シヴァリー 第十七話

   ◆◆◆

  荒れ狂う光

   ◆◆◆

「敵将! 討ち取った!」

 アランは指揮官の男の首を掲げながら、高らかに声を上げた。
 これに、敵の部隊に明らかな動揺が走るのが目に見えた。

「我等の隊長がやったぞ!」

 仲間達が勝ち鬨を上げる。その場にいた全員の心の中に「勝利」の文字が浮かんだ。
 だが次の瞬間、その言葉はある者の出現によって掻き消されるのであった。
 アランの瞳が影に覆われる。
 何だ? アランは視線を動かし、自身を覆う影の正体を探った。
 そして、アランの瞳は中空に浮かぶ一つの影を捉えた。
 それは太陽を背に、アランに向かって飛び掛って来ていた。

「!」

 これが何か、それを考えるよりも早くアランは回避行動を取った。
 直後、先ほどまでアランがいた場所から轟音が鳴り響き、土砂が舞い上がった。
 土煙が晴れる。そこには、跪くような姿勢で地面に拳を突き立てているリックの姿があった。

「再びこうして相見えたことを嬉しく思うぞアラン! この腕の傷の雪辱、ここで果たさせてもらう!」

 リックはそう声を上げながら立ち上がり、アランに向かって突進した。
 
 アランは突っ込んでくるリックを光の剣で迎え撃った。リックが剣の間合いに入るタイミングを見計らい、その喉元目掛けて突きを見舞った。
 対するリックはアランの間合いに僅かに入ったところで足を止めた。
 そしてリックは迫るアランの突きに対し光る右手を突き出し、その刃の腹の部分に右手の甲を押し当てた。
 リックはそのまま刃を手の甲で押し流し、突きの軌道を自身の体の外側へ向けた。

「っ!」

 瞬間、リックは右手の甲に走った鋭い痛みに身を震わせた。確認するまでもない。アランの光る刃が自身の手を切ったのだろう。
 リックは反射的に後退り、アランから距離を取った。

(母上のものとは鋭さが違う! 流すのでは無く、弾くべきか!)

 そう考えたリックは手に魔力を込め直し、再びアランに向かって踏み込んだ。
 リックがアランの間合いに入った瞬間、先と全く同じ迎撃がリックに迫ってきたが、これをリックは手の甲では無く指で受けた。
 リックは刃の腹に指先を当てたと同時に鋭く魔力を放出した。
 直後、乾いた金属音を立てながらアランの刃はリックの指から離れた。
 しかしこれは刀を少し弾いただけにとどまり、アランの体勢を崩すには至らなかった。
 アランはすぐに刀を引き、間髪入れずに次の突きを繰り出した。
 アランが突きを放つ、リックがそれを弾く、この攻防はその後暫く繰り返された。
 その様はアランの猛攻がリックを抑えているように見えたが、この時のリックは様子を伺っているだけであった。
 クレアとの訓練は確実に功を奏していた。アランの剣速はクレアを上回っていたが、今のリックに捌けないほどの速さでは無かった。
 リックはその剣速に目を慣らしつつ、アランの癖を調べていた。

(速く鋭いが、軽い。しかも単調だ)

 様子見はもう十分だろう、そう判断したリックは右拳に強い魔力を込めた。
 そしてリックは次に迫ってきたアランの突きを今度は指では無く裏拳で迎え撃った。

「破っ!」

 放った右手の甲がアランの刃に触れた瞬間、リックは裂帛の気合とともにその手に込めた魔力を爆発させた。
 直後、甲高い金属音と共に、アランの刀は強く弾き返された。
 アランは刀を手放しこそしなかったが、その勢いはアランの体勢を崩すのに十分であった。
 大きな隙を晒したアランにリックの慈悲無き追撃が迫る。しかしその時、アランにとってとても頼もしき人物がこの危機に駆けつけてくれた。

「!」

 リックはその手を止め、気配が迫る方向に視線を向けた。
 そこには防御魔法を展開したまま突っ込んでくるクラウスの姿があった。攻撃を中断したリックはクラウスに向けて防御魔法を展開した。
 双方の防御魔法がぶつかり合う。衝突点から光の粒子が華やかに拡散した。
 両者は防御魔法をぶつけあったまま押し合った。互いの防御魔法が摩擦し、削りあう嫌な音が場に響き渡った。
 この押し合いはクラウスに分があるように見えた。リックは体勢こそ崩さなかったものの、そのまま押し下げられていった。
 リックは最初、自分が押されているのは敵に突進の勢いが残っているからだと思っていたが、これまでの戦いの経験と直感がそれを否定した。

(押し負けている?! この男の魔力のほうが上か!)

 単純な魔力勝負での不利を悟ったリックは、地に踏ん張るその足に魔力を込めた。
 リックの足が発光を始めると、両者の力は拮抗したかのように見えた。

(……防御魔法が限界か。やむを得ん。ここは一度距離を取ろう)

 リックの防御魔法は悲鳴を上げていた。クラウスの防御魔法に削られ、きしみ、今にも押し破られそうになっていた。
 これ以上は無理だ、そう判断したリックは防御魔法を解除すると同時に、足に込めた魔力を利用して真横に飛んだ。
 跳躍したリックの真横をクラウスが駆け抜けていく。
 とりあえず難を逃れたか、リックはそう思った。が、それは間違いであった。
 クラウスはあきらめずに食らいついてきた。クラウスは素早く進行方向を変え、再びリックに向かって突進してきていた。

(まだ来るか。ならば、)

 正面から打ち抜く。その言葉が浮かぶよりも早く、リックは拳を脇の下に引き、迎撃の態勢を取った。
 迫るクラウスを引き付ける。リックはクラウスが間合いに入る機を見計らい、拳を前に出した。
 だがその瞬間、クラウスは防御魔法を解除した。

「!」

 本命は体当たりでは無い! 狙いは光弾――
 視線をクラウスの手元に移す。その手が掴んでいるものを見たリックは目を見開いた。

(剣?!)

 直後、一閃。放たれたのは胴を狙った水平斬り。

 そして、その刃は輝いていた。

 アランと同じ光る剣! リックの恐怖、焦り、緊張が一瞬で極限にまで高まる。
 このままでは胴を抜かれる――リックは咄嗟に攻撃の軌道を変え、叩き落すように拳の甲を輝く刃にぶつけた。
 激しい衝突音。拳と刃の間に、眩い火花が生じた。
 しかし、飛び散ったのは火花だけでは無かった。眩しいその中に、暗く重い赤があった。それはリックの手の甲から蛇のようにぬめりを持って伸びていた。

「!」

 鋭い痛みに目を細める。傷の状態を確認したいがそんな余裕は無い。次の攻撃が来る。
 目の前にいる相手、クラウスが手首を返す。地に向かって叩き下ろされていた剣は突如軌道を変え、下方からリックに襲い掛かった。
 左わき腹から入って右肩に抜ける軌道。これをリックは右足で迎え撃った。
 刃にぶつけるのは危険、よって狙いは小手。リックは爪先の狙いをクラウスの剣の鍔に定め、足を振るった。
 リックの爪先がクラウスの剣の鍔に突き刺さる。再びの衝突音と火花。

「っ!」

 衝撃の余波が手に及んだのか、クラウスは痛みを表情に滲ませながら数歩後退した。
 互いの距離が開く。リックは傷の状態を確認した。
 出血は派手だが骨はやられていない、握り拳の力強さも健在だ、戦闘の続行に支障は無い。
 だが、もしあれがアランの剣による一撃だったならば、自身の腕は今頃どこかに飛んでいたであろう。リックは背中が冷たくなるのを感じた。
 呼吸を整え、次の手を思案する。対峙するクラウスも同様に状態を整えた。
 同時に見合い、構える。
 双方の間に緊張が高まる。そして、どちらからともなく動き出そうとした瞬間――

「クラウス!」

 飛び込んできたのはアランの声。窮地を助けられたのもあるが、何よりもクラウスが光の剣を使っているという事実が、アランにその名を叫ばせていた。
 駆けつけたアランはクラウスの隣に並び、構えた。
 天を突くように剣を上段に構えるクラウスと、刀の切っ先を突きつけるように真っ直ぐ正面に構えるアラン、二人のその立ち姿はあまりに印象的であった。

(来る!)

 リックの直感がそう叫んだのと同時に、二人は地を蹴った。
 距離が詰まる。
 どちらが先に仕掛けて来る? リックの瞳はどちらの像を捉えれば良いのか迷った。

(違う! 攻撃は同時!)

 リックの瞳が全体を捉えるように焦点を変える。
 直後、二閃。右から迫る真っ直ぐなアランの突きと、左上から唸りを上げて迫るクラウスの振り下ろし。
 全く質の違うその二つの攻撃を、リックは同時に捌いた。
 アランの突きを右手の指で弾き、クラウスの一撃を左手の甲で叩き返す。右手と左手で異なる動作を同時に行うという困難を、リックはあっさりとやってのけた。
 クラウスの剣を弾いた左手が痺れる。アランの剣筋とはかなり違う。アランの剣は速く鋭いという感じだが、こいつの剣筋は豪快で重い。
 さらに、豪快だが慎重さがある。動作が派手な割に隙が無い。
 反撃を――と、リックは一瞬思ったが、ここで手を出すのは危険だと訴える自身の本能に従った。
 そしてそれは正解だった。直後、怒涛のような連撃がリックに襲い掛かった。
 横殴りの霧雨のように襲い来るアランの刀と、突風のように襲い来るクラウスの剣、その猛攻にリックは防戦一方になった。
 一度逃げるべきだ、リックの理性はそう訴えたが、これはリックの中にある何かに却下された。

 やろうと思えばリックはいくらでも安全な戦い方を選ぶことが出来る。機動力では相手を圧倒しているのだから、距離を取って引き撃ちに徹するという手もあるのだ。
 だがリックはそうしない。それで得た勝利に大した意味が無いことに気づいているからだ。
 遠距離から弾を撃つだけではその辺の魔法使いとなんら変わらない。しかもリックの魔法力は決して強くはない。弾だけでは大きな戦果を挙げることはできないだろう。
 飛び道具が幅を利かせる時代に、あえて接近戦で戦果を挙げる。その事に大きな意味があり、またそれが偉大なる者の血を引く者としての誇りでもあった。

 リックはアランとクラウスの攻撃を捌き続けながら、活路を探していた。
 反撃しなくては。しかしこの猛攻の中、どうやって?
 一方の体勢を崩し、すかさずもう一方に攻撃を叩き込む。それが理想。

 だが、体勢を崩すとしたら、どちらだ?

 迷うリック。その時、一つの光明が見えた。
 クラウスの剣閃は徐々に甘くなってきていた。同じ型の攻撃が目立つようになり、速度も落ちていた。
 これならばいける、そう思ったリックは頭の中で理想的な筋書きを描いた。クラウスの攻撃を叩き返し、アランの攻撃を流しつつ反撃するという筋書きを。
 後はいつ仕掛けるか、それだけだ。リックは機を伺った。

 そして、それは訪れた。
 クラウスが剣を振りかぶる。もう何度も見た型。
 そして、振り下ろす。もう何度も見た軌道。
 しかも遅い。「叩き返してください」と言っているかのような甘い一撃。
 まさに理想的。リックは動いた。
 小さく一歩踏み込みつつ、拳をクラウスの剣に叩きつける。
 瞬間、リックは違和感に襲われた。

(軽い!)

 これはまるで、叩き返されることが分かっていたかのような――

(誘われた!?)

 光明などでは無い! これは罠!
 気づいた時には既に遅かった。鋭い手首の返しから放たれたクラウスの斬り上げがリックに迫る。
 リックは咄嗟に上半身を仰け反らせつつ、防御魔法を展開してこれを受けた。
 しかし、リックの防御魔法ではクラウスの光る剣を止めることは出来なかった。剣速を少し遅くしただけであった。
 クラウスの光る剣はリックの防御魔法を斬り裂き、その奥にある胸板をなぞっていった。

「っ!」

 鮮血が散る。熱い痛みにリックは顔をしかめながら、ふらりとよろめいた。
 そこへアランの刀が雨のように襲い掛かる。体勢を崩していたリックはこれを防ぎきることができず、その身に何本もの赤い線が走った。
 たまらずリックは地を蹴り、距離を取った。
 仕切り直しの形となり、構えを整えながら暫し見合う。

(勝てる! これなら押し切れる!)

 この時、アランの中には勝利の予感があった。光の剣を使うクラウス、その頼もしさよ!
 だが、アランは気づいていなかった。クラウスの剣にある異常が起き始めていたことに。

 双方はじりじりと間合いを詰めていった。
 緊張が高まる。そして、先に仕掛けたのは意外にもリックの方であった。
 地を蹴り、アランとクラウスに向かって突進する。
 無策では無い。リックの頭にはあるイメージがあった。
 それは言うなれば、肉を斬らせて骨を断つというものであった。
 接近したリックは激しい攻防を繰り広げた。攻防と言っても、リックは相変わらず防戦ばかりで、攻撃しているのはアランとクラウスの方ばかりだったが。
 だが、今のリックは先とは違う。覚悟が決まっている。

(ここだ!)

 心の中で叫びながら、一歩踏み込む。
 迫るクラウスの刃。リックはそれ気迫のこもった一声と共に弾き飛ばした。
 そこへ当然のように襲い掛かってくるアランの突き。
 胸を狙った一撃。後ろに下がれば問題無く回避できる。だが、そうはしない。この好機を逃すことはできない。
 ここが勝負。アランの足元にもぐりこむように身を低くしつつ前に出る。

「っ!」

 その途中、アランの刃がリックの右肩を削っていった。
 だが、これでいい。この程度で済んだと考えるべきだ。
 そして今、目の前にあるのは無防備なアランの腹。
 必中の確信を持って右拳を突き出す。

「!」

 アランの瞳が驚愕の色に染まる。
 避けられない――その言葉が脳裏に浮かぶよりも早く、アランは右腕で腹をかばいながら後ろに跳んだ。
 直後、丸太を差し込まれたかのような感覚がアランの右腕と腹を襲った。
 自身の右腕がへし折れる音が脳内に響く。その直後、押し込まれた自身の右肘が腹を強く圧迫した。

「げほっ!」

 肺の空気と少量の胃液を口から吐き出しながら、アランの体は後方に吹き飛んだ。

(殺せていない?!)

 手ごたえから先の一撃が致命のものでは無い事を悟ったリックは、アランに追撃を見舞おうと、再び踏み込んだ。
 だが直後、リックの前にクラウスが立ちはだかる。

(邪魔だ!)

 リックは目の前いるクラウスをなぎ倒すかのような勢いで拳を放った。
 助走と安定した構えから放たれた一撃、それは並みの防御魔法など容易に貫く威力を秘めていた。
 避ければ背後にいるアランがやられる。クラウスに選択肢は無かった。
 クラウスは剣を鏡として扱うように自身の顔前に構え、それを盾に見立て手を添えた。
 直後、その細長い鋼の盾にリックの拳が炸裂した。
 甲高い金属の衝突音と共に華々しく火花が散り、亀裂とともに剣身が僅かに折れ曲がる。
 その衝撃の強さに、クラウスの体は後ろに押し戻されたが、剣を構えるその立ち姿はびくともしていなかった。

(止められた!?)

 リックは驚いた。ディーノのような重量がある者にならまだわかるが、自分と同じほどの体格をしているこの男に受け止められるとは思ってもいなかった。
 まるで地に根を張っているようだ。リックがそんな感想を抱いた瞬間、クラウスは反撃に出た。
 リックの拳を押し返すと同時に一閃。
 だが、この一撃は空振りに終わった。リックは拳を押し返されると同時に後方に飛び退いていたからだ。
 距離が離れ、リックと見合うクラウス。その後ろで、アランは折れた右腕に処置を施していた。
 アランは刀の鞘を添え木にして折れた右腕を固定した後、刀の柄の底に右手の平を押し当て、魔力を送り込もうと試みた。
 幸いにも、その手にある刀は光り輝いてくれた。折れていても光魔法は使える。痛みさえ堪えれば戦闘の続行に支障は無い。
 そしてアランは立ち上がり、再びクラウスの隣に並んだ。
 双方共に再び構えを整える。
 そして、機を伺う。張り詰める緊張の中、先に動いたのはまたしてもリック。

「!?」

 だが、リックは一歩前に出たところで足を止めた。

「?」

 何故止まった? アランにはリックの意図が読めなかった。
 リックはアランよりも早く気づいたのだ。クラウスの剣に起きている異常に。
 そしてその異常は「音」という形でアランの耳にも伝わった。
 その異質さはアランの手も止めた。

(何だ? この音は?)

 細かく連続して聞こえてくるその音、それは寒いときに震える歯が立てる音に似ていた。それを歯ではなく金属で鳴らしているかのような音だ。
 その耳障りな音、それはクラウスの剣の鍔から発せられていた。
 クラウスの剣の鍔には亀裂が入っていた。それは先の攻防の際、リックが放った蹴りを受けたことによるものだった。
 その鍔から細かな音が連続して鳴っているという事実からわかること、それはクラウスの剣が振動しているということであった。
 当然クラウス本人はこの異常に気がついていた。しかしクラウスは光の剣が持つ危険性を知らないがゆえに、それが問題であると思っていなかった。
 もちろん普段はこんなことにならない。クラウスの剣が振動し始めたのは、リックの拳を受け止めて剣が折れ曲がってからであった。
 いや、異常そのものはもっと早く始まっていた。それはリックの攻撃を受け止める度に悪化していき、遂に振動という形で表に現れてきたのだ。
 アランの意識はクラウスの剣にとらわれた。それは僅かな時間であったが、リックはその隙を見逃さなかった。
 動きが膠着したアランに向かってリックが踏み込む。虚を突かれる形となったアラン。だが主人のこの窮地を、クラウスは見逃さなかった。
 リックとアラン、二人の間に飛び込むようにクラウスが地を蹴る。その勢いはリックに体当たりするかのようであり、そこから生まれた無言の圧力は、リックの意識を向けさせるのに十分であった。
 リックはクラウスの方に目線を向けるよりも早く地に足を叩きつけた。リックは土煙を上げるその足を軸に体の向きを回転させ、クラウスの方に向き直った。
 リックとクラウス、双方が再び正面に向かい合う。その時既にクラウスの光る刃はリックの首に向かって放たれていた。
 リックは水平に走るその光る刃に向かって、光る拳を真上に振り上げた。
 両者が放った光の線はきれいな十字を描き、激しい金属の衝突音を再び場に響かせながら、眩い光の粒子を散らせた。
 だが、この激突で生まれた音はそれだけでは無かった。
 直後、クラウスの剣は「悲鳴」を上げた。金属が割れたような鋭い音の後、金属が磨耗し合う歪な音が刀身から響き始めた。
 この時、アランの頭にある懐かしい言葉が浮かび上がった。

「鋼の刃に過度の光を通すべからず」

 クラウスの剣は限界寸前である、それに気付いたアランは咄嗟に声を上げた。

「剣を捨てろ! クラウス!」

 言いながらアランはクラウスに向かって走り出し、リックもアランの言葉に弾かれるように動き出した。
 クラウスが光る剣をリックに投げつける。それを見たリックは素早く後方に飛び退いた。
 そしてクラウスの手から剣が離れた直後、走りこんできたアランがクラウスの体を突き飛ばした。
 主の手から離れた剣は、空中でその輝きをさらに増した。これを後ろ目に見たアランはそのまま地面に伏せた。

 そして次の瞬間、剣は「破裂」した。

荒れ狂う光


 陶器が割れたかのような音と共に剣は四散し、そこから光が溢れ出した。
 それはただの光では無かった。旋風と共に溢れ出た光は、まるで風に乗って動いているかのように、旋回しながら周囲に広がっていった。
 そして光は爆発点から少し離れたところで突如規則性を失った。
 光は細く枝分かれし、矢のようになりながら様々な方向に進路を変えて飛んでいった。
 そうして拡散した光の矢は、周囲の人間へ無差別に襲い掛かった。

「っ!」

 地に伏せていたアランは自身の左肩に走った鋭い痛みに息を漏らし、目を硬く閉じた。
 直後、アランの耳に肉を裂く嫌な音と兵士達の悲鳴が飛び込んできた。これは一度では終わらなかった。
 アランはじっと地に顔を伏せてこの惨事が終わるのを待った。暫くして周囲が静かになってから、アランは顔を上げた。
 顔を上げたアランの前には異様な光景が広がっていた。
 強い魔法使い同士が激戦を繰り広げた後、と言われればそう見えるかもしれない。周囲には多くの兵士達が倒れており、様々な呻き声が場に響いていた。

「クラウス!」

 アランは声を上げ、真っ先にクラウスの姿を探した。
 彼はすぐに見つかった。その有様はアランを絶句させるに十分であった。
 クラウスの体は切り刻まれ、血に染まっていた。

「誰か、誰か手を貸してくれ!」

 アランはそう叫びながら手を動かした。

(とにかく止血しないと!)

 クラウスの怪我の様相はどこから手をつければ良いかわからないほどの有様であったが、アランはとりあえず深そうな傷から処置していった。
 そしてアランの手はクラウスの左目を見た時に一瞬止まった。
 クラウスの左目には縦に大きな一本の傷がついていた。
 この傷ではこの目は二度と――アランはふと頭に浮かんだそんな考えを振り払い、再び手を動かし始めた。

「おい! 誰か、手が空いている者はいないのか!」

 焦りからか、アランの言葉は乱暴なものになっていた。
 周りは怪我人だらけである。隊長の命令とはいえ、すぐに動けないのは致し方無いことであった。
 暫くして、ようやく手の空いた兵士達がアランのもとに駆けつけた。
 兵士達はクラウスに簡単な処置を施した後、彼の体を急ごしらえの担架に乗せ、城へと運び出した。
 アランはクラウスを見送った後、敵軍のほうに視線を戻した。
 敵の有様もこちらと大した違いは無かった。多くの兵士達が負傷者の搬送に手を焼いていた。
 アランはそれでも油断無く身構えていたが、敵が攻撃を仕掛けてこない理由をすぐに理解した。目の前に出来ている人だかり、そこから傷だらけのリックが運び出されるのが目に入ったからだ。
 リックを連れて撤退していく敵兵達の姿を見て、アランは声を上げた。

「敵の追撃はしなくていい! それよりも負傷者達を全員城に運べ!」

 こうしてこの戦いは終わった。アラン達の勝利である。
 だが、アランの中に勝利したという実感は全く無かった。
 そして、アランは勝利の余韻に浸る余裕すら無いまま、クラウスの元へ走り始めたのであった。

   ◆◆◆

 それから、クラウスは暫く目を覚まさなかった。
 アランはほとんど付きっ切りでクラウスの看病をした。
 ベッドで寝ているクラウスの額に手を当てる。

(熱が下がらないな)

 クラウスが負った傷は浅くない。その傷口はいずれもがいまだに熱を帯びていた。
 冷たい水に布を浸し、それをクラウスの額に乗せる。
 その時、クラウスの体がぴくりと動いた。

「クラウス!?」

 アランが声を掛ける。その声に応えるかのように、クラウスは目を覚ました。
「クラウス! 気がついたのか!」

 体を起こそうとするクラウスをアランは手で制した。

「動いちゃ駄目だ、クラウス」

 この言葉に、クラウスは僅かな笑みを浮かべながら口を開いた。

「この前と逆の立場になってしまいましたな」

 この前、それはアランがリックにやられた時のことを言っているのだろう。

「そういえば、そうだな」

 同じような笑みを返すアランに、クラウスは再び口を開いた。

「しかし、慣れないことはするものではありませんな。少しでも強くなろうと、付け焼刃の技に頼ったがあまり、この有様です」

 それは違う。光の剣の扱いはとても難しいものなのだ。俺がそんなものを使えているのは、俺がすごいんじゃなくて、使っている武器が――
 アランがその言葉を口にするよりも早く、クラウスは言葉を続けた。

「そういえば、戦いはあれからどうなったのですか? アラン様にお怪我は?」

 驚いた。この男はこんな有様になってもこんな言葉を吐く。
 アランはクラウスの質問には答えず、逆に思い切って尋ねた。

「クラウス……どうしてここまでしてくれるんだ?」
「……」

 押し黙るクラウスに、アランはもう一度尋ねた。

「クラウスがそこまで体を張ってくれる理由は一体なんなんだ?」
「……」

 クラウスはやはり押し黙ったままであった。
 暫くして、クラウスはゆっくりと口を開いた。

「……アラン様、私はあなたに期待しているのです」
「期待? 俺のどこにクラウスが期待できるような価値があるっていうんだ?」

 クラウスはアランの自虐的な言葉を否定するように小さく首を振った後、答えた。

「アラン様、私はあなたの持つ『精神』に期待しているのです」
「『精神』?」
「アラン様、ご自分ではお気づきになられていないでしょうが、あなたの持つ精神はとても珍しいものなのです」
「珍しい、とはどういうことだ?」
「貴族にしては珍しいのです。魔法力の弱い貴族というのは、大体が卑屈で臆病で、相手の様子を伺ってばかりの人間になりがちなのです」

 クラウスはアランの反応を見ながら言葉を続けた。

「確かにアラン様にも卑屈な一面はあります。ですが、それ以上に強烈な何かをアラン様から感じるのです」
「その何かっていうのは、なんなんだ?」

 これは難しい質問だったらしく、クラウスは口を開くのに多少の時間を要した。

「一つの言葉では上手く言い表せませぬ。そうですな……『気骨』、『忍耐』、『優しさ』、『勇気』、これらを混ぜ合わせた何かでしょうか」

 この答えにわからないと言うような顔するアランに対し、クラウスは続けて口を開いた。

「アラン様、この世には『持たざる者』とそうでない者がおりますが、『持たざる者』、またはそのような者達の心を理解している人間だけが、手にすることができるものがあるのです。私にはアラン様がそれを身に着けつつあるように思えるのです」

 弱者のために、虐げられている者のために、世のために立ち上がる英雄の話は数多い。
 その者達の多くが、クラウスが言うその『何か』を体得、または体現していた。

 だが、この答えにもアランの表情は変わらなかった。

「この答えで納得して頂けないのでしたら……そうですな……」

 別の答え。アランは期待してクラウスの次の言葉を待った。

「なんとなく、ではいけませんか?」

 この回答にアランは拍子抜けした。

「なんとなく……? そうか、なんとなくか。はは、ははは」

 そして自然と笑みがこぼれていた。

「……ふふ、ははははは」

「「はははははは」」

 二人は笑った。大いに笑った。
 だが、アランの目からは涙がぽろぽろと溢れ出していた。

   ◆◆◆

 その夜――

 アランは城の片隅で一心不乱に剣を振っていた。
 もっと強くならなければならない、脅迫観念にも近いその意識がアランを突き動かしていた。
 アランを守り、負傷したクラウスの姿。今のアランを突き動かしているものはそれであった。

(俺のせいだ、クラウスが負傷したのは。俺はなんて馬鹿なんだ。ちょっと光の剣の扱いが上手くなっただけで、調子に乗って……)

 自身の不甲斐なさに身を震わせながら、アランはさらに激しく体を動かし始めた。

(もっと強くならなくては。もっと速く、鋭く、誰にも捉えることのできない剣、俺にはそれが必要だ)

 仲間に頼るのは悪いことでは無い。しかしそれでもアランは「絶対」な何かを欲していた。

 アランの剣技は達人の域にはまだ遠い。そして意外かもしれないが、それはクラウスも同様である。剣の文化が発達していないこの大陸ではそれは致し方ないことであった。
 アランを達人の領域に導いてくれるような人物はこの大陸にはいない。アランは自分の力でその高みに昇らねばならないのだ。
 その高み、それは後に「剣聖」と呼ばれる領域であった。

   ◆◆◆

 一方、ディーノも同様に人気の無い所で槍斧を振っていた。
 ディーノは同じ構えからの素振りを繰り返していた。それは単純な反復練習というわけではなかった。
 ディーノはひたすらに「速い一撃」を追い求めていた。
 ディーノは今の自分の戦い方に限界を感じていた。今のディーノは良くも悪くも自由に、勘に頼って戦っていた。
 ディーノはリックとの戦いを通じて「構え」というものの重要性を理解していた。正しい「構え」から正確な所作をもって繰り出される攻撃の中に、「最速の一撃」というものが存在するのでは無いかと考えるようになっていた。

(見てから避けられるんじゃあいつには通じねえ。もっと、もっと速く振れるようにならねえと)

 ディーノは黙々と試行錯誤を繰り返していった。

 アランとディーノ、二人が求めているものは同じものであった。
 それは人の目には捉えられないほどの純粋な「速さ」であった。

 かつてクリスはディーノの戦いぶりを「暴風」と例えた。その言葉が示す通りの太刀筋をディーノは後に手に入れるのである。

   第十八話 歪んだ信仰 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
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