シヴァリー 第六話

   ◆◆◆

  救出作戦

   ◆◆◆

 アランが父との訓練を開始してから三ヶ月の時が流れた。
 アランは城で戦支度をしていた。装備を一つ一つ手に取り、その状態を丁寧に確認していた。
 長剣を手に取ったところでアランの手が止まった。その刀身は傷だらけで、刃に写った曇った自分の顔がこれまでの厳しい戦いを思い出させた。
 その過去と恐怖を流し去るかのように、アランはその刃を研ぎ始めた。
 砥石に刃を押し当てながら、アランの脳裏に浮かんでいたのはリリィの存在であった。

 ここ最近、アランはリリィと会っていなかった。
 父との訓練のせいで時間が作れなかったというのもある。しかしアランは意識してリリィと会うことを避けていた。
 アランはリリィを心配させたくなかった。戦いで傷ついた自分の体をリリィに見せたくなかったのだ。
 しかし出発を明日に控えた今、リリィに会いたいという欲求は抑えがたいものになっていた。
   ◆◆◆

 その日の深夜、アランはリリィを訪ねた。
 部屋に招かれたアランはリリィのベッドに腰掛けたが、リリィはその隣には座らず窓際に立ち、アランに背を向けていた。

「……その、久しぶりだな」

 背を向けたまま返事をしないその態度に、アランはリリィが怒っているのかと勘違いした。

「君をほったらかしにしてすまないと思っている。最近は忙しくて時間が作れなかったんだ」

 これは嘘である。会おうと思えば無理にでも時間を作ることはできた。
 対し、リリィはそんなありふれた嘘など気にも止めず、今の純粋な気持ちをアランに述べた。

「……アランが大怪我をしたと聞いて、ずっと気が気じゃ無かった。私、心配で、心配で……」

 リリィは怒っているわけではないことをアランは察した。

「アラン、私はもうあなたに戦ってほしく無い」

 これにアランはすぐには返答できなかった。答えはとうに決まっていたのだが、この回答はリリィを悲しませてしまうことがわかっていたからだ。

「……すまない、それは……できない」
「どうして?」

 眉をひそめながら尋ねるリリィに、アランは口を開いた。

「……皆必死で戦っている。ディーノもだ。俺だけが安全なところにいるわけにはいかない」
「弱いアランが無理して戦う必要なんかないじゃない!」

 瞬間、リリィは自分が軽率なことを口走ってしまったことに気がついた。
 しかしアランはリリィの感情的な発言に怒りもせず、ただ黙って後ろからその身を抱きしめた。

「リリィ、身勝手な俺を許してくれ。君を心配させてしまっていることはよくわかってる」

 リリィは自身の正面に回されたアランの手を握り、口を開いた。

「ごめんなさい、私、嫌な女ね」

 荒れた心を静めるかのように二人は押し黙った。しばらくそうしたあと、アランが口を開いた。

「リリィ、勝手ついでにひとつ俺のお願いを聞いてほしいんだ」

 そう言いながらアランはリリィの正面に回りこんだ。
 お願い、アランはその内容を言葉にはしなかった。
 そして、窓から差し込む月明かりに浮かぶ二人のシルエットはどちらともなくゆっくりと近づき、重なった。

重なるシルエット2

   ◆◆◆

 数日後――

 前線にいるレオンは皆を集めて会議を行っていた。しかしその内容は今目の前にいる敵とどう戦うか、では無かった。
 彼らが話し合っているのは北で孤立している将、クリスについてだった。
 事の発端は北の地から数名の兵士が逃げ延びてきたことだった。彼らはクリスの兵士であり、レオンにクリス達の救出を願った。
 しかしレオンはこれを拒否した。救出部隊に戦力を割く余裕は全く無かったからである。
 だがクリスの兵士達は引き下がらなかった。彼らは逃げ延びる際に敵の陣容を良く見ており、その詳細を地図に記していた。
 彼らはそれを皆に見せ、その陣容の欠陥を指摘し、奇襲作戦を提案した。これに隊長格の人間が何名か反応した。
 北の地に故郷を持つものは多い。この作戦に賛成の意を示したのはそういう者達であった。
 そして今、話はまずい方向へと進んでいた。彼らは反対派の意見を無視して行動を起こすと言い出したのである。
 会議は平行線のまま荒れていった。しかしその時、突如外が騒がしくなり、何事かと会議室は静まり返った。
 しばらくして会議室に二人の人間が姿を現した。それを見た会議室の者達は皆一斉に起立し、その者に敬意を示した。
 会議室に現れた二人はカルロとアランであった。カルロの存在が会議室の空気を凛としたものに一変させていた。

「これはカルロ将軍、お体のほうはもうよろしいのですか?」

 レオン将軍は開口一番にその身を案じた。

「うむ。皆に心配をかけさせてしまったようだな」
「カルロ将軍、どうぞこちらの席へ」

 レオンは先ほどまで自分が座っていた席から一歩身を引き、カルロをその席へと招いた。そこは総大将の席であった。
 カルロは悠々とその席に座り、口を開いた。

「何について話していた? かなり荒れていたようだが」
「はっ、実は……」

 レオンはこれまでのいきさつを簡単に説明した。

「やらせてやれば良い」

 話を聞いたカルロはこの一言だけを返した。これに対しレオンが当然の意見を述べた。

「ですが、今兵を割くのは得策では無いかと」
「その心配なら無用だ。私がいる」

 なんと傲慢な言葉であろうか。しかしこの言葉に物申す者は誰もいなかった。その言葉のとおり、カルロの力は一騎当千なのだから。

「クリス将軍は我が兄のご子息殿だ。個人的な感情だが、見捨てるのは心苦しい。レオン将軍、詳細を教えてくれ」

 そう、本人の言うとおりカルロは今私情を挟んで喋っている。しかしこれについても物申すものは現れなかった。カルロは次代の王となる者。その口から発せられる言葉は王のそれと等しいものであった。

「ではこちらの地図をご覧ください」

 レオンはカルロの前に地図を広げ説明した。

「先ほどお話ししたとおり、クリス将軍は北の地で孤立し、敵に包囲されております。クリス将軍は自城に篭って敵の攻勢を凌いでいるようですが、現在は兵糧攻めを受けている模様です」
「兵力差は?」
「情報によるとクリス将軍のほうが六千、対する敵はおよそ一万五千ほどだと」
「救出部隊に志願している者の数は?」
「四千人ほどかと」

 カルロは少し考えたあと、口を開いた。

「少ないな。我が隊から二千出そう」

 これで数だけならクリスの分も含めて約一万二千となった。正面からでも戦えないことはない数である。

「ではレオン将軍、作戦を説明してくれ」

 レオンは地図を指差しながら作戦を説明した。

「部隊を陽動役と奇襲役の二つに分けます。陽動部隊はこの狭い谷間の道で敵を引き付け、奇襲部隊はその間に敵の守りが手薄な森側から攻撃をしかけます」

 カルロに作戦内容を説明しつつも、レオンはいまだこの作戦に素直に賛成できないでいた。レオンは敵が罠をしかけている可能性を恐れていた。

「わかった。作戦内容について私から異論は特に無い。あとの細事はレオン将軍に任せる」
「わかりました……ではそのように」

 だが、レオンはこの場は何も言わず大人しく引き下がることにした。

「レオン将軍、父上、よろしいですか」

 その時、それまで会議室の入り口で立っていただけであったアランが口を開いた。

「アラン殿、なにか意見があるなら遠慮せずに言うといい」

 この時レオンはアランが反対意見を述べてくれると思っていた。息子の言葉であればカルロの心を動かせるかもしれないとレオンは期待していた。
 が、アランの口から出た言葉はレオンが期待したものとは全く正反対のものであった。

「私もその作戦に参加することをお許しいただけますか」

   ◆◆◆

 会議が終わり部屋から出てきたアランをディーノが待ち受けていた。

「北に行くのかアラン」
「ディーノ、久しぶりだな。……盗み聞きしていたのか?」

 そばにカルロがいるにも拘らず、ディーノとアランはいつも通りに接した。

「もちろん俺も連れて行ってくれるんだよな?」

 その言葉を聞いたアランは顔に喜びの表情を滲ませた。

「一緒に来てくれるのか」

 てっきりディーノはレオンの下でここの防衛に当たるものと思っていた。

「当たり前だろ」
「ありがとう。お前が一緒に戦ってくれるのなら心強い」
「ところでアラン、なんでこの作戦に志願したんだ? そのクリスさんとは親しいのか?」
「ああ、それは……」

 アランはディーノの問いにすぐには答えられなかった。アランは考えたが、結局良い言葉が浮かばず、

「ただそうしたいと思っただけだ」

 とだけ答えた。

 そして直後、二人の会話が途切れるのを見計らっていたかのように、カルロがディーノに声をかけた。

「お前がディーノか。活躍は聞いている。一度会いたいと思っていた」
「え、あ、どうも」

 突然カルロに話しかけられたディーノは身を強張らせた。そしてそれは隣にいるアランもまた同じであった。アランは父が奴隷であるディーノになにか良からぬ言葉を投げつけるのではないかと気が気ではなかった。

「息子の事をよろしく頼む」

 しかし意外にもカルロの口から出た言葉はディーノを信頼したものであった。

「あ、そりゃあもう! しっかり守りますよ!」

 緊張こそしていたが、カルロの前でもディーノの調子はあまり変わらなかった。

「カルロ将軍、少しよろしいですか」

 その時、いつの間にか後ろにいたレオンが声をかけてきた。

「うむ。アラン、私はレオン将軍と少し話してくる。先に行け」

 そう言ってカルロは親衛隊だけを連れ、レオンと共に陣の奥へと消えていった。

   ◆◆◆

 人払いを済ませたレオンは地図を広げ、カルロに自分の意見を述べ始めた。

「カルロ将軍、私はどうもこの敵の布陣にきな臭さを感じるのです」
「それはつまり、これが敵の罠であると?」
「はい。確かに森側は敵の守りが薄くなっていますが、私にはこれが敵の誘いに見えるのです」

 レオンはカルロの顔を伺いながら言葉を続けた。

「カルロ将軍、援軍を送ることを今更止めようとは思っておりませぬ。ですが、ご子息殿を行かせるのはやめておいたほうがよろしいかと存じます」

 この言葉を聞いたカルロはその心を伺うようにレオンの目を一瞥した。

「ご子息殿はまだお若い。ここで危険を冒さずとも、良い機会がいずれまたあるはずです」

 これを聞いたカルロはまるで想いにふけるように、静かに目を閉じた。そして言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開き話し始めた。

「……あれは子供の時からずっとああなのだ、レオン将軍」

 カルロは幼き頃のアランを思い出しながら話していた。それはまるで独白のようであった。

「弱いのに負けん気だけは人一倍強くてな。あやつは今功を焦っておる」

 カルロはアランの心の内を見抜いていた。

「あやつには本を片手に知を活かす人生を歩んで欲しかったが……」

 魔法の才も勉学の才も無かったが、意地だけは強い子であった。カルロは小さくため息をつき、再び口を開いた。

「全く、子供というものはまことにままならぬものだ」

 この時カルロは遠い目をしていた。その心の内を支配している感情が何なのか、諦めか、それとも憂いか、それは誰にもわからなかった。

「もしこれで死んだとしても、それは武家の嫡男としての定めなのであろう」
「……わかりました。そこまでおっしゃるのであれば、これ以上何も言いませぬ」

 しかしこれで死ねばそれはただの匹夫の勇、それはあまりにも悲しい。アランにとっても、カルロにとっても。
 この時カルロの中で様々な感情がせめぎあったが、その心の天秤は僅かに親心のほうに傾いた。

「フリッツ」
「はっ」

 名を呼ばれた親衛隊は礼をしながら返事をした。

「お前に千の兵を預ける。我が息子を守ってくれ」
「承知いたしました」

   ◆◆◆

 一方――カルロ復活の報告を受けたサイラスは、陣中にて地図を眺めながら思案していた。
 サイラスは今後の展開について考えを巡らせていた。
 そしてその考えがまとまった頃、ドアをノックする音が部屋に響いた。

「開いております。どうぞ」
「夜分遅く失礼するよ、サイラス将軍」

 部屋に入ってきたのは、仰々しい礼装に身を包んだ老人であった。

「これはヨハン将軍! よくお越しに。さあ、どうぞご自由におくつろぎ下さい。今部下に茶をいれさせますので」

 サイラスが礼を示すこのヨハンという老人は、この国で有数の権力者であった。今のサイラスがあるのは、この老人のおかげであると言っても過言では無かった。

「構わん。こんな夜分に訪れたのは、少し内密な話がしたいからでな。人払いをお願いする」
「わかりました」

 サイラスは手早く人払いを済ませ、ヨハンの対面に座った。

「それで内密な話とは?」
「うむ、耳の早いそなたのことだ、カルロが復帰した話は既に聞いておるな?」
「はい」
「それで、そなたは次の戦いをどう見る?」

 ヨハンは机の上に広げた地図を指差しながらサイラスに意見を尋ねた。

「この戦いは既に終わっているようなものと思っております」

 ヨハンは黙って頷き、話の続きを促した。

「こちらは兵力で敵を上回っておりますが、カルロを含む敵の固い守りを突破できるほどではありません。このまま睨み合いを続けてカルロをこの場に釘付けにし、別の場所から首都を攻めるのが上策かと」

 サイラスの意見を聞いたヨハンは髭をいじりながら上機嫌に頷いた。

「やはりそなたもそう思うか」
「ですが、この作戦は一部の将から反発を受けるでしょうな」

 サイラスはやや大げさな身振り素振りをしながら語った。

「ある者はこう言うでしょう、『勇の無い軟弱な戦い方だ!』と。またある者は『ここまで敵を追い詰めておきながら逃げるのか!』と」

 サイラスは一息おき、言葉を続けた。

「何も知らない新参者や、カルロの力を侮っている愚か者達はそのように喚きたてるでしょうな。この戦いで重要なのは彼らの暴走をいかに抑えるかでしょう」

 これを聞いたヨハンは突然目つきを鋭くし、声を上げた。

「実は内密な話とはな、その愚か者たちについてのことなのだ」
「どういうことでしょうか?」
「いやなに、大した話ではない。上層部では意見が真っ二つに分かれておってな、特に私に楯突く反対派のガストン将軍と、その取り巻きの愚か者共が戦え戦えとうるさいのだよ」
「気苦労、お察しいたします。その者達を説得するのは大変でしょう」
「いや、私は彼らを説得するつもりなど全く無いのだよ、サイラス将軍」

 ヨハンは最後の「サイラス将軍」という部分に凄みを効かせてきた。これはつまり、サイラスになにか良からぬことの片棒を担がせるつもりなのだろう。

「あの者共は前から何かと目障りであった。幸いにも此度は自ら突撃したいと言っておることだし、この戦いで少し痛い目を見てもらおうと思っておってな」
「つまり彼らを説得するのではなく、捨石にすると」

 無駄に血を流す愚かな作戦だ。
 しかしサイラスにこれを拒否することはできなかった。何故ならサイラスはヨハンからかなりの援助を受けていたからだ。
 だが、サイラスは一言だけヨハンに物申した。

「若き将達の血を無駄に流させるなど、あまり感心できませぬな」
「これも政治だよサイラス将軍。愚か者には早々に消えてもらうのが国にとって一番なのだ」

 この言葉にサイラスはあきれた。政治は私情を挟んで行うものでは断じて無い。
 この時、サイラスは少しだけ怒りを抱いた。それは表情に全く影響を及ぼさない程度のものであったが、その小さな感情はサイラスの口を動かした。

「しかしヨハン将軍、ガストン将軍と彼の臣下達がいなければ今の戦線を維持することは難しいと思われますが」

 これにヨハンは眉ひとつ動かさずに即答した。

「それについては心配するな」

 当然だが、こんな答えで納得するサイラスでは無かった。

「どういうことでしょうか? ガストン将軍亡き後でも、戦線を維持するための策が何かあるのですか?」

 ヨハンは少し間を置いてから答えた。

「……まあな、ちょっとした『当て』があるのだ」
「『当て』……で御座いますか」

 サイラスはこの場はこれ以上詮索しないことにし、話を戻すことにした。

「……承知いたしました。では、この戦いで誰を殺し、誰を生かすかを決めましょう」

 二人は誰を生贄にするか品定めを行い、作戦を練った。この話はすぐに纏まった。
 作戦は非常に単純なものだった。事前にガストン将軍達をできるだけ炊きつけておき、戦いでは先陣を切ってカルロに突撃してもらう。そしてガストン将軍達が壊滅したら速やかに撤退する、ただそれだけであった。

「ではヨハン将軍にはこの作戦の周知と根回しをお願いします。私も信頼できるものに声をかけておきますので」
「うむ、よろしく頼むぞサイラス殿」

 サイラスはヨハンに一礼し、気の乗らない仕事に取り掛かった。

   ◆◆◆

「大将、本当によろしいんですか?」

 外に出たサイラスは突然フレディにこんなことを尋ねられた。フレディが聞いているのはヨハンに好き勝手させて良いのか、ということだろう。

「良いわけがない。奴にあるのは出世欲だけだ。この戦いでは邪魔者を排除することしか考えていない。愛国心など微塵もないだろう」
「だったらこれはまずいんじゃないですか? もしあの爺の企みが成功したらどうなるので?」
「……ガストン将軍達がいなくなれば、この国は奴のものになるだろう」

 それを聞いたフレディは驚きに目を丸くした。

「いやいやいや、冗談きついですぜ。あんな糞爺がこの国の王様になるなんて」

 フレディはサイラスの顔を下から伺いながら恐る恐る口を開いた。

「いっその事、あんな糞爺のことなんか裏切ってガストン将軍達のほうにつきやせんか?」
「ガストン将軍にカルロを倒せるほどの力があればそうした」

 サイラスはフレディの提案をあっさりと切り捨て、言葉を続けた。

「ガストン将軍はこの戦争でかなりの戦果を上げ勢いづいているが、それは所詮一時のものに過ぎぬ。残念だが今この国で圧倒的な力を持っているのはあの糞爺のほうだ」
「あの爺がそんなに強いんですか? そうは見えませんがね」
「魔法が強いとかそういう話では無い。奴は巨大な一族の長なのだ。奴らはこの国の隅々に広がり、至る所で影響力を持っている」
「あんな糞爺がそんなに顔が利くんですか」
「いまでは欲と権力に塗れた糞爺だが、あれでも若かりし頃は武勇で名を馳せた英雄だったのだ」
「あれが英雄だったなんて笑い話にもなりませんね」
「おそらく老いが奴を変えてしまったのだろう。『武』を失ったかわりに、権力にすがろうと必死なのだ」
「それでもあんな奴の言う事を聞くなんて、あっしは気が乗りませんね」
「今は奴の言うことを聞いておいたほうが良い。今は、な」

 そう言われたフレディはこの件についてこれ以上口を挟むのはやめることにした。

「フレディ、お前に一つ仕事を頼みたい。ヨハンが言っていた『当て』とやらについて探りをいれてほしい」
「ああ、確かに気になりますね。なんなんでしょう?」
「ヨハンに何か策があるとは思えん。恐らく、新しい『戦力』だろう。だが、カルロに対抗できるほどの魔法使いが見つかったのなら、とっくに騒ぎになっているはずだ」

 強い戦力、それが手に入りやすく、かつ隠しておける場所、フレディにはそれは二つしか思い浮かばなかった。

「強い魔法使いが見つかりやすくて、隠しておける場所っていやあ……やっぱり『教会』か『収容所』ですかね」

 これにサイラスは頷きを返しながら口を開いた。

「そうだ。ヨハンの管轄下にある『教会』と『収容所』を調べろ」

 この言葉に、フレディもまた同じように頷きを返した。

   ◆◆◆

 数日後――
 戦支度を整えたアラン達、救援部隊は集まり出発の時を待っていた。
 そんな中、アランは今回の作戦に参加する隊長の元を訪ね、お互いの意気込みを語り合い、鼓舞しあっていた。
 そしてアランがある部隊を訪ねたとき、その中に見知った顔を見つけたので声をかけた。

「もしかしてケビン殿では?」
「おお、これはアラン殿。お久しぶりですな」

 地味な彼のことを覚えている読者は少ないであろう。彼はアランが初めてサイラスと出会った地で共に戦った男である。主君を失った彼はその後レオン将軍のもとで戦っていたが、今回の救出作戦には自ら志願していた。

「ケビン殿もこの作戦に志願されていたのですか」
「北の地には私の故郷がありますので」
「それは……ご家族のことが心配でしょう」
「ええ。一人残してきた母のことが気がかりです」
「この作戦が成功すれば、北の地を取り戻すための足掛かりにできるかもしれません。共に力を尽くしましょう」
「そうですな。アラン殿が今回の作戦に参加してくれたこと、心から感謝しております。共に頑張りましょう」

 その後もアランは色んな人と言葉を交わしたが、その内容はほとんどがケビンの時と同じ故郷についてだった。
 救出部隊の戦力は決して多くは無い。しかしそれを補って余りある士気の高さをアランは感じていた。

   ◆◆◆

 一方、北の地で篭城をしている将、クリスは父の肖像画の前で苦しい決断を迫られていた。
 彼が思い悩んでいたのは一刻ほど前に部下から受けたある報告のせいであった。
 それは兵糧があと半月ほどで底を尽きるという悪い報せであった。
 残された時間は少ない。このまま座して死を待つか、一か八か打って出るか、それとも剣を捨て降伏するか――
 クリスの頭には悪い想像ばかりが浮かんだ。そして悩んだ先にたどり着く答えはいつも同じであった。

「私の代でこの家を終わらせてしまうことになるとは、無念だ……」

 考えれば考えるほど、彼の中で死のイメージが濃くなっていた。

「将軍、あまり思い詰めなさるな」

 そのとき、いつの間にか後ろにいた臣下から声をかけられ、クリスは振り返った。深く考え事をしていたせいで、傍に人がいることに全く気がついていなかった。

「まだ死ぬと決まったわけではありませぬ。脱出した兵士達が救援を呼んでくれることを信じて、ぎりぎりまで待ちましょう。覚悟するのはその時でもよろしいではないですか」

 恐らく先の独り言を聞かれていたのであろう。しかしクリスは弱さを臣下に見せたことを恥とは感じず、むしろその臣下の言葉はクリスを安心させていた。

「……そうだな。時間はまだある。悩むにはまだ早い、か」

 クリスは窓から南の地を遠く眺めながら、心を無にしてその時を待つことにした。
 クリスが覗くその南の窓からは美しい景色が一望できていたが、今はあるものがその景観を損ねていた。
 それはクリス達を包囲している敵の陣であった。

   ◆◆◆

 クリス将軍と対する敵の総大将ルークは城の正面に陣を構え、静かに戦いの時を待っていた。

「申し上げます!」

 そこへ駆け込んできた兵士がルークの前に跪き、偵察兵からの報告を読み上げた。

「敵の援軍は二手に分かれた模様です! 一方は谷間の道を、もう一方は森に続く迂回路のほうへ進軍しているとのこと!」

 アラン達の動きは敵に筒抜けであった。ルークは援軍を呼ばれることを警戒して、街道に偵察兵を配置していたのであった。

「思ったより早かったな。皆の者に伝えよ、戦いの準備だ!」

 レオンの危惧していたことは当たっていた。アラン達は敵の仕掛けた罠に飛び込むことになるのであった。

   ◆◆◆

 アラン達が出発してから二週間後――

 一足先に戦地に到着したアラン達は、谷間の岩陰に身を隠しながら敵の陣を観察していた。
 敵陣の配置は聞いていた情報通りであったが、アランは違和感を抱いていた。
 敵の陣に活気が無さ過ぎるのである。敵の兵力が情報通りであるなら、兵士達の生活の気配がもっと感じられるはずである。
 しかし今敵に見つかるわけにはいかないため、アラン達は息を潜めてじっとしていた。

「そろそろ時間だな」

 ディーノは太陽の位置を見ながらそう呟いた。アラン達は作戦開始の予定時刻を待っていた。奇襲部隊の進軍速度が予定通りであるなら、既に森の中で待機しているはずであった。
 しばらくして太陽が予定の位置に達したのを確認したアランは、突撃の号令を下した。
 兵士達は気勢を上げながら一斉に飛び出した。しかしその直後、後方からの何かが崩れる音に皆は振り返った。
 そこには岩や土砂が積み重なり、アラン達が来た道を完全に塞いでしまっていた。

「罠だ! 全軍防御!」

 アランは咄嗟に警戒を発した。それとほぼ同時に、小高い丘の向こうから敵の伏兵が飛び出してくるのが見えた。
 一部兵士達に動揺が見られたが、あらかじめ疑いを抱いていたアランは冷静に指示を下した。

「うろたえるな! 少し予定が狂ったが、やることは何も変わらない! 円陣を組んで敵を迎え撃て!」

 敵の罠にかかり、退路を失って包囲されているという状況にも拘らず、アランの部隊は全く秩序を乱していなかった。

   ◆◆◆

 アラン達が罠に嵌(は)められたのを遠めに見ていたケビンはすぐさま声を上げた。

「陽動隊が嵌(は)められた! こちらにも何かあるはずだ! 周囲を警戒しろ!」

 ケビンがそう声を上げた途端、森に煙が立ち込め始めた。その煙は後方から流れてきているようであった。

「森に火を点けられたぞ! 急いで脱出しろ!」

 慌てて森から脱出したケビン達の前に当然と言わんばかりに敵の伏兵が立ちはだかる。

「既に囲まれてるぞ! 急いで戦闘隊形を組め!」

 ケビン達はまともな陣形を組むことすらできないまま、敵と交戦を開始した。

   ◆◆◆

 アラン達の戦いは城にいるクリスからも見えていた。そしてアラン達が苦しい状況に立たされていることも理解していた。
 クリスはすぐさま戦装束に着替え部屋を飛び出した。するとそこには同じように戦装束に身を包んだ臣下達が並んでいた。
 主を出迎えた臣下達は黙って主の命令を待っていた。

「我々も出陣するぞ! この機を逃せば我らに生き残る道は無いと覚悟せよ!」

 待ち望んでいたその言葉を聞いた臣下達は剣を正面に掲げ、戦意と敬意を示した。

   ◆◆◆

 城を飛び出したクリス達は待ち構えていた敵の総大将、ルークの部隊と交戦を開始した。
 クリス達が敵に足止めされているのを見たアランは、クリス達がこちらに合流してくれることはあまり期待できないことを理解した。
 アラン達は防御の陣形を組んで必死に耐えていたが、敵の激しい包囲攻撃に味方は徐々に倒れていった。

(このままではまずい)

 アランは頭ではそう思っていたのだが、目の前にいる敵を対処するのに精一杯であった。
 そのときディーノが突然敵中に切り込んでいった。突撃したディーノはすさまじい勢いで槍斧を振り回した。
 ディーノはかつてカミラと戦った時のように、激しい連続攻撃を繰り出した。ディーノの槍斧はまるで竜巻のように次々と敵を巻き込んでいった。
 その凄まじい戦いぶりは皆を鼓舞したが、アランだけはディーノの身を案じていた。
 今のディーノの連撃は体力を激しく消耗しているはずだ。魔法能力を持たない者にとって戦場で体力が尽きるということは、それ即ち死を意味している。

「ディーノ! 無茶をするな!」

 アランはディーノを戒めた。しかしディーノは攻撃の手を緩めようとはせず、一瞬だけアランと目を合わせ、

「アラン! ここで亀のように固まっていても苦しくなるだけだぞ!」

 と、アランに返した。

 ディーノの言葉をアランは「ここは守るよりも攻めるべきだ」と受け取った。

(確かにこの状況は明らかにこちらが不利、待つよりも動いて活路を開くべきか)

 アランはディーノを信じ、その力に賭けることにした。

「敵中を強行突破してクリス将軍と合流するぞ! ディーノを先頭に突撃陣形を組め!」

 アランの号令に反応した親衛隊のクラウスとフリッツはすぐさま兵を動かした。

「ディーノ殿を援護しろ! 血路を開くのだ!」

 クラウスとフリッツはディーノを守るように両翼に兵を配置し、ディーノを先頭に凸型の陣形を組んだ。

   ◆◆◆

 一方、アランと同様に苦しい状況に立たされていたケビンもまた、アラン隊が敵中突破を試みていることに触発され、声を上げた。

「全員聞け! この一戦は我等が故郷を取り戻すための戦いだ! この戦いに負ければ家族も友も誇りも全て失うと心得よ!」

 ケビンのこの言葉に味方の士気は大いに昂ぶった。部隊の気勢は目に見えてわかるほど高まり、その戦意は個々の兵士達の勇猛さに現れていた。

「これよりアラン隊との合流を図る! 後ろは振り返るな! 眼前の敵を突破することだけに集中しろ!」

 ケビンはアラン隊に向けて剣を振りかざし、突撃を開始した。陣形は相変わらず滅茶苦茶であったが、部隊の意思は完璧に統率されていた。

 ケビン隊はアラン隊との合流を目指し、アラン隊はクリス隊を目指し走り始めた。結果として三つの部隊は一つに合流しようとしていた。

 敵の総大将ルークは一つだけ間違いを犯していた。それは敵の戦力を見誤っていたことだ。アラン隊には精鋭であるディーノをはじめ、クラウスやフリッツなどの練度の高い歴戦の兵士達で固められており、ケビン隊のほうは戦力ではアラン隊に及ばないものの、その士気の高さは凄まじく、まるで死を恐れない狂戦士の様相であった。

   ◆◆◆

 ディーノは敵陣を切り裂きながら押し進んでいった。その勢いはクリス隊と合流しても止まらず、ディーノはそのまま敵の総大将に向かって猛進していった。
 ディーノの攻めの凄まじさに敵は恐怖し、じりじりと後退していった。

「ええい、何をしている! 引いてはならぬ!」

 敵の総大将ルークは怖気づいた兵士達を叱咤したが、部下の戦意が戻ることはなかった。
 そうこうしているうちに、とうとうディーノがルークの元にたどり着いた。

「大将と見た! この俺と尋常に勝負しろ!」

 ルークはこの申し出を断ることができなかった。ここで総大将が引けば、軍の統率は完全に失われてしまうと思ったからだ。

「いかにも、私が大将のルークだ! 名を聞いておこう!」
「俺の名はディーノ!」

 この勝負は一瞬で決まった。ルークは突っ込んでくるディーノを魔法で迎撃したが、ディーノはそれを盾でいなしながら一気に接近し、槍斧を一閃した。
 ディーノの槍斧に深々と体を抉られたルークは血を撒き散らしながら崩れ落ちた。

「敵の勢いを見誤ったか……ただただ自分の不明を呪うばかり……無念……」

 そしてその言葉を最後にルークは事切れた。
 それを見た敵兵達は離散し逃亡していった。終わった、と判断したディーノは大きく息を吐きながらその場に膝をついた。さすがのディーノも体力の限界であったようだ。
 アラン達もまたそれを追うことはしなかった。何故なら、ディーノと同じく追撃する体力が無かったからだ。
 そこへ馬に乗ったクリスがディーノの傍にやってきて感謝の言葉を述べた。

「この戦いに勝てたのはそなたのおかげだ。名は何と言う?」

「……ディーノといいます」

 ディーノは立ち上がり、肩で息をしながら答えた。

「ディーノか。良い名だ」

 馬から降りたクリスはディーノの肩に手を置いてその活躍を賞賛した。

「皆もこの豪の者の活躍を称えよ! この者の名をその胸に刻むのだ!」

 そう言ってクリスはディーノの手をとり、その拳を天に突き上げた。それと同時に兵士達から歓声が沸き起こった。
 予想していなかったこの展開に、ディーノは驚いていた。ディーノはこれまでに何度も大きな戦功を立てていたが、このように賞賛されるのは初めてであったからだ。
 今この瞬間だけはディーノが奴隷であることへの偏見や差別は皆の心から消えていた。今この場にはディーノへの賞賛の声だけがあった。ディーノは自身の涙腺が少しだけ緩むのを感じた。

「しかしお主の戦いぶりのなんと凄まじきことよ。その姿、まるで荒れ狂う暴風の如し!」

 クリスはディーノの戦いぶりを「暴風」と例えた。その姿は敵の目には人ならざるもののように映ったであろう。
 しかし、次の戦いである男がこれを遥かに凌駕する圧倒的暴力を見せ付けるのである。

   ◆◆◆

 一方その頃、平原を睨むカルロ達のほうでも戦いが始まろうとしていた。街を守るように布陣するカルロ達にヨハン率いる敵軍が徐々に近づいてきていた。
 両軍の陣形は奇しくも似ており、横列陣形を基本に、中央に置いた部隊を突出させた形であった。
 こちらは総大将であるカルロ自らが中央におり、対する相手は最近勢いのある勇猛な将、ガストン率いる部隊を中央に置いていた。
 敵軍は弓が届くか届かないかの位置で一度立ち止まった。そして敵の総大将を努めるヨハンがゆっくりと片腕を上げた。

ヨハンイメージ7

 ヨハンはその手を振り下ろす前に、一言を添えた。

「皆の者、これは我々の未来を決める重要な一戦である! 心を強く持ち、己が使命を果たすのだ! 全軍突撃!」

 ヨハンが腕を振り下ろすと同時に、突撃の合図が戦場に響き渡った。

 ヨハンのこの言葉を聞いたサイラスは心底うんざりしていた。

(我々の未来を決める一戦、か。上手く言ったものだ)

 ヨハンが言った「我々」の中にガストン将軍達は含まれていない。サイラスはカルロに向かって突っ込んでいくガストン将軍達の背中を冷めた目で見守っていた。

(普通の人間が化け物相手にどこまでやれるか、見せてもらおう)

   ◆◆◆

 ガストン将軍は大盾兵を前列に並べた基本的な隊列でカルロに臨んだ。
 前面に強固な壁を並べて前進する、兵力差で相手を上回っている場合は常套手とも言える、悪くない「一般的な」戦法である。事実ガストン将軍の部隊はカルロの部隊よりも数で勝っていた。
 ただしそれはあくまでも「一般的な」場合における話である。相手はあのカルロなのだ。
 ガストン将軍はカルロ相手にこの戦法を取ることが間違いであることにすぐに気づくことになる。
 まずカルロの真正面にいた大盾兵達が悲鳴を上げた。彼らは炎に包まれ、のた打ち回った。
 カルロはそのまま腕を横に振り、大盾兵達を炎でなぎ払っていった。
 カルロの炎はその射線上にいた兵士達を次々飲み込み、吹き飛ばしていった。
 種も仕掛けもない、これは純粋な炎魔法である。光魔法を同時に放っているわけではない。彼は炎の勢いだけで人を吹き飛ばしているのだ。よって彼の前では盾の壁など何の意味もなさない。

 それを見たガストン将軍はすぐさま陣形を変更した。

「大きく広がって散開しろ! 固まるな!」
 カルロの前で密集陣形は逆効果である。被害が増すだけであった。事実、サイラスが精鋭魔道士を率いて戦ったときも、大きく散開した陣形をとっていた。
 しかし広がるということは戦力の分散を意味している。カルロに並みの攻撃を散発的に加えたところで通用するはずがない。各個撃破されるだけである。
 結局のところ正面からでは雑魚がどう束になろうとカルロには通じない、というのが事実であった。サイラスがカルロを倒したときは罠に嵌めて包囲したうえで、精鋭魔道士全員を同時にぶつけたのである。それでも精鋭魔道士の半数を失ったのだ。
 ガストン将軍は決して弱くはない。むしろ今の世では間違いなく強者の部類に入る人間だ。自身の魔法力はもちろん、指揮官としても優秀。修羅場をくぐっており、勇気もある。
 だがガストンが強者として振舞えるのは相手が普通の人間であるという前提での話である。今の世に常識的に広まっている戦術、それにいくら長けていたところでカルロの前では無意味。カルロはそういう常識が通用する相手では無いのだ。

 そして、柔軟に戦法を切り替えながら勇敢に戦うガストン将軍の姿を、サイラスは哀れみを込めた眼差しで見つめていた。
 ガストンの仲間達は次々と倒されていった。そして遂にガストンを守る兵は誰もいなくなり、カルロの前で孤立しその無防備な姿を晒すことになった。その姿にかつての威風は面影も感じられなかった。
 これを見たサイラスは一足早く部隊を後退させ始めた。もう決着は着いた。ここから先は見るまでも無い。ガストン将軍はカルロに完全に捉えられている。今のガストン将軍にはカルロの攻撃を回避することも防ぐこともできない。

 進退窮まったガストンは雄叫びを上げながらカルロに突撃していった。

 しかし現実は非情である。ガストンの雄叫びは炎に飲まれて消えた。

(最後は特攻か。その潔さや良し。だが哀れだ)

 ガストン将軍が戦死したと同時に、撤退の合図が戦場に鳴り響いた。

   ◆◆◆

 サイラスは戦場を後にしながら、物思いにふけっていた。
 再び目の当たりにしたカルロの圧倒的な力。そして戦死したガストン将軍の姿。それはサイラスの心を熱く燃やしていた。

(カルロの炎のなんと凄まじきことよ。残酷だが美しい)

 カルロの炎は彼の心にも火を点けていた。

(やはり「力」そのものは純粋なものだと感じる。魔法という力によって支配されている今の世は嫌いだが、魔法そのものには善悪など無いのだろう)

 サイラスは柄にも無く、哲学的な事を考えていた。

(そも、人が何かを成すのに「力」を行使しないことなどほとんど無いのではないか。「力」と聞くと人は単純な暴力や、金、権力などわかりやすいものだけを想像しがちだが、愛や情などの精神的なものも「力」なのではないかと感じる)

 「愛」「情」「力」、これらの単語からサイラスはある昔話を思い出した。それはある高名な賢者が戦争の勃発を止めるために断食を行った逸話である。

(平和を愛する賢者のその行いは確かに戦争を止めた。これも「力」の行使なのではないか?その賢者は自分の命を武器に、国に要求を突きつけたのだ。そして国は戦争よりも、賢者を失うことのほうが重いと判断したのだ。
 もしこれが賢者では無く名も無い奴隷であったらどうだ。国が従うわけがない。賢者は目に見えないが確かな力を持っていたのだ。彼は一人で国を動かす力を持った強者だったのだ。弱者が彼のように大きなことをやろうと思ったら数に頼るしかない)

 かなり極端な考え方だと、サイラスは思った。しかし、このときサイラスは自分の心の中が透き通るような感覚を感じた。

(そうだ。そういうものに私はなりたいのだ)

 妄想のような取り止めの無い連想は、サイラスの中に確かなものを生み出していた。

 カルロの敗戦から始まった戦いはこれにて一旦の決着を見た。
 この物語はここで一つの区切りを迎える。
 カルロはその圧倒的な力を見せつけ、アラン達もまたそれぞれに勇を振るった。
 そして多くの者達がヨハンとサイラスの手のひらの上で踊らされて散っていった。

 アランはこれまでディーノと同じ道を歩んできたが、戦いの中で二人の距離は離れ、今ではアランはディーノの背を遠くに感じていた。
 今のアランには何も無かった。彼はディーノに憧れるまま自己を鍛え、武家の掟に従うまま戦いの中に身を置いていただけであった。
 一方、サイラスはアランと同じく「力」こそ持っていないものの、彼の中には確かな「野心」があった。

   第七話 閃光の魔法使い に続く
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テーマ : オリジナル小説
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