シヴァリー 第二十七話

   ◆◆◆

  移る舞台

   ◆◆◆

 その頃、ラルフの姿は歓声の中にあった。
 ラルフの眼前には砕かれた石柱の残骸が散らばっていた。
 ラルフがいる場所は精鋭の試験場。神学校を卒業したばかりのラルフであったが、この試験にはヨハンに言われるよりも早く自ら志願していた。
 歓声はやまない。ラルフの魔力はあまりにも圧倒的であった。
 ラルフはその声に応えるように、拳を真上に、太陽に向かって突き上げた。

   ◆◆◆

 そうして精鋭になったラルフはすぐにある場所へと足を運んだ。
 それは収容所であった。
 傍についていた護衛の静止を振り切り、ラルフは収容所の奥へと足を運んだ。
 そして、ラルフは目的の女性を見つけた。
 その女性、リリィはボロの衣服を纏い、作業に従事していた。
ラルフは声をかけようとはしなかったが、その存在に気づいたリリィが口を開いた。

「あ……ラルフ?」

 ラルフはリリィを見つめたまま、追ってきた護衛に一言、言い放った。

「彼女と話がしたい」
 
   ◆◆◆

 ラルフはリリィを連れて収容所内にある応接間へと入った。

「座ってリリィ」

 促されるままにリリィがソファーに腰掛けると、ラルフは対面側に座り、口を開いた。

「ここにいると思った。やはり父は私に嘘をついていたんだな」

 嘘、それは屋敷へ連れ出され、ラルフと会わされたあの日のことを言っているのだろうと、リリィは察した。

「……すまない。君をこんなひどい目に合わせてしまって。そもそも、僕がしっかりしていれば君がこの収容所に入れられることも無かったはずなのに」
「……」

 頭を下げながら謝罪の言葉を述べるラルフに、リリィは何も言葉をかけられなかった。
 そして暫し後、ラルフは「すっ」と頭を上げながら口を開いた。

「リリィ、突拍子の無い話に聞こえるかもしれないが、聞いて欲しい」
「……」

 リリィは頷きも言葉も返さなかったが、ラルフは言葉を続けた。

「リリィ、僕はこれからカルロを倒しに行く」
「……?」

 本当に突拍子の無い話に、リリィは心の中で首を傾げることしか出来なかった。
 対し、ラルフはリリィの目を見つめながら再び口を開いた。

「……カルロを倒した後、僕は君を迎えにここへ戻って来る。そして君を外へ連れ出す」

 ラルフの口調は徐々に熱く、まくしたてるようになっていった。

「僕は君を傍に置く。誰にも文句は言わせない。カルロを倒した男に口出しなど許さない」

 そしてラルフは視線を一瞬下に外した後、先よりも力強い眼差しをリリィへ向けた。

「そして、僕はこの国の王を目指す。王になって、この腐敗した世の中を正す」
「……」
「だから、もう少しだけ辛抱して待っていてくれ、リリィ」
「……」

 ラルフはたぶん真剣に話している。だが共感も実感も沸かない。何かがずれている、リリィはそう感じていた。

 ラルフは神学校の生活を経て、明らかに変化していた。野心、野望のようなものがラルフの中に芽生えていた。
 だが、それがどうにも薄っぺらい。リリィはそう感じていた。
 リリィは直感的にラルフのある厄介な気質を見抜いていたのだ。
 その気質とは――

   ◆◆◆

 その夜――

 ヨハンは私室にて赤毛の男カイルからラルフの行動についての報告を聞いていた。

「ほう、ラルフが収容所へ、リリィに会いに行ったと」

 主を前に跪くカイルは、その頭をさらに低く垂れるかのように頷いた後、尋ねた。

「いかがいたしますか?」

 ヨハンは顎に生えた白い無精髭を暫しいじった後、口を開いた。

「ラルフはその後何かを言ってきたか?」

 これにカイルは首を振った。

「いえ、特に何も」
「ならば放っておけばよい」

 主の意に物申すつもりは無いが、カイルは確認するように再び尋ねた。

「よろしいので?」
「無能の女を一人手篭めにするくらいかまわんよ。カルロを倒してくれさえすればな」

ヨハンは薄い笑みを浮かべ、「それにな、」と繋げた。

「はっきり言ってラルフは大した男では無いよ。魔力が強いだけの甘ちゃんだ。リリィを収容所に入れていたことを知ったのに、私に何も言ってこないことがその証拠よ」

 そう言ってヨハンはカイルに背を向け、窓の外に広がる夜景を眺めながら口を開いた。

「結局ラルフは自分の身が一番可愛いのだ。私に反抗する機会はこれまでにもあったが、一度もしなかった。あやつは何をするにしても、まず自分の身の安全を第一に考え、そして欲深いのだ。本人は気づいていないかもしれんがな」

 ヨハンは顔に笑みを貼り付けたまま、再び顎鬚をいじりながら言葉を続けた。

「だからラルフは我々に逆らわない。贅沢な暮らしと、戦いによる名誉と、そこから生じる権力を与えてくれるのは我々だということを分かっているからだ」

 ヨハンはカイルの方に向き直りながら、

「その手の人間は多く、いずれも御しやすい。まことに分かりやすい連中よ」

 と言って、含み笑いを口尻から漏らした。

 ヨハンが言ったことは当たっている。が、一つ見落としている。
 ヨハンが与えられるものと同じもの、または同等の価値があるものを与えられる人間が別に現れたならば、ラルフはあっさりそちら側に寝返る可能性があるということを。

   ◆◆◆

 一方、ラルフがリリィと再び接触したという情報は、フレディによってサイラスの耳にも入れられていた。

「……以上です。ラルフとリリィが何を話していたのかまでは分かりませんでしたが」

 サイラスは頬杖をついただらしない姿勢のまま、口を開いた。

「それはなんでもかまわない。……しかし、ラルフはリリィに相当御執心のようだな」

 この件について、サイラスはそれ以上何も言わなかったが――
 その顔はまるで「使えるな」とでも言いたげな表情であった。

   ◆◆◆

 一週間後――

 ラルフは街の中を歩いていた。
 その後ろには、ぞろぞろと兵士達が行列を成していた。
 精鋭になったばかりのラルフであったが、祝い事もせず戦地へと向かっていた。
 戦場に向かうのに街の中をわざわざ通る必要は無い。これは凱旋であった。
その勇壮な出で立ちに、ラルフは多くの視線を集めていた。
 遠巻きから眺める見物人の中には、近隣に住む貴族達もおり、ジョナスとケビンの姿もあった。
 二人の視線はラルフの出立を祝うものでは無かった。何かをうかがうような、そんな視線であった。
 そして、同様の視線を遠くから送っている者がいた。
 その者、サイラスはフレディと共に丘の上からその様子を見ていた。

「やっと動き出したか。準備はほぼ出来ている。後は待つだけだ」

 サイラスのその言葉に引っかかるものがあったフレディは、声に出した。

「ほぼ、ですかい? まだ何か足りないものがあるんで?」
「用意できるものでは無い。それは運だ」
「運、ですかい?」
「そうだ。いくつか保険はあるが、どれも運次第だ」
「……もし運命の女神様がそっぽ向いたら、その時はどうするんで?」

 サイラスは即答した。

「その時はまた一からやり直すだけだ」

 その答えにフレディはあきれたような顔で口を開いた。

「よくそこまで気が持ちますね。あっしだったら諦めちまいますよ」

 これにサイラスはその視線をさらに鋭くしながら、口を開いた。

「……勝たなければ我が人生に意味は無い。どんな手段を使ってでも、最後に勝つのが私の信条なのだ」

 サイラスがどんな筋書きを描いているのか、フレディは知らされていない。
 そのことに不満は無い。だが、「どんな手段を使ってでも」という先の言葉に、フレディは僅かな不安を抱いたのであった。

   ◆◆◆

 ラルフが街を出た頃――

 ヨハンは私室にて忙しく筆を動かしていた。
 最後の一行を書き終えた後、文面に間違いが無いことを確認し、筆を置く。
 そして、ヨハンは目頭を押さえながら口を開いた。

「カイル」

 言葉の後、一息分の間も置かずに部屋のドアが開き、廊下から赤毛の従者が姿を現した。

「お呼びでしょうか、ヨハン様」

 部屋に入ってきた従者カイルが礼をしながら要件を尋ねると、ヨハンは先ほど書き上げた書類を差し出しながら口を開いた。

「カイル、次はこの手紙を使いに持って行かせてくれ。これも急ぎだから早馬でな」
「かしこまりました」

 書類を受け取ったカイルは一礼して部屋を去ろうとしたが、その背中をヨハンは呼び止めた。

「待て、もう一つ頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
「軍を動かす準備をして欲しい」
「軍を? 出陣なさるのですか?」
「そうだ」

 ラルフを追うつもりだろうか、カイルはそう予想したが、ヨハンの次の言葉がその考えを否定した。

「目的地は中央だ。数は……まあ、四千もあれば十分だろう」

 中央? その言葉にカイルは思わず口を開いた。

「偉大なる者の聖地へ? しかも軍を連れて、ですか?」

 これにヨハンは再び「そうだ」と答え、言葉を続けた。

「制圧などという物騒なことをするつもりは無い。ちょっと交渉に、少し長い話し合いをしに行くだけだ。……そうだ、今言ったように、どれくらい時間がかかるか分からんから兵糧は多めに用意しておけ。往復にかかる三ヶ月分は必須だとして、滞在に二ヶ月、それといつでも補充できるように補給線を確保しておくのだぞ」

 カイルは頷きのような礼を返したが、それはどこかぎこちないものであった。
 何故ですか、とカイルは問いたかった。だが、そうしてはいけないような雰囲気をカイルは感じ取っていた。
 そして、黙るカイルの意を察したヨハンはその答えを述べた。

「……カイル、私にはどうしても欲しいものがあるのだ。それは我が一族の宿願でもある」

 カイルは「それは何でしょうか」と尋ねなかった。カイルは黙ってヨハンの次の言葉を待った。
 ヨハンは椅子の背もたれにゆっくりと背中を預けながら、天井を眺めるように目線を上げた後、口を開いた。

「……それはな、玉座だ」
(……?)

 カイルにはまだヨハンが何を言いたいのか掴めなかった。王の座を欲することが、どうして中央へ軍を差し向けることに繋がるのか、それが分からなかった。
 暫しの沈黙の後、ヨハンはカイルの方に視線を戻し、口を開いた。

「……カイル、我が一族はな、いまだに誰も王になったことが無いのだ。なぜだと思う?」
「……」

 分からない。カイルが沈黙でそれを示すと、ヨハンは答えた。

「それはな、偉大なる者の一族がいるからだ」

 だから、なぜ偉大なる者の一族がそんなに邪魔なのか、それが聞きたいのだ。カイルは黙ってヨハンの次の言葉を待った。

「カイル、わが国の今の王は何者だ?」

 何者だ、その言い回しから、ヨハンが王の名前を問うているわけでは無いことを察したカイルは、少し考えた後に口を開いた。

「……偉大なる者の一族の親戚、でございます」
「そうだ。では、前の王は?」
「同じく、偉大なる者の一族の縁者にございます」

 この問答によって、カイルはヨハンが何を言わんとしているのかを理解した。
 そして、ヨハンはカイルが想像した通りの答えを語り始めた。

「どれだけ力をつけても、我が一族は王になれなかった。あと一歩、というところまで辿り着いても、その度に偉大なる者の一族が、または炎の一族の誰かが玉座を攫っていった。
 だから、我が一族はやつらの力を弱めようと様々な手を打ってきた。弱い魔法使いをやつらの縁者にしたり、他の家との間に誤解を生ませ、仲違いするように仕向けたりな」

 ヨハンはそう言って含み笑いをした後、すぐに表情を戻して言葉を続けた。

「その過程で炎の一族が我々の敵になったのは誤算だったが……当初の目論見通り、やつらは弱くなった。……が、それでもやつらを、偉大なる者の一族を表舞台から引き摺り降ろすことは出来なかった。まったく、過去の偉大な功績というものは厄介なものよ」

 ヨハンは再び天井を仰ぎ、口を開いた。

「偉大なる者の一族を魔法信仰の象徴に置いたことは失敗だったのかもしれん。だが、そうしなければ我が一族はここまで大きくなれなかったかもしれぬ。まったく、もどかしいことよ」

 ヨハンはカイルの方に視線を戻した。それは、力強いがどこか気味の悪い眼差しであった。

「だが、それも私の代で終わる。私が、我が一族が全てを手にする時が来たのだ」

 ヨハンがそう言い終えると、カイルはただ深い礼だけを返した。

   ◆◆◆

 二週間後――

 ヨハンはカイルと兵達を連れて街を出発した。
 その情報はフレディによってすぐにサイラスの耳に入れられた。

「中央に? 軍を引き連れてだと?」

 私室でその報告を聞かされたサイラスが確認するように尋ね返すと、フレディは頷きを返しながら答えた。

「へい。ですが、それだけじゃないんです。出発する前にちょっと妙なことをやっていたみたいで」
「妙なこと? なんだそれは」
「偉大なる者の一族の縁者にあたる家と、彼らに援助をしている連中に使いを出したようです」

 サイラスは顎に手を当てて暫し考える様子を見せた後、口を開いた。

「……それは恐らく、これからやることに文句を言わせないようにするための牽制、または根回しだろうな。偉大なる者の一族は魔法信仰の象徴だが、教会とは付かず離れずの関係を保ってきた。ヨハンはそんな関係に終止符を打ち、自身の傘下に加えようとしているのだろう」
「どうします?」
「……」

 フレディの質問にサイラスはすぐには答えなかった。
 ヨハンのこの動きはサイラスの予定には無かったものだ。
 だが、サイラスは問題だとは感じていなかった。

(この後ヨハンをどうするかは決まっている。予定に変更は無い。それが少し面倒になっただけ――)

 この時、サイラスの中にある考えが浮かんだ。

(……いや、これは好機かもしれん。奴の行動を利用すれば、より簡単に事を運ぶことが出来るのではないか?)

 サイラスは目尻を僅かに下げながら口を開いた。

「フレディ」
「へい」
「我々も動くぞ。そのためにちょっと用意して欲しいものがある」

   ◆◆◆

 サイラスが動き始めた頃、ヨハンが目指す偉大なる者の地にて、同じ様に行動を開始した者がいた。

「それでは母上、行って参ります」

 偉大なる大魔道士の血を引く者リックは、門前まで見送りに来てくれた母クレアに対し、深い礼を返した。

「気をつけるのですよ、リック」

 対し、クレアは短い言葉を息子に贈った。
 この「気をつけろ」は奥義の扱いに対しての言葉であった。だが、傍にバージルがいるため、クレアは奥義という言葉を口にするのをためらっていた。
 そんなクレアの心中を知ってか知らずか、リックはバージルに声を掛けた。

「バージル、本当に一緒に来ないのか?」

 これにバージルは首を振りながら口を開いた。

「俺はもう少し鍛えてからにする」

 戦場に戻るにはまだ早いと答えるバージルに対し、リックが言えることは何も無かった。
 そして、リックは同じく見送りに来てくれている妻ブレンダと息子エリスの方に向き直り、声を掛けようとしたが、

「気をつけてね、あなた」
「頑張って、父上!」

 先に二人の方から励ましの言葉を掛けられた。
 これにリックは口元を緩ませながら「ああ、わかってる」と答えた後、

「……それじゃあ、行ってくるよ」

 皆の顔を見回しながら出発の言葉を述べた。
 静かだが力強い頷きを返す者、視線だけを返す者、どこか心配そうな顔をする者、そんな様々な反応を受け取った後、リックは皆に背を向け、門をくぐった。
 門の外には既に多くの兵達が控えていた。
 リックは彼らに何も指示しなかったが、兵士達は自然と整列し、リックに追従した。
 険しい山々が連なる偉大なる者の地に、軍靴の音が規則正しく繰り返しこだまする。
 そして、その行列に先頭を行くリックが目指す場所、それはやはりクリスが守るあの城であった。

   ◆◆◆

 ヨハン、サイラス、そしてリック――動き始めた三人に対し、アランはどうしていたのかというと――

「……」

 アランは私室にて事務作業に追われていた。
 机の上に山積みされている書類の束、それに一枚一枚目を通し、筆を走らせる。
 その内容、それはほとんどが金の話であった。
 前線を支える将軍達への出資の承認が大部分を占め、他には周辺貴族からの融資のお願い、さらには兵站を支える街道の修復費用の捻出なんてものもあった。
 アランはそれら全てに目を通し、自身のサインを末尾に記していた。

「……」

 ため息を吐きそうになるのを堪える。
 こっちに帰ってきてから一年、ずっとこんなことをやっている。
 だが我慢するしかない。これが今の自分の仕事なのだ。

「……」

 そう考えても、やはりやる気は出ない。
 そもそも自分がやらなくても回る仕事なのだ。自分がいない間は執事が全て捌いていた。その事実がアランからやる気を奪っていた。

「……くだらないことを考えてもしょうがない。さっさと済ませよう」

 アランはそう声に出して自身に活を入れた後、再び書類に書かれている文字を目で追い始めた。

 この仕事をやり始めて知ったことなのだが、炎の一族はこの国の軍事に関することを全て取り仕切っていた。
 逆に言えばそれ以外のこと、特に商売に関することなどはあまり手をかけていない。
 ゆえに、炎の一族自体の収入は多くない。
 それを補うのが、王室会議で姿を見せたリチャードのような南の貴族達である。
 炎の一族が武力で国を守り、南の貴族が金を出す。この国の構造は、おおざっぱに言えばそれだけであった。

「……」

 そんな金の流れを意識しながら、淡々と作業を進めていると、

「アラン様、今よろしいですか」

 老けた男の声と、慎ましやかなノックの音が部屋に響いた。

「どうぞ」

 アランが許可を出すと即座にドアが開き、

「失礼します」

 奥から城の執事が姿を現した。

「アラン様にお手紙が届いております」

 執事はそう言いながら懐から二通の手紙を取り出し、アランに差し出した。
 アランはそれをすぐには受け取らなかった。
 執事がこうして手紙を持ってくる時、その内容は大抵厄介な、重要度または緊急度が高いものであると決まっているからだ。
 気が重い。しかし無視することは出来ない。
 アランはしぶしぶといった表情で、その手紙を受け取った。
 一方の送り主の欄を見る。
 そこに書かれていた名前に、アランの気はますます重くなった。
 そこへ追い討ちをかけるように執事がその内容を口に出した。

「王からの縁談依頼状です」

 遂にこの時が来たか、アランはそう思った。

「……」

 アランは中身を見ずに黙ってそれを机の上に置き、もう一方の手紙に視線を移しながら尋ねた。

「……こっちはなんだ?」

 執事が答える。

「半年前、大金を出資していただいた南の貴族からの宴席の誘いです」

 アランは中身を取り出し、文章に目を通した。

「……宴を開くのは別にいいのだが、なぜ開催地が北の関所なんだ?」

 南の港町からはかなりの距離がある。
 アランのこの問いに、執事は自身の考えを述べた。

「出資金の主な用途がその関所の強化と、周辺街道の整備だから……というのはただの建前で、北の将軍達と縁を持つことが狙いでしょうな」

 執事の言葉に、ある人物を連想したアランはそれを口に出した。

「リチャードと同じことを考えているのか……北の将軍達ということは、クリス将軍も呼ばれているのだろうか?」

 関所の北にある谷間の道を抜ければ、クリス将軍の城はもう目の前だ。
 これに執事は首を振った。

「その可能性は高いでしょうが、来ることは無いでしょう……その理由は、アラン様自身がよくご存知なのでは?」

 執事の弁に、アランは薄い笑みを浮かべながら頷きを返した。

「確かに、激戦地を支えているクリス将軍が宴のために城を離れることなんてありえないな。そんなことをする余裕なんて全く無い」

 そう言った後、天井を仰ぐように背を伸ばすアランに、執事は尋ねた。

「どうなさいますか?」

 答えは決まっていた。ゆえにアランはすぐに姿勢を戻し、口を開いた。

「王からの縁談を受けるのは当然として、大金を援助してくれたその貴族の事も無下(むげ)には出来ない。ここは出ておいたほうがいいだろう」

 そう言った後、アランは再び手紙の方に視線を戻した。

「そういえば、宴の開催日はいつだ?」

 アランは文面の続きに目を通した。

「……再来週!? すぐに出発しないと間に合わないじゃないか!」

 驚くアランに、執事は同意を示す頷きをしながら口を開いた。

「はい。あまりに急な話なので、お断りしても問題は無いかと」

 執事の言葉はとても甘美な響きであったが、

「……いや、行くよ。これが俺の仕事なのだから。すぐに準備をしてくれ」

 自分に言い聞かせながらアランはそう答えた。

   ◆◆◆

 その後、アランは急いで身支度をし、慌しく出発した。
 そして二週間後――

 会場に着いたアランを待っていたのは、大きく様相を変えた関所の姿であった。
 関所の外観には芸術的な細工と装飾があちこちに散りばめられていた。
 それだけでも驚きに値するのだが、内装はその上を行っていた。
 とにかく煌びやかであった。軍事拠点とは思えぬほどに。
 金の装飾、色とりどりの花、悦を凝らした食事、そして高価な衣服を身に纏い談笑する貴族達の姿。
 一体この宴にどれだけの金をかけたのか。南の貴族の意気込みのほどがうかがえた。
 しかし、そんな華やかさに対し、アランが抱いた感情は不信感であった。
 度が過ぎている、アランはそう感じていた。

「アラン殿、楽しんでおられるかな?」

 その時、特に何もせず時間をもてあましていたアランに、主催者である南の貴族が話しかけてきた。

「ええ」

 アランが適当な返事を返すと、

「それは良かった。……そうだ、この機会に紹介しておこう。私の娘達だ」

 貴族は二人の娘をアランに紹介した。
 娘達はアランに可愛らしい礼をした後、順に名乗った。

「姉の―――と申します」
「妹の――――と申します」

 このときアランは彼女達が何と名乗ったのか覚えることができなかった。それはまるで彼女達と関わることを無意識のうちに拒否しているかのようであった。
 同様にアランはこのあと彼女達と交わした雑談の内容もはっきりと覚えていなかった。何度か適当に返事をしたことだけは記憶していたが。

「それではアラン様、これで失礼しますね」

 そしてアランはこの台詞はしっかりと聞き取ることができた。それはこの退屈な束縛からの解放を意味していたからだ。

(やっと終わったか)

 娘達が去った後、アランは危うく吐きそうになった溜め息を飲み込んだ。
 気分転換がしたい、そう思ったアランは風に当たろうとバルコニーのほうへ足を向けた。
 しかしその直後、一人の貴族がアランの前に立ち塞がった。

「もしやあなたはあのご高名なアラン様では?」

 もしや、と言っているがこの貴族は確信があってアランに話しかけていた。先ほどの南の貴族とアランの会話を盗み聞きしていたのだ。
 アランは求められた握手に応じ、求めてもいない貴族の自己紹介に耳を傾けることになった。
 そしてこの「作業」は一人では終わらなかった。次々と別の貴族が入れ替わりにアランに話しかけてきた。
 アランは何度も機械的に握手に応じ、作業的な会話を繰り返した。

   ◆◆◆

 ようやく開放されたアランは宴会場を抜け、一人廊下を歩いていた。
 あの場から離れられるならどこでもよかった。今はとにかく一人になりたかった。
 歩き疲れたアランは適当な壁に背を預け、身を休めることにした。
 すると、廊下の奥、自分が歩いてきた宴会場の方から誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。
 アランは咄嗟に適当な物影に身を潜めた。やましいことがあるわけでは無いのだが、今のアランは人と話すことにうんざりしていた。
 アランが隠れながら近付いてくる音に耳を立てていると、どうやら歩いてくるその者達は先ほど話した娘達のようであった。
 二人は話しながら歩いていた。

「まったく、本当に碌な男がいないわね」
「あら姉様、私は今日お会いしたアラン様は良いな、と思いましたけど」
「……まあ顔は良いわね。でも魔法力はさっぱりだという噂よ?」
「そんなこと、あのカルロの血を引いていることを考えれば問題になりませんわ。アラン様は弱くとも、きっと子は優れた魔法力を持って生まれるでしょう」
「うーん、確かにそうかもしれないわね」

 娘達は談笑しながらそのまま廊下の奥に消えていった。

(品の無い会話だ)

 陰から娘達の話を聞いていたアランはそう思った。
 この宴はあの娘達のお見合い会のようなものだったのかもしれない。そんなことを考えながらアランは今日初めて小さな溜め息をついた。

   ◆◆◆

 その夜――

 深夜と呼べる時間、用意された部屋に戻ったアランは自由な時間を満喫していた。
 だがこの至福の時間はもう終わりが近づいていた。明日も早い。そろそろ寝なくては。
 そう思ったアランがベッドに入る準備を始めた時、

「アラン様、まだ起きていらっしゃいますか?」

 控えめなマリアの声と、ノックの音が部屋に響いた。

「ああ、起きている。入ってきてかまわないよ」

 アランがそう答えると、ゆっくりとドアが開き、マリアが姿を現した。
 マリアは一礼してから室内に入り、口を開いた。

「アラン様、今後の予定なのですが、このまま城に戻る足でそのまま首都へ、王の元へ向かう、という事でよろしいですか? それとも一度城に寄って行きますか?」
「……」

 これにアランはすぐには答えなかった。

「アラン様?」

 マリアが答えを催促する。しかし、アランは口を開こうとはしない。

「……」

 暫しの沈黙の後、アランは答えた。

「マリア、俺は王に会う前に、ここから北へ、クリス将軍の城へ行こうと思っている」

 この答えにマリアは眉をひそめながら口を開いた。

「アラン様、それは「待って、聞いてくれ。マリアが思っているようなことを考えているわけじゃない」

 マリアの言葉を遮ったアランは自分の考えを述べ始めた。

「……クリス将軍の城にとどまって、また戦いの中に身を置こうなどと考えているわけじゃない。俺はみんなに最後の別れを言いに行きたいだけなんだ」

 引っかかる言い方に、マリアはその意を尋ねた。

「最後の別れ、ですか?」

 これにアランは「そうだ」と答え、言葉を続けた。

「……俺はこの後、王の娘と結婚する。それは避けられないことだ。そして、そうなると俺に自由は無くなる。こうして遠出することも難しくなるだろう。
 それでも、アンナとは会う機会を作れるかもしれない。しかし、前線にいるクリス将軍やディーノ、そしてクラウスに会うことは不可能になるだろう」

 ここでアランは一度視線を落とした。
 そして、アランはゆっくりと、言葉を選びながらといった口調で続けた。

「これは多分、最後の機会になると思うんだ。面と向かって皆に別れを、武人としての自分を捨てて貴族としての職務に専念することを、二度と会うことは無いであろうことを告げる最後の機会」

 アランは再びマリアと目を合わせた。
 その目はとても力強かった。

「マリア、俺はしがらみを断ちに行きたいんだ。行かせてくれ、頼む」

 このようにお願いされては、堅物のマリアでも折れるしかなかった。


 カルロの元へ向かうラルフと偉大なる者の地を目指すヨハン、それを追うサイラス、そしてクリスの城へ向かうリックとアラン。
 地位と権力、名誉、そして未練が人を引き寄せた。
 舞台は整った。後はぶつかり合うだけである。

   第二十八話 迫る暴威 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
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