末世の拳士 第三話

最後のぬくもり 表紙

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  最後のぬくもり

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 そして春の空気が去り、じめじめとした梅雨の風が吹き始めた頃。
 あの日から二ヶ月。骨折が完治したロイは、久しぶりに秘密基地へとやってきた。

「おお、ロイ! 久しぶりじゃねえか! 胸の怪我はもう良くなったのか?」

 明るいスコットの声がロイを出迎える。ロイは「ああ」と答えながら、自身の胸を軽く叩き、治ったことを強調した。
 スコットの隣にいたアレックスはロイに対し何も言わなかったが、その顔に浮かんだ薄い笑みが、そのまま挨拶となった。
 そして、ざっと秘密基地を見回したロイは、レオがいないことに気が付いた。

「レオは? 今日は来てないのか?」

 スコットがこの質問に答えた。

「今日どころか、レオはしばらくここに来てないぞ。お前が寝込んでから一度も顔を見てない」

 これにロイは「そうなのか」と相槌を打った後、少し考えてから口を開いた。

「……じゃあ俺、ちょっとレオの家まで様子を見に行ってくるよ」

 それはいい考えだ、そう思ったスコットは口を開いた。

「ああ、そうしたほうがいい。……でも、気を付けろよ」

 何に気を付けるのか、言われずとも分かっていたロイはスコットに頷きを返し、秘密基地を後にした。
 
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 ロイは最初、レオが秘密基地に来ないのは、外に出るのが怖いからだと考えていた。
 だがそれは間違いであるということを、ロイはすぐに悟った。

「どうしたんだ、レオ? そんな顔をして」

 訪ねて来たロイを出迎えたレオの顔は、これまで見たこと無いものだった。悲しみと焦りを混ぜたような表情であった。
 レオは黙ったままであった。ロイはもう一度尋ねた。

「何があったんだ? 言ってくれなきゃ分からないぞ」

 ロイはレオの言葉を待った。しばらくしてレオはぽろぽろと涙を流し始めた。
 口にするのがつらいのだろう、レオは泣きながら数度口を開いたが、出てくるのは嗚咽のみであった。

「落ち着けレオ、ゆっくりでいいから」

 レオは数度しゃっくりのような嗚咽を漏らした後、ようやくその口から言葉を紡いだ。

「……お母さんが……お母さんが」

 事態の深刻さを悟ったロイは、少し考えてから口を開いた。

「……レオ、ちょっと家の中にお邪魔させてもらうぞ」

 ロイは泣きじゃくるレオを優しく押しのけ、家の中へと入った。
 レオの母はすぐに見つかった。藁で編まれた簡素な敷物を布団代わりにして、横たわっていた。

病に倒れた母

 その顔はとても苦しそうであった。しかし何よりもロイの目を引いたのは、その胸元であった。
 レオの母の胸元は赤茶色く汚れていた。それが血であることはすぐに分かった。
 そして、これは自分の手に負えることでは無いということも理解したロイは、レオの両肩に手を置きながら口を開いた。

「レオ、俺は今から親父のところへ行ってくる。すぐに戻ってくるから、ここで待ってろよ。いいな?」

 レオが頷きを返したのを確認したロイは、すぐさま走り出した。

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 すぐに戻ると言って出て行ったが、ロイが再び姿を見せたのは夕方頃になってからであった。
 ロイは父ルーカスと、町医者を連れて戻ってきた。
 町医者はレオの母の傍に座り、指で体を触り容態を調べる触診を始めた。
 ルーカスはその隣に座り、医者の言葉を待った。
 しばらくして、町医者は手を止め、ちらりとルーカスに目配せをした。
 その視線の意味に気付いたルーカスは、ロイとレオに声をかけた。

「二人とも、診察の邪魔になるから、外に出ていなさい」

 ルーカスは出なくてもいいんだろうか、ロイはちらりとそう思ったが、口には出さず、黙ってその言葉に従った。

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 レオを連れて外に出たロイは、持ってきていた麻袋の中から大きなパンと果物を取り出し、レオに差し出した。

「ほら、食えよ」

 だが、レオはそれを受け取ろうとはしなかった。

「どうした、腹減ってないのか?」

 レオはここ数日まともな食事をしていない。腹は空いているはずなのだが、レオは何故か食欲が沸かなかった。

「ちゃんと食っておいたほうがいいぞ。お前が空腹で倒れでもしたら、お前の母さん悲しむぞ?」

 ロイが母という言葉を出したことで、レオはようやく食料に手を伸ばした。
 レオはパンを一口かじり、ゆっくりと咀嚼した。
 その緩慢さはまるで老人のようであったが、二口三口と進むうちに、レオの食べる勢いは増していった。
 そして、パンを半分ほど食べた頃には、その勢いは頬張るほどになっていた。

「なんだ、やっぱり腹減ってたんじゃないか」

 その様子を見て、ロイは少しだけ安心した。
 そして、レオが果物も食べ終えたところで、ルーカスと町医者が家の中から出てきた。
 ロイはすぐに聞きたいことを口に出した。

「親父、レオの母さんはどうだったんだ?」

 ロイはルーカスに尋ねたのだが、代わりに町医者が答えた。

「薬を飲ませたから今は落ち着いています。しばらくは安静にしておいて下さい」

 無難な回答であった。
 だが、ロイが知りたかったのはそういうことでは無かった。ロイはそれを尋ねようとしたが、町医者のほうが先に口を開いた。

「来週にまた様子を見に来ます。今日はこれで失礼しますが、何かあったらすぐに知らせて下さい」

 町医者がそう言うと、ルーカスが頭を下げた。

「どうも、ありがとうございました」
「いえ、これが仕事ですので。それでは今日はこれで失礼します」

 町医者はルーカスに礼を返した後、場から去っていった。
 ルーカスはその背を見送った後、ロイに声をかけた。

「よし、じゃあ私達も帰るぞ」

 ロイは父に頷きを返した後、

「それじゃあレオ、今日はもう帰るけど、何かあったら、すぐに俺に言うんだぞ」

 少し格好つけた台詞を残し、帰路に就いた。

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 帰り道、ロイは、ずっと聞きたかったことを父に尋ねた。

「親父、レオの母さんはいつごろ良くなるんだ?」

 この問いにルーカスはすぐに答えなかった。歩きながらどう答えるべきか考えているようであった。

「……ロイ、お前に一つ頼みがある」
「なんだよ親父、妙な顔をして」

 いつもと少し違う父の様子に、ロイは嫌な予感を覚えた。

「これから毎日、レオのところに食事を持っていってやってくれ。レオのお母さんはしばらくの間動けないから」

 予感が外れたことに、ロイは内心胸をなで下ろしながら口を開いた。

「なんだ、そんなことか。それなら任せてくれよ、親父」

 力強い返事を返したロイは、その足どりにも力強さを表し、家路を進んでいった。

 だが、知りたかったことは結局分からずじまいであったことを、ロイは家のベッドに入った時にようやく気がついたのであった。

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 その日から、母の看病がレオの仕事となった。
 母の衣服の洗濯、部屋の掃除、これまでやったことの無い家事仕事を、レオは精力的にこなした。
 お医者様からもらったお薬を飲んでいるし、ロイが良い食事を持ってきてくれる。これなら母はすぐに元気になるはずだ、レオはそう信じていた。
 だが、レオの期待に反し、母は日を追うごとに衰弱していった。
 どうして治らないのか、何が悪いのか、レオはそんなことばかり考えるようになった。
 お医者様が出すお薬を間違えているのではないか。そんな疑心や、やり場の無い怒りも覚えた。
 何かをしなくちゃいけない、レオは小さな頭で必死に考えた。
 考えに考え抜いて――レオはある場所に向かった。

   ◆◆◆

 レオがやってきた場所、それは山にある広場であった。
 レオはそこにある背の高い木の前に立ち、上にある枝を見上げた。
 木の枝には熟れた果実が数多く実っていた。
 ロイと友達になるきっかけとなった木。あの日から一年、レオは再び木登りに挑戦しようとしていた。
 幹を両手で持ってつま先をかける。一呼吸置いた後、レオは足に力を込めた。

   ◆◆◆

 数時間後――

 レオは両手一杯に果実を抱え込みながら、家路を急いでいた。
 何度も失敗したのであろう、果実を持つ手の平は皮が擦りむけ、血がにじんでいた。
 だが今のレオはそんなこと全く気にならなかった。初めて木登りが成功したという達成感と、木の実を食べて元気になって欲しいという気持ちが、痛みを消していた。
 そして、レオは興奮のままに家の中に駆け込み、声を上げた。

「お母さん!」

 だが、母の姿はそこには無かった。母が横になっていた寝床はきれいに片付けられ、清掃されていた。
 レオは家の中を見回した。広い家では無い。母の姿はすぐに見つかった。
 母は家の隅にある小さく薄暗い物置を漁っていた。
 レオはもぞもぞと動くその細い背中に向かって、再び声を上げた。

「お母さん!」

 レオの母はゆっくりと振り返り、薄い笑みを見せながら口を開いた。

「おかえりなさい、レオ」

 レオの母の手には小さな木箱が握られていた。
 しかし、今のレオには木箱のことよりも先に聞きたいことがあった。

「起きて大丈夫なの? お母さん」

 この質問に母は答えず、話をそらした。

「……レオは木の実を取りに出かけてたのね」

 質問に答えてくれなかったことにレオは少しだけ疑心を抱いたが、それよりも木の実の事を話したいという欲求の方が勝った。

「うん! ちゃんと自分で登って取ったんだよ!」

 レオは両手に抱えた木の実を見せつけながらそう言った。褒めてほしいという気持ちが、レオの仕草に現れていた。
 母はそんなレオの気持ちを汲み取り、その頭に手を置きながら口を開いた。

「それはすごいわ。よく頑張ったわね」

 頭を撫でられながら、レオはその笑みをますます強めた。

「この木の実は後で食べましょう。こんなにたくさんあると、食べきれるかどうか心配になるわね」

 レオの母は笑みを返しながら木の実を受け取り、敷物の上に置いた。
 そして、レオの母は顔から笑みを消し、再び口を開いた。

「それでね、レオ、聞いてほしい大事な話があるの」

 静かだが、どこか鋭いその口調に、ただならぬ雰囲気を感じ取ったレオは、黙って母の次の言葉を待った。
 母は木箱を空け、中からネックレスを取り出した。
 銀で出来ているのか、その輝きは眩しかった。しかし、レオはその輝きよりも別のところに目を奪われた。
 ネックレスにはコイン型のペンダントがぶら下がっていた。
 そのコインに刻まれていたある形、レオはそれに目を奪われた。

ゴボウセイの勲章

 それは五芒星であった。
 等しく長い五本の線、たったそれだけで描かれているにも関わらず、その形には力強さがあった。突き出た五つの鋭角は、まるで星のきらめきを表現しているようであった。

 レオはしばしその形に見惚れた。何かを美しいと感じたのは、これが初めてのことであった。
 母はレオの首にそのネックレスをかけた。

「……レオにはまだ大きすぎるみたいね」

 首から垂れ下がるネックレスは腹部にまで届き、とても不恰好であった。

「お母さん、これはなに?」

 母はレオの手を取り、ペンダントの部分を握らせながら答えた。

「これは家宝よ」
「カホウ?」
「家宝っていうのは、家に伝わるとても大切な物のことよ」

 母はここで一呼吸置き、真剣な顔をしながら言葉を続けた。

「これはね、『勲章』なのよ」

 また出てきた分からない言葉に、レオは再び尋ねた。

「クンショウ?」
「良いことや偉い事をした人に与えられるものよ」
「お母さんは何をしてそのクンショウをもらったの?」
「私じゃないわ。これはね、あなたのお父さんが手に入れたものよ。レオはお父さんの事、覚えてる?」

 父――その言葉を聞いたレオの心に浮かんだもの、それはある情景であった。
 それは広い庭であった。派手さは無いものの、手入れが行き届いた良い庭であった。
 その一角、庭の隅に、大きな木が一本生えていた。
 見事な紅葉であった。赤と黄色に染まった葉々が目に心地よく、ひらひらと舞い落ちた葉が地面に鮮やかな絨毯を作り出していた。
 その木の下、そこにいる一人の男がほうきで落ち葉を掃いていた。
 いくら掃いてもきりがない。しかし、その男はその作業を楽しんでいるようであった。
 そうだ、この人が自分の――

「レオはまだ小さかったから、覚えてないか」

 レオの思考は突如耳に入った母の言葉に中断させられた。
 レオは母のこの言葉に対して首を振り、口を開いた。

「ちょっとだけだけど、ぼく、覚えてるよ。お父さんと一緒に大きな木をよく眺めていたような気がする」

 レオが生家のことを覚えていたことに、母は驚きを表した。

「よく覚えているわね。レオはまだ生まれたばかりだったのに」

 父は何故いないんだろう、父は何をしてこの「クンショウ」をもらったんだろう、そんな疑問がレオの頭に浮かんだが、それを言葉にするよりも早く母が口を開いた。

「レオ、これは今日からあなたのものよ。そして、これは銀で出来ているわ。もしお金に困ることがあったら、これを売りなさい」

 レオはこれに不思議そうな顔をしながら口を開いた。

「大切な物なのに売っちゃっていいの?」

 レオの質問に母はまたも答えなかった。代わりに、木箱の中から袋を取り出し、レオに手渡した。

「あまり多くないけど、この中にはお金が入っているわ」

 母は袋を差し出したが、レオはそれに手を伸ばさず、口を開いた。

「お母さん、何を言っているの? 僕、お金なんて別に欲しくないよ」

 袋を受け取ろうとしないレオに、母は半ば強引に持たせながら口を開いた。

「いずれ必要になるの。……レオ、よく聞いてちょうだい。もし、もしお母さんがいなくなったらね、」

 レオは「いやいや」とでも言うかのように体を振りながら、口を挟んだ。

「そんな話、いやだよ。聞きたくないよ」

 レオは母が何を言わんとしているのかを悟っていた。

「そんなことよりお母さん、ぼくお腹が空いたよ。一緒に木の実を食べよう」

 だから、レオは話を強引に打ち切ろうとした。お腹なんて、これっぽっちも空いていなかった。
 だが母は話を続けた。その眉間をわずかにしわ寄せながら。

「レオ、お願いだから、ちゃんと聞いてちょうだい」

 鬼気迫るかのような母の様子に、レオは押し黙るしか無かった。

「お母さん、レオのこと好きよ。愛しているわ。でも、お母さんがいつまでもレオの傍にいてあげられるとは限らないの」

 レオは我慢できず、とうとう泣き出した。
 母は泣きじゃくるレオを抱きしめ、言葉を続けた。

「ごめんね、レオ。お母さんだって、レオを悲しませたくは無い。だけど……」

 母はなおも泣き続ける我が子の頭を撫でながら口を開いた。

「泣かないでレオ。泣いちゃ駄目。強い子になって、レオ。いいえ、ならなくちゃいけないのよ」

 親子はしばし抱き合ったまま、愛を分け合った。

   ◆◆◆

 その夜――
 レオは久しぶりに母と同じ藁敷きの布団の中に入った。
 数ヶ月ぶりの母のぬくもりにレオは身をゆだねていた。

「お母さん」
「何?」

 レオは幼い頭で少し考えた後、口を開いた。

「僕、がんばるよ。一杯がんばる。お母さんが心配しなくてもいいように、強い子になれるように、がんばる」

 けなげな決意表明であった。母は涙を堪えながら、再びその身を強く抱きしめた。

   ◆◆◆

 次の朝、レオの母の体は冷たくなっていた。
 レオの母の死は、食事を持ってきたロイに知られ、すぐにルーカスへと伝えられた。
 レオは硬くなった母の亡骸の前にじっと正座していた。
 ロイがいくら声をかけても、レオは動かなかった。
 レオは歯を食いしばっていた。その目から涙がこぼれないように。
 レオがようやく動いたのは、人手を集めてきたルーカス達によって母の亡骸が運び出されようとしてからであった。

「お母さんをどこに連れて行くの!?」

 初めて聞くレオの叫び声に、ロイは身を硬くし、ルーカスは言葉を返した。

「……君のお母さんはある場所に帰さなきゃいけないんだ」

 この言葉にレオは首を振った。

「分からないよ、何を言ってるのか、ぜんぜん……っ!」

 ルーカスは悲痛な表情を浮かべるレオの頭に手を置きながら口を開いた。

「今からある『儀式』をして、君のお母さんをその場所に送らなければならない。この『儀式』に、君は参加しなくちゃいけない」

 レオはルーカスが何を言っているのかやはりよく分からなかったが、「ついてきなさい」と言うルーカスに大人しく従った。

   ◆◆◆

別れの儀式

 その後、『儀式』は粛々と進められた。
 母の遺体は棺に入れられた。多くの人達がその棺を取り囲み、祈りを捧げた後、黒と白で構成された服を身にまとった老人が別れの言葉を捧げた。
 そして母の遺体は棺ごと火葬にされた。灰は共同墓地では無く、ルーカスの取り計らいによって新しい墓に埋められた。

『エイダ ここに眠る』

 エイダとはレオの母の名である。墓に刻まれた文字をレオは読むことが出来なかったが、一番上に書かれた文字が母の名であることをレオは察し、その形を頭に焼き付けた。

 そしてこの日、レオはもう一つ新しいことを知った。

(これが、いつかスコット兄ちゃんが言っていた、死ぬっていうことなんだ)

 母の墓を前に死という概念を知ったレオ。その心に、今度は孤独というものが染み込んできていた。
 孤独は、レオの心を冷やし、その眼を熱くさせた。
 レオは歯を食いしばり、涙をぐっと堪えた。
 だが、一滴だけが、その目じりから零れ落ちた。

 大量の涙を心の中に飲み込んで、レオはこの日ほんの少しだけ強くなった。

   第四話 変わる日常 に続く
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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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Author:稲田 新太郎
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