シヴァリー 第三十一話

   ◆◆◆

  頂上決戦

   ◆◆◆

 翌日――

 レオン将軍が守る平原の地で二つの軍隊が対峙していた。
 双方ともかなり大規模であり、複数の部隊が合流して出来た混成軍のように見えた。
 その規模、それはかつてヨハンの軍が首都の目前まで迫った時とほぼ同等のものであった。
 双方の中央を務めるのは、

「来たか」

 一方はカルロ。
 カルロは敵の中央にいる青年を見つめながら口を開いた。

「あれが私に挑む者か。……若いな」

 もう一方はラルフ。
 カルロとラルフ、二人の視線が交錯する。
 二人はそのまましばらく見合った。
 視線を先に外したほうが負け、などという競争をしているわけでは無い。
 双方とも、相手の表情から情報を拾おうとしていた。
 先に感想を抱いたのはラルフ。

(……凄みがある)

 年季が入った顔だ。
 カルロの表情に恐怖や緊張の色は無い。感じ取れるのは静かな闘志「だけ」だ。
 カルロは睨む様にこっちを見ている。

(……)

 そこでラルフの思考は停止した。
 ラルフが読み取れたことはたったそれ「だけ」であった。
 あまりにも単純な感想である。
 が、それは仕方の無いことであった。
 今のラルフには表面しか分からない。くぐった場数が違いすぎるのだ。

 そして、その差をカルロはラルフの表情から読み取っていた。

(緊張しているな。が、それは重要では無い。問題なのはその顔に緩みがあること――)

 カルロはラルフの表情だけでは無く、顔の筋肉の状態に注目し、いくつかの情報を読み取った。
 まず、目つきからこの青年が踏んだ場数はアランとアンナよりも少ないということが分かる。
 兵士は経験を積むうちに戦場ではどういう顔をすべきなのかを自然と理解する。力強い目つきを作ること、それが微細なれど、全体の士気の維持に繋がるということを学ぶからだ。彼はそれが分かっていない。もしかしたら、彼の経験量は新兵と呼べる程度のものかもしれない。
 しかし問題なのは経験が少ないにもかかわらず、顔の筋肉の一部に緩みが見えることだ。
 それは強者の証。自分の力に絶対の自信が無ければあんな顔は出来ない。
 そして同時に世間知らずの証でもある。その背にどれだけの期待を背負っているかという自覚が薄いのだ。無表情さと姿勢の硬さから緊張していることが読み取れるが、それは私と戦うからでは無く、この戦いの勝敗に何かを賭けているからか、勝利に対する褒美への期待感からであろう。

 カルロのこの推察は当たっていた。
 その証拠に、ラルフは次のような独り言を吐いた。

「やっと会えた。僕の狙いはあなただけ。あなたを倒して、僕は望むものを手に入る」

 ラルフはこの一戦の勝敗が世をどのように変えるか、この戦いの影響力というものを全く意識していない。ラルフが見ているものは権力であり、その象徴たる王座だけ。ラルフの中にあるのは利己だけなのだ。
 
   ◆◆◆

 しばらくして、双方はほぼ同時に前進を開始した。
 先頭を行くのは最大戦力であるカルロとラルフ。
 それに引きずられるように部隊が前へ進む。
 だがその中に、独特の動きをする部隊が一つあった。
 それはレオン将軍率いる騎馬隊であった。
 右翼に配置されたレオンはカルロから離れるように、敵の側面に回りこむように部隊を移動させ始めた。
 この時、レオンはどう戦うべきかまだ迷っていた。

(報告内容が真実であるならば、あの若者の前に我々が立つことは難しい)

 レオンは既にラルフの力を耳で知っていた。
 ここに至るまでにラルフは何度か戦闘を行っていた。カルロに早く会いたかったからか、ラルフは一切の手加減をしなかった。
 その凄まじさはすぐに各地に伝えられた。
 それはラルフの望みどおりカルロを引っ張り出す結果に至ったが、同時に迎撃の準備を整える機会を与えることにもなってしまった。
 カルロは大部隊を率いて待ち受けていた。が、ラルフ達もほぼ同等の規模の軍を率いていた。敵を蹂躙しながら前進するうちに、他の部隊が合流していたからだ。
 結果、二人の戦いは大軍勢のぶつかり合いという形になった。

 レオンは思考を重ねた。

(だが、倒すことが不可能なわけではない。あくまで、正面に立つことは難しいというだけだ。側面や背後から突撃すれば圧殺することは出来るだろう。正面から戦えるのはカルロ将軍だけ。だが、確実に勝てる保障は無い)

 レオンはちらりと、カルロの方を見た。

(我々が出来ることは二つ。カルロ将軍の援護に徹するか、あの若者への突撃を狙うか)

 どちらが正解なのか――レオンは迷った末、ひとつの考えを閃いた。

(いや、片方に絞る必要は無いのでは? 両方という手もある)

 これが正解なのではないか、そう思ったレオンは考えを詰めた。

(だが我々の突撃が成功する確率よりも、カルロ将軍が勝利する可能性の方が高いのは事実。重きを置くべきは援護のほうで、突撃は意識する程度にとどめておくべきか)

 やる事が決まったレオンは後続する騎兵達に手で指示を送った後、馬に活を入れた。

   ◆◆◆

 レオン率いる騎馬隊が敵の真横についた頃、中央で戦いが始まった。
 先に仕掛けたのはカルロ。
 炎の大魔道士の手から放たれた光弾を、ラルフは防御魔法で受け止めた。
 炸裂音が場に響き渡り、光の粒子が散る。
 が、ラルフの防御魔法はびくともしていなかった。

(軽い。様子見の牽制?)

 ラルフが抱いた牽制という感想は正解であったが、先の光弾には並の魔法使いくらいなら殺せる威力が備わっていた。しかし、それでもラルフにとっては「ただの牽制」でしかないのだ。
 そして、この一撃だけでカルロはラルフとの差を大まかに把握していた。

(……今ので防御魔法が全く揺らがなかったか。ということは、光魔法の力に関してはあの若造の方が数段上、と考えていいだろう)

 カルロは自分がこの光弾を受けたらどうなるか、を想像しながら撃っていた。自分ならわずかに防御魔法が揺れる、それくらいの威力に調節した光弾であった。
 しかし、ラルフの防御魔法は「全く」揺るがなかった。

(単純な撃ち合いでは不利、か)

 ならばやるべきことは――頼るべきものは決まっている。経験と技だ。
 すかさずカルロは手に魔力を込め、光弾を発射した。
 それは単発では無かった。カルロは先と同じ威力の光弾を連射した。
 ラルフが展開する防御魔法にカルロの光弾が次々と着弾する。
 ラルフの視界が曇るほどの数であったが、結果はやはり同じであった。
 ここでカルロは一度手を止め、ラルフからの攻撃を待った。
 そして、ラルフはカルロが期待した通りの反撃を行った。
 それは同じ連射。しかもその光弾のいずれもがカルロが放ったものよりも高い威力を有していた。
 これをカルロは防御魔法で受け止めた。
 この時、カルロの防御魔法は少し揺らいだが、突破される気配は感じられなかった。
 しばらくして、ラルフは手を止めた。
 直後、待っていたかのようにカルロは即座の反撃に出た。
 直前にラルフが放ったのと同じ威力の光弾の連射。
 結果はやはり変わらず。が、ラルフの反応が違っていた。
 ラルフは即座に反撃した。カルロがそうしたように。
 防御魔法で受けて反撃する、二人はこの応酬をしばらく続けた。
 その繰り返しは徐々に強く、そして速くなり、防御と反撃の境界線はあいまいになっていった。
 二人の間を光弾が乱れ飛び、土煙と閃光が二人の影をぼかす。
 そんな激しい撃ち合いの中で、カルロは思考を巡らせていた。

(ここまでは良し)

 瞬間、顔面に向かって飛んできた光弾をカルロは防御魔法で受け止めた。
 防御魔法がびりびりと揺れ、その振動が手と周囲の空気に伝わる。
 その威力を、カルロはかつての強敵と比べた。

(全盛期のヨハンより強いな。しかもまだ全力では無いように見える)

 対峙する若者はかつて恐怖を抱いたあの男を凌ぐ力を持っている。
 その事実をはっきりと認識したにもかかわらず、カルロは何事も無く思考を重ねた。

(しかしやはり経験不足か。こちらの誘いに簡単に乗ってくれる)

 カルロは手を出しながら、理想の展開を頭に描いた。

(さて、このまま持久戦で自滅してくれれば助かるのだが)

 このやり取りをカルロは「持久戦」と表現した。
 その認識はラルフも同じであった。
 違うのは、カルロには自分が有利になるように事を運べている自覚があったこと。
 ラルフは手を出していた。それはもう懸命に。カルロを追い詰めようと必死であった。
 激しい応酬をしていると、互いの魔力と体力を比べる持久戦をしていると、ラルフはそう思っていた。
 しかしそれは間違いであった。
 傍目には二人のやり取りの変化は明らかであった。
 はっきりと分かるものから挙げると、カルロは防御魔法をあまり使わなくなっていた。
 カルロは目で反応出来た攻撃に対しては防御魔法を使わず、体捌きだけで避けていた。
 そして次に見て取れる変化は、カルロの攻撃が甘くなったこと。
 頻度が少なくなっており、時折明らかに威力の弱い攻撃が混ぜられていた。
 以上から、カルロが魔力の消耗を抑えるように立ち回っていることは明らかであった。
 だがラルフはそれに気がついていない。土煙と閃光のせいで正面からでは見えにくいというのもあるが、気づけない主な原因はラルフの心に余裕が無いせいである。

 二人はそんな持久戦をしばらく続けた。
 カルロが望んだとおりの展開が続く。
 が、ある時、

(……こいつの魔力は底無しか?)

 カルロの心に一つの影が差した。
 ラルフの攻撃に弱まる気配が無いのだ。
 それどころか、

(さらに苛烈さを増したか)

 ラルフの攻撃はさらに激しさを増したのだ。
 カルロに三つの光弾が迫る。
 速く重そうなその光弾をカルロは防御魔法で二発受け、最後の三発目は単純な横移動で回避した。
 その時、光弾はカルロの服に掠った。
 触れた部分の繊維が弾ける様に裂け、波紋が広がるように衝撃が全身に伝わる。
 その威力に、カルロの心はほんの僅かだが揺れた。
 これは激しすぎる。目と体捌きだけで避けるには危険が伴う。
 防御魔法無しで受ければ確実に即死する威力。些細な失敗が取り返しのつかない事故になる。
 そんな心の揺れは、カルロの足に現れた。
 じり、と、カルロの踵が後ろに退がったのだ。

   ◆◆◆

 それを見たレオンは声を上げた。

「攻撃しつつ敵の裏側に回りこむぞ!」

 後続の騎兵達がちゃんと追従しているのかを確認もせずに鞭を入れる。
 カルロが後退する、それは出来れば見たくない光景であった。
 そしてこの後どうなってしまうのかをレオンは知っていた。
 カルロの後退から少し遅れて、周囲の部隊が下がり始める。
 そう、このままだと全体が下がることになるのだ。
 端の部隊はある程度踏みとどまることが出来る。しかし、中央に近い部隊はそうはいかない。中央付近は兵士の密度が高く、何より最大戦力であるラルフの足を止めることが難しい。
 ラルフの前進を鈍らせることくらいは出来る。大部隊で挟み込めば撃破も可能だろう。が、それには犠牲が伴うし、敵も馬鹿ではない。ラルフを守ろうと立ち回るだろう。
 こんな序盤で兵力を消耗するわけにはいかない。皆、カルロがラルフの足を再び止めてくれることを期待して積極的な戦闘は避けようとするはずだ。
 だが、我が騎馬隊は違うことが出来る。やらなければならないことだと言い切ってもいい。側面に張り付いていたのはこのためでもあるからだ。
 やる事自体は至極単純だ。
 レオンは振り返り、その内容を叫んだ。

「これより我が隊は敵の中央に突撃を仕掛けるふりをする!」

 真後ろについていた親衛隊が気勢を返す。
 正面に向き直ったレオンは親衛隊の声圧を背に感じながら、再び口を開いた。

「馬の足は惜しまなくていい! 最大速度で行くぞ!」

 これに、親衛隊が再び気勢を返したのをその背に感じたレオンは、馬に鞭を入れた。
 数瞬遅れて親衛隊も鞭を入れ、追従する騎兵達がそれに習う。
 鞭の音は波が広がるように連鎖し、戦場にこだました。
 この派手な合図に、敵は当然反応した。
 しかし、それはレオンが望むところであった。
 上手くいけば敵の前進を、ラルフの足を止めることが出来る。
 我が騎馬隊が単独でラルフを撃破する可能性を持っていることは敵も承知しているはずだ。裏に回られればそれ相応の防御を張るだろう。
 単純に中央の部隊だけでそれをやればラルフの周囲が手薄になる。それはつまり、カルロの方が有利になるということ。
 端側の部隊を防御に回される可能性は無い。そんな悠長に部隊を移動させる暇など与えないからだ。
 そして、敵はレオンが想像した通りの動きを見せた。
 中央の部隊は形を変えた。二列の陣形を組み、後方の列がレオンの騎馬隊に向かって壁を形成した。
 これにレオンは奇妙な安堵感を抱いた。
 今回は思った通りに事が運びそうだ。だが、こんな事は何度もは出来ない。敵の攻撃を受けるか否かの所まで近づかなければならないし、なにより馬が疲れてしまう。
 やはり、カルロ将軍に踏ん張ってもらわなければならない。こちらが取れる手は結局のところ博打なのだから。
 そんなことを考えながら、レオンは期待を込めた眼差しをカルロの方に向けた。

   ◆◆◆

 当のカルロは鞭の音を聞いた時点でレオンの意を察していた。
 こんな序盤で大博打をするはずがない。あの突撃は敵の足を止めるための陽動であるはずだ。
 だがそれでも、馬の足を激しく消耗していることは間違いない。速めにラルフの足を止めなければ。
 手はある。二つ。
 一つは後ろに控えている親衛隊の力を借りること。
 ラルフの足を確実に止められるだろう。しかしこの手は出来るだけ温存したい。いくら戦闘経験が豊富な親衛隊とはいえ、この苛烈な攻撃の前では命を落とす可能性が高いからだ。
 いや、一人この場に出せる者がいる。
 正確には「いた」だ。今はもう手元にいない。
 その者の名はフリッツ。目と反応が良いあいつならばこの攻撃に晒しても生き延びるだろう。それに、あいつの連射力の高さは相手の手と足を止めるのに打って付けだ。フリッツはとにかく持久戦に強い。
 しかしあいつはアランに渡してしまった。今は考えても仕方が無い。
 やはりここはもう一つの手に頼るべきだろう。
 敵の前進を止める方法には定番がある。恐怖を与えるか、別の何かを意識させるかだ。
 これから取る手は両方だ。ありふれた手だが、定番を超えるものはなかなか無い。

   ◆◆◆

 ラルフは光弾を連射しながら前進を続けた。
 カルロとの距離は変わらない。カルロは自分と同じ速度で後退している。
 自分はカルロを押し返している、その事実がラルフに考える余裕を与えていた。

(父が言った通り、単純な力比べならば自分のほうが有利のようだ)

 ラルフはヨハンから教えられたことを思い出していた。
 兵を連れて町を出る前、ラルフはヨハンからカルロとの戦いを想定した訓練を受けていた。
 その時にヨハンが言った最初の忠告を思い出す。

「ラルフ、お前は正面でのぶつかり合いならばカルロを圧倒するだろう。だが、それはあくまでも正面だけの話だ。カルロは側面を突いてくるぞ。奴と戦うときは横からの攻撃に注意しろ」

 離れた敵の側面を攻撃する。カルロにはそれが出来るのだ。
 どうやるのか、その内容をヨハンは口で教えてくれた。
 それを聞いた時、驚いた同時にカルロへの印象が変わったことを覚えている。炎の大魔道士と呼ばれる者がそんな曲芸のような小技を使うとは思ってもいなかったからだ。
 忠告の後、ヨハンは「正面から押し込もうとすればすぐに使ってくるだろう」と言葉を付け足した。
 今がまさにその時なのではないか。
 そう思った直後、視界の隅にあるものが映り込んだ。
 変哲のないごく普通の光弾だ。
 だが、妙な点が二つある。
 一つは弾速がやけに遅いこと。そしてもう一つ、特に妙なのが見当違いの方向に飛んで行っていることだ。明らかにわざと狙いを外している。
 ラルフは「これがそうだ」と思った。
 そして、ラルフはその妙な光弾が飛んでいる方に向かって、左手側に防御魔法を展開した。
 直後、

「!」

 ラルフの視界が閃光に包まれた。
 ほぼ真左に展開した防御魔法に光弾が炸裂したのだ。
 一体どうやったのか。
 それをラルフはしっかりと見ていた。
 カルロは先に発射した遅い光弾に、後から放った速い光弾をぶつけたのだ。置くように放たれた遅い光弾を反射壁として利用することで、本命の光弾の軌道を変えたのだ。
 光弾同士をぶつけて軌道を変化させる、実際にやられるとやはり驚かされる。
 だが恐怖は無い。理由は単純だ。
 まず威力が低い。光弾同士をぶつけているせいだろう。
 次にわかりやすい。的外れな遅い光弾を警戒するだけで防ぐことが出来る。
 しかし、それでも厄介なことに間違いは無い。威力が低いとはいえ直撃は危険だし、遅い光弾に意識と視線を奪われることになる。
 そして注意すべきは側面だけではないかもしれない。上から、という選択肢も考えられる。

「……」

 ラルフは自分の中で疑心と警戒心が膨らんでいくのを感じた。
 疑心は可能性という大義名分を掲げながら、「もしかしたら、カルロはこんなことをやってくるかもしれない」という危険予測を次々と提示し、警戒心を成長させていった。
 ラルフの理性はそれにあらがった。が、最後に勝ったのはやはり警戒心であった。

   ◆◆◆

 ラルフの足が止まったのを確認したカルロは同じように足を止めた。
 効いてくれたようだ。目の前にある確かな成果にカルロは小さな安心感を抱きながら、攻撃を続けた。
 時折、遅く的外れな光弾を混ぜる。
 反射させる気は無い。これは相手の意識を奪うための陽動だ。
 当てられる可能性が高いと判断出来た時だけ側面を狙う。だが、先の一発に対しての反応の速さを見る限り、あの若者はこの側面からの攻撃を知っていた可能性が高い。
 それに、いま重要なのは相手の手と足を止めることだ。横は意識させるだけに留め、前への攻撃を重視する。前方に防御魔法を張ったまま、亀のように固まってもらわなければならない。少なくとも、レオンの騎馬隊の足が回復するくらいの時間は稼ぐ必要がある。
 そんな事を考えながらカルロは光弾を連射した。
 しばらくして敵全体の足が止まり、それから三呼吸分ほど遅れてレオン率いる騎馬隊の勢いが弱まった。
(良し)と、カルロは心の中で成果に対して相槌を打った。
 しかし直後、

「!」

 カルロの心に警鐘が鳴った。
 ラルフの足が前へ出たのだ。

   ◆◆◆

 ラルフは湧き上がる恐怖を押さえ込みながら足を前に出した。
 勇気だけを頼りにした前進ではない。この行動は父から授けられたある筋書きに沿ったものだ。
 父から言われているのだ。「勝ちたければ前に進み続けろ」と。そして「ある状況」に持ち込めと。
 その筋書きには二つ問題がある。そしてそれが緊張の原因でもある。
 その問題の一つは、「ある状況」に持ち込む際、カルロの炎を受けることになる可能性が非常に高いということだ。
 自分は炎の恐ろしさを耳でしか知らない。
 耐えられるのだろうか? 何とか炎を受けずにその状況に持ち込むことは出来ないだろうか?
 ラルフはそんなことをしばらく考えた後、思考を切った。
 考えても無意味だと、答えの出ない問題だとわかっていたからだ。ここに来るまでに何度も考えたが答えは何一つ得られなかった。
 考えなければ恐怖は湧かない。そう自分に言い聞かせながらラルフは前進を続けた。

   ◆◆◆

 ラルフが前進を再開したと同時にカルロは攻撃の手を休め、様子をうかがった。 
 攻撃を止めたのに防御魔法を解除する気配が無い。

(盾を張ったまま前進を続ける気か)

 相手の狙いは二つ考えられる。
 一つは全体を勢いづけようとしていること。もう一つは単純に私との距離を詰めようとしていること。
 どちらにしても、いや、狙いは両方かもしれないが、とにかく相手は短期決戦をお望みのようだ。
 それは炎使いであるカルロにとって、

(望むところ)

 であったが、

(……しかし、一つ気になることがある)

 その心には疑問があった。
 私が強力な炎を使えることを相手は当然知っているはずだ。
 炎魔法は光弾よりも射程が短いが、熱によって防御魔法の上から相手を焼き殺すことが出来る。ゆえに私の相手をする者達のほとんどが遠距離戦を挑もうとする。それが普通だ。
 にもかかわらず接近してくるということは、相手は何か近距離でのみ有効な切り札を持っている可能性が高い。

(問題はそれが何なのか。同じ炎か、それとも――)

 この時、カルロの脳裏に一つの映像が浮かび上がった。

閃光

 それは一筋の閃光であった。
 凄まじい速度と貫通力を持つ光魔法。しかし何より特徴的なのは使用者が取る「構え」だ。
 左足を前に出しつつ、体は横を向いた半身の姿勢。右手はまるで正拳突きでも放つかのように脇の下に置かれ、左手は正面に突き出されている。
 手を真っ直ぐ、かつ高速で突き出すための構えだ。偉大なる一族が使う「武術」に似ている。

 そう、これはかつてアランとディーノを苦しめた閃光魔法である。

 この使い手を二人知っている。一人はたしか、ジェイクと言ったか。アンナが倒したらしく既にこの世にいないようだが。
 そしてもう一人はヨハンだ。
 初めてヨハンにこの魔法を使われたときは重傷を負わされた。戦い自体は相打ちという形に終わったが。
 この魔法のタネは単純でわかりやすい。魔力を針のように鋭く収束させているのだ。ゆえに射程が無い。
 光魔法を攻撃に用いる際は少しでも長持ちさせるために「球」の形を取るのが普通だ。
 光魔法は空気中で安定しない。凄まじい速度で劣化し、最後には霧散する。細い針の形では寿命が短くなるのは当然のことだ。この魔法は射程を犠牲にして速度と貫通力を上げたものだと考えて正解だろう。
 しかし、言葉で説明するのは簡単だが実際にやるとなると話は別だ。
 魔力を針のように鋭く収束させること自体が難しい。私でもそこまでは出来ない。確実に成功させるには何年もの修練が必要だろう。
 それを真っ直ぐ飛ばすのも同様だ。ゆえにあの構えなのだろう。あの姿勢でなければ狙いが安定しないはずだ。
 高速で飛んでくる防御不能の攻撃、それだけ考えると脅威だ。しかし大きな弱点がある。
 まず第一に発射の起点を察知しやすいこと。接近した上で専用の構えを取るのだから非常にわかりやすい。
 第二に姿勢を少し崩すだけで命中精度が大きく下がってしまうこと。
 対処法は二つ。構えを取られた時点で全速で後退するか、相手の姿勢を崩すかだ。
 ヨハンと戦っていた頃の私は後者をよく選んでいた。構えを取られたら、または構えそうだと判断したら即座に光弾を叩き込み、閃光の発射を阻止していた。
 当時のヨハンはこの弱点を補うために色々工夫していた。周りに大盾兵を配置するようになったり、構える姿を見られないように兵士の影に隠れたりしていた。
 しかし、今目の前にいる若者にはその工夫が見られない。
 ならば、彼が持っているかもしれない切り札は閃光魔法では無いと考えて良い?
 そう決めるのは早計だろう。そもそも彼の魔力はヨハンよりも遥かに強大だ。防御魔法さえ張っていれば正面からの攻撃では姿勢が崩れない。
 そう、あくまでも正面だけだ。横や上を突けば姿勢を変えざるを得ないはずだ。これよりは側面からの攻撃を重視すべきか。
 考えているうちにちょうど良い具合に距離が詰まってくれた。おかげであれが使える。これよりはこいつを攻撃の基本にすることにしよう。

 考えながら、カルロは手の中に光弾を作り出した。
 その弾は赤みがかっており、火の粉を纏っていた。

 自身の考えと戦い方に疑問を抱いていないカルロであったが、一つ見落としていることがあった。
 それはヨハンはカルロが思っている以上の努力家であるということだ。
 一線を引いた後も、ヨハンは修練を重ねていた。
 そしてヨハンは遂に生み出したのだ。カルロを倒すための真の切り札を。
 残念ながらヨハン自身がカルロに対してそれを使うことは適わなかった。カルロと五分の勝負をした努力家も老化には勝てなかったのだ。
 だが、その切り札はラルフに受け継がれていた。ヨハンがラルフに対して行った訓練、その内容のほとんどは魔力制御に関するものであり、全てこの戦いのためのものなのであった。

   ◆◆◆

 カルロが赤い光弾を生み出したと同時に、ラルフは足を止めた。

(父の話通りならば、そろそろアレが来るはずだ)

 ラルフは知っていた。カルロが何をしようとしているのかを。
 正面にいるカルロが光弾を放つ。
 その弾は遅く明らかに狙いを外しており、反射用に見えた。
 が、そうではないことをラルフは知っていた。
 その弾が自身の真左に差し掛かったと同時に、ラルフはその弾に向かって防御魔法を展開した。
 瞬間、その光弾は文字通り「破裂」した。
 ぼん、という鈍く大きな音と共に、裂けた球の中から炎と、そして大量の火の粉が周囲にあふれ出した。

 これはリーザが使っていた爆発魔法と同じものである。
 だが、カルロが使うものはリーザのような強烈な衝撃波が発生しない。それは次に述べるカルロの炎が持つある性質のせいである。

 カルロは爆発する弾を連続で放った。
 それらはラルフの周囲で次々と弾け、熱波と衝撃波を生み出した。
 束となって襲い掛かかってくるその波を、ラルフは両手に展開した防御魔法で器用に受け止めた。

(聞いたとおり、威力そのものは大したことが無い)

 だが、問題は別にあった。
 ラルフの体に火の粉が雨のように降り注ぎ、纏わりつく。
 それだけのことなのに痛い。
 この火の粉は普通じゃない。自分が知っている火の粉とは、熱した炭などから生まれる火の粉とは明らかに違う。
 すぐに消えない。この火の粉は肌に張り付いた後もしばらく眩い赤みを維持している。
 肌に小さな水ぶくれが次々と出来てきているのがわかる。

(……まるでゆっくりと焼かれているようだ!)

 その表現は正解であった。
 言葉の通り、カルロの炎は燃焼速度が遅く、ゆっくりと燃えているのだ。
 ゆえにカルロの炎は地獄のそれである。燃焼速度が遅いということは体に纏わりつく時間が長いということであり、それはすなわちゆっくりと焼き殺されるということなのだ。
 リーザの炎のほうが残酷性は低い。カルロの炎は対人魔法としては残虐の極みである。

 ラルフの体を覆う痛みは蓄積し、我慢出来ないものになるまでさほど時間はかからなかった。

(止まっていては駄目だ!)

 痛みを糧にラルフは前進を再開した。
 その心にあるのは後悔のみ。
 あれほど父から念を押されていたのに足を止めてしまった。些細な警戒心なぞを経験者からの忠告より優先させてしまった。なんと愚かなのか。

(前へ、ひたすら前へ進まなければ!)

 ずい、ずい、と、勢いよく足を前に出す。
 そして、互いの顔がはっきりと見えるくらいにまで距離が詰まると、カルロの攻撃が緩やかになった。
 瞬間、ラルフは察した。

(来る。炎が来る)

 カルロが次の攻撃の準備をしていることを。
 ラルフは落ち着き無く、感覚を確かめるように手を何度も開閉させた。
 緊張が高まり、手と背に冷たい汗が滲む。
 焦る原因は分かっている。失敗すれば死ぬからだ。
 だから練習した。何度も、何度も。数え切れないほどに。目を瞑りながらでも成功させる自信が出来るほどに。
 だが、炎を受けながらやったことは無い。
 カルロの炎とは一体どれほどのものなのか。火の粉でこれほどなのだ、炎となれば相当だろう。

「……ふうーっ」

 ラルフはわざとらしく大きな息を吐きながら、

(やるぞ、行くぞ)

 覚悟を決めた。
 重ねた練習量から来る自信とそこから生まれた覚悟が、炎に挑む恐怖と権力への欲求から生じた緊張感とぶつかり合う。
 ラルフの足は止まっていない。
 が、ぎこちなさが少し見て取れる。
 その瞳は睨みつけるようにカルロを見据えていた。
 瞬きは無い。ほんのわずかな動きも見逃さないという意思が現れていた。
 カルロは右手を前に突き出した姿勢を維持している。
 そして、ラルフの瞳の中央にあるカルロの像が動いた。そのように見えた。
 原因は陽炎であった。カルロの右手から今まさに放たれようとしている炎の魔力によって生じた光の屈折のせいであった。
 しかしそれがラルフにとっての合図となった。
 直後、ラルフは右手で防御魔法を展開しながら勢いよく地を蹴った。
 それはカルロにとっても合図となった。
 カルロの右手から炎が噴出す。
 それと同時にラルフは足を止め、防御魔法を右手から切り離した。
 この時、ラルフは右腕を捻り、防御魔法に鋭い回転を加えた。
 ラルフの手から離れた防御魔法は間もなくカルロの炎とぶつかりあった。
 回転する丸みを帯びた円盤は炎を引き裂くように弾き飛ばしていった。
 そう、これはリックが使った炎払いと同じものである。
 地を蹴って助走をつけたのは防御魔法を少しでも前へ飛ばすためだ。
 炎払いをカルロにぶつけるためでは無い。少しでも距離を詰めて殺傷力を上げるためだ。
 しかし直後、ラルフの体を熱波が襲った。

「っ!」

 思わず瞼を閉じかける。
 なんという熱量。目を開けていることすらつらい。直撃では無いのに体が焼け始めている。
 息が吸えない。今呼吸をしたら肺が焼けてしまう。
 急がなくては。すかさず、ラルフは前に出した右手の代わりに左手を脇の下に引いた。
 同時に、左手の中に光弾を作り出す。
 そしてラルフは固まった。
 これは狙いを定めるための膠着であった。
 これが一番難しい。老いゆえか、我が父はこれの成功率が低かった。
 ラルフは肩の僅かな震えを感じながら心の中で、

(神様!)

 と叫びながら左手を前に、防御魔法の中心に向かって突き出した。
 ラルフが神に祈ったのはこれが二回目。一回目は母の生を願った時だ。
 この時、ラルフは光弾に防御魔法と同じ方向の回転がかかるように腕を捻った。
 祈りが通じたのか、回転する光弾は防御魔法の中心に着弾した。
 この行為の目的は三つ。防御魔法の中心点を削ることと、防御魔法にさらなる回転を加えること、そして目印をつけることだ。
 成功の確信を抱いたラルフは、

(よし!)

 と、心の中で声を上げながら右腕を力強く脇の下に引いた。
 同時に腰を少し落とす。
 前に突き出したままの左手を光弾に向けてかざし、人差し指と親指の間にある空間を利用して狙いを定める。
 閃光魔法の構えであった。
 しかし、一つ違うところがあった。
 痛々しいまでに右腕がねじられているのだ。
 回転を加えようとしていることは明らかであり、その回転方向は防御魔法と同じであった。
 そして、ラルフは脇の下に引いていた右腕を前に突き出そうとした。
 しかしその瞬間、

「!」

 ラルフの左肩に衝撃が走った。
 何が起こった?
 それは分かっていた。
 光弾だ。カルロは炎の中に反射弾を混ぜていたのだ。
 ラルフの視界が大きく揺れる。

(くそっ――神様!)

 ラルフは再び神に祈りながら、右腕を突き出した。
 鋭い回転が加えられた閃光が拳から生まれる。
 ラルフの祈りは再び通じた。
 光る槍は防御魔法の中央を捉え、張り付いていた光弾ごと貫いた。
 その直後、かつて見た事無いことが起こった。
 防御魔法が閃光に吸い込まれるような挙動を見せたのだ。
 閃光を軸に防御魔法は回転しながら縮んだ。
 光の幕が重なり、風車のような、水車のような「しわ」が防御魔法に生まれる。
 広げ置いた柔らかい布の中央をつまみ、ねじった時の様子を思い浮かべて欲しい。それに似ている。
 普通はこうはならない。防御魔法は破れた時点で、または穴が空いた時点で割れたシャボン玉のように弾け消える。
 その寿命を延ばすことは出来る。厚みを持たせたり、粘りを持たせるなどだ。
 ラルフは自身が知る限りの延命処置を防御魔法に施していた。
 しかし、それでもこうはならない。
 秘密は回転にあった。

 かつて、カルロを倒すために試行錯誤を繰り返していたヨハンはあることを発見した。
 それは閃光魔法に鋭い回転を加えると、巻き込む性質を備えるということであった。
 それに気づいたのは秋のある日の事であった。閃光魔法が落ち葉を吸い込み、引き裂く様を見た時だ。
 初めは利用価値を見出せなかった。だがある時、興味本位で試してみたのだ。防御魔法にぶつけたらどうなるのかと。
 最初の実験でヨハンは重症を負った。巻き込まれた防御魔法はすぐにバラバラになり、無差別な刃となって四方八方に散らばったのだ。
 危険な代物であった。しかし、ヨハンはその凄まじさの虜になった。
 だから考えた。どうすれば方向性を持たせられるのかと。言い換えれば、閃光魔法に防御魔法を纏わり付かせるにはどうすればいいのかと。
 それはすぐに閃いた。防御魔法にも同じ回転を加えておけばいいのだ、と。

 閃光と防御魔法はカルロの炎を巻き込み、散らしていった。
 そして次の変化が起こった。
 防御魔法が裂けたのだ。
 防御魔法は「しわ」の部分だけを残し、霧散した。
 間も無くその輝く「しわ」は、まるで花が散るように、「ぱっ」と、閃光魔法から離れた。
 だが「しわ」は消えるわけでも、遠くに行くわけでもなかった。
 「しわ」は閃光の周囲を回転しながら様々に形を変えた。

荒れ狂う光

 あるものは伸び、あるものは二つに別れ、あるものは合体して一つになった。
 それはまるで竜巻のようであった。真横を向いた光る竜巻だ。
 竜巻は地面を削り、土砂を巻き上げながらカルロに迫った。
 この時、カルロの顔にははっきりとした表情が浮かんでいなかった。
 どうしたらいいのか分からないのだ。あまりにも驚異的、かつ圧倒的すぎる。
 カルロは反射的に防御魔法を展開した。
 しかしその防御はこの暴力を止めるにはひ弱すぎた。
 瞬きをする間も無く、光る濁流はカルロを飲み込んだ。

(やったか?!)

 ラルフは確信に近いものを抱きながら正面に目を凝らした。
 閃光が巻き上げた土煙のせいで結果が見えない。
 土煙の向こうから大勢の足音が、カルロがいた場所にたくさんの兵士が集まっているような気配が伝わってくる。
 しばらくして、土煙が薄くなり始めた。

(どうなった……?)

 目を凝らす。
 直後、一瞬出来た土煙の隙間から「ちらり」とカルロの様子が覗き見えた。
 本当に一瞬であったが、見えたそれはラルフの勝利の予感を確実なものにした。
 そして同時に、ラルフは声を上げた。

「全軍突撃だ!」

   ◆◆◆

 ラルフの号令から僅かに遅れて、

「突撃するぞ!」

 レオンも同じ号令を放った。
 馬に鞭を入れながら真っ直ぐにある場所を目指す。
 それは敵の中央、ラルフがいるであろう場所であった。
 カルロがどうなったのかはここからでは見えなかった。だが、敵が全軍突撃を開始したということはそういうことなのだろう。
 レオンは追従する騎馬隊の方に振り返り、声を上げた。

「これはかく乱や陽動狙いでは無い! 目標は敵総大将だ! 突っ込むぞ!」

 騎兵達は力強い気勢を返したが、レオンの心は晴れなかった。
 これで自分は死ぬかもしれない、そんな考えが一瞬よぎったからだ。

   ◆◆◆

 同時刻――

 城を失ったクリス達はある味方陣地にて休息を取っていた。
 重症を負ったディーノは布と杭で作られた簡素な仮設住居の中で、ほぼ寝たきりの生活を送っていた。
 しかし不便とは感じなかった。サラの手厚い看護があったからだ。
 その日、ディーノはベッドの上で汚れたぼろ布の天井を見つめながら、物思いにふけっていた。
 それはこの仮設住居での生活における日課のようなものになっていた。
 考えることはいつも同じであった。アランとリックの戦いのことであった。
 集中するために目を閉じる。
 暗闇の中、ディーノは二人の戦いの一挙一動を思い浮かべた。

(やっぱり――)

 すごい、その言葉を心の奥底にしまい込みながら、ディーノは二人の神秘を紐解こうと思考を重ねた。

(……まだ、わからないことがあるが――)

 アランとリックがどうしてあのように相手の攻撃を避けることが出来たのかは分からなかったが、一つ分かることがあった。

(とりあえず、速く動くことは真似出来そうだな)

 ディーノは二人が見せた尋常ならざる加速を思い出しながら、意識を自身の内側に向けた。

巡る光

 体の中に張り巡らされている光の線を感じ取る。

(多分、こいつを使えば二人と同じようなことが出来る)

 試したわけでは無い。が、ディーノは確信に近いものを抱いていた。

(そういえば、アランはどうなったんだろうか)

 ゆっくりと息を吐くことで意識を光の線から外しつつ、ディーノはアランのことを想った。

(生きているのか――)

 生死について少し触れたところでディーノは再び息を吐いて意識を切った。
 死んだと考えるのが普通である、という結論にしか辿りつかないことが分かっていたからだ。
 嫌な結論に達すると分かっていることを深く考えるのはよそう、そう思ったディーノは意識を暗闇にゆだねた。

(少し眠るか)

 体から力を抜き、怪我人らしく静臥することにする。
 そして、心地よいまどろみがディーノの身を包み始めた頃、

「ちょっと水を汲んできますね」

 という、サラの声が耳に入った。
 目を開くと、外に出ようとするサラの背が見えた。
 その背にディーノが、

「ああ、気をつけてな」

 と声を掛けると、サラは「ええ」という返事と視線を返し、外へ出て行った。

(……よく考えなくても気をつけることなんて何も無いな。今のはちょっとおかしかったか)

 サラの姿が見えなくなった後、ディーノはそんなことを考えながら室内を見回した。
 床敷きの上に服が置かれている。
 針が刺さっているのを見る限りに、破れ目を直している途中のようだ。

「……相変わらず不器用だな」

 その縫い目を見たディーノは思わずぽつりとそう漏らした。
 サラは家事があまり上手くない。
 それでも会ったばかりの頃よりはかなりマシになった。最初は何も出来ないと言っていいほどだった。
 しかし作法だけは良いから何をやっても様になる。

「……この怪我が治ったら、また教えてやるか」

 粗い縫い目を見つめながらそう呟くと、違和感がディーノの下腹部を襲った。

(……便所)

 断る相手がいないため、心の中で呟きながらディーノはゆっくりと上半身を起こした。
 体に鈍い痛みが走る。

「くそ、やっぱりまだ痛むな」

 ディーノは見えないものに向かって悪態を吐きながら、傍に置いてあった松葉杖に手を伸ばした。

   ◆◆◆

 痛む右足をひきずりながら用を足しに向かう途中、怒声がディーノの耳に入った。
 二人の男女が口論していると思われる声。
 それを聞いたディーノはたまらず、声がする方に向かって歩き始めた。
 その中によく知った人の声が混じっていたからだ。
 そして、少し遠めに現場を発見したディーノはそこで足を止めた。
 男が女の腕を掴んで引っ張っている。

リチャードイメージ

 男はやけに良い格好をしており、背後には何人もの手下を連れている。
 瞬間、ディーノは察した。
 かつてアランが言った「サラは貴族の人間かもしれない」という推測は正解で、これはつまりそういうことなんだと。
 だからディーノの足は止まってしまった。
 しかし直後、

「助けて、ディーノ!」

 というサラの叫びを聞いた瞬間、ディーノは地を蹴っていた。

「サラを放しやがれ!」

 思わず威勢の良い言葉を吐いたディーノであったが、その前進は速いとは言えなかった。
 杖と片足で地の上をうさぎのように小さく飛び跳ねながら接近する。
 これにサラの腕を掴む男、リチャードがぎょっとした顔を浮かべると、それを隠すように手下の兵士達がディーノの前に立ちふさがった。
 ディーノは(しまった)と思った。穏やかな顔で、仲裁に来たようなフリをすれば何事も無く接近できたかもしれないのに。
 しかし幸いなことに、立ちふさがった兵士達は手を出す気配を見せなかった。攻撃して良いのか悩んでいるような様子であった。
 そして、ディーノはそのまま勢いを殺さずに兵士の壁に体当たりを決めた。
 が、壁を突き破ることは出来なかった。少し揺らいだだけである。
 目の前にいる兵士の体に肩を押し当て、杖を持つ右手と地を支える左足に最大の力を込める。
 しかし崩れる気配が無い。突破口を見いだせない。押し通るにはあまりにも人数差がありすぎる。
 その様子を見たリチャードは表情から驚きを消し、

「さあ、行くぞ! ディアナ!」

 サラの腕を再び強く引っ張った。

「やめて! ……痛い!」

 ディアナと呼ばれたサラの顔に苦痛の色が現れ、その体が引き摺られる。
 同時にディーノの瞳の中にあるサラの像が小さくなり始める。
 こうなったらしょうがない、

「どけ! この野郎!」

 と思った時には既に手が出ていた。
 ディーノの拳が兵士の顔面にめり込む。
 兵士は歪(いびつ)にへこんだ鼻っ柱から血を垂れ流しながら、派手に倒れた。
 そしてそれが開始の合図となった。

「何をする、貴様ぁ!」

 兵士達は一斉にディーノに飛び掛った。
 ある者はディーノを殴り、またある者は蹴り、中には羽交い絞めにしようと掴みかかる者もいた。
 これに負けじと、ディーノも体を振り回す。
 場に粗暴な音が何度もこだまする。
 その音が重なる度に、ディーノは苦痛に顔を歪めた。
 ディーノの体は全快には程遠い。リックにつけられた傷が次々に開き、そして疼き始めた。
 しかしそれでも、松葉杖を持っているという不利を背負いながらも、ディーノは兵士達を肉弾戦で圧倒した。
 そしてまとわりついていた兵士達が全員静かになると、ディーノは再びリチャードに向かって走り始めた。
 リチャードの顔に再び驚きの色が浮かび、その口が開く。

「何をしている! さっさとあいつを止めないか!」

 声に反応した二人の兵士がディーノに掴みかかる。
 しかし二人も先の者達と同じように、ディーノの豪腕の前に屈した。
 倒された兵士が土をなめたのとほぼ同時にリチャードの口が再び開く。

「役立たず共め! 何をしても構わんからあいつを止めろ!」

 その言葉にリチャードの手下達は「ぎょっ」となった。
 光弾を撃ってもいい、殺してもいい、という言葉に聞こえたからだ。
 リチャードが期待していることは実際その通りであった。
 これに隣にいたリチャードの側近はちらりと後ろを見た。
 そして、退路が確保出来ていることを、交戦状態になってもこの場は逃げ切れるであろうことを確認した側近はすかさず声を上げた。

「構わん、撃て!」

 手下達は弾かれるように命令に従った。
 数多くの光弾が放たれ、ディーノに襲い掛かる。
 ディーノは懸命にそのほとんどを避けたが、二発直撃を食らった。

「ぁっ……!」

 ディーノの口から搾り出したかのような悲鳴が漏れる。
 リックにつけられた傷をえぐられるような形でもらってしまった。あまりの痛みに声も出せない。
 息も出来ない痛みに膝が屈する。
 直後、周囲で静観していたクリスの兵士達はこの尋常ならざる事態に対してようやく声を上げた。

「何をしている、貴様ら!」「おい、やめろ!」

 見て分かるだろう、やめるわけがないだろう、と言わんばかりに手下達が再び光弾を放つ。
 直後、割り込むようにディーノの前にクリスの兵士達が躍り出た。
 防御魔法を展開して光弾群を受け止める。
 リチャードの手下達は攻撃の手を止めず、光弾を連射した。
 場が閃光と轟音に包まれる。
 クリスの兵士達は黙って耐え続けた。
 しばらくして攻撃が止まり、場を包んでいた閃光と土煙が晴れ始める。
 そして視界がはっきりすると同時に、クリスの兵士の一人が声を上げた。

「……敵対行動と見なす! 全員反撃しろ!」

 言い終わるか否かのうちに、クリスの兵士達は攻撃を開始した。
 リチャードの手下達も同じように光弾を撃ち返す。
 双方の間を数多くの光弾が行き交う。
 そんな中、一つの声が場に飛んだ。

「広く展開しろ! リチャード様の安全が確保されるまで誰も通すな!」

 発したのはリチャードの側近。
 これを受けてクリスの兵士の一人が声を上げる。

「隊列を変える暇を与えるな! 一気に押し込め!」

 言われずとも承知していたのか、台詞が終わるより早く、大盾兵が最前に飛び出した。
 そのまま突進、そして接触し、相手を力任せに押し込む。
 敵最前列の足が止まっている間に左右から挟みこむように部隊を展開する。
 その様はちょっとした模擬戦のようであった。
 戦況はクリスの兵達の方に傾いていった。やはり実戦経験の差が大きい。
 そして、この状況を作った張本人であるリチャードとその側近は戦っている連中を置いてまんまと逃げ始めていた。
 ディーノは悔しさと怒りが混じった表情で小さくなるその背をみつめていた。
 駄目だ。このままじゃ逃げられる。サラが連れて行かれてしまう。
 しかし、今の自分は走ることすらままならない。

(いや、まてよ?)

 瞬間、ディーノは思いついた。
 速く動きたいのであればアレをやればいいじゃないか、と。

   ◆◆◆

 ここまで来れば大丈夫だろう、そう思ったリチャードの側近は視線を前に戻した。
 馬車はもうすぐそこだ。これなら歩いても追いつかれることは無い。
 側近の耳には味方が倒される音が次々と飛び込んでいたが、気にはならなかった。
 全滅しても構わないと考えていたからだ。
 捕まってもしばらくすれば開放されるだろう。これはあくまでも「親子喧嘩」なのだ。尋問されても「親が子を連れ戻しに来て、その結果取っ組み合いになった」としか答えられない。
 その後でクリスからリチャード様に対して何かあるだろう。下手をすると王から処罰が下る事態に発展するかもしれない。……が、それは知ったことじゃあない。最初に命令したのはリチャード様なのだから。居心地が悪くなったら黙って去るだけだ。
 それにリチャード様のことだ、マズい事態になったら仲間を売ってでも自分の身を守ろうとするだろう。贖罪の山羊にされることだけは避けねばならない。

(もしかしたら、これが最後の仕事になるかもしれんな)

 そんな事を考えながら体から緊張を抜いた瞬間、

「おい、ヤツがまた来るぞ!」

 手下の一人が上げた声に、側近は身を強張らせながら再び振り返った。
「また」という言葉から、それが誰なのかは分かっていた。
 しかしそれでも側近は驚いた。
 側近の瞳に映ったのはやはり追いかけてくるディーノの姿。
 それは明らかに異常だった。
 まず速い。松葉杖を持っていることが奇妙で、そして滑稽に見えるほどに。
 そして力強い。止めに向かった手下達がなぎ倒されている。どこで拾ったのかその手には剣が握られており、手下達はみな防御魔法の上から腕を切り落とされていた。
 圧倒される。だから側近は、

「何をしている! たかが無能力者の怪我人ひとりすら止められんのか!」

 と、思わず叫んでいた。
 実のところ、手下達にあれが止められるとは全く思っていないし、止める手段も思いつかない。
 時間稼ぎが必要だ。だから側近は、

「ばらばらに向かっても各個撃破されるだけだ! 怖気づかず、足並みを揃えて集団で圧殺しろ!」

 と、咄嗟に思いついた適当かつ無難な案を声に出した。
 反応した五人の手下がディーノに向かって飛び出す。
 その初動には僅かなためらいが見られたが、足並みは揃っていた。
 横一列に並んだ五人の手下が同時に光弾を放つ。
 その瞬間、五人の瞳に映っていたディーノの姿が影が伸びるように右に流れた。
 小刻みかつ重い足音が三度耳に届く。
 高速で側面に回りこむつもりだと気づいた時には既に真横。
 視線をそちらに流す。その間に右端に立っていた者が切り伏せられた。
 隣にいた者がその顔に恐怖の色を浮かべながら、防御魔法を展開する。
 が、光の膜が広がりきるより早く、その腕が赤い色を撒き散らしながら宙を舞った。
 それを見た側近の顔に驚きと、手下達と同じ恐怖の色が浮かび上がる。

(何だ、あの速さは?!)

 考えている間にさらに一人やられた。蹴散らされるのは時間の問題だ。
 だが、ここまで来れば――馬車はもう目の前。

「リチャード様、お早く!」

 これにリチャードは返事をしなかったが、急がなければならないことは分かっていた。
 嫌がるサラを引っ張り、無理やり馬車に押し込めようとする。
 しかしその時、

「っ!?」

 目の前がぱっと光ったと同時に、リチャードの胸に重い痛みが走った。
 後ろに倒れ、無様に尻餅をつく。
 何が起きた――そんなことを考えながら正面を、自分を倒したものの正体を確認する。
 そこには防御魔法があった。
 これが自分を突き飛ばしたものであることは疑いようも無い。
 まさか、ディアナが、我が娘が自分に対してこんなことをやったというのか?
 実の娘からの反抗、しかも暴力によるものはリチャードにとって初めての経験であった。
 リチャードの心に戸惑いの感情が生まれる。
 直後、目の前にある光の壁が薄らいだ。
 その奥にあるサラの顔があらわになる。
 その表情は弱弱しく、恐怖、驚き、そして懺悔の色が混じっていた。
 サラは固まっていた。
 今のうちに逃げるべきだ――サラの理性はそう訴えていたが出来なかった。サラの心はすっかり怖気づいており、その足はぴくりとも動かなかった。
 反射的にやってしまったこととはいえ、自身がやったことは明らかだ。間違いなく報復される。だが、逃げる素振りを見せなければ、父の怒りが少しはやわらぐのではないか、そんな考えがサラの頭の中を支配していた。
 リチャードはサラが想像した通りの反応を見せた。
 リチャードの表情が戸惑いから憤怒の形相に変わる。
 そして、リチャードは立ち上がると同時に、その手から光弾を放った。

「あぅっ!」

 光弾はサラの腹部に直撃し、その体をくの字に折った。
 これにはさすがの側近も驚きの表情を浮かべた。
「なんてことを」という言葉が側近の心に浮かんだ。
 これがリチャード様の善くないところだ。あまりにも直情的すぎる。
 側近は心に浮かんだ非難の言葉を口に出すことはせず、そのまま飲み込んだ。
 周りの手下達も同じように口をつぐむ。
 しかし、たった一人だけ声にしたものがいた。

「てめえ、なんてことしやがる!」

 側近の耳を強く打った野太く激しい声、それはディーノのものであった。
 ディーノはもう目の前だ。
 これに側近は、

「リチャード様、お急ぎを!」

 と、声を上げながら戦闘態勢を取った。
 側近の顔が焦りに染まる。
 それはディーノの顔も同じであった。
 ディーノの瞳には馬車に放り込まれるサラの姿が映っていた。
 時間が無い。剣を握る手に汗がにじむ。
 そしてさらにまずいことにこの剣ももう限界だ。良くてあと二人斬れるかどうか。

(くそったれ!)

 ディーノは半ば自棄になりながら、立ちふさがる側近に向かって踏み込んだ。
 その安易な突進に対して側近が迎撃の光弾を放つ。
 これをディーノは右に鋭く進路変更することで避けた。

「っ!」

 その無茶に対してディーノの左膝が抗議の悲鳴を上げる。
 ディーノはその痛みを無視しながらさらに踏み込んだ。
 側近が防御魔法を展開する。
 目の前で広がる光の盾。ディーノはその壁に向かって剣を一閃した。
 剣は綺麗な弧を描きながら大きく振り抜かれたが、

「!?」

 ディーノの耳に響いたのは肉を裂く音では無かった。
 聞こえたのは甲高い金属音のみ。
 側近が展開した防御魔法は目の前に今だ健在。
 そして直後、へし折れた剣の先端が地を跳ねる音がディーノの耳に届いた。

(くそっ、こいつ硬え!)

 これまでに切り伏せた下っ端どもより魔力が数段上だ。
 高まる焦燥感に突き動かされるまま再び地を蹴る。
 ディーノは何も考えずに動いた。
 本能が選んだ動きは高速の回り込み。リックが何度も見せた動きと同じもの。
 これに側近は全く反応できなかった。
 完全に背後を取ったディーノは、側近のうなじに折れた剣をねじ込んだ。

「ぐがっ!?」

 側近の口から奇妙な悲鳴が漏れる。
 瞬間、側近は「これが最後の仕事になるかもしれない」と考えたことを思い出し、それが望まぬ形で実現しようとしていることを悟った。
 側近は抗った。迫る終焉という運命に抵抗しようと、体に力を込めた。
 しかし、体は既に思うように動かなくなっていた。
 だが、一つだけ、左手だけがかすかに反応した。
 側近は左手の中に小さな光弾を生み、放った。
 狙いをつけずにでたらめに撃たれたその光弾は、偶然にもディーノの松葉杖に直撃した。
 杖がへし折れる音が側近の耳に響く。
 なぜかその音が遠く聞こえる。
 直後、それを最後の仕事として、側近の意識は闇に消えた。
 そして、側近の体が地に倒れたと同時に、姿勢を崩したディーノもまた地に膝をついた。

「糞がっ!」

 死人に悪態を吐きながら、ディーノは片足で立ち上がった。
 サラを乗せた馬車は既に走り出していた。
 残された手下達も置いて行かれまいと走って追いかけ始めている。
 ディーノは右足を引き摺りながら、左足一本で馬車を追った。
 ぴょこぴょこと、片足で飛び跳ねる姿は少し情けなく見えたが、必死の形相と、片足とは思えぬ速度が無様さを打ち消していた。
 だが、ディーノの瞳の中にある馬車の後ろ姿は少しずつ小さくなっていった。
 だからディーノは左足にさらなる力を込めた。

(速く、もっと速く!)

 左膝に鋭い痛みが走る。
 しかしそんなものは気にならなかった。
 さらに力を込める。
 左足に走る光の線が眩く輝き、そして熱くなる感覚を感じる。
 ディーノの瞳に映る馬車の後ろ姿が「ずい」と大きくなる。
 もう地面の上を滑空しているような感覚だ。
 この調子なら追いつける、そう思った直後、

「!」

 馬車の中から数多くの光弾がディーノに向かって放たれた。
 体を傾けながら進路をずらし、回避する。
 しかしそのせいで馬車との距離が大きく広がった。
 左足に再び力を込める。
 瞬間、無視出来ない痛みが走った。

(頼む、もう少し、もう少しだけ持ちこたえてくれ!)

 祈りながら左足を動かす。
 もう激痛と呼べる感覚だ。歯を食いしばっていなければ耐えられない。
 ディーノの願いに反し、その痛みはますます主張を強めた。
 そして、左膝に走る痛みがリックに蹴られた右膝のものを超えた瞬間、

「っぅお?!」

 ディーノの左足は地面を捕え損ね、空回りするようにその足裏を滑らせた。
 顔面から滑り込むように地面に倒れる。
 ディーノは素早く立ち上がったが、馬車は指先くらいの大きさに見えるまでに遠ざかっていた。
 その場にひざまずくように座り込みながら、両手で地を叩く。
 怒りに任せた殴打。しかしディーノの気持ちはまったく晴れなかった。
 少し間を置いてからディーノはもう一度両手を地面に叩き付けた。
 あそこでこうしていれば結果は変わっていたのではないか、という後悔がディーノにそうさせていた。
 そして、ディーノは見えない何かに謝るかのように、深く頭を下げ、額を地面に擦り付けた。
 ディーノはしばらくそうした後、肩を震わせながら、

「くそったれぇ……っ!」

 と、搾り出すように呟いた。

   ◆◆◆

 翌日――

 自陣にて目を覚ましたラルフは火傷で痛む体を庇いながら上体を起こした。
 体に巻かれている包帯を気まぐれに撫でながら、カルロとの戦いを思い出す。
 強かった、本当に。
 だが――

「……僕の勝ちだ」

 ラルフはそう呟いた後、しばらく包帯を撫で続けた。
 まるでその傷が勲章であるかの如く。

   ◆◆◆

 同時刻――

 ラルフの陣の近くにある森の中に二つの影があった。

「結果は?」

 片方の影がもう一方に話しかける。
 問われた影は即答した。

「ラルフの勝ちだ。カルロは片足を失った。すぐにサイラス様に伝えてくれ」

 これに、問うた方の影は頷きを返した後、その場から走り去っていった。

   第三十二話 武人の性 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

魔法を詠唱して放つタイプのものと違い、大変スピード感がありますね
体術と一体になった、フィジカルな攻防が鮮烈で、息をのみます。
思わず引き込まれました。

Re: No title

ありがとうございます。
これからも執筆を続けていくので宜しく御願いします。

> 魔法を詠唱して放つタイプのものと違い、大変スピード感がありますね
> 体術と一体になった、フィジカルな攻防が鮮烈で、息をのみます。
> 思わず引き込まれました。
プロフィール

稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
音楽好きな物書き。ゲームも好き

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