シヴァリー 第七話

   ◆◆◆

  閃光の魔法使い

   ◆◆◆

 ガストン将軍を倒したカルロは、そのまま東の平原へ侵攻を開始した。
 現在、北の前線への補給線はカルロの城から伸びる一本しか存在しない。それも、いつ敵に封鎖されてもおかしくない状況である。平原を奪い返せば、南の都市からの補給線を回復させることが出来る。そして、それが無くては北の前線を支え続けることは不可能に近いのだ。
 北へ行ったアランの事が気にならないわけでは無かった。クリス達を救ったという情報はまだカルロの耳に入っていなかった。
 しかし、今は平原を奪い返す事のほうが重要であった。そう分かっていても、カルロの胸中にある不穏なざわつきは止まらなかった。
 平原を攻めながら、カルロはある事が気になっていた。
 それはかつて戦った強い力を持つ精鋭魔道士達のことであった。
 カルロが瀕死になるまで追い詰められたあの戦い、その時に見た精鋭格の者達の姿は平原には無かった。
 あの時、半分は確実に殺した。しかし、仕留め損なった残りの半分は今どうしているのか。その内の二人はあのディーノという無能力者が倒したと聞いたが。
 仕留め損なった者達も決して無傷というわけではないはずだ。相打ちのような形になった者もいる。もしかしたら、その時の傷が原因でまだ戦場に出てこられないのかもしれない。
 ……情報が無い以上、いくら考えても無駄なことだ、カルロはそう考えて目の前の戦いに集中しようとしたが、胸中のざわつきはやはり止まらなかった。
 カルロの不安は当たっていた。それはまさしく虫の知らせであった。
 その精鋭の一人が、アランのいるクリスの城へと向かっていたのだ。
二章表紙小

   ◆◆◆

「今日からここの指揮を任された精鋭魔道士のジェイクだ。これからは私の指示に従ってもらう」

 クリスの城に最も近い位置にある陣、そこへ兵士達を引き連れてやってきた男、ジェイクは、隊長格の人間を集めてそう言い放った。
 率直だが高圧的な言い方であった。集められた人間はこれに不快感を抱いたが、相手は精鋭魔道士であるという事実が彼らの口を固くさせた。
 対し、ジェイクは彼らの沈黙を別の意味で受け取った。

「どうした? 私の指示に従えない問題でもあるのか?」

 ジェイクは至って真面目にそう尋ねていた。部隊に何か問題が発生しているから、すぐには動けないと、ジェイクはそう考えていた。
 これにある一人が答えた。

「いえ、特に何か問題があるわけでは……強いて言えば、我々は先の戦いで指揮官を失ったばかりで、皆それを引き摺っており、戸惑っているくらいかと……」
「ならば何も問題は無いな。君たちを指揮するために私が来たのだから」

 兵達の心的問題は、何も問題では無いと、ジェイクはそう言った。
 これに当然のように別の一人が口を開いた。

「ですが、兵達の士気は低く、このままでは戦いに支障が出ると……」

 ジェイクは手をかざして、その者の口を閉ざした。

「それは問題では無いと言っている」

 だから、それは何故なのか。隊長達はジェイクの次の言葉を待った。

「兵達の士気は次の戦いで勝って取り戻す」

 この言葉に、隊長達は呆気に取られた。矛盾している。そう思えた。
 だが、ジェイクはやはり真面目にそう言っているらしく、次のように言い放った。

「それでは早速出陣するぞ。戦いの準備をしてくれ」

 隊長達は呆気に取られたまま、口を開いた。

「……今から、ですか?」
「そう聞こえなかったか? すぐに行動を開始してくれ。何事も速く、それが私の信条だ」

 そう言いながら立ち上がるジェイクに、隊長達は慌てながら起立した。

   ◆◆◆

「クリス様! 敵襲です!」

 突然部屋に飛び込んできた臣下ハンスの報告に、クリスは椅子から飛び上がるように立ち上がった。

「前回の戦いから二月も経っていないぞ! 敵はもう次の攻撃の準備を整えたのか!」

 戦装束に袖を通しながら、クリスは再び尋ねた。

「敵の規模は?」
「物見の報告によると、前回の攻撃と比べて半数未満だと」

 この情報はクリスの心を少しだけ安堵させた。

「半数か。やはり前回の敗北がこたえているようだな。たった二ヶ月では重傷を負った兵士が回復するはずはないからな」

 そんなクリスに対し、ハンスは不穏な情報を口に出した。

「ですが、敵の中にこれまで見たことが無い軍旗を掲げる部隊があったと」

 これにクリスは一応の警戒を示した。

「敵の増援部隊か」

 ハンスは頷きを返しながら、更なる情報を出した。

「そうだと思われます。そして、その部隊が軍を率いている様子」
「ということは、その部隊の長は、将軍格の人間か」

 クリスは「油断は出来ないな」と言葉を続けながら、マントを羽織った。
 そのマントには剣に炎が纏わりついている様を描いたみごとな刺繍が施されていた。

炎の一族の紋章4

 それは、カルロを長とする「炎の一族」のシンボルであり、軍旗にもなっていた。
 クリスはその決して軽くないマントの重みを感じた後、ハンスに向かって声を上げた。

「兵達に伝えろ! 出陣だ!」

   ◆◆◆

 北から進軍してきたジェイクの軍を、クリスは城を南に背負う形で迎え撃った。
 双方の陣容を見比べると、数はクリスのほうが圧倒的であった。兵力差は二倍近くあるように見えた。
 そして両軍の陣形は同じであった。総大将の部隊を中央に置いた横一列であり、ディーノはアランの部隊では無く、クリスの部隊に配置されていた。そしてアランの部隊はクリスの部隊の左隣に配されていた。
 そんな中、ジェイクはとても目立っていた。最前列に出ている上に、煌びやかな甲冑に身を包んでいたからだ。

ジェイクイメージ3

 顔は鉄仮面に覆われており、その表情は窺い知れなかったが、その顔はクリスの部隊の方に向いていた。

「ジェイク様、あの大きな武器を持った男に御注意下さい」

 その時、ジェイクの傍にいる一人の部下がディーノを指しながらそう言った。
 そして、ジェイクの目は部下に言われるよりも速く、ディーノの姿を視界の中央に捉えていた。

「あれがディーノか。話に聞いた事がある。精鋭であるカミラとダグラスを倒した者らしいな」

 頷きを返す部下に対し、ジェイクは言葉を続けた。

「だが、それは私にとって脅威では無い。何故なら、私はカミラとダグラスは精鋭にはふさわしくないと常々思っていたからだ。ただ硬い壁を張れるだけの者が、どうして精鋭として扱われていたのか、理解に苦しむ」

 どう反応すればいいか分からない、という様子を見せる部下に対し、ジェイクはこう言った。

「本当に強い者に弱点や欠点など存在しないのだ。むしろ、強者とはそうであるべきなのだ」

 ジェイクの傲慢とも取れる態度は決して虚勢などでは無い。彼はカルロと正面から戦って生き延びた者の一人なのだ。

   ◆◆◆

 一方、アランの部隊にいるクラウスもまた、ある男に注目していた。
 じっと見つめるその様が気になったのか、アランはクラウスに声を掛けた。

「どうした、クラウス?」
「あの甲冑に身を包んだ男、見覚えがあるような……いえ、気のせいかもしれません」

 正確には気のせいであって欲しい、であった。クラウスとジェイクはこれが初対面では無い。
 だが甲冑に身を包んで戦いに出る者は珍しくはない。あの者がそうであるとは限らない。そんな希望的予測がクラウスの口を重くしていた。

   ◆◆◆

 両軍は睨み合いながらゆっくりと距離を縮めていった。
 そして、先に動いたのはジェイクの方であった。
 ジェイクの部隊から楽器の音が勇ましく鳴り響く。それと同時に、ジェイクの部隊は突撃を開始した。
 だが、勢いよく走り出したのはジェイクの部隊だけであった。他の部隊の進軍速度は遅く、結果としてジェイクの部隊だけが突出する形となった。
 そして、ジェイクの部隊は真っ直ぐに、クリスの元へと向かっていた。
 重い甲冑に身を包んでいるにも拘らず、その勢いは鋭く、精強であった。厚みのあるマントを風になびかせながら駆けるその姿は、威圧感があった。
 それを見たクリスはすかさず声を上げた。

「こちらに突っ込んでくるぞ! 大盾兵を正面に集めて、防御の陣形を敷け!」

 ジェイクが放つ威圧感はクリスの部隊に緊張を与えていた。事実、クリスの指示に対する兵士達の反応は、普段より良くなっているように見えた。
 瞬く間にクリスの正面に厚い兵士の壁が作られる。その中にはディーノの姿があった。

「大盾兵は身を低くして敵の攻撃に備えろ! 魔法使い達は敵を射程に捕らえると同時に一斉射撃!」

 大盾兵達は屈み、ディーノも大型の丸盾を構えながらそれに習った。
 魔法使い達が手のひらを正面に突き出し、ジェイクに向かって照準を合わせる。
 だが、先に魔法を放ったのはジェイクの方であった。
 それは明らかに遠かった。並みの魔法使いと比べると倍はあろうかという距離から、ジェイクは光弾を放った。

「!」

 次の瞬間、クリスは息を呑んだ。
 ジェイクの放った光弾、それは尋常では無かった。
 まず、速い。とにかく速かった。そしてそれは速いだけでは無かった。
 場に重い衝突音が響く。クリスがそちらへ顔を向けると、大盾兵が倒れている姿が目に入った。
 光弾は距離が遠くなるにつれ威力が減衰する。それは間違いない。しかし、ジェイクの光弾は、この遠距離からでも大盾兵を押し倒す威力を有していた。
 このままでは遠距離から一方的に攻撃を受け続けるだけである。クリスは声を上げた。

「全軍前進! 間合いを詰めて攻撃を仕掛けろ!」

 クリスの指示に、大盾兵達は立ち上がり、走り始めた。
 そんな中、足の速いディーノはすぐに先頭に出た。
 ディーノはどんどん前へ行き、ジェイクのように一人突出する形になった。それはディーノがジェイクに対し一騎打ちを仕掛けているようにも見えた。
 大盾兵と足並みが揃っていない事は分かっていた。しかし、ディーノは速度を落とそうとはしなかった。
 寄って槍斧を振るう、ディーノにはそれしか無いのだ。

   ◆◆◆

 ジェイクの放った凄まじい光弾と、突撃するディーノの姿を見て、クラウスは声を上げた。

「まずい! ディーノ殿を止めないと!」
「どういうことだ、クラウス!」

 尋ねるアランに、クラウスは早口ぎみに答えた。

「あやつに無策で近づいてはなりません! 光弾も脅威ですが、近距離においてはより強力な魔法があやつにはあるのです!」

 これを聞いたアランは後方に控える兵士達の方に振り返り、声を上げた。

「全員聞いたな! これより我が隊はディーノの援護に向かう! 行くぞ!」

   ◆◆◆

 突っ込んでくるディーノに対し、ジェイクは「身構えた」。
 それは先程までの光弾を放つ姿勢とは明らかに異なり、異様であった。それは言うなれば、この世界ではあまり見なくなって久しい「武術」の構えのようであった。
 左足を前に出しつつ、体は横を向いた半身の姿勢。そして、右手はまるで正拳突きでも放つかのように脇の下に置かれ、左手は正面に突き出されていた。
 ジェイクは腰を落としつつ、開いた左手をディーノに向けてかざし、人差し指と親指の間にある空間を利用して狙いを定めた。
 これを見たディーノはさすがに警戒し、足を止めた。しかしそれは遅かった。
 既に射程内。ジェイクは右手に魔力を込めると同時に動いた。
 先に「正拳突きを放つかのような構え」と例えたが、ジェイクの動作は正にそれであった。

 突き出されたジェイクの右拳は眩く発光し、そこから一筋の「閃光」が生じた。

閃光

 そう、それはまさしく「閃光」であった。弾では無い。恐ろしく速い、一本の光線であった。

 ジェイクの放った閃光は、ディーノが構えていた丸型の大盾に直撃した。
 閃光は盾を引き裂くように破壊しながら、ディーノの巨体を弾き飛ばした。
 その際、閃光にえぐられたのか、ディーノは肩から鮮血を撒き散らしながら宙を舞った。
 そして、閃光はディーノを弾き飛ばしただけでは止まらず、後方に追従していた大盾兵まで射抜いた。
 その威力は場を戦慄させるのに十分であった。兵士達は明らかに硬直した。
 だが次の瞬間、クリスの言葉がその凍った空気を打ち砕いた。

「下がれ、ディーノ! 単身で近づける相手では無い! 大盾兵達はディーノの後退を援護しろ!」

 ディーノの周りに大盾兵が集まる。ジェイクはそれに向かって再び閃光を放つ体勢を取ったが、横から迫る別の部隊の気勢に意識を引かれた。

 それはアランの部隊であった。

「急げ! 負傷したディーノの撤退を援護するんだ!」

 ジェイクからアランの姿は丸見えであった。ジェイクは声を上げるアランに向けて照準を合わせた。

 それに気づいたクラウスはすかさず動いた。

「アラン様、危ない!」

 クラウスはアランの体を勢い良く突き飛ばした。
 直後、アランの目の前をすさまじい速度の閃光が通過していった。もしクラウスに突き飛ばされていなかったら、今頃自分の顔は首ごとあの閃光に持っていかれていたであろう。

「敵の狙いはアラン様だ! 壁を作ってお守りしろ!」

 クラウスの指示に兵士達はすぐさま行動し、大盾兵と魔法使いがアランの前に並んだ。

 アランの前に壁が形成されるのと、ジェイクが次の攻撃態勢を完了させるのは同時であった。

「くるぞ!」

 クラウスが警戒を発したのと、ジェイクが閃光を放ったのは同時であった。
 閃光は壁を「二枚」抜いた。先頭の大盾兵を体ごと吹き飛ばし、その後ろにいた兵士の防御魔法をも貫いた。
 だが閃光はそこで力を失ったのか、掻き消えるように霧散した。
 ジェイクの攻撃を凌いだと判断したクラウスはすかさず声を上げた。

「あの攻撃は連射が利かん! 次を撃たせるな!」

 言いながらクラウスはジェイクに向けて光弾を発射し、他の者もこれに続いた。
 しかし敵もこの反撃を予想していたらしく、クラウス達が反撃に移るよりも早くジェイクの周りには壁が形成されていた。
 そして、ジェイクは既に次の閃光魔法を放つ体勢を整えていたが、その構えを崩さないまま、前に突き出した左手で防御魔法を展開した。
 クラウス達が放った攻撃が全てジェイクに命中していればその防御魔法を突破できていたであろう。しかし、ジェイクの周りに集まった大盾兵と魔法使い達がそれを許さなかった。
 クラウス達の攻撃を凌いだジェイク達はすぐ反撃に転じた。
 お返しの光弾と、閃光がクラウス達に襲い掛かる。クラウス達は厚い壁を形成することでこれを凌いだ。
 双方の応酬はさらに三度続いた。クラウス達は懸命に耐えていたが、いつかは押し切られてしまうことは明らかであった。

(まずい、ここは一度後退を――)

 アランはそう判断し、部隊を下げようとしたが、ジェイクは戦い方に変化をつけた。
 ジェイクは閃光魔法の姿勢を解除し、右手を真上に掲げた。
 それは明らかに何かの合図であった。事実、その直後にジェイクの部隊にある変化が起こった。
 その変化は前面の大盾兵達に現れていた。敵の大盾兵達は整列し、背を低くした。
「背を低くした」、アランからはそう見えた。だが、それだけのために攻撃を中断するはずがない。

(あれは座っているんじゃない! 加速をつけるために前傾姿勢を取っているんだ!)

 アランは声を上げた。

「敵の大盾兵が突撃してくるぞ!」

 直後、それは現実となった。敵の大盾兵達は雄叫びを上げながらこちらに向かって突進してきた。

「防御魔法と大盾で受け止めろ!」

 兵士達はアランの指示に従い、衝突に備えた姿勢を取った。
 そして両軍はぶつかりあい、場に金属の衝突音が響き渡った。
 両軍はそのまま激しく押し合った。そんな中、クラウスだけは敵の本当の狙いに気がついていた。

「これに乗じてジェイクも向かってきているはず! 警戒しろ!」

 クラウスの声が飛んだ直後、前方で突如眩い光が発生した。
 その中心から閃光が奔り、クラウスの真横を通過する。
 そして鳴り響く金属板を破壊する音。
 次にクラウスの耳に入ったのは後ろで誰かが倒れる音。
 さっきまで自分の後ろにいた者は――そうであって欲しくない、クラウスは願いながら振り返った。
 そしてクラウスの目に映ったもの、それは仰向けに倒れ、悶絶するアランの姿であった。

「アラン様!」

 駆け寄り、状態を見る。
 まず目に入ったのが裂かれるように破壊された盾、次に目に映ったのが真っ赤に染まった右腕であった。
 アランの右前腕部にはえぐられたような大きな傷があった。そこからどくどくと、脈打つように血が溢れ出ていた。
 クラウスはその傷口に布を巻いた。
 傷口を触られる痛みにアランの体がのた打ち回る。クラウスはそれを力で抑え込みながら、手当てを続けた。
 布で傷口を塞いだだけでは出血は止まらなかった。クラウスは上腕部にも布を強く巻き、血管を圧迫することで血の流れを止めた。
 ここではこれ以上出来る事はない。クラウスはアランを肩で担ぎ上げながら口を開いた。

「一度撤退だ! 大盾兵達は敵の突進を押しとどめつつ後退! 魔法使いは引き撃ちでそれを援護しろ!」

 兵士達はクラウスの指示に従い、じりじりと後退を開始した。

   ◆◆◆

 アランの部隊が押されているのを遠目に見たディーノは、肩の傷の手当も半端なまま、勢いよく立ち上がった。
 行かなければ、その使命感がディーノを突き動かしていたが、左手から走った鋭い痛みがディーノの足を止めた。
 ディーノの左手の人差し指と中指はあらぬ方向に曲がっていた。閃光魔法を盾で受けた時の衝撃が、ディーノの指をへし折っていた。特に人差し指の損傷はひどく、折れた骨が肉を突き破り、露出していた。
 ディーノは覚悟を決め、曲がった指を力ずくで元の形に戻した。

「~~~っ!」

 指の中で折れた骨が肉を傷つける音が、骨同士がぶつかり合う音が響く。その痛みに、ディーノは声にならない悲鳴を上げながら、ある場所に視線を向けた。
 ディーノの視線の先には、大盾兵が使っている長方形の金属盾が転がっていた。
 ディーノはそれを指が折れている左手で拾い上げた。
 この盾はディーノが普段使っている丸型の大盾よりも大きく、厚い。当然のように重く、折れているディーノの指はさらに悲鳴を上げた。
 しかしディーノはそれを無視し、盾を握る指に力を込めた。
 ディーノはその痛みを気付けにし、ジェイクがいる方向を見据えた。

   ◆◆◆

「クリス様! アラン様の部隊が壊走しかけておりますぞ!」

 ハンスの言葉に、クリスは苛立ちぎみに答えた。

「わかっている! 誰か手の空いている者を援護に向かわせろ!」

 クリス自身、それが無理だということはわかっていた。部隊の者は皆、目の前の敵を対処するだけで精一杯であった。
 しかし直後、一つの大きな影がクリスの横を駆け抜けていった。

「! ディーノ!?」

 突如クリスの前に現れた大きな背中はディーノのものであった。
 最前に躍り出たディーノは、気勢と共に槍斧を振るった。

「邪魔だ!」

 ディーノの前にいた敵の大盾兵達が豪快に吹き飛ぶ。これに気付いた敵の魔法使い達はディーノに向かって光弾を放った。
 決して少なくない数のその光弾を、ディーノは全て盾で受け止めた。
 数多くの着弾音。それは耳に痛いほどであったが、ディーノの体はびくともしていなかった。
 敵の攻撃が止むと同時に、ディーノは再び踏み込み、槍斧を振るった。
 いつものディーノが戻ってきた。勇猛な戦いぶりからそう見えた。しかし、ディーノの顔は苦痛に歪んでいた。
 盾を握るディーノの指から血が流れ出る。それは腕を伝い、何本もの赤い線を描いた。
 ディーノはそのまま敵陣に切り込んでいった。それは無謀に見え、実際そうであった。全方位からの攻撃を一枚の盾だけで防ぎきれるわけがなく、ディーノの体には何度も光弾が叩き込まれた。
 しかし、痣だらけになりながらも、ディーノは倒れなかった。雄叫びを上げながら、前進することをやめなかった。それは苦痛を振り切るためか、アランを助けるためか、それとも両方か。
 そしてディーノは遂に、ジェイクの姿をはっきりと視界に捕らえられるところまで接近した。
 だが、相手を視界に捕らえたのはジェイクの方も同じであった。ジェイクはディーノの方に向き直り、閃光魔法の体勢を取った。
 双方の間にはまだ距離がある。とても槍斧が届く間合いでは無い。ジェイクが向き直ったと同時に、ディーノは大盾を正面に構えた。
 ジェイクが右拳を突き出し、閃光が奔る。閃光はディーノが構える大盾に直撃した。
 その辺の魔法使いの光弾を受けた時とは比べ物にならない大きな衝突音が響き渡る。
 後ろに大きく仰け反るディーノ。そのまま仰向けに倒れると思いきや、ディーノはぎりぎりで踏みとどまった。
 そして、ディーノは上半身を起こしたと同時に、ジェイクを睨み付けた。

 どうした、早く次を撃て、その目はそう言っているように見えた。

 ジェイクはこの挑戦を受け取り、二発目を放った。
 再びの衝突音。仰け反るディーノ。またしてもディーノは倒れなかった。
 そして、ディーノは先と同じようにジェイクを睨み付けた。
 だが、今度はそれだけでは無かった。ディーノは盾を横に逸らし、見せつけるかのように無防備な肉体をジェイクに晒しながら前に歩き始めた。
 どう見ても挑発である。しかし、その意図は?
 ディーノの考えを汲み取った者は近くにいた。クラウスである。
 自分達のために、いや、アラン様のために囮になってくれていることをクラウスは察した。

(ディーノ殿、かたじけない!)

 クラウスは心の中でディーノに深く礼をしながら、後退を続けた。
 そして幸いなことに、ジェイクはこの見え見えの挑発に乗ってくれた。
 三発目の閃光。ディーノが素早く大盾を前に構える。
 閃光は盾の上部に炸裂した。取っ手の真上の部分に横へ真っ直ぐな亀裂が入り、盾は僅かに折れ曲がった。
 続けて四発目。盾は閃光の威力を殺しきるこができず、余波がディーノの顔面を強く打った。
 ディーノは折れた鼻と切った唇から血を流しながら大きく仰け反ったが、やはり倒れなかった。
 さらに五発目。盾は折れ、完全にその機能を失った。そして、閃光は盾を破壊しただけでなく、ディーノのわき腹を浅く削っていった。
 ディーノの体は「くの字」の形になり、後ろに数歩よろめいた。
 ディーノの膝が折れる。膝はそのまま地に着くかと思われたが、直前のところでディーノは踏みとどまった。
 まだ倒れてはいない。だが、ディーノは既に限界であった。
 ディーノの意識は朦朧としていた。四発目の閃光を受けた際に、顔を強く打ったせいである。今のディーノはただ立っているだけであった。

「逃げるのだ! ディーノ!」

 後方から仲間(クリス様?)の声が聞こえる。近いような遠いような、音がぼやけていて距離感が掴めない。
 ディーノの思考が走る。そうだ逃げなくては。いや無理だ。あいつは既に次の魔法を撃つ準備を整えている。
 それはすぐに来る。とんでもない速さで、真っ直ぐに。
 ――真っ直ぐ? 真っ直ぐだと言う事は、あいつが拳を伸ばした先に、俺が武器を構えておけば――

 ディーノの意識が覚醒するのと、ジェイクが動いたのは同時であった。
 ディーノが槍斧を握る右手に力を込める。ジェイクが拳を前に突き出す。
 ディーノの目はジェイクの拳の動きを確実に捉えていた。
 その拳の延長にあるもの、それは――顔面! 考えるよりも早くディーノの体は動いていた。
 ディーノが槍斧を振り抜く。ジェイクの拳から閃光が奔る――

 無骨な鉄の刃は閃光をしっかりと捕らえ、半分に叩き割った。
 しかし、それで閃光の威力を殺しきったことにはならなかった。半分に割られた閃光のうち一方は外れたが、もう一方はディーノの胸に直撃した。
 自分の胸骨が折れる音を聞きながら、ディーノの体は後方に吹き飛んだ。
 ディーノは口を開けたが、そこから出たのは声では無く、肺から押し出された空気だけであった。
 ディーノの体が地面に叩きつけられる。その衝撃で、残っていた僅かな空気も押し出された。
 苦しい。息を吸い込もうとする。だが何故か出来なかった。
 胸を動かせない。あるのはただ痛みだけ。
 喘ぐ。なんとか空気を肺に送り込もうと口を開く。だが、いくらぱくぱくと口を開けようとも、空気は吸い込めなかった。
 そうしているうちに、不思議なことに苦しみは小さくなっていった。
 ディーノの視界は徐々に暗くなり、間もなくしてディーノは気を失った。

   ◆◆◆

 ディーノが六発目の閃光魔法を凌いだことにジェイクは驚かされていた。あのような形で防御されるとは思わなかった。
 だが、ジェイクが驚きに身を硬くしたのは一瞬のことであった。
 今のディーノはもう悪あがきすら出来ないだろう。ジェイクは再び閃光魔法の構えを取った。

(これで終わりだ! 無能力者!)

 とどめの七発目を放つ。しかしそれは、駆けつけて来たクリスの大盾兵達に阻まれた。

「っ!」

 この時、ジェイクが抱いたのは焦りでは無く、苛立ちであった。

(あと少しというところで!)

 ジェイクはもう一度閃光魔法の構えを取ったが、その時既にディーノの姿は壁に阻まれ見えなくなっていた。

 ジェイクは適当に狙いを定めて閃光魔法を放った。

 閃光は大盾兵を数人吹き飛ばした。だが、それはジェイクが期待した結果では無かった。
 直後、ジェイクに反撃の光弾が浴びせられる。ジェイクは後退しつつ、防御魔法でそれを受けた。
 そして、ジェイクとクリス達の間にある程度の距離ができた瞬間、クリス達は全速で撤退を開始した。

「追いますか?」

 傍にいた兵士の言葉に、ジェイクは首を振った。

「兵達の士気は上がった。被害も少ない。だが、まだ城攻めできるほどの勢いは無い。今回はここで退くべきだろう」

 そう言って、ジェイクはクリスの城に背を向けた。

 この戦いはディーノにとって本当の敗北であった。
 負け戦はこれが初めてでは無い。だが今回の負けはこれまでのものとは違っていた。
 これまでに経験した敗北は単純な兵力差によるものだ。だが今回の戦いは、数ではこちらが勝っていた。
 今まではディーノが不利をひっくり返す側の人間だった。今回の戦いは全てが逆であった。

   第八話 刀 に続く
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稲田 新太郎

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