シヴァリー 第四十三話

   ◆◆◆

  試練の時、来たる

   ◆◆◆

「……」

 雲一つ無い快晴となった翌日、リックは箒を手に黙々と掃除していた。
 場所は教会。
 教会と名が付いているわけでは無いが、リックはこの場所の雰囲気をそのように感じたため、勝手にそう呼んでいる。
 そして、いまリックがやっている掃除も勝手に始めたことだ。頼まれてはいない。
 しかしリックはこれくらいのことはやって当たり前である、という意識を持っていた。タダ飯食らいになるのは御免だという、自尊心があった。

「感心ですね、息子よ」

 そんなリックに、母クレアが松葉杖で歩み寄りながら声をかけてきた。
 リックは母に必要以上に歩かせぬよう、自分から歩み寄りながら声を返した。

「仕事を持たぬ厄介者ですからね。これくらいのことはしないと」

 答えながら、リックはクレアの足元に視線を移した。
 ここに来るまでに鎖使いにやられた傷が、腐る前に切り落とした左足首の切断面が何度か化膿したからだ。
 しかし今はもう治まっている。色も過度に赤くなく、熱を発している様子は見られない。
 そんなリックの考えを察したのか、クレアは再び口を開いた。

「心配は無用ですよ。もう良くなりましたから」

 その言葉にリックは眉をひそめながら口を開いた。

「前もそう言いながら無茶をして、熱を出したではありませんか。せっかくルイス殿が良い部屋を用意してくださったのですから、ちゃんと休んで――「息子さんの言うとおりですよ。休んでいてもらわなくては困ります」

 割り込むように飛び込んできたその声に、リックとクレアは同時に振り返った。
 そこにいたのは、声の主はルイス。
 直後に二人の表情が少し硬くなったことから、察したルイスは口を開いた。

「ここに到着された時にも言いましたが、あなた方は客人では無い。同じ血を引く家族だと私は思っている。ですから、そのように堅苦しくならないで頂きたい」

 言いながらルイスはリックが持つ箒に手を伸ばしたが、これをリックは別の手で遮った。

「……ルイス殿、そうおっしゃっていただけるのは嬉しいのですが、どうにも落ち着かないのです。どうか、性分だと思って、このような我々の身勝手をお許し願いたい」

 こう丁寧に言われては、ルイスも引かざるを得なかった。

「わかりました。あなた方がそう望むのであれば、私からも無理を言うつもりはございません」

 そう言った後、ルイスは来た方向に視線を移しながら言葉を続けた。

「では、私は少し用事があるので出かけなければなりませんが、その間の留守番をお願い出来ますか」

 これにリックとクレアが肯定の返事を返すと、ルイスは「宜しくお願いします」と言い残して場から去っていった。
 その背中が見えなくなった後、リックが母に尋ねた。

「母上、あの御方は、ルイス殿はどうして『あのような』――」

 リックが何を言わんとしているのかを察したクレアはその言葉を遮るように口を開いた。

「妙な詮索をするものではありませんよ、リック」

 しかしクレアも気にはなっていたらしく、言葉を続けた。

「……少し『物騒』ですが、『あれ』は彼なりに『武』を求めた結果なのでしょう。体術の型は一通り修めているかもしれませんが、彼は魔法が使えないはず。しかし、それでも力を求めた結果、彼は『ああなった』のでしょう」
「……」

 あくまでも推測でしかなかったが、リックは母の言葉が正解であるように感じた。

「……ん?」

 直後、リックはふと、窓を見た。
 そこには先と変わらぬ雲一つ無い空が広がっていた。

「……?」

 しかしリックは違和感を覚えた。

 何か、大きな雲のようなものに光を遮られたような、覆われたような、そんな気がしたからだ。

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シヴァリー 第四十二話

   ◆◆◆

   魔王

   ◆◆◆

 ケビンは夢を見た。
 複数の何かが話し合っている声のようなものが聞こえる。
 ほとんどはただの雑音のよう。しかし、たまに意味のある言葉が意識に入る。感じ取れる。
 それ以外には何も無い。
 ただただ真っ暗。景色が無い。色が無い。
 そして体は動かせない。感覚も無い。
 本当に、声が聞こえるだけ。
 だからケビンには耳をすますことしか出来なかった。

「作り変えなくちゃ」
「そうだね。これからきっと大変になる」
「あいつと同じことが出来るようにならなくては」

 何をするつもりだ? それをケビンは尋ねようとしたが、出来なかった。

   ◆◆◆

 それから暫くの間、意識が消えた。
 時間の感覚が無い、夢の無い眠り。
 そして気がつけば、声はまだ続いていた。

「やっぱり熱が出た」
「それはしょうがない」
「でもこれであれが出来るようになった」
「もう大丈夫。熱は下がり始めてる」

 その後、似たようなやり取りが何度か続いたが、

「ところで、『彼女』はどうする?」

 という、何かが放った一言が、全ての雑音を止めた。

「「「……」」」

 静寂がしばらく続いた後、何かが声を上げた。

「いいことを思いついた」

 と。

 その「いいこと」が何なのかをケビンは知りたかったが、直後、『彼』の意識は再び消えた。

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シヴァリー 第四十一話

   ◆◆◆

  三つ葉葵の男

   ◆◆◆

 閃光に白く染まるケビンの視界。
 死んだと思った。
 痛みを全く感じなかったのが少し不思議だった。即死にしたって、多少の痛みはあるはずだ。
 しかし今のケビンにはどうでもよかった。むしろ痛みが無いことに安堵した。
 だからケビンの心は、このあとどうなるのだろう、死後の世界とはどんなところなのだろう、などという期待感のようなもので埋まっていた。
 のだが、

「……?」

 ケビンの目がその機能を取り戻した瞬間、眼前に広がったのは先とあまり変わらぬ光景であった。
 しかしその場面には一つ大きく変わったところがあった。
 目の前にいるのがシャロンではないこと。
 あるのは見知らぬ男の背中。
 大きく広い。だから男だろうとケビンは思った。
 そしてその男が身にまとっている装備は見た事が無いものであった。
 鎧であることは一目瞭然であった。
 弓兵が身に着ける、機動力を重視した軽装鎧のように見える。
 が、その鎧が放つ雰囲気は重厚。細部にわたって作りこまれており、決して雑兵などが身に纏えるものでは無いことが一目で分かる。隙間があるようで無い。装甲の節目は厚みのある何かで埋まっている。
 ケビンの目はその作りの繊細さに奪われたが、

「……」

 間も無く、その背中が音も無く一歩遠ざかった。
 本当に、完全な無音。
 これだけの甲冑を身に纏っているにもかかわらず。
 装甲が、金属部分同士がまったくぶつかりあっていない。
 ケビンはすぐに察した。
 これはそのように作られているのだ。これは隠密行動を前提とした鎧だと。
 色が黒で統一されていることからもそう思えた。

「……」

 そして男は、無音のまま構えた。
 男が腰を下げ、腰にある獲物に手を添える。
 その瞬間、

「!」

 ケビンの目はその獲物に釘付けになった。
 それはクラウスと同じ剣。
「三つ葉葵」の紋が柄の底に刻まれた刀だ。

   ◆◆◆

「あの……っ!」

 屋根上からそれを見た女は、思わず口を開いた。
 男と同じ鎧を身に纏うその女は、「あの馬鹿」と声を出しそうになった。
 途中で言葉を飲み込んだのは、自分はまだ隠密行動を続けるべきかもしれないという意識があったからだ。
 予定では戦いが終わった後に消耗したシャロンを叩く筋書きだった。
 しかしここからは共闘するしかない。こうなった以上、そうしたほうが利が大きい。

(やむを得ない、か)

 女はそうするしかない、などと自分に言い聞かせた。
 心の奥底から「これはこれで悪くない」などという言葉が湧き上がってきそうだったからだ。

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シヴァリー 第四十話

第六章表紙

   ◆◆◆

  稲光る舞台

   ◆◆◆

 様々な事があったあの戦いから一週間後の朝、

「……」

 リーザは静かに目を覚ました。
 場所は分からない。知らない天井だ。ベッドの上ということだけは分かる。
 ここはどこ? あの後どうなった? それを確認するため、上半身を起こそうとした瞬間、

「ここは私が用意した部屋だ。戦いの後、傷だらけだったお前をここに運ばせたのだ」

 と、男の声が耳に入った。
 痛みをこらえながら体を起こしつつ、声がした方へ振り向くと、そこには本を片手に椅子に座っているサイラスの姿があった。
 サイラスは本を机の上に置きながら口を開いた。

「そろそろ目覚める頃だと思ってな」

 サイラスは嘘をついた。「思った」のではなく、「察した」。
 リーザにはそれが分かった。いつの間にか心が繋がれていたからだ。
 その事実から、リーザはサイラスもアランのような能力を持っていることを理解した。そしてそれが強力であることも。心の奥底まで見透かされているようだ。この男ならば剣に頼らずとも、本能の考えを読めるのではないだろうか。
 そして逆に、こちらもサイラスが考えていることが分かる。わざとそうしているのだろう。嘘を隠すつもりは無いようだ。もっと言えば、隠し事無く腹を割って話したいということか。
 そこまでリーザが理解したと同時に、サイラスが再び口を開いた。

「目覚めはどうだ? どんな気分だ?」

 サイラスがいう「目覚め」とは、「生まれ変わり」のことであった。
 サイラスはリーザの理性と本能が作り直されたことを知っていた。感じ取っていた。
 そしてどうやらサイラスはそのことについて話を聞きたいようであった。

「……」

 しかしこの問いにリーザは困った。
 自分でもまだよくわからないからだ。
 それに記憶が曖昧だ。はっきりと思い出せない。
 何故だろうとリーザが考え込むと、それは以前の自分の記憶がまだ馴染んでいないからだろう、と思った。
 なぜだかそれが正解のように感じられ、そしてその言葉が本能から伝えられたものであることを理解するのにさほど時間は要さなかった。
 そしてリーザはそれを言葉で説明しようとしたが、

「そうか、それならばまた後で話を聞かせてもらうことにしよう」

 今のサイラスに口での説明は不要であったらしく、そう言い残して部屋から出ていった。

   ◆◆◆

「……くっ、はっはっは」

 リーザの部屋を出てからしばらくして、サイラスは突然噴出した。
 リーザを上手く騙すことが出来たからだ。
 実は、サイラスに腹を割って話し合うつもりなど微塵も無かった。
 しかしリーザは騙された。そう思った。感じた。
 どうしてそんなことが出来たのか。
 サイラスは笑いを抑えながら、その答えをつぶやいた。

「……『思い込む』、ということがこれほど便利とはな」

 サイラスは腹を割って話していると自身を思い込ませていた。一時的な軽い自己洗脳である。
 実際は腹など割られていない。隠し事だらけだ。
 腹を割って話す、その感覚だけをリーザに放ったのだ。
 嘘の感覚を発しないことも重要だ。詐欺師の技の一種である。
 サイラスはたった一週間で感知能力者に対して隠し事をするのに必要な基本技術を身に着けていた。
 何故か。
 良い師がいたからだ。

   ◆◆◆

 その後、サイラスは人気の少ない広場に足を伸ばした。
 そこには二人の男がサイラスを待っていた。
 二人を待たせた形であるが、サイラスは悪びれた様子無く声をかけた。

「じゃあ今日も頼むぞ、フレディ、ケビン」

 師とはフレディのことであった。
 サイラスはフレディが感知能力の素質を有していることをすぐに見抜き、共感を使って同じ道に引き込んだ。
 そして予想通り、フレディの感知能力は中々強力であった。
 フレディも同じく、自覚無しにその能力を使っていたのだろう。だから隠密行動に長けていたのだ。
 さらに、フレディは騙し技、詐術に長けていた。
 それらは感知能力者に対しても有効であった。ケビンを練習相手にして試したからだ。
 共感を使えば習得にはそれほど時間はかからなかった。感覚的な技術の習得に共感は便利な代物であった。
 サイラスはこれとは別に、兵士達との訓練も行っている。
 しかしその中にラルフは含まれていない。
 サイラスは警戒していた。ラルフに余計なことが吹き込まれないかどうかを。妙な知恵をつけてしまわないかどうかを。ラルフには便利な駒のままでいてほしいからだ。
 ゆえに、サイラスはリーザに興味を持っていた。
 あの時、彼女の身に何が起こったのかは分からなかったが、考えが全く読めなくなったとケビンから聞いたからだ。
 その技術に、神秘にサイラスは惹かれていた。
 今の詐術は完璧とは言い難い。優秀な能力者相手だと見破られる可能性がある。
 そして完璧な詐術を身に付ければ、よりラルフを扱いやすくなる。

(リーザには協力してもらわねばならないな……)

 どんな手を使ってでも、という言葉がサイラスの奥底に漂っていた。

 サイラスは気付いていない。
 既に自分の足が泥沼にはまっていることを。
 サイラスが進もうとしているのは束縛と支配の道。
 詐術や脅迫を使わねば歩めぬ不安定で危うい道。
 サイラスは後に思い知らされることになる。
 隠し事が無い者の強さを。「威風堂々」という言葉の重みを身を持って知ることになるのだ。
 

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稲田 新太郎

Author:稲田 新太郎
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