末世の拳士 第四話

   ◆◆◆

  変わる日常

   ◆◆◆

 その後――

 葬儀が終わった後、ルーカスは女召使いと老執事を自身の書斎に呼びつけ、尋ねた。

「あの子、レオはどうしている? 落ち着いたか?」

 これに執事は難しい顔をした。しばらくして、女召使いの方が口を開いた。

「よくわかりません。今はロイ様と一緒におられますが、泣くどころか、何一つ喋ろうとしないようです」

 ルーカスは「そうか……」と溜息混じりの返事を返した後、言葉を続けた。

「君達を呼んだのは他でもない、そのレオのことで意見を聞きたいと思ったからだ。
あの子には身寄りが無い。近くに孤児院も無い。そこでだ、私はレオを養子にしようと考えているのだが」

 ルーカスの提案に対し、老執事は恐縮そうに小さく頭を下げながら口を開いた。

「それは善きお考えです。ですが、それはやめておいたほうがよろしいかと私は思います」
「何故だ?」
「……そのレオという子の素性が知れぬからです」

 執事の発言に、ルーカスは内心首を傾げた。

「それはどういう意味だ? レオが我等に何か良からぬことをするとでも?」
 
 執事は小さく首を振って答えた。

「問題なのはレオ様本人では無く、周囲の人間のレオを見る目です」

 ルーカスは沈黙を返し、執事の言葉の続きを待った。

「要はレオ様があの貧民区の出身であることが問題なのです。あの地区は氷族と雷族が混じって生活していますが、誰が何族なのかを我々は把握できておりません」

 国境上にある貧民区は明確な管理者が定められていない。ゆえに誰が何族なのか、人の出入りはどうなっているのか、それを把握しているのは当の住人達だけであった。

「私達がレオ様は同じ雷族だと言っても、周りの者達はそれを完全に信用はしないでしょう。身を立てる証が無い以上、あの子は憎き氷族かもしれないという疑いがいつまでもついてまわるでしょう」

 ルーカス達はレオが持つ五芒星のネックレスが身の証明になるということを知らない。あの勲章は確かに名誉と共に与えられるものであるが、その名声はここまでは届いていないのだ。
 執事の筋の通った発言に、ルーカスは少し苛立ちながら口を開いた。

「ではどうしろというのだ。身よりの無いあの小さな子を外に放り出せとでも言うのか」

 執事はルーカスをなだめるように、穏やかな口調で答えた。

「ですので、使用人ということにして傍に置いてはどうでしょうか」

 執事の提案は悪くないものであったが、一つの疑問がルーカスの心に浮かんだ。

「なるほど、それは良い案だと思えるが……レオにうちの使用人が務まるのか?」

 この質問に、女召使いが代わりに答えた。

「力仕事と接客は無理でしょうが、屋敷内の清掃くらいなら大丈夫だと思います」

 女召使は言葉の後、「私もそうでしたので」と付け加えた。
 その言葉に、ルーカスは思い出したかのような顔で口を開いた。

「そういえば、君がうちに来たのもレオと同じくらいの年の頃だったか」
「私がここに来たのは二十年前、八歳の時でした」
「君がここに来てからもうそんなに経つのか。私も年を取るわけだ」

 そう言って笑うルーカスに対し、女召使いは再び口を開いた。

「ルーカス様、あの子の事は私に任せて頂けませんか?」

 それはルーカスにとって、とても頼もしい発言であった。

「ああ、是非頼む。二人とも、レオの面倒をよく見てやってくれ」

 ルーカスの言葉に、女召使いと執事は深い礼を返した。

   ◆◆◆

 そうしてレオの新しい生活が始まった。
 レオはあの日以来、心を閉ざしたように物静かなままであったが、指示された仕事を着実にこなしていった。
 淡々と繰り返しの日々が続いた。朝早く起床して水を汲み、塵を掃き、床を磨く。
 女召使いの指導は丁寧であったが、失敗は許さないというような緊張感があった。
女召使いの目は厳しかった。いつ来客があっても恥ずかしくないように、それを口癖に彼女は完璧を求めた。
 早朝から夕食が終わるまで、レオの手には常に掃除道具が握られていた。
 そして夕方過ぎ、辺りが暗くなり始める夜の初めに一日の仕事はようやく終わり、自由な時間が訪れる。
 その短い自由時間に、レオが何をしていたのかというと――

 薄暗い屋敷の庭、そこにレオの姿はあった。
 そして、レオの正面には拳を握り戦闘の姿勢を取っているロイの姿があった。
 双方の距離は五歩分ほど。二人は動かず、しばし見合った。
 レオがゆっくりと両腕を上げて身構える。それが開始の合図となった。
 ロイがレオに向かって素早く踏み込む。ロイはその勢いのまま右拳をレオの顔面に向けて突き出した。
レオはそれを受けず、大きく一歩後ろに退くことで回避した。
 退がるレオを追うようにロイが足を前に出す。踏み込むと同時に、ロイは左拳を繰り出した。
 これをレオは右腕の前腕部で受け止めた。鈍い痛みが腕に走り、レオの足が止まる。
 そこにロイの追撃が迫る。下から潜り込むような、腹を狙った一撃であった。
 レオからロイの拳は見えていない。しかし、レオはロイの肩の動きから攻撃箇所を見切った。
 乾いた音が場に響く。ロイの拳はレオの腹には届いておらず、手で受け止められていた。
 ロイは拳を下げつつ、後ろに一歩下がった。その顔はどこか満足気であり、ロイは薄い笑みを浮かべながら口を開いた。

「ちゃんと防御できるようになってきたな。だいぶ様になってきているんじゃないか?」

 少し照れた顔を見せるレオにロイは言葉を続けた。 

「今日はスコットから新しいことを教えてもらったんだ。教えてやるから、一緒に練習しようぜ」

 そう言ってロイはレオから距離を取り、再び身構えた。
 ロイはレオから離れたその位置で、スコットから教えてもらった新しい「型」を見せた。
 軽く左手を突き出す牽制の後、外から内へ向かう曲線的な攻撃を右手で繰り出す。
 頬を狙った一撃に見えたが、それは見せかけであった。ロイは繰り出した右拳を開き、そこに相手の頭があるかのように空中を掴んだ。
 ロイはその仮想の敵の頭を押さえつけながら、左膝を振り上げた。
 そして、ロイは両腕を下げ、模範演技が終わりであることを示しながら口を開いた。

「相手の首か頭の後ろを掴んで、手前に引き込みながら膝をお見舞いするんだ」

 相手を拘束して打撃を見舞うという、新しい連携であった。だが、ロイは次の言葉を付け加えた。

「……でも、自分よりでかい相手や魔法使いには通用しないらしいから注意な。……まあ、魔法使い相手に組み付く余裕なんてあるわけないし、言うまでも無いか」

 そう言うロイの顔は少し残念そうであった。
ロイは魔法使いとの戦いを意識していた。ロイは魔法使いを倒すために訓練を積んでいると言っても過言では無かった。
 ロイはすぐに気を取り直し、レオに向かって身構えた。

「まあ、悩んでも仕方無い。とにかく練習しよう」

 やる気を見せるロイに、レオは身構えることで答えた。

 大きく変わったレオの生活。
 しかし、変化しているのはレオの周りだけでは無かった。

   ◆◆◆

「あんたねえ! いつまでそうやってだらだらしているつもりなのさ!」

 朝日が差し込む狭い部屋に、中年女性の怒声が響き渡る。その剣幕に部屋の隅にいる少年がびくりと肩を震わせた。

「あんたみたいな大きな子供を養う余裕なんて、うちには無いんだよ!」

 怒りの矛先を向けられているのは、ロイに重症を負わせたあの魔法使いの青年であった。
 仰向けに寝ていた青年は横に転がり、母親に対して背を向けた。
鬱陶しい、とその背中は語っていた。これに母親はますます怒りを強めた。

「穀潰しに食わせる飯なんてうちには無いよ! 飢え死にしたくないなら、さっさと外に出て稼いでくるんだね!」

 いよいよ耐えられなくなったのか、青年はうんざりした顔をしながらむくりと起き上がった。

「……うるせえな。金なら帰って来たときに渡しただろうが」

 のんびりとした青年の口調に対し、母親は突き刺さるような口調で答えた。

「たったあれっぽっちの金、もうありゃしないよ!」

 母親が嘘を吐いていることを青年はすぐに見抜いた。青年が渡した金額が決して小額では無いからだ。
 だが青年はそのことを追及しようとはせず、こう言い返した。

「働けっつったってなあ、お前はここから出たことないから知らねえだろうが、街に出てもまともな仕事なんて残ってないぜ?」

 働きたくないという気持ちがあるためか、大げさになってはいたが青年の言い分はおおむね正しかった。今の世に無難な仕事などほとんど残っていなかった。
 これに母親は一瞬口をつぐんだが、すぐに口を開き、青年に言葉を浴びせた。

「だからと言って、怠けられちゃ困るんだよ! まともじゃなくてもいいから、何でもやって稼いできな!」

 口調は激しかったが、正論であった。
 青年はうんざりした顔でゆっくりと起き上がった後、

「わかったよ」

 と、吐き捨てるように言って、家から出て行った。

   ◆◆◆

 家を出た後、青年はしばらくの間、あてもなく外をぶらついた。
 そして青年はある場所で足を止めた。
 青年の前には荒涼とした土地が広がっていた。
 それは耕されなくなって久しい、見捨てられた田畑であった。
 青年は掘るようにつま先を地面に突き刺した。
 青年のつま先は軽々と地面に埋まった。
 乾いており栄養の少ない痩せた土地であった。見渡しても、雑草ですら数えるほどしか生えていない。
 この土地を生き返らせるのに何年かかるのか。その苦しみを想像した青年の口からは、溜め息しか出てこなかった。
 鍬を片手に畑仕事に精を出す、そんな選択肢は青年の頭から消え去っていた。

   ◆◆◆

 日が沈む頃になっても青年は外をぶらついていた。
 青年は街に足を踏み入れていた。
 しかし、何か当てがあって来たわけでは無い。今の時勢、貧民区の者に街の人間が仕事を与えてくれることはほとんど無いのだ。
 青年の腹が鳴る。空腹感が無視できなくなってようやく、青年は街に出てきたことを後悔し始めた。

(これなら山に行って、何か食えるもんでも探してたほうがマシだったな)

 そんなことを考えながら、青年の足は無意識のうちに食べ物のある方へ、市場へと向かっていた。
 露天が並ぶ通りへと足を踏み入れる。果物や干し物など様々な食べ物がそこには並んでいた。
 それは今の青年には目の毒であった。誘惑されていると言ってもいい。

(手に入らないのなら、奪えばいい――)

 青年の頭にそんな考えがよぎった瞬間、

「おい、お前! 何をしている!」

 突然の男の怒声に、青年の意識は「はっ」となった。
 ふと見ると、青年の手には食べ物が握られていた。
 青年の頭はすぐに状況を理解したが、それよりも早く、青年は怒鳴りつけてきた男に向かって光弾の魔法を放った。
 撃ってから青年は後悔した。反射的な行動で、止めることが出来なかった。
 光弾は男を吹き飛ばし、その後ろに建ち並ぶ露天をなぎ倒した。

「何が起きた!?」「今の音は何だ!」「強盗だ!」

 場はあっという間に怒声と悲鳴で埋まった。
 どうする、謝るか? いや、許してくれるとは思えない。ならば戦う? 相手は何人? 数えられない。その中に自分と同じ魔法使いが何人いる?
 考えがまとまるよりも先に、青年の体は動いた。青年が本能的に取った行動、それは逃走であった。
 背後から飛んでくる怒声を振り切るように、青年は必死で足を走らせた。

   ◆◆◆

 貧民区に入ってしばらくして、青年はようやく怒声を振り切った。
 疲れた体を休めるために適当な場所に腰を下ろす。
 そうして一息ついてから、青年はその手にある食べ物に目をやった。

「なんだ、思ったより簡単じゃないか」

 そう言う青年の声は震えていた。
 青年は震えをごまかすかのように、勢いよく食べ物に歯を立てた。

   ◆◆◆

 一度手を汚した後は、慣れたものであった。
 青年は定期的に街へ盗みをしに行くようになった。
 しかし青年はすぐに動きづらくなった。既に顔が知られていたからだ。
 そこで青年は考えた。そしてそれはすぐに思いついた。
 自分が動けないのであれば、人を使えばいい、と――

   ◆◆◆

「誰か! 『そいつ』を捕まえてくれ!」

 冬のよく晴れた昼下がり、露天が並ぶ通りに怒声が響き渡った。
 往来を歩く人達は声がした方向に視線を向けた。
 だがその顔は、「またか」と言いたげな、うんざりした表情をしていた。
 そして間も無く、『そいつ』が姿を現した。
 それは子供達であった。
 子供達は往来にいる人々の間を縫うように走っていた。

「頼む! 誰か、『その』泥棒を捕まえてくれ!」

 店主らしき男の懇願めいた叫び声が響き渡る。人々は身構えたが、『どれ』が商品を盗った泥棒なのかわからなかった。
 人々は自分の傍を通りかかった子供達のうちの何人かを捕まえた。
 だがそれはいずれも正解では無かった。捕まえた子供達の中に、盗った商品を持っている者はいなかった。

「僕じゃないよ! 離してよ!」

 その一人である少年は、自身を捕まえている中年女性に対し、そう叫んだ。
中年女性はどうしてよいかわからず、無意識のうちに拘束を緩めた。
 少年はその隙をついて中年女性の手を強引に振りほどき、そのまま逃げていった。
 少年の背がみるみる小さくなる。その姿が完全に見えなくなった後、市場にはなんともいえない静寂だけが残った。

   ◆◆◆

「よーし、お前ら、今日の『上がり』を見せろ」

 貧民区に戻った子供達は、魔法使いの青年の前で今日の収穫物を渋々と披露した。

「ふんふん、よーしよし、今日も上々みたいだな」

 青年は顔に笑みを浮かべながらそれを手元に回収していったが、ある少年の前で手が止まった。

「……おい、ドミニク。隠してんじゃねえぞ。懐にあるもの、全部出せ」

 青年の言葉に、ドミニクと呼ばれた少年は従わず、口を開いた。

「なんで、俺が盗ってきた物をあんたにくれてやらなきゃいけないんだよ」

 ドミニクの弁に、青年は指を三本立てながら答えた。

「第一に、俺はお前らのボスだからだ」

 青年は立てている指を二本に減らし、言葉を続けた。

「第二に、ボスの俺はお前たちが馬鹿なことをしねえように見張っている」

 そして青年は残った一本、人差し指を強調するかのように左右に小さく振りながら、最後の回答をした。

「そんで最後に、俺はお前らのうちの誰かが食いっぱぐれないように、分配するっていう大事な仕事をしている」

 青年は全てのものを横取りしているわけでは無い。個々人の仕事量に応じて、再分配を行っていた。……青年の取り分は明らかに多かったが。

 そしてドミニクは、青年のこの回答を聞いても、収穫物を出そうとはしなかった。

「おいドミニク、……あんまりふざけてると、どうなるかわかってるんだろうな?」

 青年はこれ見よがしに、右手を薄く発光させた。
 こうなっては従うしか無かった。ドミニクは懐に隠していた盗品を青年に差し出した。
 青年は、渋々と出されたそれに手をつけず、先にドミニクの頬を引っ叩いた。

「ったく、最初から素直に出しとけってんだよ」

 ドミニクは青年を睨み付けたが、当の青年は顔に笑みを浮かべながら、戦利品を数え始めていた。

 初めての過ちから数ヶ月、青年はこのような窃盗団を形成していた。
 子供達を集めるのにさほど労力はかからなかった。魔法で少しおどすだけで、弱い子供達は従ったからだ。
 図太く、機転が利く男であった。しかし、賢いやり方とは言えなかった。ほとんどの子供達は嫌々従っていたし、こんな強引で下手なやり方がいつまでも続くはずは無いからだ。

   ◆◆◆

 その頃、市場では商売人たちが今日の被害について話し合っていた。

「貧民区の糞ガキ共、今日も来たのか」

 ただの野次馬らしき男が商人らしき男に声をかける。

「ああ、やられた」

 肯定を返す商人に、野次馬の男は慰めの言葉をかけようとしたが、それよりも早く体格の良い男が口を開いた。

「あの糞ガキ共、今度来たらタダじゃおかねえ」

 物騒な言葉に、商人らしき男が言葉を返す。

「捕まえたい気持ちはわかるが、誰が最初に商品に手を出したのかすらよくわからないから困る」

 体格の良い男は商人の言葉を「ふん」と鼻であしらった後、口を開いた。

「そんなの知ったことじゃねえよ。誰でもいいから捕まえて、締め上げてやる。あいつら全員仲間なんだ、かまやしねえ」

 さらに物騒な発言に、周囲にいた別の者が賛同した。

「そうだ、知ったことじゃない。こっちは生活がかかっているんだ。子供だからといっても、やっていいことと悪いことがある」

 これを受けて、賛同の声はさらに大きくなった。

「そうだそうだ」「その通りだ」

 商人らしき男は何かを言おうとしたが、あきらめて口をつぐんだ。場は既に異論を唱えられる雰囲気では無くなっていたからだ。

   ◆◆◆

 一方、その子供達は僅かに残った戦利品を手に持って、家路に就いていた。
 そのうちの一人、ドミニクは頬を腫らしたまま友達と並んで二人で歩いていた。

「むかつくよなあ、エディのやつ」

 ドミニクと並んで歩く少年がそう声に出す。紹介が遅れたが、エディとは魔法使いの青年の名前である。

「なあ、バート」

 バートと呼ばれた少年は、エディの陰口を言って鬱憤を晴らそうと考えていたが、ドミニクにその気が無いことを察し、用件を尋ねた。

「ん? なんだ?」
「魔法ってのは、どうすれば使えるようになる?」

 頬を叩いたやつの事よりも話したいことなのだから本当に知りたいのだろう、バートは何とかしてドミニクの力になりたかったが、いくら考えてもその答えは出てこなかった。

「……わからない」

 バートの答えに、ドミニクは暫し黙った後、口を開いた。

「……俺も魔法が使えりゃあなあ。強ければ何だってできるのに」

 強ければ何でもできる、そんなことを考えているドミニクのことを、バートは少し恐ろしいと感じていた。

   第五話 伝播する悪意 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
音楽好きな物書き。ゲームも好き

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