面を呼び起こさせた。

『倒しても気を抜くな。炎の一族は時に蘇る』

   ◆◆◆

 気がつけば立ち上がっていた。
 そして走り出している。

「ぅあぁぁぁっ!」

 叫び声を上げながら。
 前に突き出した左手で光の盾を張りながら。
 右手で爆発魔法を練りながら。
 この後どうするかは考えていない。しかし、こうするしかないんだろうな、という予感はある。そしてそれに対する覚悟もある。
 脳裏にちらつくその予感が示す未来は「相討ち」。
 高威力の爆発魔法を零距離で叩き込む。
 右腕は確実に無くなってしまうだろう。だがかまわない。腕一本と引き換えにこの男を倒せるなら、命を拾えるならば安い買い物だ。
 男が放った迎撃の光弾が迫る。
 正面から着弾。左手に衝撃が走り、足が少し押し返される。
 しかしその感覚は刹那。足はすぐに前へと再び伸び始める。
 この程度では止まらない。たかが一発の弾で止まるような勢いでは無い。
 直後、今度は複数の光弾が着弾。
 視界が大きく揺らぐほどの衝撃が左手から全身に伝わる。
 痛んだ体が、折れた肋骨が悲鳴を上げる。
 しかし止まらない。痛みは感じない。全て快楽に変わっている。だから止まらない。止まれない。
 刹那の間を置いて、前に伸びた足が再び地に触れる。
 指が地を掴む。と同時に、先と同じ衝撃が左手に再び走る。
 足が半歩分ほど押し返される。
 が、間を置かずして足は再び前へ。
 そして足裏が地を三度捉えたところで、男の迎撃が苛烈さを増した。
 光弾の連射速度がさらに上がる。
 あまりの衝撃に左手が痺れ、感覚を失う。
 轟音に耳が馬鹿になる。
 眩しさと揺れのせいで目も役に立たなくなった。
 残されたのは足の感覚のみ。
 地を掴むその感覚だけを頼りに前進する。
 一歩進み、半歩押し返される。
 耳鳴りしか聞こえないおぼろげな世界の中で、「あと十回」という自分の声が心の中でこだまする。
 あと十回足を前に出せば私の勝ち。その前に私の足が止まれば男の勝ち。これはそういう勝負なのだ。
 一つずつ減るその回数を心の支えに、足を前に出す。
 そして、心に浮かぶ数字が「七」を示した瞬間、

(!?)

 背中を冷や汗が伝った。
 ほんのわずかな間だが、光弾の連射が途切れたのだ。
 それが何を意味するのか――その脅威が言葉として脳裏に浮かんだのと、事実として視界に入ったのは同時であった。

(跳弾!)

 左側面から迫る光弾。
 防御魔法をそちらに向けることは出来ない。
 ゆえに、リーザに出来たことは祈りながら身を屈めることだけだった。

「っ!?」

 直後、リーザの左肩に焼け付くような感覚が走った。
 祈りが届いたのか、光弾は肩を掠めただけ。
 背中の冷や汗が引いていく、安堵の感覚。
 その安心感に心をゆだねながら、再び足に力を入れた瞬間、

「ぅあっ!?」

 右腰部に衝撃。
 跳弾も単発では無かったのだ。
 リーザの体が「くの字」に折れ曲がり、背骨が悲鳴を上げる。
 足がふらつき、数字は「七」から「八」へ。
 踏ん張れ――数字を戻さないと――脳裏に複数の言葉が浮かび上がり、焦りを生む。
 その焦燥感に駆り立てられるまま、リーザが右足に意識を向けた瞬間、

「っ!」

 右すねに衝撃。
 低空を飛んで来た跳弾に右足が払われたのだ。
 前に伸びようとした足を狙ったかのような一撃。
 リーザの体勢が大きく傾く。
 左足に力を込め、懸命に堪える。
 確信めいたものがあった。また倒れることは許されない、と。この奇跡のような復活に二度目は無い、と。
 歯を食いしばりながら左足の指を地面に食い込ませる。
 しかし次の瞬間、

「!?」

 背中に悪寒。
 探すまでもなく、その悪寒の原因は視界の隅にすでに映っていた。
 右手側から跳弾が迫ってきている。
 回避不能の軌道だ。
 なにかで防御しなければならない。
 しかし左手の盾は使えない。
 だが、それでも、『なにか』で防御しなければならない!

「っ!!!」

 考える暇なんて無かった。
 だから咄嗟に体が動いてしまった。
 気付けば右手を、爆発魔法を跳弾に向かって差し出していた。
 これはとても危険な行為だと、理解したときにはすでに手遅れだった。

「きゃぁあっ!」

 右手に衝撃が走ったのと同時に声を、甲高い女性らしい悲鳴を上げてしまった。
 すごく痛いだろうなと、これで右手は無くなるだろうなと思っていたからだ。

「……?」

 でもそうはならなかった。
 恐る恐る見てみると、爆発魔法は右手の上にそのまま残っていた。
 いや、そのままでは無かった。少し違っていた。
 爆発魔法はへこんでいた。すり鉢状に。
 瞬間、

(この形は!)

 思い出した。
 これは走馬灯で見た――父に叱られたあの時、爆発魔法で遊んでいたあの時、私はこの形の爆発魔法を作り出していた!
 私はこの形を知っている。知っていた。この形で何が起きるのかを。幼き時のことゆえその意味と価値が分からず、記憶の奥底に封じてしまっていた!

 何かを一点に収束させようと考える時、人は円錐型をイメージする。
 しかし爆発に関しては逆だ。円錐型に「とがらせる」のではなく、すり鉢状に「へこませる」のが正解。
 これは我々の世界で「モンロー効果」と呼ばれており、対戦車兵器などに使われている技術として有名である。この瞬間、リーザはラルフと同じ怪物の領域に達したのだ。

(あの時はたしか……ん?)

 この形の爆発魔法はどうなったのか、そしていまどうすべきなのか、それを考えようとした時、リーザはもう一つの異常に気がついた。

(これは……炎の魔力が抜けてしまっている?)

 この爆発魔法は練成に失敗していた。
 だから爆発しなかったのだ。私の爆発魔法は強い衝撃でも起爆する。本来なら、私の右腕は無くなっていたはずなのだ。

(……ふっ、ふふっ)

 その事実に思わず笑みがこぼれた。
 なんという悪運の強さ。まるで悪魔的だ。
 もしかしたら本当に悪魔というものが味方についているのかもしれない。そんな風に考えてしまうほどに、上手くいきすぎている。
 この悪魔は私の力を見たいのだろう。きっとそうだ。
 ならば――

(見せてあげる)

 と、狂気じみた笑みを顔に張りつつたまま、リーザは後方に跳んだ。
 もう無理に近づく必要は無い。むしろ、この魔法の威力が自分の想像通りならば、もう少し離れたほうがいい。
 飛び退きながら、爆発魔法に魔力を充填する。
 その間、多数の光弾がリーザの体を掠め、時に炸裂した。
 リーザの体に痛みと衝撃が走る。
 しかしリーザの心は揺るがない。
 リーザが気にかけているのは手にある爆発魔法のみ。
 痛みなんてどうでもいい。体勢が崩れようが気にしない。倒れようが、この魔法を投げれさえすればそれでいい。
 千鳥足になりながら爆発魔法を練るリーザ。
 その足裏が三度地の上を滑ったところで、それは遂に完成した。
 その事実に口尻がつり上がる。
 喜びと痛み、興奮と快楽が入り混じる。
 その感覚、正に狂気。
 リーザはその感覚に身を委ねながら、

“見せてあげる!”

 右手を突き出した。
 直後、リーザは感じ取った。

渦巻く炎

 その中で、炎がすり鉢上の外殻に絡みつくように渦を巻いたことを。
 炎が瞬く間にすり鉢上の外殻を食い破ったことを。
 螺旋上になっていた炎が中心軸に収束したことを。

収束する炎

 そして完成した造形、それは正に赤い槍。
 その先端が赤い点となってカイルの瞳に映り込む。

「!」

 カイルの目が驚きに見開く。
 この時、既に手遅れ。
 炎の槍はカイルのわき腹をなぞりながら通り抜けていた。
 耳が音を認識するよりも早く、衝撃波がカイルを飲み込む。
 ぼろ雑巾のように宙を舞うカイル。
 数えるのが馬鹿らしくなるほどの骨折から、カイルはこの時ようやく攻撃を受けたことを知った。

(一体なにが――)

 薄れゆく意識の中、カイルは自分の体が落ちたのを感じた。
 あくまで感じただけ。耳はもう機能していない。
 不思議なことに、下は柔らかかった。
 明滅し、ぼやける視界に映っているのはたくさんの赤。
 リーザが放ったまばゆい赤とは違う。この赤は暗く重い。
 そして同じ赤が空から降り注いでいる。

(ああ、そうか。これは――)

 その赤が何であるかを理解したと同時に、カイルは下にある柔らかなものの正体を察した。

(……)

 そこで思考は止まった。
 やわらかくそして暖かい、今出来たばかりの他人の屍。残酷なその絨毯の上で、カイルは意識を闇の中に沈めた。

   第三十八話 軍神降臨 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
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