シヴァリー 第二十四話

   ◆◆◆

  時間切れ

   ◆◆◆

 アランは丸二日、目を覚まさなかった。
 その長い眠りの中、アランは夢を見ていた。
 それは懐かしい幻想であった。夢に現れたのはアランの中にある強い剣士のイメージ、影をまとった細身の剣士であった。

影の剣士イメージ3

 その剣士はかつてアランが想像した時と同じように、刀を持ち、流れるような動きで空想の強敵達を切り伏せていった。
 かつての想像ではここまでだった。しかし今日は続きがあった。剣士が敵を切り伏せる度、その身に纏う影が薄くなっていったのだ。
 そして影の中から姿を現したのは――それはアラン自身であった。
 夢の中のアランの周りに敵が配置される。
 アランはその敵兵達を次々と切り伏せていった。その流れるような動きは、あの幻想の影の剣士そのものであった。
 アランは遂にかつて抱いた幻想の域に立ったのだ。
 ……だが、喜びも束の間、それは現れた。
 次にアランの前に現れた敵、それはあの炎の魔法使い、リーザであった。
 リーザが手を前にかざす。炎を放つ気だ。そうはさせまいと、アランはリーザに向かって鋭く踏み込んだ。
 だがアランの剣はリーザには届かなかった。それよりも遥かに早く、リーザの手から放たれた炎がアランを包み込んだ。
 
   ◆◆◆

 直後、アランはベッドの上で飛び起きた。
 意識が覚醒しても、視界は暗黒のままであった。アランの両目には包帯がしっかりと巻かれており、火傷の痛みも残っていた。
 だが、見えなくともアランには感じ取ることができた。
 そこは城の客室のようであった。周辺の人の動きの無さから、今は深夜であると思えた。

「夢か……」

 なんて生々しい夢。体に巻かれた包帯の下から感じる火傷の痛みが、夢で見た炎の印象を強くしていた。
 しかしアランが夢に対して抱いた感情は恐怖では無かった。

「どれだけ剣の腕を磨いても、俺は炎の使い手には勝てない、そういうことなのか……」

 アランはそんなことをぽつりと漏らした。思えば、炎の使い手と命のやり取りをしたのはあれが初めてであった。

「……当たり前か。剣で炎を斬れるはずがない。……炎を吹き飛ばせるほどの魔力があれば別かもしれないが、俺にはそんな力は無い」

 炎は厄介であった。剣で捌ける代物では無いし、防御魔法でも熱の伝播は止められない。その防御の困難さが、炎魔法が強力である理由であった。

「……ここら辺が俺の限界なのかもしれないな」

 アランはそんな事を呟いた後、再びベッドの上に横になった。

   ◆◆◆

 翌朝――

 早くに目を覚ましたアランは、城の中庭で剣を握っていた。
 傍目にはただ立っているだけに見え、特に何をしているわけでも無いようであった。
 もちろんそうでは無い。アランは楽しんでいた。自身を高いところから見下ろすような感覚、アランはそれに身を委ねていた。
 どこで何がどう動いているのか、それを掌握するということはアランにとって快感であった。
 しかしこの愉悦の時間はもうすぐ終わりを迎えようとしていた。ディーノがこっちに近づいてきているからだ。
 そしてアランの背がディーノの視界に入ったのと同時に、アランはディーノに声を掛けた。

「おはよう、ディーノ」
「おはよう、じゃねえよ。そんな体で出歩いちゃ駄目だろうが」

 ディーノはアランの軽率さに怒りを抱いたのと同時に、妙な感心も抱いた。

「というか、目が開けられないのによく部屋からここまで来られたな」

 この時、アランはその秘密をディーノに教えたいと思った。どうやって? アランは暫し思案した後、口を開いた。

「ディーノ、少し頼みたいことがある」
「ん? なんだ?」
「その辺にある石を俺に投げつけてくれないか」
「はあ?」

 アランの不思議な頼みにディーノは当然の反応を返した。

「とにかく投げてみてくれ」

 この時、ディーノにはなんとなくアランが何を見せたいのかが分かっていた。しかしそれはにわかに信じられることでは無い。
 やむなくディーノは小さな石を手に取り、アランに向かって投げた。しかしその軌道はぶつけるような直線的なものでは無く、アランの手前で落ちる放物線の軌道であった。
 緩やかな軌道を描きながら飛んでくるその小石に対し、アランはわざとぎりぎりまで動かなかった。
 そして、小石がアランの目の前を上から下へ通過する瞬間、アランは目にも留まらぬ速度で抜刀した。
 地に水平に走った剣閃は小石の芯をきれいに捕らえ、両断した。
 二つに分かれた小石が地面に落ちる。しかしそれより早くアランは刀を鞘に納め、元の姿勢に戻っていた。
 金を取れるほどの芸術的な技であった。しかし驚くべきは目を閉じてそれをやってのけたことであった。
 アランは「魔法」でも「技」でも無い「神秘」の一つを身につけたのだ。

「……!? おいおい、マジかよ……実は隙間から見えてるんじゃねえのか?」

 アランはこれに首を振った後、口を開いた。

「もっと投げてくれていいぞ。勢いもつけて構わない」
「……そうか、なら遠慮なくいくぞ」

 ディーノは次々とアランに石を投げつけた。アランの体に当たらないように投げていたが、その速度は先と比べ物にならないほど速かった。
 しかしアランはそれらを一つ残らず綺麗に斬り落とした。その動きにぎこちなさは無く、何度やっても同じだろうとディーノに感じさせるほどであった。

「……すげえな。魔法使いってのはこんなこともできるようになるのかよ」

 感心するディーノにアランは首を振った。

「これは魔法とは関係無いと思う」
「なんでもいいさ。とにかくすげえってことには変わりねえ。見なくとも見えてるってことだろ?」

 分からないものでもすぐに受け入れ、自分なりの結論を出すこの柔軟さは、ディーノの良い特徴であった。

「しかし本当すげえなあ。芸術的というよりも、神秘的だなこれは。無敵の能力じゃねえのか、これは」
「そこまで大げさなものじゃないさ……この神秘をもってしても、俺は弱い」

 アランのこの言葉にディーノは眉をひそめながら口を開いた。

「弱い? そりゃあちょっと謙遜しすぎじゃねえか? こんな能力があるのに弱いってことはねえだろ」
「……なんて言ったらいいのか……多分、俺は極端なんだ。相性がいい相手には俺はとことん強いけど、相性が悪い相手には逆に手も足も出ないと思う」

 これにディーノは首を少し傾げながら尋ねた。

「相性が悪い相手? 例えば?」
「強い炎の魔法使い相手だと正面からではどうあがいても歯が立たないと思う」
「そりゃあ……お前に限らず俺も含めてほとんどの奴がそうじゃねえのか?」
「……強いっていうのはそういうことなんだと思うんだ。本当に強いやつは欠点が無い。強力な炎と光魔法の使い手はその理想に近い気がする。それに比べると俺は攻撃も防御も中途半端、穴だらけだ」

 これにディーノは頷きを返しながら口を開いた。

「まあ、お前の親父さんとかと比べたらそうかもな。でも、だからといってそこまで自分を低く見る必要は無いと思うぜ。その能力を上手く使えば、でかい戦果を上げることだってできるんじゃねえか?」

 アランは暫し口をつぐんだ後、これに答えた。

「ディーノの言うとおり、この神秘の能力を使えば、今までより多くの戦果を上げられるかもしれない。それに興味が無いと言えば嘘になる。でも、俺はこの神秘を会得したことで同時に自分の限界も知ってしまったような気がするんだ」

 アランは少しうつむき、言葉を続けた。

「正直、自分でもよく今まで生き残ってこられたなと思う。……先の戦いで炎に焼かれた時、これまでで一番死を身近に感じたよ」

 確かに、アランはこれまでに何度も死に掛けている。生き残ってこられたのは運が良かったからと言えるだろう。
 ディーノは何も言えなかった。何と言えば良いのか分からなかった。ディーノはアランが抱いている感情が理解できなかった。
 卑屈とは違う。今のアランは達観しているように見えた。
 では達観しているのだとしたら、アランはその心で何を見ているのか? ディーノにはそれが分からなかった。
 両者の間に沈黙が漂った頃、アランは突然声を上げた。

「まずい、そろそろ戻らないと」
「どうした?」
「アンナが俺の部屋に向かっている。多分俺の様子を見に行こうとしてるんだ」
「ああ、そりゃあ早く戻ったほうがいいな」

 ディーノがそう言うよりも早く、アランは走り出していた。その背中はあっという間に見えなくなった。
 何とも言えない気持ちでその背を見送ったディーノは、暫しその場に立ち尽くしていた。

 アランは一つ大きな勘違いをしている。
 アランは決して弱くは無い。アランは「個」の強さにこだわり過ぎている。アランが会得した神秘の力、それは個人の武技に真価を発揮する能力ではない。

 アランがその事に気づく時、それは彼が武と志を杖に人の上に立つ時なのだ。

   ◆◆◆

 部屋に戻ったアランはすぐに服を脱ぎ、ベッドに飛び込んだ。
 直後、慎ましやかなノックの音が部屋に響いた。どうやらぎりぎり間に合ったようだ。

「どうぞ」

 部屋に入ってきたのはやはりアンナであった。

「おはようございますお兄様。傷の具合は如何ですか?」
「大分楽になったよ」

 これは嘘だが、アンナもそれは分かっていた。

「それは良かった。でも、医者がいいというまでは安静にしていて下さいね」

 この言葉にアランは少しどきりとした。しかしそれは表情には出なかったらしく、アンナは変わらぬ様子で口を開いた。

「それでお兄様、実は大事なお話が――」

 アンナが何かを言いかけたところで、部屋に再びノックの音が響いた。
 失礼します、その台詞と共に姿を現したのはクラウスと、医者らしき男であった。

「お早う御座いますアラン様、包帯を替えに参りました」

 クラウスは手短に用件を説明し、医者をアランの傍に先導した。
 医者は何も言わないままアランの体に手をかけ、包帯を外していった。
 アランの素肌があらわになる。その背と腹は赤黒く、そしてぬめりを帯びていた。
 その凄惨さは場の空気を重くしたが、誰も声は上げなかった。そんな中、アンナは火傷と血に塗れた兄の姿を見て、一つの決心を固めていた。
 そしてほどなくして包帯の替えは終わった。

「また夕方に様子をうかがいに参ります。それまでは安静にしているように。それと、痛みがひどいようでしたらこの薬をお飲み下さい」

 医者はお決まりの言葉をアランに述べた後、一礼し、部屋から出て行った。

「ではお兄様、私もこれで失礼します。お医者様の言いつけを守って、ちゃんと寝ていて下さいね」

 そして、医者に続きアンナも部屋から出て行った。クラウスもこれに続いた。

   ◆◆◆

「クラウス様、少しお話があります」

 部屋を出たアンナはクラウスを呼び止めた。

「なんでしょうか、アンナ様?」
「クリス様には昨日話したのですが……傷が癒えたら、お兄様を城に連れて帰ろうと思っています」

 これにクラウスは驚きの色を浮かべなかった。
 クラウスは理解していた。いつかこの日が訪れることを。ゆえにクラウスはこう尋ねた。

「それは炎の一族の次期当主としてのお言葉でしょうか?」

 これにアンナは即答した。

「ええ、そうです」

 はっきりとした返事にもクラウスはやはり表情を変えなかった。

「そうで御座いますか……やむを得ませんな。して、この件についてクリス様は何と?」
「お兄様の部隊がいなくなるのは戦力的に困るとおっしゃっていました。そこで、クラウス様にはクリス様の配下として、このままこの城に残ってもらおうと考えております」
「……」

 暫しの沈黙の後、クラウスは口を開いたが、直後場に響いた声は別の人物のものであった。

「その話、ちょっと待ってくれ!」

 大きなその声の主はディーノであった。通路の角から姿を現したディーノは、アンナに駆け寄りながら再び声を上げた。

「本当にアランを連れて帰るつもりなのか!?」

 アンナはこれにはっきりと「はい」と答えた。

「考え直してくれねえか? 確かに今回はひどい目にあったが、それは相手が悪かっただけなんだよ!」

 これにアンナは首を振った。

「これ以上兄様を危険な目に遭わせるわけにはいきません。兄様には炎の一族の長兄としての勤めがあります。それは一兵士として戦場に立つことよりも重要なことなのです」

 炎の一族の長兄としての勤め、ディーノはその言葉に唇を噛んだ。

「……俺には貴族の勤めっていうのがどれほど大事なのかよくわからねえ。わからねえが、アランは……どう言えばいいのか……その、とにかくすげえ奴なんだ。あいつはきっと、いつかでけえ戦果を上げることができる。それまで、あいつが一花咲かせるまで、待ってやってくれねえか?」

 しどろもどろであったが、言いたいことは皆に伝わっていた。特にクラウスはその考えをよく理解していた。
 クラウスもまたディーノと同じようにアランに一花咲かせたい、武人としての名誉を与えたいと考えていた。その点に関しては一番親身であった人間であった。
 しかし、クラウスは既に時間切れであることも理解していた。魔法使いとしては弱者であるにもかかわらず戦場に立つということ、それは一般人であれば別に問題は無い。だが、アランは名のある貴族であり、その身に強い血を引く人間なのだ。これまではそのわがままが許されていた。しかしそれはもう限界であった。
 そして、アンナはこのディーノの訴えにもやはり首を振りながら口を開いた。

「ディーノ様、おっしゃりたいことは分かりますが、こればかりは――「二人とも、俺のことで言い争うのはやめてくれ」

 突如響いた声にアンナが振り返ると、そこにはアランが立っていた。

「お兄様! 寝ていてもらわなくては困ります!」
「すまないアンナ。みんなの話し声が聞こえてきて、居ても立っても居られなくなったんだ」

 アランはディーノの方に向き直り、申し訳なさそうな顔をしながら口を開いた。

「すまないディーノ、今回はアンナに従う。……俺は帰るよ」
「アラン……でもよお、お前……」
「いいんだ、ディーノ。きっとこうするのが正しいんだ」

 まだ何か言いたげなディーノを前に、アランは再び口を開いた。

「……時々、いや最近、頻繁に最悪な未来が思い浮かぶようになった」
「……?」

 突然アランの口から飛び出したよくわからない話に、ディーノは戸惑いながらも耳を傾けた。

「それはもし俺が戦場で死んだら、その後はどうなるのか? という想像なんだ。その最悪な想像では俺が死んだあと、アンナが戦死し、しばらくして父も死んでしまうんだ」

 荒唐無稽な話では無い。もしかすればありえる話である。

「もしそんなことになったらこの国がどうなるのかは想像に難くない。でも、俺が家に帰り、子を育み、血を繋ぐことは、その最悪な未来に対しての保険になる、そう思うんだ。
 そして、俺がここにいればいるほど、その最悪な未来を歩む危険性が高くなる。だから俺は帰るべきなんだと思う」

 ここでアランは視線を移した。その目は襲撃された町の方に向けられていた。

「正直、名残惜しい。でも、俺は弱いんだ。自分の望みのために我を脹れるほど強くない。だから……ディーノ、クラウス、俺は帰るよ」

 アランの決断に皆は暫しの間押し黙った。何を言っても陳腐になってしまうのではないか、そう思ったからだ。
 しかしそんな沈黙を親友が打ち破った。

「……お前が考えて決めたことなら、俺には何も言えねえ」

 これにクラウスは待っていたかのように素早く反応し、小さな礼とも受け取れる頷きをアランに送った。
 これにて場は収まった。アランとアンナに異を唱えるものはもう誰もいないのだ。
 そして場が解散の雰囲気に包まれた時、アランは突然何も言わず自身の部屋へと戻っていった。

「お兄様?」

 何事かと思ったアンナは兄を呼び止めたが、アランは返事をしなかった。
 アランはすぐに部屋から戻ってきた。
 その手には刀が握られていた。

「受け取ってくれクラウス」
「……これを、私に?」

 アランは頷きながら口を開いた。

「戦いから離れる俺が持っていてもしょうがない。それに、お前ならこの剣を十分に使いこなせるはずだ」
 そう言いながらアランは刀を「ずい」と迫るように、クラウスの前に差し出した。
 クラウスが上に向けた両手の平を「すっ」とアランの前に出す。アランはその両手の平の上に、ゆっくりと刀を置いた。
 受け取ったクラウスはその場に跪き、頭を垂れた。

「……頼んだぞ、クラウス。お前は強い。その剣を使ってこの城を、皆を守ってやってくれ」

 アランの言葉に、クラウスはその頭をさらに深く下げた。

 クラウスはしばらく頭を上げなかった。
 クラウスの光の剣士としての栄光の道はここから始まるのである。

   ◆◆◆

 その後、アンナは援軍要請があった次の戦場へと出立した。
 その際、アンナはひとつの置き土産をアランに残したのであった。

「今日からアラン様のお世話をすることになりましたマリアと申します。以後、お見知り置きを」

 アンナが去った次の日の早朝、見知らぬ女性の突然の訪問に、アランは面食らった。

「ああ、うん、よろしく。……ええと、すまないが、どういうことなのか説明してくれないか?」
「アンナ様から何も伺っておりませんか?」
「ああ、本当に何も聞いていない」
「先ほど言った身の回りのお世話と、警護、……それと『見張り』を仰せつかっております」

 最後の部分が気になったアランは、その内容を尋ねた。

「『見張り』? 何を見張るんだ?」
「……アラン様が戦いに出ないようにです」
「それは『見張り』ではなくて『監視』じゃないのか?」
「……そうで御座いますね。……ともかく、今日から御傍につかせて頂きますので、よろしくお願いします」

 これにアランは何も言わなかった。有無も言わせぬ雰囲気が彼女にはあった。

「部屋の外で待機します。何かあったらお呼び下さい」

 そう言ってマリアは一礼し、部屋から出て行った。

   ◆◆◆

 そして三ヶ月後――

 その日は遂に訪れた。
 アンナがアランの見送りにやってきたのだ。
 アランを家に帰すという決心は揺るがなかったのだ。

 部屋で妹の到着を聞いたアランは、正装に着替えた。
 鏡の前で身だしなみを確認する。
 その目を覆っていた包帯は既に無く、アランの瞳は何かの感情を湛えていた。
 それは武の道から離れるという決意であった。

「アラン様、準備は出来ましたでしょうか?」

 ノックの音と共に凛としたマリアの声がドアの向こうから響く。

「ああ」

 アランがそう返事をするとドアが開き、姿を見せたマリアが口を開いた。

「それでは参りましょう。アンナ様が城門でお待ちです」

   ◆◆◆

 城門ではアンナだけでなく多くの人達の姿があった。
 共に戦った兵士達、ディーノ、クラウス、フリッツ、そしてクリスまでもがアランの見送りに来ていた。
 アランは用意された馬に跨り、見送りに来てくれた人達に対して感謝の念を述べた。

「こんなに大勢の人が見送りに来てくれるなんて、本当に嬉しい。ありがとう」

 これに対し、真っ先に口を開いたのはディーノであった。

「寂しくなるな……」
「今生の別れだと決まったわけじゃない。機会があればまた会えるさ」

 アランは前向きな言葉を返したが、ディーノの顔はしんみりとしたままであった。
 ディーノが寂しいと言ったのはそういうことでは無かった。アランが違う世界に行ってしまう、それがディーノには寂しいのだ。
 アランはディーノから視線を移し、クラウスに声をかけた。

「クラウス、後のことは頼んだぞ。俺に対してそうだったように、皆にとっても良い師であってくれ」

 これにクラウスは深い礼を返した。
 あと声をかけるべきは――、そう思いながら視線を移したアランよりも早く、クリスの方が先に口を開いた。

「アラン様、同じ炎の一族の者として、これからますますのご清栄を祈っております」

 クリスはその場に跪きながらそう言った。
 クリスはアランに対し「様」をつけた。炎の一族の二番手とはいえ、城主であるクリスがアランに対し「様」をつけるのはやや不自然であったが、これがクリスなりの礼儀であった。

「ありがとう、クリス将軍」

 そしてアランはそんなクリスに対し、「将軍」で返した。

「お兄様、挨拶も済んだようですし、そろそろ出発しましょう」

 妹の言葉にアランは頷きを返し、馬を歩かせ始めた。
 見送りに来た人達の前を通り過ぎる。ディーノ、クラウス、クリス、フリッツ、仲間達の顔がアランの視界から外れる直前、アランは振り返り、口を開いた。

「さようなら。みんな、達者で」

 はっきりとした別れの言葉。そして背を向けるアラン。去ってしまう、そんな焦燥感に駆られた一人の男が声を上げた。

「アラン!」

 力強いディーノの声、それを背に叩き付けられたアランは思わず振り返った。

「いつかまた顔を見せに来いよ! 待ってるからな!」

 ディーノの顔に寂しさは無かった。ディーノは目と口元に笑みを滲ませながら、再び声を上げた。

「でも次に俺の前に姿を見せる時は、もっと立派になってねえと承知しねえぞ!」

 無茶苦茶な言い分に、アランも自然と笑顔になった。

「ああ! 肝に銘じておく!」

 力強い返事に満足したディーノは大きく手を振った。
 もう言葉は必要ないだろう。あとは気持ちよくアランを送り出すだけだ。
 そんなディーノに、アランもまた同じように手を振り返した。
 他の者は姿勢を正しこれを見つめていた。
 手を振るという親しみが込められた行為、それはこの場ではディーノにのみ許されているものに思えたからだ。
 しんみりとした空気はもう残っていなかった。アランは様々な感情が混ざった皆の視線に背中を押されながら城門をくぐった。

   ◆◆◆

「見送りはここまででいいよ、アンナ」

 城門を抜けてしばらくして、アランは馬を止めてアンナにそう言った。
 だがアンナは黙ったまま動こうとしなかった。アランはそんな妹に対し、もう一度口を開いた。

「心配しないで、ちゃんと帰るから。マリアもついているし、大丈夫だ」

 アンナは少し迷った後、口を開いた。

「……わかりました。それではお兄様、どうかお気をつけて」

 そう言ってアンナはアランから離れ、戦地へと向かっていった。
 アランは妹の背を見送った後、故郷へと馬を走らせた。

 こうしてアランはクリスの城を去った。
 アランの戦いは終わったのだろうか?
 否。運命は、武の神は彼を掴んだままなのだ。
 その証拠に――

   ◆◆◆

 一ヵ月後――

 アランは故郷の地に足を踏み入れた。
 懐かしい町並み、その後ろにそびえるカルロの城。
 全てが感慨深い。見慣れた光景なのに、なぜか目新しく感じる。

「マリア」
「はい」
「城に戻る前に寄りたいところがある。構わないかい?」
「お供いたします」

   ◆◆◆

 寄りたい所、それは貧民街であった。
 アランはまずルイスへの挨拶を済ませ、次にリリィの母ソフィアの墓参りをした。
 そして、墓地を去る頃には日が沈みかけていた。

「そろそろ城へ参りましょう、アラン様」

 マリアの言葉に、アランは首を振った。

「もう一つ行きたいところがあるんだ」

   ◆◆◆

 アランが最後に立ち寄った場所、それは鍛冶場であった。
 もう遅い時間であるにもかかわらず、炉の火は消えていなかった。

「……ん? アラン? アランじゃないか!」

 鍛冶師の一人が声を上げる。その声に釣られて多くの者達がアランの周りに集まった。

「ひさしぶりじゃないか、アラン」
「元気にしてたのか?」
「北に行ってたんだろ? 話を聞かせてくれよ」

 直後始まった質問攻め。答えたいが、今はそれよりも会いたい人がいる。

「久しぶりだな、皆。……親方に挨拶したいんだが、どこにいる?」

 これに皆は押し黙った。

「……どうしたんだ?」

 鍛冶師の一人が答えた。

「アラン、親方は死んじまったよ。ほんの数日前のことだ」

 これに、今度はアランが押し黙ることになった。

「お前が北に行った後、親方は船で外界に渡ったんだ。『刀の打ち方を習いに行く』って言ってよ。そんで、最近になって親方は帰ってきたんだ。こいつと一緒にな」

 そう言って、鍛冶師は一本の剣をアランに手渡した。
 それはまぎれもなく刀であった。
 思わず抜き、その刃を見る。

親方が残したもの

 ……クラウスに渡した刀と比べると、反りが若干浅く、刀身に曇りが見える。だが、何よりも目を引いたのはその身に刻まれた文字であった。
 機能美を重視する親方がこんなことをするのは珍しい。何と書かれているのか――アランは目を凝らした。

『我が技、いまだ未熟なり』

 これを読んで、アランは親方が何故文字を彫ったのかを理解した。親方はこれが失敗作であると言っているのだ。
 そして、刀身をじっと見つめるアランに、鍛冶師が口を開いた。

「そいつはアラン、お前のもんだ」
「親方の形見を俺に? どうして?」
「親方はそれをお前に見せたい、渡したいと、口癖のように毎日言っていたからさ」

 こう言われては何も返せない。黙って受け取るしか無かった。

 親方の形見を手に、アランは何か大きなものを感じていた。
 自分の武の道は終わったものだと思っていた。ゆえに刀を手放した。
 だが、その刀は今再び、自身の手の中にある。
 これは運命か、それとも呪いか。
 自分がこの刀を戦場で振るうときが来るのだろうか。

 その答えはじきに明らかになる。

   ◆◆◆

 その夜、城に戻ったアランは訓練場にて親方の形見を手に構えていた。
 柄の底に右手を当て、神経を集中させる。
 発光する刀身。しかし、その様子は以前使っていた刀とは少し違っていた。

(……片寄っている)

 手に伝わる感覚から、アランはそう思った。
 そして、それは見た目にもはっきりと表れていた。
 刀身の発光は先端部に片寄っていた。恐らく、鋼の質にばらつきがあるためだろう。
 刀身の先端部に魔力が集中しているということ、それは突きを主体とするアランにとってはむしろ好都合なことであった。
 輝く先端を食い入るように見つめる。
 その時、「ざあ」っと、少し強い風が場に吹いた。
 まだ花を咲かせたばかりの春の木々が揺れなびく。小さな花びらが散り、雪のように場に降り下りた。
 目を閉じ、暗闇の中で花びらの行方を追う。
 八――いや、九枚の花びらがこっちに向かっている。
 静かに身構え、それを待つ。
 そして、ひらりと、一枚の花びらがアランの間合いの中に入った。
 瞬間、一閃。
 はらりと、二つに別れた花びらがアランの眼前を流れる。
 後は繰り返し。次々と降り参る花びらを、剣閃で迎え入れる。
 速い。素人目にはアランの手元は霞んで見えるほどに。
 しばらくして、アランは手を止めた。
 刀を鞘に納める。
 アランは足元を、切った花びらを確認しようとはしなかった。アランには全ての花びらを両断した自信があった。

「お見事です、アラン様」

 透き通るようなマリアの賞賛の声と、拍手の音が場に響き渡る。
 恐らくは、マリアの賞賛は剣速に対してのみ贈られており、自分が花びらを斬っていたこと、目をつむってそれを成したことには気づいていないであろう。
 それが分かっていたゆえにアランは、

「ありがとう」

 と、淡白な返事を返した。

「春になったとはいえ、夜は冷えます。そろそろお休みになられたほうが良いかと」

 マリアの言葉に、アランは素直に頷きを返した。

「そうだな、もういい時間だし、今日はもう寝ることにするよ」

 訓練場を去る時、アランは後ろ髪を引かれるような思いであった。
 自分の戦いは終わった、そう思っている。しかし、アランの中にはやはり未練があった。

 そして、その原因である刀は、主に振るわれるその日を待っているのであった。

   第二十五話 舞台に上がる怪物 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
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