末世の拳士 第六話

   ◆◆◆

  奇妙な生活

   ◆◆◆

 その頃――

 レオは夢を見ていた。
 夢の中で、レオは今自分が見ているものが現実のものでは無いことを理解していた。
 それは、死んだはずの母がいたからであった。
 レオは夢の中で、母にひざまくらをしてもらっていた。
 心地よかった。夢の中なのに、暖かく柔らかなものに包まれている感じがした。
 いつまでもこの夢が続けばいいのに、レオはそう思った。
 だが――

「……レオ、そろそろ時間よ」

 母の言葉が、夢の終わりを意味していることを察したレオは、駄々をこねた。

「もう少し、こうしていたい」

 そのもう少しはいつまでも続くだろう。
 だからか、母はレオに現実を突きつけた。

「……レオ、わがまま言わないで。起きて、あの屋敷に帰らなきゃ」

 諭(さと)すような、そして静かな喋り方であったが、レオは反抗した。

「……いやだ。あんなところ、もう帰りたくない」

 この言葉に、母は少し悲しげな顔をしながら口を開いた。

「……レオ、母さんね、あなたには強くなってほしいと思っているの」

 レオは真剣に母の言葉を聞いていた。夢の中であっても母を悲しませたくは無い、その思いがそうさせていた。

「強くならなければならないのよ、レオ。一人でも生きていけるくらい、強く――」

 母がそこまで言葉を紡いだところで、夢は終わった。
 
   ◆◆◆

 目を覚ますと、そこは見知らぬ場所であった。
 視界の奥に広がっているのは見たことが無い天井。そして、すぐ目の前には初めて見る女の顔があった。
 レオはその女に膝枕をされていた。
 そして、女は少し驚いたような顔で口を開いた。

「気がついたんだね!」

 女は首を後ろに向けながら、声を上げた。

「あんた! 子供が目を覚ましたよ!」

 すると間もなく、奥から一人の男が姿を現した。

「おう坊主、気がついたか」

 男は「よっこらしょ」と言いながらレオの隣に腰を下ろした。

「具合はどうだ? 痛いところとかは無いか?」

 男の問いにレオが首を振ると、男は笑みを浮かべながら口を開いた。

「それならいい。しかし、お前は本当に運が良かったな。あの濁流に流されたってえのに、こうして生きてるんだから」

 これに、女が言葉を付け加えた。

「河原で倒れてたあんたを、うちの人が見つけてくれたんだよ」

 そう言って、女も男と同じ笑みを見せた。

「……」

 対し、レオは黙ったままであった。
 レオの沈黙は場の空気を少しずつ変えていった。
 気まずい――そう感じた男が笑みを消した直後、女は声を上げた。

「そうだ! 坊や、お腹は空いていないかい!?」

 これにレオが頷きを返すと、

「ちょっと待ってな! 今作ってきてあげるから!」

 女は立ち上がり、台所の方に駆けていった。
 その様子に男は小さな笑みを漏らした後、

「あいつは口は悪いが、料理の腕は良い。坊主、期待して待ってろ」

 と言った。

   ◆◆◆

 その後、レオは二人と一緒に夕食を取った。
 男が言ったとおり味は良かった。
 だが、レオは一言も喋らなかった。お礼も何も言わなかった。

 レオが口を閉ざしているのは、二人を警戒しているからでも、動揺しているからでも無い。
 レオは単純に屋敷に帰りたくないだけであった。
 レオは「家はどこだ?」と尋ねられるのを恐れていた。
 だからレオは会話を避けていた。できるだけここにいたい、そんな感情がレオの口を閉ざしていた。

   ◆◆◆

 夕食の後、レオは床についた。
 そして深夜、レオの目は覚めた。
 寝室は暗かったが、真っ暗というわけでは無かった。
 細く開いた仕切り戸から、薄明るい光が差し込んできている。
 あの二人はまだ起きているのだろうか? そう思いながら仕切り戸に近づくと、レオの耳に二人の話し声が入ってきた。
 戸に張り付き、耳をすます。

「……それで、あの小僧、どうする?」

 まず耳に入ったのは男の声。

「……今はまだ動揺しているみたいだし、もう少し様子を見ましょうよ」

 次に耳に届いたのは女の声。これに、男が言い返した。

「様子を見るったって、そうはいかないだろう。あいつにも親がいるはずだ。家に帰さねえと」

 自分が恐れていた会話が着々と進められている。レオは少し緊張しながら耳を立てた。

「……あんた、あたし思うんだけどさ」

 突如そのように話を切り出した女の声は、どこか神妙な感じであった。

「なんだ?」
「あの子、死のうとしてたんじゃないかって、あたしは思うんだ」
「……どうしてそう思う?」
「あの子、こっちの人間じゃあない。間違いなく向こうの、雷族のもんだ。その雷族の子が、どうしてあんな雨の日に山をうろついてたんだい?」
「……」

 黙る男に、女は言葉を続けた。

「きっとあの子、なにかつらい目にあったんだよ。だからあんな日に山にいたんだよ」

 これに、男は「ふうむ」という、溜息のような相槌を返した。

「だからさ、今はそっとしておいてあげようよ。帰りたくなったら、きっと本人がそう言うよ」

 男は再び溜息のような相槌をした後、

「わかった」

 とだけ返した。

   ◆◆◆

 そうして、レオと二人の奇妙な生活が始まった。
 その暮らしぶりは傍目には家族のように見えた。
 だが、二人とレオの間に会話は少なかった。
 レオはやはり一線を引いていた。「家に帰れ」と言われることを恐れていた。ゆえに、静かで大人しく、弱そうな人間を演じた。

 そんな生活が一週間ほど続いたある日のこと――

 深夜、床についていたレオは再び目を覚ました。
 薄暗い室内を見渡す。
 一緒に寝ていたはずの二人の姿が無い。
 代わりに目に入ったのは、仕切り戸から差し込む細い光。
 レオは炎に誘われる虫のように、その光に身を寄せた。
 耳をすます。

「……どうする、ドロシー?」

 まず聞こえたのは、尋ねる男の声。

「……」

 ドロシーと呼ばれた女の返事は無い。

「……あれからもう一週間だ。そろそろはっきりさせねえと。いつまでもずるずるとこんな事を続けるわけにはいかねえ」
「……」

 やはり、ドロシーの返事は無い。
 重苦しい静寂に場が包まれる。
 そしてしばらくして、ドロシーはようやく口を開いた。

「あたしは、今の生活を続けたい。終わってほしくないと思ってる」

 男はドロシーの意を察した。

「お前、やっぱり、子供が出来ないことを気にして……」
「……」

 肯定を意味する沈黙に男が、

「……すまん」

 と、謝罪を返すと、ドロシーは首を振った。

「あんたが謝ることじゃないよ。子供が出来ないのは私のせいかもしれないんだから」

 そして再びの重苦しい沈黙。
 これを破ったのはまたもドロシー。

「……あんたの言うとおりだよ。あたしは、あの子を自分の子供のように思ってる」

 少し間を置いて、男は慎重に口を開いた。

「……だけどお前、あの小僧が家に帰ると言いだしたらそれで終わりなんだぞ。情を注ぐほど、別れがつらくなるぞ」
「わかってるよ。……わかってるんだけど、今はもう少しこのままでいたいんだよ」

 これに男は溜息のような相槌をした後、

「わかった」

 とだけ返した。

   ◆◆◆

 それを境にレオは二人に心を開くようになった。
 ここが新しい自分の家であると、レオはそう考えるようになった。
 素直になったレオの心に、二人も答えた。
 三人の間には団欒が増えた。それはまさしく家族となったことの証明であった。

 新しい生活は貧しくも穏やかであった。
 レオは少しずつ活発になり、外を出歩くようになった。
 その家は山の中にある一軒屋であった。
 周囲には森しか無かった。ゆえに、家から遠く離れることは許されなかった。
 家からのびる獣道の先、山を降りたところに広がる平地には、村が見えた。
 興味はあった。だが、レオはそこへ行こうとはしなかった。新しい家族を心配させまいと思ったからだ。
 毎日同じことの繰り返しであった。男が狩りに出かけ、女は家事と内職に従事し、レオがそれを手伝う。

 そして季節が二度移り変わり、秋になったある日のこと――

 過ごし易いその日、レオは二人に留守番を言いつけられた。
 行商にでも行くのだろうか、二人は多くの毛皮、干し肉などを詰めた籠(かご)を背負い、村へと出かけていった。
 一人になったレオは言われたとおり、大人しく家の中で待っていた。
 外に出たくないわけでは無い。だが、レオの中にある恐怖のような感情がそれを押さえ込んでいた。

 そんな時――

 玄関の戸を叩く音が、家の中に響いた。

「おーい、アーロンよお。おるかあ?」

 そして次に響いたのは野太い男の声。アーロンとは、レオを助けたこの家の主の名前である。

「おらんのかあ?」

 そして、その男はあろうことか、家主の返事も待たずに勝手に戸を開けた。

「……ん?」

 レオと目が合う。

「なんや坊主、見たこと無い顔やなあ」

 レオは自己紹介をあえてしなかった。

「……アーロンはおらんのか?」

 男の問いにレオが頷きを返すと、

「そうか。ほんなら、また来るわ」

 とだけ言って、男は去っていった。
 その背が見えなくなってから、レオは用件だけでも尋ねておくべきだったと後悔した。

   ◆◆◆

 レオは見知らぬ男が訪ねてきたことをアーロンに報告しなかった。機を改めてまた来ると言っていたからだ。
 だが、男が再び姿を現すことは無かった。
 男の用件を考えれば当然であった。
 その用件とは子供に関することであったからだ。

   ◆◆◆

 一週間後――

 その日、行商に出ていたアーロンは、神妙な面持ちで家に帰ってきた。

「おかえり、あんた」
「おかえりなさい」

 ドロシーとレオが帰りを迎える。

「……」

 が、アーロンは難しい顔をしたまま、何も言わずに家の中へと入ってきた。

「どうしたんだい?」

 その様子に、ドロシーが尋ねると、

「……村で物騒な話を聞いた」

 アーロンはそう言いながら乱暴に腰を下ろした。

「物騒な話って、なにさ」

 ドロシーが再び尋ねると、

「……村長が、『鎮神(ちんしん)の儀』をやろうと考えているらしい」

 アーロンは視線も合わさずにそう答えた。
 これに、ドロシーは驚きをあらわにした。

「そんな! あれはもう二度とやらないと、そう決まったはずだろ!?」
「そうだ。先代の長がそう決めた。だが、新しい今の村長はそれを無視するつもりのようだ」
「……」

 顔を背けたまま答えるアーロンに、ドロシーは何も言わなかった。
 突如漂った重苦しい空気。そんな中、レオが口を開いた。

「ねえ、『鎮神の儀』って、なに?」
「「……」」

 レオの問いに、二人は難しい顔をするだけであった。
 しばらくして、ドロシーが口を開いた。

「……レオは知らなくてもいいことだよ。……そんなことより夕飯にしよう。あんたもお腹空いてるだろう?」

 聞かれたアーロンは返事をしなかったが、ドロシーはそれを無言の肯定と受け取った。

「ちょっと待ってなさい、すぐ支度するから」

 ドロシーは見え見えの作り笑いを浮かべながら、台所へと向かった。

   ◆◆◆

 どことなく漂う奇妙な空気。
 レオはそれを感じつつも、淡々と日常を過ごしていった。
 その空気は村から忍び寄っていた。
 村に漂う気配は奇妙を通り越し、不穏なものになっていた。
 定期的に村へ出かけているアーロンはそれを察していたが、何も言わなかった。
 自分達には関係ない、大丈夫だ、そんな考えがアーロンの中にあったからだ。

 そして季節は再び移り、年末に差し掛かったある日のこと――

「帰ったぞ」

 家主の声と共に勢いよく開かれた引き戸から、冷たい空気が流れ込む。

「ふう、寒い寒い」

 アーロンはそう言いながら背負っていた籠を下ろし、大げさに身を震わせた。

「おかえり。どうだった?」

 ドロシーが迎えの言葉を掛けると同時に尋ねると、

「今日も駄目だった」

 アーロンは残念な言葉を返した。
 だが、ドロシーは表情を変えなかった。そうだろうと思っていたからだ。
 対し、レオは心配そうな表情を浮かべながら口を開いた。

「……お仕事、上手くいってないの?」

 これに、アーロンは薄い笑みを浮かべながら答えた。

「心配すんな。何も売れなくてもこの冬は越せる」

 アーロンはレオの頭を荒い手つきで撫でた後、言葉を続けた。

「俺たちは運がいい。十分な蓄えがある」

 何故か少し悲しそうな顔を見せるアーロンに、ドロシーが尋ねた。

「そういえば、村の様子はどうだった?」

 この問いに、アーロンの表情は悲壮さを増した。

「……よくない」

 あまりに大雑把な答えに、ドロシーはもう一度尋ねた。

「冬は越せそうなのかい?」

 アーロンは首を振った。

「わからん。明らかに厳しそうな家は見てわかるんだが、それ以外の家の者達も皆、うちも苦しいと言うだけで、助け合おうという気配は感じられなかった。皆が互いの懐を探り合っている、そんな感じだった」

 分かってはいたが、やはり気持ちのよい答えでは無かった。
 ドロシーは表情を少し曇らせながら、再び尋ねた。

「……村長は、本当に鎮神の儀をやるつもりなのかい?」

 アーロンはこれにも首を振った。

「わからん。村長はそのつもりのようだが、強く反対しているもんが何人かいるらしくてな」

 この答えにドロシーは少しだけ表情を緩めた。

「じゃあ、儀式はやらなくてもよくなりそうだね」

 これにアーロンは難しい顔をした。

「……どうだろうな。生活が苦しいせいか、反対してた連中も最近は口を閉じちまってるらしい」

 場に重い空気が漂う。しばらくして、ドロシーが口を開いた。

「……いやだよ、あたしゃ。神様の怒りを鎮めるためだかなんだかしらないが、あんなの、もう見たくないよ」
「……」

 アーロンは何も言わなかったが、その無言は同意を表していた。
 しばらくして、今度はアーロンが口を開いた。

「……先代の長が、爺様が生きていてくれりゃあなあ」

 これに、ドロシーは「そうだねえ」と相槌を返すと、アーロンは再び口を開いた。

「爺様は皆に助け合えといつも言っていた。苦しいときこそ、そうすべきだと。村の皆はそんな爺様の言うことを聞いて、一つにまとまっていた」

 何かを回想しているのか、アーロンは遠い目をしながら言葉を続けた。

「今思えば不思議な人だった。この人の言うとおりにしていれば問題は無い、根拠も何も無くてもそう思わせてくれる人だった」

 ドロシーが無言の同意を返すと、アーロンはレオの方に向き直り、口を開いた。

「レオ、お前も爺様のような立派な人間になるんだぞ」

 そう言われても、レオにはよく分からなかった。その爺様という人のことを何も知らないからだ。

「だがその前に、強くなれ。一人でも生きていけるように、強くなるんだ」

 これはよく分かった。母にも言われた言葉であった。

   ◆◆◆

 その後、山は異例の冬を迎えた。
 雪が積もり、白く染まったのだ。

「こんな事、あたし初めてだよ」

 ドロシーの言葉にアーロンが頷きを返す。
 暖かいこの地域には雪が降ること自体珍しい。積もることなど、三人にとって初めての経験であった。

「一体どうしちまったんだろ。お天道様が怒っちゃったのかねえ」
「……」

 これにアーロンは頷きを返さなかった。太陽が怒るという表現が好きではなかったからだ。
 そして、心配する二人に対し、レオは喜んでいた。
 レオは初めての積雪に興奮し、外を駆け回っていた。非常に子供らしい反応であった。

 世は小冷期に入っていた。世界全体の気温が下がっていた。
 そして、三人は知らぬことであったが、はるか北にある大きな火山が噴火したことも影響していた。
 巻き上げられた大量の火山灰が大陸を覆い、気温をさらに下げていたのだ。

 葉が落ち、草が枯れ、山の恵みは姿を消した。
 この厳しい季節を、三人は家に篭って凌いだ。
 それはとても貧しかった。だが、飢えは少なかった。
 寒さに耐え、春が訪れるのをじっと待った。
 そうして、三人は何事も無く冬を越した。

 三人は幸運であった。誰一人倒れることが無かった。

 だが、村はそうではなかったのであった。

   第七話 人身御供 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
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